深キ眠リニ現ヲミル

放浪の凡人、中庸の雑記です。
SSなど綴る事アリ。

久々に

2006年05月05日 | 伝言
 HPをばいじりました。そして、なんとなく書いていたSSをアップしました。もちろんブログに。「ふたりの少女」ではなく適当に書いたやつを。

森の中

2006年05月05日 | 小説/SS
 深い森があった。空も塞ぐほど密生した高い木ばかりがそこの地面を覆っていた。森の中はいつも暗くて、涼しくて、彼の昼寝には丁度良かった。
 その日もいつものように森の中に入っていったのだけれど、不思議なことにその日は目が冴えていた。その場に留まることにも退屈して、彼は普段行かない森の奥に入っていった。太陽の光は段々邪悪な森に阻まれて彼の元まで届かなくなった。 足を早める。一層暗くなる。物音にふと、足を止めると風が木々を揺らす音。しかも、それはざわざわとした落ち着いた感じでなくて、風のゴオという音がゆっくりと木々の隙間を、あたかも気まぐれな死神みたいに歩き回っているみたいに途切れることを知らず、揺ら揺らと揺れるような感じがした。
 ふう、彼は一つ息をついてまた歩き出す。ごつごつとした木の根に注意を払いながら、殆ど暗闇に閉ざされた森の奥に進んでいった。
 少しひらけた場所に出ると、ほんのりとした明るさがあった。見上げると、複雑に枝が折り重なった頂点に小さな隙間があって、そこから昼の明るい太陽が入り込んでいるようだった。
 小屋があった。かなり古くて黒ずんだ丸太を組んだもので、至るところに苔が生していた。
 彼は声もかけずにその小屋の戸を開けようとした。長い間空けられていなかったようで、ちょっとやそっとでは開かない。
 大きく身体を傾けて、体重をかけてみてもちっとも動かなかった。
彼はよおし、とばかりに一度少し距離をとってから、息を整えて、一気にドアに蹴りつけた。少しギシギシいっていたドアは高い音を立てて、割れた。
 そこに手をかけて、引いたり押したりしていると、堰が切れるように突然に開いた。
 彼は、腰に下げていた袋からランプをとりだして火をつけた。真っ暗な小屋の中に光がもたらされる。
 部屋の中には空っぽの樽とか頑丈な木の箱とか、紐とか小屋にあるようなありふれたものが揃っていた。人の住んでいた気配はあまりない。
 部屋の中央に四角い木の板が、土の地面の中にはめ込んだようなものを彼は目に留めた。
 彼はよくちょっとした雰囲気とか不思議なものに、誇大な好奇心を湧かせる癖がある。以前もなんてことない山の洞穴に大蛇でも潜んでいないかと、一時間くらいあちこち隈なく見て回っていた。しかも、それほどの珍妙な妄想をして置きながら、準備は不十分だったり、もし本当になにかあったらということを考えない。兄思いの彼の弟も、何度もその悪癖を直そうと試みたが、兄のそれだけは直せなかった。
 彼はまたもやそういった好奇心をもって、その四角い木の板を見て、それについて想像していた。この下には一体どんな獰猛な獣が潜んでいるのだろうか、はたまた地獄への広い入り口かもしれない。それとも、太古の昔に滅んだ魔法技術が目一杯詰まった、賢者の秘密の隠れ家に繋がっている細い時空を超えた坑道になっているのか……彼はめくるめく想像とともに恐る恐る木の板に手をかけた。少し黒ずんだそれは厚く重い。おいそれと持ち上がる気配はない。
 いったんランプを置いて近くにある頑丈そうな木の棒をつっかえ棒にして、彼はなんとかその木の板をズラすことが出来た。下は――。
 やった!
 彼は思わず叫んだ。確かに木の板の下には真っ暗な空洞が広がっているようだった。彼はランプを手にすぐさま空洞の下を照らした。バクバクという鼓動ランプを持つ手を揺らした。下には階段があった。緊張を伴って下っていくと重そうな黒い扉が彼の目に飛び込んできた。
 よし!
 彼はついに勇気を振り絞って扉を押す。ひんやりとしていた。鉄の扉だった。彼が予想していたよりもその扉はあっけなく何の引っかかりもなく開いた。手入れの良い銀行の扉のように音も静かに開いていった。
 ランプの光が消えた。いや、確かに火は灯っているのだが……。彼の目にはそれよりもまぶしい光が飛び込んだ。森に入って以来彼は日の光を忘れていた。しかし、その忘れたものが、彼の目に差し込んだ。
 青い世界。一面に広がる滄海はどこまでも遠くに広がっていた。
 耳元をすり抜けていく微かな風の音と彼の鼓動だけがその世界を奏でていた。腕をぶらんと下ろして彼は目の前の景色にずっと呆気にとられていた。
 やがて、彼は階段を一歩下りた。空気の対流が足元を支配していて彼の靴の中に涼しい空気が流れ込んできた。
 彼の見開いた目は徐々に輝きの満ちた冒険者のものへと変っていった。
 この日を待っていた。ずっと待っていた。全てを捨てて飛び出したいと思えるこの時を。
 彼は大きな声を上げながら、全速力で階段を下っていった。目の前に広がる新しい世界に出会いの喜びを伝えるように。

 まだ、旅は始まったばかりだ。
 彼は日記帳の紐を解いて、勇む心を落ち着けるかのように誰に向けるでもなく、そう綴った。