フリースタイル社員の部屋

フリースタイルのスタッフがリレー形式で綴るブログ。投稿をお楽しみに!

震災後の仙台市内。

2011年04月26日 | その他
こんにちは。
営業のAです。

震災発生からもう直ぐで二ヶ月になりますね。

この前、東京へ営業に行った際に色々な方々に言われた事がございます。
「仙台市内も津波で壊滅的な被害を受けたのですか?」
当日の空撮映像を見てみたら、「仙台市内が津波に飲まれております」とかの報道が有り、仙台の事に詳しく無い方からだと仙台の大部分が津波の被害に有ったと感じられるかもしれません。

その後の報道でも仙台市内及び各県庁所在地の報道が余りされていないので、他県の方々からすると仙台が壊滅してしまったと勘違いをしてしまう方が出てしまうのかもしれません。(神奈川の実家の親も勘違いしておりました)

そこで、少しですが仙台市内の様子を撮影したのでUP致します。

まずは会社前の現在の様子です。



次は中心部にある大手スーパー前です。
ここに震災直後約1キロ近い行列が出来ました。



次は中心部のアーケードです。
人出は震災前に戻ってきていると感じます。



最後は仙台市内を通る青葉通りになります。
車の数も今までどおりに戻りました。



盛岡市の友人、福島市の友人にも聞きましたが両方の県庁所在地も平時に戻っているとの事でした。

唯一いつもと違うのは観光客の姿が見当たらないことです。
前なら牛タン屋の前や都市循環バス乗り場の前で並んでいる観光客の姿が見当たりません

ブログをご覧になっている方でGWの予定が決まっていない方がいれば、東北に遊びに来て観ませんか?仙台はこれからの季節はとても気持ちいいですよ

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飽和した世の中・・・

2011年04月25日 | その他
今から数十年前、生まれた場所は東京都葛飾区亀有。
今では、「こち亀」で有名な場所。

物心ついた頃の記憶にあるのは、亀有警察署の裏にあるアパート暮らし。
1Kで風呂なしの3人暮らし。
次に引っ越したのも近くに流れる中川沿いのアパート。やはり、風呂なし。
中川の土手で暗くなるまで泥だらけになって遊んだ記憶がある。
そして近所の銭湯に通う日々。

当然、コンビニエンスストアなど無い時代。カップラーメンも無い。
幼稚園の頃のおやつといえば、母親が働いていたパン工場から
持ち帰ってくるパンの耳。チョッといい時は、カステラの切れ端が
当たり前だった。
八百屋さんが自宅の友達の家の倉庫に潜り込んで
インスタントラーメンをそのまま粉末スープをかけて食べた事も。
近所の中華屋さんにホームランバー(アイス)を買いに良く行った。
結構あたりが出た。
道端で10円を拾うと亀有警察署に持って行き、おまわりさんの小銭入れから
10円をもらった。当時は、意味など分からなかった。

時代は、もろ「ALWAYS 三丁目の夕日」そのもの。
白黒テレビがあれば良い方だった。
家に電話がある所は数少ない。

都民の証である「カッパバッチ」を持っている。
都民の日は、東京タワーなど無料だったけど、今は、どうなの!?

テレビ出演をした事がある。
日本テレビで朝に放送していた「おはよう。こどもショー」、ロバくんに
人参を持って行き体操をした。

高度成長の中、物がなかったがそれなりに充実していたかも。

現在は、液晶テレビが各部屋にあったり、パソコンにゲーム、コンビニ。
子どもは、子ども部屋を与えられる世の中。
デジタルな世の中に。

今回の震災で本当にデジタルが良いのか!?
アナログの方が災害時は役に立つのでは!?
そんな事を感じた。

電気・水道・ガスなどのライフラインが途絶えて世の中の便利さに気づいた
人も少なくないのでは・・・。
自分は、物の無い時代を経て宮城県沖地震と大雪による鉄塔が倒れて停電や
今回の震災も経験した。
ご近所さんとの助け合いの重要性を痛感している。

