衛兵隊士アランが、亡き妹・ディアンヌ(の魂)と語らう中で、オスカルへの思いと自らの生きざまを振り返るストーリー。
最後はフランス革命後の激動の世に、もう生きては帰れないと死を覚悟し一人廃墟に佇み、ナポレオンの追っ手に討たれてしまう。
命の限り強く荒々しくそして散っていくアラン像。
すごく久しぶりの宝塚だった。相変わらず華やかな舞台(総合文化センターが狭くてちょっぴり残念)
懐かしい台詞もいっぱいで感動したけど、あの長編の『ベルばら』の一部を切り取って断片的なつなげ方だから、感情移入しにくかった。
たぶん『ベルばら』の全体を知らない人にはますますわかんないだろうな…
幽霊のディアンヌが元気すぎてびっくり。
アンドレ素敵だったなー(また神戸に通っちゃいそう)
先日、総合文化センター前のマンションが耐震強度に問題があって工事しなおしたって聞いたけど、宝塚のスターはあの小さいお顔に、目鼻口ともなんとも大きく派手な造りをしている。…きっと住宅だったら絶対に許可にならない建蔽率だ。
最後はフランス革命後の激動の世に、もう生きては帰れないと死を覚悟し一人廃墟に佇み、ナポレオンの追っ手に討たれてしまう。
命の限り強く荒々しくそして散っていくアラン像。
すごく久しぶりの宝塚だった。相変わらず華やかな舞台(総合文化センターが狭くてちょっぴり残念)
懐かしい台詞もいっぱいで感動したけど、あの長編の『ベルばら』の一部を切り取って断片的なつなげ方だから、感情移入しにくかった。
たぶん『ベルばら』の全体を知らない人にはますますわかんないだろうな…
幽霊のディアンヌが元気すぎてびっくり。
アンドレ素敵だったなー(また神戸に通っちゃいそう)
先日、総合文化センター前のマンションが耐震強度に問題があって工事しなおしたって聞いたけど、宝塚のスターはあの小さいお顔に、目鼻口ともなんとも大きく派手な造りをしている。…きっと住宅だったら絶対に許可にならない建蔽率だ。
ソフィア国立歌劇場オペラ
禅問答みたいな謎解き3つ。
「人はみなこれに憧れこれに祈る。しかしその幻想は人の心に蘇り夜明けまでに消えてしまう」
…『希望』
「時には我を忘れて、激しい熱を持って燃え上がる時もある」
…『血潮』
「氷は火をあたえ、その火からさらに冷たい氷を得る。火とかわる氷とは」
…トゥーランドット
ほほーっなるほど。
「私の魂は天上にある」といい放つ氷の姫に「心は高いところでもその身は私の傍にある」と情熱的に引き寄せ、拒む姫に口づけをするカラフ王子。
よしよし。
女のプライドのバリエーションは100万通り。男のケチな能書きなんて昨日缶を切ったコーラと同じ。
無理矢理でも強引でもドラスティックな…身も心も焦がすような熱烈な情熱をぶつけるしか意味がないってことだ。
―――謎解き姫がひとりの女に生まれ変わる瞬間。
わりと分かりやすいクライマックス、好きかも。
禅問答みたいな謎解き3つ。
「人はみなこれに憧れこれに祈る。しかしその幻想は人の心に蘇り夜明けまでに消えてしまう」
…『希望』
「時には我を忘れて、激しい熱を持って燃え上がる時もある」
…『血潮』
「氷は火をあたえ、その火からさらに冷たい氷を得る。火とかわる氷とは」
…トゥーランドット
ほほーっなるほど。
「私の魂は天上にある」といい放つ氷の姫に「心は高いところでもその身は私の傍にある」と情熱的に引き寄せ、拒む姫に口づけをするカラフ王子。
よしよし。
女のプライドのバリエーションは100万通り。男のケチな能書きなんて昨日缶を切ったコーラと同じ。
無理矢理でも強引でもドラスティックな…身も心も焦がすような熱烈な情熱をぶつけるしか意味がないってことだ。
―――謎解き姫がひとりの女に生まれ変わる瞬間。
わりと分かりやすいクライマックス、好きかも。
絵心なんて全くない私だけど、小学校5年生の時の写生大会でこの橋を描いてなんと入選した!
後にも先にも、これきり。
だからこの大橋は‘奇跡’を与えてくれるような、神懸かり的なありがたい要素を含んでる。
あれから30年…変わらず美しい橋だ。
子供の頃から癇の強い私は、厭なことがあると‘あの橋から飛びこんでやろう’‘あの綺麗な橋からなら’みたいなことを思ったものだった。
(今、考えると空恐ろしい…)
今の私を父はどう思うんだろう。
子供の頃から『どうしなさい』的なことを一度も云われたことがない。
「勉強しなさい」「頑張りなさい」とかその類い。…あまりにも『立派にやりなさい』みたいなことがないから、一度だけ聞いてみたことがある「どーなってほしいん?」って。そしたらその時の返事がすごかった。
『ただ生きとってくれたらええ』
何気なく交わされた会話だったし…まだ私は幼い少女だったけど、父の真の愛の深さと大きさの意味を充分理解できた。そして、今でもその懐に支えられている…
お父さんに会いたい
後にも先にも、これきり。
だからこの大橋は‘奇跡’を与えてくれるような、神懸かり的なありがたい要素を含んでる。
あれから30年…変わらず美しい橋だ。
子供の頃から癇の強い私は、厭なことがあると‘あの橋から飛びこんでやろう’‘あの綺麗な橋からなら’みたいなことを思ったものだった。
(今、考えると空恐ろしい…)
今の私を父はどう思うんだろう。
子供の頃から『どうしなさい』的なことを一度も云われたことがない。
「勉強しなさい」「頑張りなさい」とかその類い。…あまりにも『立派にやりなさい』みたいなことがないから、一度だけ聞いてみたことがある「どーなってほしいん?」って。そしたらその時の返事がすごかった。
『ただ生きとってくれたらええ』
何気なく交わされた会話だったし…まだ私は幼い少女だったけど、父の真の愛の深さと大きさの意味を充分理解できた。そして、今でもその懐に支えられている…
お父さんに会いたい