■番外編■
<家族旅行以来の久し振りの大阪に出向いた目的は・・・>
高知からの夜行バスは実にあっさりと大阪湊町に到着した。
トイレを済まして外に出る。
足元のスズメがチュンチュンとジャンプしながら街路樹の茂みに消えた。
陽は出ていないが空気の澄んだ初夏の朝で随分と気持ちがいい。
湊町は難波繁華街のすぐ西側で、JRの難波駅がある。
しかしJR難波駅というのは地下に隠れており、地上には派手な看板のラブホ街が立ち並ぶ。
4車線の横断歩道を渡るとすぐに西区。
四ツ橋筋を3分も歩けば昔の職場に到着する。
角地にあったはずの「照ちゃんラーメン」は無くなって、
下世話な黒塗りのシャッターが下りていた。
その隣にあるはずだった昔の職場「ターニン」もどうやらブティックか何かに変わったようだ。
長い歳月は街を大きく変貌させ、懐かしささえ感じられない。
とはいえ大きなビルや路地の空気は昔さながら。
理容師修行のスタート地点、そのお店の前に立っていると思うと少しだけ感傷的な気持ちになる。
アメ村を抜け御堂筋に入る。
御堂筋は相変わらずミナミの象徴。
高島屋はいつも難波の拠点。
高島屋を通り抜け、スクランブル交差点を渡るとすぐに「ホテル南海」、
(おそらく名称は変わっているが・・)
府立体育館と厄介連れて行った交番もそのまま・・(笑)。
そして・・「関美」。
(関美はグラムールと名前を変えて、高速バスが到着した湊町に場所を移している)
空ビルの1階は「コラージュ」だった場所。
その側面に・・
「ヘアテック」(だったところ)
不思議な感覚だが、今すぐにでも働けそうな・・
それくらい強い思い入れがあったということなのだろうか・・。
昼すぎまで難波の街をブラブラした後、南海電車の難波駅に向かう。
モスグリーンではなくなった南海電車に乗る。
「羽衣」で下車。
駅前はもう屋台のラーメンとかも無さそう。
旧商店街を抜け、4車線の横断歩道を渡る。
路地を曲がるとそこは・・・、あった、梶丸文化。
急に心臓の鼓動が鳴り始め、鉄の階段に向かう。
鉄の階段を上がると、やはり手擦りが反動で大きく揺れる。
その揺れに反応して手前の部屋の大村婆さんが・・出てこない・・。
人が住んでいる様子もない。
それはそうだろう、あれから30年も経っているのだ。
それくらいの覚悟でここにやってきた。
真ん中の部屋は私が初めて大阪に出てきて住んだ部屋。
ここも人が住んでいる気配がしない・・。
しかし、奥の部屋の前には植木鉢が並べられ、綺麗な花を咲かせている・・。
「西田さ~ん!」
扉をノックして、祈る気持ちで様子を伺ってみる。
返答無し・・、
やはりそうか・・、同じ人がずっと住んでいるわけないか・・。
鉄の階段を揺らしながら降りているその時、
「は~い」
聞き覚えのある声とともにオバサンが顔を出した。
「あ!西田さんですよね!?」
「そうですけど」
上田「え~と、あの、あ、こんにちは、御無沙汰しております」
「以前、いや、かなり昔に隣のココに住んでいた上田と申します」
西田「いや、ちょっと・・覚えてないですワ~」
上田「あの、散髪学校の学生で・・、そうそう、後にこの下の一階にも住んでました、え~とその・・」
西田「!あ~、高知の兄ちゃんかいな!」
上田「そうです!」
西田「えーっ、全く面影無いなぁ~、いや~立派になってぇ」
「どないしたん?今日は」
上田「あれから大阪に長いこと住んでたのに、挨拶にも訪れずに申し訳ありませんでした」
