■番外編■
<家族旅行以来の久し振りの大阪に出向いた目的は・・・>
高知からの夜行バスは実にあっさりと大阪湊町に到着した。
トイレを済まして外に出る。
足元のスズメがチュンチュンとジャンプしながら街路樹の茂みに消えた。
陽は出ていないが空気の澄んだ初夏の朝で随分と気持ちがいい。
湊町は難波繁華街のすぐ西側で、JRの難波駅がある。
しかしJR難波駅というのは地下に隠れており、地上には派手な看板のラブホ街が立ち並ぶ。
4車線の横断歩道を渡るとすぐに西区。
四ツ橋筋を3分も歩けば昔の職場に到着する。
角地にあったはずの「照ちゃんラーメン」は無くなって、
下世話な黒塗りのシャッターが下りていた。
その隣にあるはずだった昔の職場「ターニン」もどうやらブティックか何かに変わったようだ。
長い歳月は街を大きく変貌させ、懐かしささえ感じられない。
とはいえ大きなビルや路地の空気は昔さながら。
理容師修行のスタート地点、そのお店の前に立っていると思うと少しだけ感傷的な気持ちになる。
アメ村を抜け御堂筋に入る。
御堂筋は相変わらずミナミの象徴。
高島屋はいつも難波の拠点。
高島屋を通り抜け、スクランブル交差点を渡るとすぐに「ホテル南海」、
(おそらく名称は変わっているが・・)
府立体育館と厄介連れて行った交番もそのまま・・(笑)。
そして・・「関美」。
(関美はグラムールと名前を変えて、高速バスが到着した湊町に場所を移している)
空ビルの1階は「コラージュ」だった場所。
その側面に・・
「ヘアテック」(だったところ)
不思議な感覚だが、今すぐにでも働けそうな・・
それくらい強い思い入れがあったということなのだろうか・・。
昼すぎまで難波の街をブラブラした後、南海電車の難波駅に向かう。
モスグリーンではなくなった南海電車に乗る。
「羽衣」で下車。
駅前はもう屋台のラーメンとかも無さそう。
旧商店街を抜け、4車線の横断歩道を渡る。
路地を曲がるとそこは・・・、あった、梶丸文化。
急に心臓の鼓動が鳴り始め、鉄の階段に向かう。
鉄の階段を上がると、やはり手擦りが反動で大きく揺れる。
その揺れに反応して手前の部屋の大村婆さんが・・出てこない・・。
人が住んでいる様子もない。
それはそうだろう、あれから30年も経っているのだ。
それくらいの覚悟でここにやってきた。
真ん中の部屋は私が初めて大阪に出てきて住んだ部屋。
ここも人が住んでいる気配がしない・・。
しかし、奥の部屋の前には植木鉢が並べられ、綺麗な花を咲かせている・・。
「西田さ~ん!」
扉をノックして、祈る気持ちで様子を伺ってみる。
返答無し・・、
やはりそうか・・、同じ人がずっと住んでいるわけないか・・。
鉄の階段を揺らしながら降りているその時、
「は~い」
聞き覚えのある声とともにオバサンが顔を出した。
「あ!西田さんですよね!?」
「そうですけど」
上田「え~と、あの、あ、こんにちは、御無沙汰しております」
「以前、いや、かなり昔に隣のココに住んでいた上田と申します」
西田「いや、ちょっと・・覚えてないですワ~」
上田「あの、散髪学校の学生で・・、そうそう、後にこの下の一階にも住んでました、え~とその・・」
西田「!あ~、高知の兄ちゃんかいな!」
上田「そうです!」
西田「えーっ、全く面影無いなぁ~、いや~立派になってぇ」
「どないしたん?今日は」
上田「あれから大阪に長いこと住んでたのに、挨拶にも訪れずに申し訳ありませんでした」
「あんなにお世話になったのに・・」
「今、高知でちゃんとお店出して何とか頑張ってます」
「いつかココにお礼に来んといかん思いまして、今日やっと来ました」
「いや~、西田さんお久しぶりですね~」
「お元気そうで何よりです!」
興奮して一方的に喋りました。
西田「そうかいな、わざわざ、うれしいなぁ~」
「思い出してきたで兄ちゃん」
「へ~結婚もして、子供さんもできて、へ~そうかいな」
「大村さんが生きてたら喜んでたやろうなぁ~」
上田「えっ?」
西田「ああ、大村さんナ、あれからボケてナ、老人ホーム入りはって」
「それから死んでん」
「ボケてからは大変やってナ~、しばらく私が世話しとったんやけどナ」
「お金を盗んだやらモノ盗みに来たとか言われたりして、まぁ~大変やったワ」
上田「そうだったんですか・・」
西田「そやけど死んでもうたらやっぱり寂しいもんやな・・」
「ず~~とご近所さんやったサカイ」
上田「僕ももうちょっと早く来んといかんかったですね・・、残念です・・」
通路ベランダから少し辺りを見渡す。
上田「この辺もだいぶ変わりましたねぇ」
「あ、そうそう、西田さんの真下、ヤクザ夫婦でしたよね?」
西田「あ~、う~~ん・・」
「あれナ、う~~ん、たぶん奥さんの方が先に死んでたナぁ」
「それからオッサン首つり自殺や」
上田「え!?ここでですか!?」
「え!?そんな事件があっても怖くないんですか!?」
西田「これだけ長いこと住んでたらそりゃイロイロあるわナ、ハハハ」
ベランダには西日が差してきました。
植木鉢の花はその西日のほうを向いていました。
西田「そういえば、アンタ訪ねてきたの2回目やな」
上田「え?」
西田「アレ、いつやったかな~」
「アンタ東京行ったやろ?」
「そのあとやったワ」
「わざわざ訪ねてきてくれてナ」
「オバサン、部屋見せてくれ言うねん」
上田「え?ちょっと全く覚えてないです・・部屋をですか?」
全く予期せぬ展開に、何故か涙腺が緩みました。
西田「見せてくれ言うたんは私の部屋ちゃうでぇ、そこのアンタが住んでた部屋や」
「その時は私の娘が住んでた部屋やったからナ、鍵開けて見せたってん」
「そしたらな、うわぁ~懐かしい~って」
「それから大きな声でな・・」
「【こ~んなに広かったんやなぁ~~】・・・やて」
「ハハハハ、この狭い部屋がやでぇ」
「私な、あ~この子、東京でかなり辛い思いしてきたんやろな~、って思うたワ」
緩んだ涙腺から涙がこぼれました。
上田「・・・、ありがとうございます・・・」
こんなところに・・、自分なんかの事を想ってくれた人がいる。
「青かった自分」「辛くて東京から逃げだした自分」、
そんなことを察してくれた優しい西田さん・・。
何て梶丸文化は・・、いや何て大阪は温かいのだろう・・
涙を拭い、西田オバサンに言いました。
「今日は来た甲斐がありました」
「いや~ホントにありがとうございました!まだまだ頑張れそうです(笑)」
「西田さん!記念写真撮りましょう!!」
人は人と繋がって、それを支えにして生きていく・・。
「人を想うという力(チカラ)」
大阪の「湿気」が持つ「温かさ」は、私のかけがえのない財産となりました。
■番外編・完■
これにて「エルソル大阪物語」は本当の終了です。ではみなさん、また逢う日まで!!
「人生という名の列車」~馬場俊英~
「分かってるし、でもできないよカトちゃん」(笑)