「白秋」に想ふ―辞世へ向けて

人生の第三ステージ「白秋」のなかで、最終ステージ「玄冬」へ向けての想いを、本やメディアに託して綴る。人生、これ逍遥なり。

淀む空気―『日本会議 戦前回帰への情念』

2016年08月13日 | Life
☆『日本会議 戦前回帰への情念』(山崎雅弘・著、集英社新書)☆

  今年(2016年)のNHK大河ドラマ「真田丸」は、真田信繁(幸村)没後すなわち大坂夏の陣から401年後というキリのわるい年に放送されているのだという。これは週刊誌「週刊ポスト」の報道を引用するかたちで本書の冒頭で述べられていることなのだが、さらに続けて、当初は400年後の昨年(2015年)に放送される企画だったものが、そこに「花燃ゆ」の企画が割り込み、結果的に「真田丸」は1年延期されることになったらしい。
  「花燃ゆ」の主人公は吉田松陰の妹だが、吉田松陰は山口県出身の安倍首相が尊敬を公言している人物である。ときあたかも安保関連法案が国会で審議され成立した年でもある。そのため、NHKがときの政権に配慮したのではないかという疑念が取り沙汰された。さらに、主人公の2番目の夫となる小田村伊之助が「史実よりも活躍の場が膨らまされている」との指摘が多数寄せられたという。他の長州藩士にくらべて知名度の高くない小田村伊之助だが、実は安倍政権を背後から支えているといってもよい政治団体「日本会議」の副会長を務める小田村四郎の曽祖父に当る人物なのだという。個人的には「花燃ゆ」をほとんど見なかったが、ドラマのなかで「あたらしいニッポンをつくれ」など視聴者を煽情するかのような言葉が繰り返されていたそうである。推測の域を出ないとはいえ「花燃ゆ」に対する疑念は深まる一方だ。
  公共放送の大河ドラマにまで影響を与えているかのように思われる「日本会議」だが、不思議なことに大手マスコミは突っ込んだ報道をほとんどしていない。それにもかかわらず、安倍内閣の閣僚の多くが、「日本会議」と直接的につながる議員団体「日本会議国会議員懇談会」の会員であるという事実がある。安倍政権をたんに「右寄り」・「保守的」などのレッテル貼りで終わらせるのではなく、「日本会議」との関係を探ることで、その思想や信条の本質が見えてくるように思う。
  第一章では安倍政権と日本会議との密接な関係を提示するとともに、日本の大手マスコミが日本会議についてこれまでほとんど報道してこなかったことに対して疑念を呈している。それに比べて、海外の主要メディアの方がよほど安倍政権と日本会議との関係について報じているという。正確な情報を得るためには「日本国内の大手メディア」よりも「外国のメディア」に頼らなくてはならない時代に入りつつあるのかもしれない、と著者は書いている。北朝鮮や中国国内の人たちがインターネットなどによって初めて自国の状況を知るように、日本もまたそのような状況に置かれつあるとすれば、他人事ではすまされない怖い話である。
  第二章では日本会議の歴史・系譜・人脈などについて語られている。日本会議そのものは1997年に創設された団体であり古いものではない。しかし、その前身をさかのぼれば神社本庁と「生長の家」の二つの宗教団体に行きつく。神社本庁とは、戦後GHQの「神道指令」によって「国家神道」がいわば禁止され、神社や神道が「生き残りの道」を模索した結果できあがった宗教団体である。ここで著者は「神道」と「国家神道」とのちがいについて注意を促している。「神道」とは神棚に手を合わせ、神社へお参りするような伝統文化としての「信仰」である。一方「国家神道」は信仰の一種であると同時に、あらゆる価値判断の基準を指し示す宗教的な政治システムである。少なくとも昭和に入った頃には、日本国民は「国家神道」に従うことを事実上強制されていたのだという。われわれが鎮守の森で祖霊や神の存在を感じ手を合わすのと、政治家が「わが国は神の国」と発言することのちがいについて、敏感にならなくてはならない。
  第三章では日本会議の人々(それはすなわち安倍政権の閣僚たちと言い換えてもよいと思うが)が共有する政治思想や歴史認識について語られており、戦前戦中の日本を実質的に支配していた「国体」(国柄、国の特質)思想についても検証されている。安倍政権のキャッチフレーズともなっている「日本を取り戻す」だが、その取り戻す「日本」とはどのような「日本」なのだろうか。それは端的にいって「万邦無比」(崇高な天皇を中心とする、世界に比べるもののない至高の存在)の日本ということになるだろう。1945年8月15日を境にして、その後の経済的復興はさることながら、日本の政治状況や文化・思想は衰退の一途をたどっている、と日本会議の人々は考えているようである。戦中に日本軍が行った残虐行為についての明確な謝罪を認めようとせず、それを自虐史観と決めつけてしまう素地もそこにあるのだろう。続く第四章では、日本会議がめざす日本「精神」―教育・家族・道徳、そして靖国神社との関係などについて、日本会議の主要な論客の言葉を手がかりとして読み解いている。一言で言ってしまえば、戦後の個人主義的価値観を悪とみなし(もちろん、その行き過ぎは戒めるべきであるが)多様な価値観の存在を認めようとしない立場のように思われる。それは「私」よりも「公」、個人よりも社会や国家が先にある思想といえるだろう。