「あんなにお世話になったのに・・」
「今、高知でちゃんとお店出して何とか頑張ってます」
「いつかココにお礼に来んといかん思いまして、今日やっと来ました」
「いや~、西田さんお久しぶりですね~」
「お元気そうで何よりです!」
興奮して一方的に喋りました。
西田「そうかいな、わざわざ、うれしいなぁ~」
「思い出してきたで兄ちゃん」
「へ~結婚もして、子供さんもできて、へ~そうかいな」
「大村さんが生きてたら喜んでたやろうなぁ~」
上田「えっ?」
西田「ああ、大村さんナ、あれからボケてナ、老人ホーム入りはって」
「それから死んでん」
「ボケてからは大変やってナ~、しばらく私が世話しとったんやけどナ」
「お金を盗んだやらモノ盗みに来たとか言われたりして、まぁ~大変やったワ」
上田「そうだったんですか・・」
西田「そやけど死んでもうたらやっぱり寂しいもんやな・・」
「ず~~とご近所さんやったサカイ」
上田「僕ももうちょっと早く来んといかんかったですね・・、残念です・・」
通路ベランダから少し辺りを見渡す。
上田「この辺もだいぶ変わりましたねぇ」
「あ、そうそう、西田さんの真下、ヤクザ夫婦でしたよね?」
西田「あ~、う~~ん・・」
「あれナ、う~~ん、たぶん奥さんの方が先に死んでたナぁ」
「それからオッサン首つり自殺や」
上田「え!?ここでですか!?」
「え!?そんな事件があっても怖くないんですか!?」
西田「これだけ長いこと住んでたらそりゃイロイロあるわナ、ハハハ」
ベランダには西日が差してきました。
植木鉢の花はその西日のほうを向いていました。
西田「そういえば、アンタ訪ねてきたの2回目やな」
上田「え?」
西田「アレ、いつやったかな~」
「アンタ東京行ったやろ?」
「そのあとやったワ」
「わざわざ訪ねてきてくれてナ」
「オバサン、部屋見せてくれ言うねん」
上田「え?ちょっと全く覚えてないです・・部屋をですか?」
全く予期せぬ展開に、何故か涙腺が緩みました。
西田「見せてくれ言うたんは私の部屋ちゃうでぇ、そこのアンタが住んでた部屋や」
「その時は私の娘が住んでた部屋やったからナ、鍵開けて見せたってん」
「そしたらな、うわぁ~懐かしい~って」
「それから大きな声でな・・」
「【こ~んなに広かったんやなぁ~~】・・・やて」
「ハハハハ、この狭い部屋がやでぇ」
「私な、あ~この子、東京でかなり辛い思いしてきたんやろな~、って思うたワ」
緩んだ涙腺から涙がこぼれました。
上田「・・・、ありがとうございます・・・」
こんなところに・・、自分なんかの事を想ってくれた人がいる。
「青かった自分」「辛くて東京から逃げだした自分」、
そんなことを察してくれた優しい西田さん・・。
何て梶丸文化は・・、いや何て大阪は温かいのだろう・・
涙を拭い、西田オバサンに言いました。
「今日は来た甲斐がありました」
「いや~ホントにありがとうございました!まだまだ頑張れそうです(笑)」
「西田さん!記念写真撮りましょう!!」
人は人と繋がって、それを支えにして生きていく・・。
「人を想うという力(チカラ)」
大阪の「湿気」が持つ「温かさ」は、私のかけがえのない財産となりました。
■番外編・完■
これにて「エルソル大阪物語」は本当の終了です。ではみなさん、また逢う日まで!!
「人生という名の列車」~馬場俊英~
「分かってるし、でもできないよカトちゃん」(笑)
== あとがき ==
最後までお付き合いくださったみなさん、お疲れ様でした!
