フリースタイル社員の部屋

フリースタイルのスタッフがリレー形式で綴るブログ。投稿をお楽しみに!

ベガルタ仙台

2008年11月25日 | スポーツ

何故、フリースタイルはベガルタ仙台のクラブスポンサーになったのか?

それは、私個人が好きだから。みんなにも好きになって欲しくて。
将来的には、幼児・小学生・中学生の年代ごとにクラブチームを運営出来れば
いいな~。なんて思ってる。

仙台の同業他社では、「東北楽天ゴールデンイーグルス」の年間シートを
持っている企業が多い。まあ、楽天さんは同じIT業界だから当然なんだけど。
個人的には、学生時代から野球をやってきたんだけどね。
生まれは、東京、葛飾区亀有。両さんと同じ!
育ちは、埼玉!なので静岡に並ぶサッカーが盛んな場所。
野球をやっていたけど、サッカーも好きで体育の時間はサッカーが多かったような
気がするな~。

1993年Jリーグ開幕。好きなチームは、ヴェルディとアントラーズだった。
今でも思い出す1993年天皇杯鹿島アントラーズ対東北電力(現:ベガルタ仙台)戦。
当時、アントラーズに所属していたジーコのヒールボレーシュートがあまりにも
鮮やかだった。そこから、アントラーズファンに・・・。

1994年Jリーグ参戦を目指すためブランメル仙台(現:ベガルタ仙台)が発足。
地元仙台にプロチームが出来たんです。そこから、ブランメル仙台ファン。

1997年、仙台スタジアム(現:ユアテックスタジアム)が完成してからは、
近かったので観戦にも良く行ったな~。
1999年、Jリーグが2部制となり、J2入り。クラブ名をベガルタ仙台に改称。
当時は、試合開始直前でもスタジアムはガラガラ。日のあたる場所で
横になりながら観戦も・・・。
ビールは、サーバーを背負って売りに来てたので、あれはあれで良かったな。

J2入り3年目の2001年シーズンで2位となり、東北のクラブとして初のJ1昇格。

J1初参戦の2002年、ベガルタ仙台は怒涛の開幕5連勝。首位
個人的には、2002年4月6日1stステージ第5節、敵の聖地カシマスタジアム
での一戦が未だに忘れられない。
鹿島アントラーズが圧倒的な力を発揮する聖地カシマスタジアムで、前年度の
J王者を相手にJ1新参のベガルタ仙台がどんな戦いを挑むか、それを見届け
ようとアウェイ・ゴール裏はベガルタゴールドで覆い尽くされた伝説の試合。

仙台からだけでバス25台。その中の1台に私は息子と乗り込んで応援。
東京からも大勢のサポーターが駆けつけた試合です。
カシマサポに『アウェイ・ゴール裏があんなにアウェイサポで埋まったのを
見たことがない
』と言わしめた程だった。
試合は、大方の予想通り鹿島が優勢。
両チーム無得点で迎えた後半にシルビーニョが放った一本のロングパスが
ドラマの幕を開ける。このパスを受けた岩本がマルコスの頭へ糸を引くような
ピンポイントクロスを送った次の瞬間、カシマスタジアムは
ベガルタ仙台サポーターの歓喜の雄叫びに包まれた
再びマルコスが王者の息の根を止める2点目をゲット、"開幕5連勝"した。

今でも思い出すと興奮するな・・・。

そんな興奮を経験しているうちの息子をベガルタ仙台Jr.ユースに入れようと
セレクションを受けさせたくらいベガルタ仙台が好き。

地元出身のJリーガー達が地元のチームでプレイして、頂点目指して頑張って
くれる事を夢見ています。
そして、地元の子供たちがベガルタ仙台でプレイしたいと思ってくれる事を願って
います。
いつか、フリースタイル主催の少年サッカーの大会やフットサルの大会が開催
出来ればいいな~。
その前に社内にもチーム作らなきゃ・・・。人数少ないから男女混合、家族も交え
てかな~。

先日、広島・横浜に引き分けJ1自動核昇格が厳しい状況になった。
しかし、まだ道は閉ざされていない!入れ替え戦がある
J1に復帰してからクラブスポンサーになったのでは、便乗みたいなので
J2時代からスポンサーになれて良かったと思う。
まだ、結果は出ないけど来期も継続するゾ!
そして、いつかはオフィシャルスポンサー!いや、もっと上を夢見て・・・。

このブログを見てる「東北楽天ゴールデンイーグルス 」「仙台89ERS」
「センダイガールズプロレスリング」の関係者の方に誤解のないように申して
おきます。
地元地域に根ざしたチームすべてを応援しています。


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