三輪えり花の脳みそ The BRAIN of ELICA MIWA

演出家、三輪えり花の脳みそを覗きます。

RADA 英国王立演劇学校の3年間

2007-06-24 21:28:24 | 演技って?
さて、RADA連載2回目。
今日は、ラダの3年間のカリキュラムを概観します。

<ラダの学校制度と多彩なプログラム>
前回書いたように、ラダの理想は高く、守備範囲は広い。
国庫の補助はないが、貴族や企業、文化人たちからの寄付は多い。

が、理想を掲げたり設備を新しくしたりするのは簡単だ。
難しいのは、それをどうやって実際の演技教育に反映するかだろう。

ラダの学校制度は三年間の俳優養成と二年間の舞台監督養成の二部門。
いずれも狭き門だが、ことに俳優部の入試は厳しい。
世界各国から高卒大卒を問わず、或いは仕事をやめてまで、2500人から3000人もの俳優志望が受験しにやってくる。

書類選考はなく、全ての志望者がチャンスを得る。
ロンドンとニューヨークで長期に亘るオーディションがあり、最終に残るまでにおよそ4段階を要する。
本人のやる気と才能は言わずもがな、最後には一緒に勉強する仲間たちと切磋琢磨し互いにプラスの影響を与えながら授業に臨めるかどうか等、本人の人間性までも考慮して選考する。

合格するのは男女わずかに十七人ずつ。

こうした熾烈な競争を経て合格した仲間たちは必要に応じて、クラス単位、少人数単位、或いは個人レッスンを通して、声と体と頭を訓練していく。

最初の一年は個人の癖を取り去ることと感性を磨くことに重点がおかれる。
二年目はいろいろなジャンルの台本を少しずつ使用しながら応用を学ぶ。

この間、公の場での公演は一切ご法度。
校長ら講師陣を前にしての短い作品発表は学期ごと、授業ごとにあり、学生は評価とコンサルティングを受ける。

最終学年になって、漸く一本の作品を演じるだけの技量を身につけたとされるのだが、ここからが戦いだ。
一年間でジャンルの異なる五本の作品に出る。
稽古期間はいずれも約六週間、平日朝十時から夜十時までで、公演は二週間。
それぞれの公演にはイギリス中の演劇・映画・テレビのプロデューサーや演出家、キャスティング・ディレクターやプロモーターたちがハンティングにやってくる。
誰もが敵より先に大きな原石を見つけようと躍起になっている。
彼らの目に留まれば在学中でも映画やテレビに抜擢されることがあり、実際、毎年一、二名はそういう人物が出る。

卒業式から一年以内に全員が立派な仕事につき、どこに行っても、どんな演出家の元でも、どんなジャンルの作品に着いても結果を出してくる。
これも、入学当初から選び抜かれた天才たちだからか。

そう言ってしまうのはたやすい。

だがその結論を出す前に、ラダの授業内容をもう少し細かく見てみよう。

つづく。

RADA 英国王立演劇学校の成り立ち

2007-06-22 16:05:34 | 演技って?
RADA、ラダ。
英国王立演劇学校すなわちロイヤル・アカデミー・オブ・ドラマチック・アートの頭文字である。

ラダ出身の俳優は英国でもトップクラス、ということは世界でもトップクラスの俳優である。
舞台は勿論、映画にテレビにラジオに声優にと実に幅広く活躍している。
それも、どの俳優もがすべてのジャンルをこなせるのである! 

これはすごい。

普通、舞台訓練を受けた俳優はカメラの前での演技が苦手なものだし、映像用の訓練を受けた者は舞台では何をしているのかわからないくらい演技が小さくなってしまったり、逆にがんばりすぎてただ大げさになってしまったりする。
ハリウッド映画のトップスターだって舞台に立つと酷評を浴びて挫折したりする。ところがラダ出身の俳優は、いやラダばかりではない、イギリスのトップレベルの演劇学校出身の俳優は、さもあたりまえのように舞台も映像もこなしてしまうのである。

なぜだ! 