読みづらく、分かりづらかったことでしょう。
誤字・脱字、色々な間違い、そして失礼の数々をお許しください。
この冬に10年ぶりの高校の同窓会がありました。
ついに50歳を迎えた私達、
それぞれの子供達は都会に進学したり、新社会人としてデビューしたりと、
慣れない環境に四苦八苦しているようです。
随分歳を取った私の趣味の一つが山歩きです。
先日、足元を黄金色に光輝く「苔」に目を奪われました。
「モスグリーン」という言葉があるように「苔」も美しく光輝いていました。
その「苔」を持ち帰り「苔玉」を作ってみました。
水分を多めに与えたり、朝の陽射しにさらしたり、出来るだけ採取した環境に近づけてみました。
しかし「苔」は輝きを失い、日に日に弱っていくようです。
「苔」といえども、その場所の水、湿度、陽の当たり具合、土との相性、
私の知らない「数多くの」条件が重なり合い、それではじめて光り輝いているようです。
私達人間も一人で生き抜くことは非常に困難です。
まして新しい環境で闘う子供達は、おそらく苦悩の毎日を過ごしているでしょう。
今回、この物語はそんな新人達への親世代からのエールでもあります。
出来るだけ多くの人に出会い、悩みを共有し、
出来るだけ多くの人に関わり、助け、または助けてもらう。
「多くの出会い」「多くの関わり」は多くの苦悩を乗り越え、
やがては人を成長させ、そしてやっと光り輝くことになるのでしょう。
このお話は、
今から約20年前、ヘアテック時代のスタッフ四藤君(本名佐藤君)が
その後ヘアテックを辞めて「大衆理容」で働くことになり、
「長文の励ましメール」を書いたことがはじまりです。
そして今から10年前、
高校同窓会があり、会員制SNSが誕生し、
どこか懐かしいこの昔話を、同じ時代を共に生きてきた同級生達に対し、
物語形式で披露することを思いつきました。
物語は「青かった昔」を振り返った『第1部』、
『第2部・店長編』では少しは立派になったものの、やはり修行・苦悩が見え隠れ、
結局は「第1部・第2部」全体で、
【一人の「理容師」が出来るまで】を描いたカタチとなりました。
舞台は人情の街「大阪」。
田舎から出てきた青年。
そこに感情の起伏の激しい大阪人が絡むと、 物語は勝手にドラマチックになります。
ほぼ「ノンフィクション」で登場人物はすべて実在しています。
自分自身、昔を振り返るいいきっかけになりました。
今思うと「こんな風には考えない!」と思いますが、
当時の自分の考え方、気持ちを大切にし、 出来るだけ忠実に描きました。
当時の手帳・システム手帳に書かれた予定表、写真などを睨みながら、
ノスタルジックな世界に惹きこまれて、うまくタイムスリップ出来たように思います。
「アナログな時代」には「味」がありました。
若い頃、遠方の同級生達によく「手紙」を書きました。
出した手紙の返事を期待してポストをよく覗きました。
頂いた手紙の筆跡から相手の表情が浮かびました。
黒電話では相手の親が出てきた時に備え、挨拶文句を考えたりました。
待ち合わせ場所ではとても我慢強く待てました。
多くの隣人に関わりました。
それぞれに事情がありましたが、みんなちゃんと受け止めていました。
「喜怒哀楽」が激しく、大げさに「一喜一憂」しました。
現在の「乾いた時代」に読み返すと、 「湿気」がもつ「温かさ」が心地よく感じます。
私と同じ世代からすると「何処か懐かしい物語」、
その子世代には「多くの人に関わり、前を向いて頑張れば何とかなるもの」というエールです。
「立ち止まった後は、そこで待つのではなく一歩だけ前に進んでみればいい」
何はともあれ、
長い長~い物語にお付き合い頂き、ありがとうございました!
また、これからもみなさん!、もう少しの間お互いに頑張りましょう!!!