フリースタイルのみんなは、普通に働き出しているけど今現在も家を失い、車を失い、
仕事の失い、家族を亡くした人も大勢います。
当たり前の事が当たり前である幸せをしっかり感じて、もっと過酷な状況下で
頑張っている方々に少し自分自身が我慢して何でもいいから協力・助け合えるように
しよう。

テレビでこの前やっていたのですが、「働く」とは・・・傍を楽にすること。
家族であったり、ご近所さんだったり友人だったり、まわりの人を楽にすることだそうです。
自分さえ良ければは、ダメ。チーム・プロジェクトで仕事をする時を考えてみて下さい。
自分の分が終わればいいですか? 違います。
サッカーなどのスポーツも同じです。
試合終了間際、みんながキツイ時に一人がチョッと無理して
頑張れば、他の人が楽になります。
キツイからと諦めれば、回りの人みんながもっとキツクなります。
23日のJリーグ再開幕戦のベガルタ仙台のように、
足が攣った太田選手のゴール!
鎌田選手のようにゴールするまで残り時間が分からないくらい。
そんな選手たちが動き続けたから逆転勝利したと思う。

震災の被災者、原発で避難を余儀なくされている方々のために
相手を思いやる気持ち、チョッとの我慢。

人が人である為に。
日本人らしさ。
東北人の粘り強さ。

復興まで先は長いけど、がんばりましょう!

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震災後、新年度を迎えて・・・

2011年04月15日 | お仕事
予定では、新年度のキックオフを作並温泉で行う予定でしたが中止!

被災地として仕方ない事だけど、メリハリの無いスタートとなってしまいました。

現在、宮城ではソフトウェアの開発案件が動いていません。

当然、東北電力さんの案件も・・・。

仕方なく弊社も大半が首都圏での仕事。今は、新幹線が無理なので高速バス利用。

宮城は、案件の絶対数が不足している。

首都圏での開発も行っている弊社の気持ち的には、宮城・仙台に

案件を持ち帰って他社とも協力して復興の一歩を・・・っと思うけど

現実は、持ち帰り案件が・・・。

ブログを読んで下さっている方の中で、フリースタイルに、宮城に、仙台に、

案件を出してもいいとお考えの方が居れば、下記に連絡下さい。

     株式会社フリースタイル
      TEL:022-268-7837
      FAX:022-712-4425
      E-Mail:job@freestyle-net.co.jp
      営業担当:安孫子まで


現在のビルが修繕見積が高いため、解体する考えもあるようで

近く、本社を移転する事になりそうです。

仙台の中心部は、日一日毎に普段の日常に戻りつつあります。

普通であることの大切さ、ありがたさを感じながら仙台・宮城・東日本の

復興に向けて共に頑張りましょう!

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アルファ米

2011年04月10日 | お仕事
社員のYです。

3月11日の地震で避難所にて過ごしていましたら、アルファ米というものが支給されました。
なんと、水でご飯が炊ける画期的な食品です!

昨年4月に開業したばかりの小学校で避難したんですが、非常食も新しいんですね。
他にお菓子、布団、食事の支給がされてました。

話は変わって、次にお風呂の話題。
ライフラインが止まっていたものですから、都市ガス使用の人は風呂に入れない日々が続いています。
(今日現在、まだ全域で開栓はおこなわれていません)
わが家でも、3週間ガスが開栓されませんでした。
そんな時、配達の営業が再開された瞬間、またまた画期的アイテムを送ってくれた友人がいました。

その名は「風呂バンス」

当時まだ3ヶ月の子供の体が赤くなっていて、どうしようか迷っていたときに届きました。
本当に、友人ネットワークは大切だと思いました。
その風呂バンス、現在はまだガスが開栓していない実家にて稼動中です。

最後に、仙台の現状が載っていたサイトの紹介です。
仙台になじみがある方は閲覧してみるといいでしょう。
(4月7日深夜の地震でまた状況が変わりましたが…)
http://sendaipics.fc2web.com/wadai/report150.html

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