  第三章で著者は、今上天皇の「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」との言葉を紹介し、安倍首相や日本会議の論客はこの言葉を無視していると指摘する。また戦前戦中にも天皇の意向を当時の政府が無視した事例が紹介されている。結局のところ、天皇を「崇高な存在」と言いながらも、自分たちの主張に会うように利用しているだけのようにも見える。また、第四章で述べられていることだが、閣僚などが靖国神社に参拝するとき、「戦後日本の平和と繁栄は戦没軍人のおかげ」といった言葉をよく口にする。しかし著者は「特定の先入観を排して、歴史的な事実をストレートに述べれば、戦後日本の平和と繁栄を築いたのは、戦後の焼け野原からの復興に従事した人々、戦前・戦中のような「軍事偏重」の政策を拒絶して、戦後の日本国憲法下で経済発展に尽力した人々であり、戦争で戦死した軍人と、戦後日本の平和や繁栄を論理的に結び付けることは困難です」という。これら一連の指摘は非常に説得的である。もちろん戦没者を慰霊し弔うことは尊重されるべきである。
  最後の第五章は日本国憲法について、安倍首相や日本会議の改憲に対する執念について論じている。元ニュースキャスターの櫻井よしこさんは、いまや日本会議の中心的なメンバーの一人である。彼女は「東日本大震災や阪神・淡路大震災のときも、日本人は助け合いの精神で苦境を乗り越えてきました」としながらも、憲法の「国民の権利」を保障する条項があるから自分の権利ばかり主張する嫌な社会になっているかのように論じている、と著者はいう。そもそも憲法で保障されている自由や権利は、権力の側を制約するものであって、国民の自由勝手な振る舞いを推奨しているわけではない。震災のとき、多くの人々がボランティア的に集い助け合った事実は、自分の権利ばかり主張する嫌な社会とはまったく逆の現実であり、彼女たちの主張とは整合性が取れない。著者はこのような「架空の論法」の事例をいくつも挙げているが、これまた説得的である。「緊急事態条項」などという口当たりのよい(誰もが反対しにくい)条文の追加も、表現の自由を侵す可能性が高いことに注意すべきだろう。
  安倍首相や日本会議の人々の情念は戦前回帰へと向かっている。本書のタイトルどおり、これが著者の結論であろう。その情念の源について本書ではあまり明確にふれられていないが、彼彼女たちは1945年8月15日の日本の敗戦という現実を受け入れられない人たちなのではないだろうか。そして、それを計り知れない屈辱と感じてもいるのだろう。その当時、多くの日本人は敗戦を屈辱と感じていたにちがいないが、その屈辱を希望で乗り越え戦後の復興へとつなげていったではないだろうか。その背景には、GHQの押し付けであろうが何であろうが、九条を核として平和を願い、権力を監視し国民の自由と権利を尊重してきた日本国憲法があった。日本会議の人々がどのような主義主張をもとうが、それは自由である。しかしそれを政策として実現しようとするならば、それははた迷惑を通り越して、危険といわざるを得ない。九条の改正などについて、安倍政権を「軍国主義的」などということもあるが、それをいうならばむしろ「国家主義的」というべきだろう。「個」によって「国家」は成り立つが、「国家」が主となってしまえば「個」など簡単につぶされてしまう。その危険性こそ考えてみるべきである。
  戦後生まれの自分にとっては、日本国憲法は意識せず自然にそこにあるものであって、いわば空気のような存在であった。しかし、ここ数年来というもの、その空気が淀み汚染され、ときに窒息するような感覚を覚えることが多くなってきた。自分の生きている間に、このような時代が来るとは思ってもみなかった、というのが正直な気持ちである。いましばらく余生があるとすれば、多くの人たちが窒息していく姿だけは見たくないものである。

追記:先日、今上天皇は生前退位の意向を示したが、それに乗ずるようなかたちで、自らの主義主張に沿った憲法改正を口にする動きも見られるようである。また、天皇の本意をミスリードするかのような一部マスコミの報道も見られる。天皇の言葉に素直に耳を傾ければ疑いようのないことだと思われるが、今上天皇は日本国憲法に則って象徴としての天皇を強く望んでおり、そのあり方を国民も受け入れてくれるよう願ってもいる。われわれ国民一人ひとりは、天皇の深い願慮に思いを致し、再び誤った道に入り込まないよう常に留意しなければならない。

  

(2016年8月14日:本文を若干修正し、「追記」を加筆)

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