== あとがき (完) ==
「Pellicule」by 不可思議/wonderboy
■最終話■
【後日】
ヘアテック・コラージュ連合『コラテック』が「お別れ会」を開いてくれました。
これが最後の飲み会になりました。
「大阪らしいところがいい」という僕の希望から、
道頓堀のビル7階の居酒屋で、小部屋の座敷でした。
「ヘアテック」の、
藤、四藤君、中田君、そして辞めた坂田君、
「コラージュ」の、
吉福店長、衣川さん、山上さん、村木さん、磯野君、
今田さん、井垣君、前本君、上山田君、狩野さん、独立したサンタさん、
多くの同僚が集まってくれました。
これほど集合したのは初めてで、みんないつもより気分が高揚した感じでした。
「まだ乾杯やってませんよねぇ~」
少し遅れて、「ヨシコ」が現れました。
主婦になった「ヨシコ」は、お腹の大きな妊婦でした。
藤「よし!全員揃ったな!ほんなら始めよか!?」
大きな食器皿が出てきて、ビールがなみなみと注がれました。
四藤・磯野「まずはコレ全部いってもらいましょう!!」
少し時間をかけ、一気に飲み干しました。
「ウォーーッ」(歓声)
挨拶、
「みんな、ありがとう!」
「ヘアテックは自分にとって大阪の集大成でした」
「それをこんなに祝福されながら終わることが出来て・・・・・・、」
「アカン、泣けてきた・・(ウソ泣き)」
「ホンマに幸せでした!ありがとう!!」
「乾杯」が終わり、次から次へとみんながお酒を注ぎにやって来ました。
「藤、次期店長任せたで!頑張ってや!ありがとう」
「ヨシコ、OPEN時の大変な時によう頑張ってくれたな!ありがとう」
「四藤君、真面目やから絶対に成功するワ、藤店長を頼むで!ありがとう」
「坂田君、もうお店辞めんように頑張らなあかんで!ありがとう」
「中田君、短い期間やったけど、ありがとう」
「コラージュ」のみんなにもそれぞれに「思い」を語りました。
~ワイワイガヤガヤ、~
いつもの雑談になりました。
みんなお酒が入り、笑い声が部屋中に響きます。
中田君が「ガシャン」とビール瓶を倒しました。
「あ~あ~あ~あ~!」みんなが大声で合唱します。
ヨシコが自分のバックに被害がないか心配しています。
藤が嬉しそうに鋭く突っ込みます。
坂田君がその突っ込みに手を叩いて笑います。
四藤君が咥えタバコで辺りを拭いています。
コラージュのみんながヘアテックを冷やかします。
赤い顔して、・・みんな楽しそうです。
「ふうーっ」、一つため息をついた僕は、
若いスタッフ達をぼんやりと遠巻きに眺めていました。
「えらい無邪気に笑ってんなぁ・・」
「自分もあんなに若かったんやなぁ・・」
すると突然、周りの雑音が聞こえなくなりました。
若いスタッフ達の姿に重なり、
昔の「若い自分」がボ~ッと浮かびあがりました。
「若い自分」はそこに膝を抱えて座っていました・・・
「ヨレヨレのシャツを着て・・」
「汚れたズボンを履いて・・」
「ガリガリに痩せていて・・」
「右も左も分からなくて・・」
「オドオドして・・」
「愛想笑いばかりして・・」
「痩せ我慢ばかりして・・」
「辛いくせに・・」
「逃げ出したいくせに・・」
「助けてほしいくせに・・」
「その場をしのぐことばかり考え・・」
「夜になると心がガクガクと震え・・」
「寝たら明日が来てしまうと思い・・」
「夜が明けることを不安に思い・・」
「未来に希望なんか見えず・・」
「いつも一人ぼっちだと思い・・」
「甘えさしてくれるところを探しまわり・・」
「自分の事だけ考えて・・」
「自分の事しか考えなくて・・」
「人に迷惑ばかりかけて・・」
「いっぱいいっぱい迷惑かけて・・」
そんな「青い自分」がそこに膝を抱えて座っていました・・。
『・・・これでもう終わりなんやな・・』
そう思った瞬間、涙がポロッとこぼれ落ちました。
自分でも驚きました。
大阪で初めて泣いてしまいました。
一度堰を切った涙は止まらずに嗚咽に変わりました。
みんなの談笑がピタリと止まり、一斉に視線が注がれました。
僕はもう、かすれた声を絞り出すのが精一杯でした・・
上田「みんな・・・もうお別れやな・・・元気でな・・」
「頑張らなあかんで・・」
「ごめん・・・」
少しの間上を向き、おしぼりを目にあてがいました。
僕はこの時初めて「大阪」との別れを実感していました。
ヨシコ「店長、これ・・・」
ヨシコが「大きな花束」を持ってきました。
ヨシコ「店長、ありがとうございました、高知でも頑張ってください」
溢れる涙をそのままにして受け取りました。
四藤君「店長、コレも・・」
四藤君に渡された袋を開けると「ルーレットのパンツ」が出てきました。
「いるか!こんなもん!お前まだ持ってたんか!」(ポイッ)
楽しいひと時はいつまでも続かず、いつしかお開きになりました・・。
下りのエレベーターからは大阪のネオン街を見下ろしました。
お店の名前を決めました。
『エルソル』
ラテン語で太陽です。
いつまでも輝きます。また、お客様を輝かせます。
【ヘアテック出勤最終日】、
予告してあったんで、たくさんの常連さんで賑わいました。
「ついに故郷に錦を飾るかぁ、頑張ってな!」
最後のお客さんを終え、大阪での仕事は幕を閉じました。
「記念写真」を撮ろう!
