Photo: A Beach in New Caledonia
今日はわたしがアメリカに留学中の話です。ある日のこと、わたしが授業でプレゼンテーションを無事に終え、カフェでほっとしていると、学部の違う知り合いの日本人と会いました。
「今日、プレゼンテーションだったよね、どうだった?」と尋ねられ、わたしは誇らしげに「それがね、教授にThere is no room for improvementって言われた」と言うと、彼女の顔はサッと曇り、言葉に困っている様子。黙ったまま哀れむような目でわたしを見るので、「え、どうしたの、There is no room for improvementって言われたんだよ」と言うと、彼女は言いにくそうに「だから、『改善の余地が無い』って言われちゃったんでしょ。」ええーっ!そうとったかー。
わたしは慌てて説明した。「あのね、There is no room for improvement って『改善すべきところなんて見つからない、完璧だ』ってことだよ~」と言うと、今度は彼女が目をまるくして驚いた。「そうだったんだー。明るく言うから、なんて慰めたらいいのかと思ったよ。」彼女は自分の間違いに照れながらも、慰める必要の無い事がわかって安心した様子だった。
考えてみると、確かにroomは余地、improvement は改善と訳せる。彼女が、「改善の余地なし」と訳しても無理はない。でも英語での実際の意味は全く違う。There is no room for improvement (改善するところが見つからない位に完璧)この英語表現は、最大の褒め言葉として良く使われます。
もう一つ、日本語に正しく直訳しても意味が異なる表現を紹介しましょう。pull somebody's leg これを日本語に訳すと「人の足を引っ張る」となりますが、英語の意味は日本語のように「足手まといになる」という意味にはならないのです。「人をかつぐ、からかう」という意味になります。You are pulling my leg! と言われたら、「あなたはわたしの足を引っ張っている(邪魔をしている)」ではなく、「あなたはわたしをからかっているのね(うそ言っているんでしょ)」という意味です。
そのまま日本語に直訳しただけでは意味が違う言葉ってあるんですよね。
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今日はわたしがアメリカに留学中の話です。ある日のこと、わたしが授業でプレゼンテーションを無事に終え、カフェでほっとしていると、学部の違う知り合いの日本人と会いました。
「今日、プレゼンテーションだったよね、どうだった?」と尋ねられ、わたしは誇らしげに「それがね、教授にThere is no room for improvementって言われた」と言うと、彼女の顔はサッと曇り、言葉に困っている様子。黙ったまま哀れむような目でわたしを見るので、「え、どうしたの、There is no room for improvementって言われたんだよ」と言うと、彼女は言いにくそうに「だから、『改善の余地が無い』って言われちゃったんでしょ。」ええーっ!そうとったかー。
わたしは慌てて説明した。「あのね、There is no room for improvement って『改善すべきところなんて見つからない、完璧だ』ってことだよ~」と言うと、今度は彼女が目をまるくして驚いた。「そうだったんだー。明るく言うから、なんて慰めたらいいのかと思ったよ。」彼女は自分の間違いに照れながらも、慰める必要の無い事がわかって安心した様子だった。
考えてみると、確かにroomは余地、improvement は改善と訳せる。彼女が、「改善の余地なし」と訳しても無理はない。でも英語での実際の意味は全く違う。There is no room for improvement (改善するところが見つからない位に完璧)この英語表現は、最大の褒め言葉として良く使われます。
もう一つ、日本語に正しく直訳しても意味が異なる表現を紹介しましょう。pull somebody's leg これを日本語に訳すと「人の足を引っ張る」となりますが、英語の意味は日本語のように「足手まといになる」という意味にはならないのです。「人をかつぐ、からかう」という意味になります。You are pulling my leg! と言われたら、「あなたはわたしの足を引っ張っている(邪魔をしている)」ではなく、「あなたはわたしをからかっているのね(うそ言っているんでしょ)」という意味です。
そのまま日本語に直訳しただけでは意味が違う言葉ってあるんですよね。
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no room for ~ はややこしいですね。
no room for argument 議論の余地なし
no room for excuse 弁解の余地なし
混乱しちゃいますねっ!
言葉にも、それぞれお国柄があるんですね。
お写真は森村桂さんが愛した「New Caledonia」なんですね。
やっぱりステキな海ですね。
ちょっぴり不思議な雰囲気もあって・・・
私の生まれ故郷では、「ゴミを捨てること」「ゴミを投げる」と言っておりました。小学校でも「ゴミ捨て当番」ではなく「ゴミ投げ当番」でした。
小学6年生の時、東京で使い切った乾電池を捨てたくて、「どこに投げればいいですか?」と聞いたところ、売店のおばちゃんが怖い顔をして「投げちゃ行けないよ」と私に言ったのを聞いて初めて方言なのだと言うことに気がつきました。
確かに、そう聞いたらびっくりしますよね。
ところで、先日、せっかくコメントを頂いたのに、字化けしてしまい申し訳頂りませんでした。よろしければ、このコメントのレスで載せていただければ、私の方で、入力しておきます。
ユウさんのオーストラリアでの奮闘話、読ませていただきましたが、同感です。あれくらいやらなきゃね。さすが九州男子。
そうですね、森村桂さんの愛した場所ですね。
わたしは彼女のユーモアセンスのある文章が好きでした。
dolceさんがニューカレドニアへ行かれたら、どんなすてき
な写真を撮る事でしょう・・・
これから舞台に立つ人に、Break a leg!
なんて言っていたらびっくりしますよね。
そのままとったら、のろいの言葉ですよ。
まさに、「正しく訳しても意味が違う英語」
です。
ブログは以前から時々拝見しておりました。夏の教会のキャンプのお話は心温まるものでした。コメント文字化けしてすみません。確かにわたしマックユーザーです。書いてから時間が経っているので、正確には覚えていないのですが、せっかくですから、思い出して書いてみます。以下のような事だったと思います。
愛情とは連鎖するものなのではないかと思います。親切にされたその男の子は自分が大きくなった時に、きっと他人の子供にも愛情をもって接するのではないでしょうか。そして、そんな時に、この夏のキャンプを思い出すのではないでしょうか。