この疑問を解くべく私はイギリスへ出かけ、実際に二年間ラダに身を置いて学生たちと共にラダの演技教育を体験した。

『三輪えり花の脳みそ』<演技って?>の項目で、このラダの演技教育について、テーマごとに、述べてみようと思う。

≪RADAの成り立ちと姿勢≫ 
そもそもラダは二十世紀の始まりとほぼ同時に、一人の俳優によって設立された。
時代はイプセンやチェーホフなどのいわゆるリアリズム演劇が登場して十年余り。
イギリスではジョージ・バーナード・ショーらの新しい劇作家が登場し、ショーは自分の劇作のリズムで喋ることのできる俳優を欲していた。
その友人の俳優ビヤボンツリーが、それなら俳優を特別に訓練しようと一念発起して、ある劇場の屋根裏部屋を借りて演技と台詞のワークショップを始めたのがラダの発端であった。

ビヤボンツリーがシェイクスピア俳優としても名優であったこと、それでいて新しい台詞を書くバーナード・ショーの作品を演じたかったことが、先ず基本的な柱としてあったが故に、古典から同時代の劇まで自由にこなせる俳優を育てるためのラダができたのである。

≪愛されるRADAの秘密≫
さて、この自主練サークルの噂はあっという間に口コミで広まり、我も我もと有名無名を問わずプロの俳優たちが押し寄せたため、しばらくして大英博物館の北、ロンドン大学本部校に隣接した場所に居を移すことになる。
これが現在でもラダのあるガワー通りだ。

当時の建物は第二次大戦中のドイツ軍の空襲に遭い、跡形も無くなったが、卒業生たちは貧しい中から資金を出し合い、また、ショーらは自分の貯金の多くを投じて、終戦後驚くべき速さで立派な額縁劇場つきの建物を復興した。
ラダに行くと、一九四〇年代の戦時服に身を包み、瓦礫の山と化したラダ跡に、復興への強い意志を瞳に湛えた十数名の俳優が立っているモノクロの写真を見ることができる。

二十一世紀を迎えてラダは、その由緒ある建物を老朽化のためやむなく取り壊し、新品の校舎を建てた。
三つの劇場も、オフィスや稽古場も大きくし、衣裳・小道具・装置等各製作室も、照明や音響等諸設備も立派に整えた。
今回の改築にも実に多くの演劇人が協力した。
ラダがいかにイギリス中から愛され、尊敬され、大切にされているかがわかる。

伝統と現実と実験を三つ巴で大切にして俳優を育てることで社会に貢献しようというラダの姿勢が多くの共感と賛同を呼ぶのであろう。

つづく。

アレキサンダーテクニック

2007-06-14 15:08:37 | からだの使いかたって?
人生で私に最も大きな変化をもたらしたのは、このアレキサンダーテクニックという身体の使い方テクであることは疑いの余地がない。

初めてこれに出会ったのは三度めの留学をする少し前のこと。
劇団昴が毎夏開催しているRADA IN TOKYO というプロの俳優向けワークショップにおいて。
英国の王立演劇学校ROYAL ACADEMY OF DRAMATIC ART 通称RADA で使用している、からだの使いかた法である。

からだの芯、いわゆるインナーコアinner core をじっくりゆっくり鍛えながら、しなやかで強い身体を作る。
決して声と喉に負担をかけないよう、あらゆる動きに対して、常に無理なくバランスをとれる身体を作るのだ。
しかも、心の微妙で繊細な動きに即座に反応し、表現できる身体を。

この三月に私は一時声を失なったが、実は以前にも声が全く出なくなったことがあった。
ある12月、米国からの演出家が開いた二週間の演技ワークショップの通訳をしていたときのことだ。
風邪だと思っていた。
それにしては、風邪らしい症状はない。
変な風邪もあったものだ。
声の全く出ない囁きで最後まで通訳はした。
すいません。

RADAからアレキサンダーの先生、ILAN REICHELがやって来たのはその次の夏だった。

彼は百年前の舞台俳優アレキサンダーが声を失い、それを取り戻すまでの話をしてくれた。

*****

かなり成功している若い俳優アレキサンダーはある日、声の調子がおかしいことに気がついた。
医者に行くと「少し使いすぎているだけ。休みなさい。」と言われた。
休んでは使いを繰り返すがついに舞台の上で声が出なくなってしまった。
医者に行っても身体的な異常はとくに見当たらないと言われる。
アレキサンダーはふと思った。

「肉体的に悪いところがないのなら、使い方が悪いのかもしれない。」

そこで部屋に鏡をたくさん置いて、自らの一挙手一投足を観察し始めた。
それに子供と動物のからだの使い方の観察。
子供や動物は、あんなに小さな身体からどうしてあんなに響く声を出せるのだろう。