コラージュのみんながレッスンを中止し、なだれ込んで来ました。
上田「もう今日は泣かへんぞー!」
寂しい気持ちも無く、前を向いていました。
写真撮影が終わるとお店の外に連れ出されました。
人生2度目の「胴上げ」です。
宙に舞いながら清々しい気持ちでいっぱいでした。
コラージュのみんなはワイワイとレッスンに戻っていきました。
「お疲れ様でした!それではお元気で」
ヘアテックのみんなも帰りました。
僕は最後のカルテ整理を終え、
いつも通りにヘアテックを後にしました。
難波の夜はいつもと同じく、温かい湿気がまとわりつきました。
僕は「ホテル南海」の前で立ち止まり、
ゆっくりと上を見上げました・・・
==== 完 ==== H10・5・31
■最終話■
エルソル大阪物語
大皿イッキ
全員集合
■68■
【5月の終わり】
『学校職員組』が日本橋の居酒屋で「お別れ会」を開いてくれました。
長島先生、古尾先生、武ちゃん、水落君。
長島先生「とりあえず乾杯するか・・、じゃあ乾杯~」
上田「古尾先生はやっぱりお酒はダメなんですか?」
古尾先生「カンベンして上田、・・飲んだら倒れるワ(笑)」
上田「いや~皆さんには随分とお世話になりました。」
「もう何の言葉もありませんワ」
「ありがとうございました」
長島先生「寂しなんなぁ~」
上田「ホンマ、何かごっつい寂しいですワ・・」
長島先生「これからこんな魚よりもっとええ魚毎日食えるんやろうな~」
刺身に手を伸ばした長島先生が続けました・・
長島先生「お前覚えてるか?」
「関美の生徒の頃、入学式の次の日やったかな・・」
「みんなに『明日学校に雑巾2枚持ってきて』って言うてな」
「後から『しまった』って思うとってん・・」
「お前田舎から出てきて一人暮らしやったからな」
「雑巾なんか無いやろな~って心配しとってんや・・」
「そしたら次の日、お前ちゃんと2枚持ってきたやろ?」
「よう見たら手縫いやったワ」
「綺麗な粗品タオルをヘタクソに縫ってあったワ・・」
「その話をしてからウチの嫁はずっとお前のファンやで、ハハハ」
「夜中まで縫ったんやろな~って」
上田「覚えてますワ」
「電話もなかった頃で相談相手も居なかったし」
「もう『知るか』思うて適当に縫いましたワ」
「小学校の家庭科が活きましたワ」
「しかし、ようそんな昔の些細な事を覚えてましたね~」
サラダばかり食べている古尾先生が続きます・・
古尾先生「ボクもお前の昔の事覚えてんで~」
「お前、生徒の時、東のシェービングモデルに手を挙げたやろ~?」
「東がお母さんに言ったらしくてな、」
「学校までお礼の電話がかかってきたで」
「『友達も出来ないウチの子に・・ありがとうございます』って」
「電話の向こうで泣いてたワ」
「よほど嬉しかったんやろな~」
上田「そうやったんですか・・」
「ヤツが持ったカミソリに横になって目をつぶるなんて・・」
「今やったら絶対嫌ですワ!!コワイもん!」
長島・古尾「ハハハハハ」
古尾先生「関美生徒から関美助教師、」
「助教師から修行に戻って、ちゃんとお店を出すってスゴイことやで」
「関美理容部の誇りやで!」
古尾先生が大袈裟に言い放ち、上手な笑顔をつくりました。
上田「そうそう古尾先生、やっぱ『関美』ですよね~!」
「なんで『グラムール』なんかにしたんやろ?」
「いろいろありましたけど、『関美バンザイ』ですワ!」
ビールが進みはじめ、すぐにほろ酔いになりました。
長島先生「お前らのクラスはホンマいろいろあったな~」
「歴代1、2番を争う大変なクラスやったワ」
水落「ボクもあのクラス、入った瞬間に『ヤバい』思うたもん(笑)」
酒が弱い水落君が頑張って酎ハイを飲んでいます。
上田「あのクラス、水落君が居ってくれて助かったワ」
「『普通の人』が居れへんかったもん・・」
古尾先生「確かに普通じゃなかったな~(笑)」
「そういや、お前東京に就職に行ったな」
「なんでダメやったん?」
上田「完全に背伸びしすぎましたワ」
「足元も見えてへんし、進む方向さえ分からんでした・・」
長島先生「若いうちは『背伸び』はせんといかん」
「背伸びしとかんと本当に伸びんもんや・・」
「お前にとってはええ背伸びやったんちゃうか?」
上田「そうですね、あれで地に足が着いた感じがします」
長島先生「それからまた偶然に藤本先生が病気になってな~」
「上田先生誕生や」
武ちゃん「いや~、うれしかったで~!」
「同じ南海電車って聞いたときから『やったー!』思うたな~」
「やっと竹中先生から逃れれるって(笑)」
長島先生「ユミか?」
「そういや~今日呼ぶの忘れたな・・呼ぶか?」
上田・武ちゃん「アカン、アカン、アカン!」
全員「ワハハハハハ」
古尾先生「それから水落に先生交代か~」
水落「僕にとっては『渡りに船』でしたワ、ホンマ」
「けど、そっからの上田君えらかったな~」
「店探しはハンパじゃなかったもんな~」
武ちゃん「ウチにもよう泊まりに来てたでな」
「夜中にブツブツうるさかったワ!(笑)」
武ちゃんと長島先生はついに日本酒に手を出しました。
上田「あの半年についての『正解』は分かりません」
「でも後悔は無いですね」
武ちゃん「それからしばらくして、まさか関美の店で店長やるとはな~」
「関美に縁ありすぎやな」
長島先生「人探しに困ってる時に、お前が現れたのにはビックリしたワ」
古尾先生「ホンマですね~、上田から後光が差してたワ」
上田「ハハハハ」
「いや~、何もかも勉強になりましたワ」
「こんなに大阪でやれるとは思いもしませんでした」
関美理容部と武ちゃん、
みんな年上なんで、正直な思いを素直に口に出来ます。
居心地のいい集まりで、時間はあっという間に過ぎていきます。
長島先生「高知に帰っても頑張りや!」
古尾先生「上田やったら大丈夫やからな、頑張ってな!」
武ちゃん「大阪で店出しぃ~や」
水落「高知の引っ越しは呼ばんといてよ!」
【長島先生】
大阪に出てきた頃、初対面の第一印象は「ジャンボ鶴田似」でした。
いろんな散髪屋さんで働いてきましたが、自分の「師匠」はこの方です。
自分の人生は「長島先生」抜きでは語れません。
それ位お世話になりました。
【古尾先生】
第一印象は「神経質なサイボーグ」でした。
大変可愛がって頂き、いつも真剣に話を聞いてくれました。
【武ちゃん】
第一印象は「背の高いカマっぽいロン毛の先生」でした。
兄貴分で、弱い自分を温かく見守ってくれました。
【水落君】
第一印象は「がっちりした柳沢シンゴ似」でした。
年上ですが、関美同期生です。
「富長の鋏」、そして水落君に頂いた「コーム(櫛)」は、
必ずCUTの最初に使うと決めました。
上田「みなさん、ありがとうございました!」
「ホンマにみなさんには下積みの頃から支えてもらって・・」
「感謝してもしきれないです!お世話になりました。」
「正直、関美に入ったときはどうなることかと思ったけど(笑)」
「ホンマに『関美バンザイ』ですワ!」
本当にこの方々には足を向けて寝られません。
自分を「大きく」、そして「強く」育ててくれました。
■68■(次回最終話)
■67■
コラージュのサンタさんが相談に来ました。
サンタ「実は私、もうすぐお店辞めます。吉福店長も知っています」
「独立してブライダル関係の仕事をしようと思います」
「ヘア・メイク、そしてシェービングを取り入れたいんです」
「シェービング講習していただけませんか?」
サンタさんはOPEN時からの仲です。
一つ返事で引き受けました。
連日閉店後、シェービングレッスンをしました。
さすが「コラージュ」のスタッフ、集中力が違います。
メモまでとりながら学ぶ姿勢が見え、教えた事がどんどん吸収され、身に付いていきました。
「独立か・・・、自分もそろそろやな・・」
冬になり、
田舎に帰ってお店を出すことを決心しました。
初夏6月に退社することを社長に申し出ました。
社長「そう、それはいい話ねェ、頑張って!応援するから」
ヘアテックのみんなにも報告しました。
藤「【30にして立つ】か・・、やるな~」
上田「藤!後は任すからな!」
実家を取り壊し、3階建の店舗兼住宅を建てることになり、
銀行回ったり、設計士・工務店・業者とのやりとりの為、月に2・3回、田舎を往復しました。
春になり、
大相撲の季節です。
「お世話になりました」
呼出しカツユキさんに頭を下げました。
カツユキ「高知かあ、巡業で行ったら会えるね」
「店長が辞める」という事態に不安を感じ取った坂田君が、
お店を辞めると言いはじめました。
自分に止める権利はないが、次期店長藤に苦労させるわけにいかずに説得しました。
しかし、辞めたい理由の内容が変わり、「コラージュに入りたい」になりました。
理容師が美容室に入れるわけありません。
美容学校からやり直しです。
もちろん吉福店長もこれはNGで、それでも諦めきれない坂口君は、
「他の美容室に行く」と言います。
「頑固さ」は相変わらずで、もう説得も無駄でした。
坂田君は3月いっぱいで辞めました。
4月になり、
学校から新人が送り込まれました。
『中田ススム』、インターン(男)
鳥取出身、明朗活発、何事もスマートにこなす。
そして5月になり、
「四藤君」が帰ってくることになりました。
親父さんが病気になり、お店を続けることが出来ず、出戻りです。
5月は上田・藤・四藤・中田と『4人体制』になり、売上も過去最高になりました。
常連のお客さんにも徐々にお別れの挨拶をしていきました。
ショットバー3軒を持つオーナー田野上さん、
「店長、店の名前は絶対ラテン語にしとき!」
若手建築デザイナー水谷さん、
「僕にお店のロゴ、デザインさせてください!」
超常連、ご近所若者の新君、
「いつか必ず高知に散髪行きますんで・・」
同じく常連若者の荒木君、
「親の里が中村の近所なんで里帰りの時に寄らしていただきます!」
みなさんありがたいことを言ってくれます。
なかでも凄かったのは、高島屋事業部統括町田さん、
「今度高島屋新宿店ができるんだけど、」
「実は店長をスカウトしようと思っていたんやけど・・」
「店長、あの話、覚えてる?あれ、イケるで!」
「でもまあ頑張ってや」
ビックリしました。
田舎に帰る予定が無ければ、間違いなく新宿の話に乗っかっていました。
「あの話」とは、「シェービング専門店」です。
「男性版」は
忙しいビジネスマン相手に30分のリラクゼーション、
これを散髪屋としてやるんじゃなくて、
クイックマッサージのように「専門店」としてやるというもの。
「女性版」は
レディースシェーブそのもの、
フェイシャルエステ、ブライダルシェーブ、
これも散髪屋としてやるんじゃなくて、スタッフも女性オンリーの「専門店」としてやるというもの。
町田さんが注目したのは『女性版』でした。
「チャンスというものは、こうやって訪れるもんなんや!・・・」
しかし、田舎に帰る腹はもう固まっていました。
■67■
レッスン、四藤君・中田君