そしてついに頭・首・背中のバランスが声に大いなる影響を与えることを発見した。

彼は自分を治し、噂を聞いてやってきた仲間の俳優や教師、弁護士といった、声を職業にする人たちを治し始めた。

治療が評判になると、問題が起きた。
医者たちに無免許治療を訴えられたのだ。
アレキサンダーは医者たちに提案する。

「私のしていることが、からだに良いことか悪いことかを一緒に判断してください。悪いことなら今後、他者への治療はいたしません。」

結果、アレキサンダーの発見したことと治療の方法、その伝授のしかたすべてに正当性が認められた。

アレキサンダーはその後、英国に渡り、開校したばかりのRADAで俳優指導をし90歳を越えるまで現役で過ごして寿命を全うしましたとさ。

******

半年前に声を潰していた私は、この話を心の中で自分に重ね合わせながら通訳した。

自分では正しいと思っている使い方やストレスがないと思っている在り方を見直し始めた。

その効果が今の三輪えり花です。

信じられない運動音痴で頭とからだが全く連動していなかったのが、数式が溶けていくように繋がってきたの。
霧が晴れるように自分のからだが内側からも外側からも見えてきたって感じ。


バカとハサミは遣いよう、なんて諺のない国、オーストラリアで、異常がないなら使い方が悪いのかもと思い至ったアレキサンダー!
並の人なら考えもしないだろうに。

このアレキサンダー・テクニックは、今では世界の俳優や歌手や教師・弁護士・政治家ら、声を遣う職業の人のみならず、心身調整やセラピーにも使われています。


♀えーっと、じゃ、なんで今年の三月に声を無くしたんですか?

♂自分を酷使してきたこの数年間、病気をしたことさえなかったのは、アレキサンダーテクニックのおかげです。
が今年に入る頃から環境が激変。
休める、と思った瞬間に来ました。
声は休みたがっていたのだと思います。
これも良いきっかけと学びになりました。


*** 信頼できるアレクサンダーテクニックに触れられるところ

アレクサンダーテクニックアソシエイツ
http://www.alexandertechnique.co.jp/index.php

↑ 以前、演劇学校で私の生徒だった上原知子さんが講師になっています。
私も彼女のレッスンを受けましたが、とてもよい。
都内だと、目白でグループレッスンが受けられる、はず。

ロシア美術≪虐げられたユダヤ少年≫

2007-06-11 21:02:25 | 音楽・美術・総合芸術?
東京都美術館で開催中のロシア美術館展にて
ことに心を深く動かされた3枚のうちの一枚。

Ivan Kramskoi による、The Offended Jewish Boy
@ 1874

毛嫌いされているユダヤ人の少年。
自分はちっとも悪くないのに、ユダヤだというだけで苛められる。
それでも、ユダヤのしるしである帽子を決して外そうとはしない。

同い年の少年たちの仲間にも入れてもらえず、罵倒され、石を投げられ、朽ち果てた家屋の裏に逃げ込んだ。

固くあわせた膝。

固く握った拳骨。

固く結んだ唇。

瞳に浮かぶ涙をこらえようと、ぎゅっと寄せた眉根。


ああ、小さいスクルージが、小さいシャイロックが、ここにいる。

後ろ指差されてどんな大人になるのだろう。

胸が痛む。
どんな涙をどんな想いで、こらえているのか。



*スクルージとは、チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』の主人公。金の亡者のユダヤ人が、キリストの祭りであるクリスマスに三人の精霊に出会い、とうとう改心する話。

*シャイロックとは、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』の主人公の一人。金の亡者のユダヤ人が、自分をさげすむ白人に復讐しようとして、かえって破滅させられてしまう。



※画像は、購入したカタログをデジカメ撮影したものを取り込みました。

ロシア美術≪墓地の孤児≫

2007-06-11 20:51:11 | 音楽・美術・総合芸術?
東京都美術館で開催中のロシア美術館展にて
ことに心を深く動かされた3枚のうちの一枚。

Vasily Perov による、Orphan Children at Graveyard
@ 1864

この絵を私が解読すると、こうなります。


雪ばかり降る凍てついた北の大地ロシア。
捨てられた子供二人は、姉と弟。

誰にも相手にされない。
遊び相手もいない。
邪魔だと蹴飛ばされずに安心していられる場所は、墓地。

二人っきり。

弟は、やせ細り、涙に潤んだ大きな丸い瞳は落ち窪み、おそらくもう立つ力もない。

姉はそんな弟を慰め、暖めようと背中に乗せて揺すりながら、明るいメロディの歌を歌ってやっている。
力なく頭をぐったりと持たせかける弟を横目で気遣いながら。
決して疲れた自分や辛い自分を見せないように、お姉ちゃんは元気で頑張ってるからね、と励ますように。

弟の涙は漸く止まりかけ、しゃくりあげの痙攣だけがまだ残っている。
が、口をついて出る言葉は、

「お姉ちゃん、お腹がすいた。」




※画像は、購入したカタログをデジカメ撮影したものを取り込みました。

ロシア美術≪乞食の復活祭≫

2007-06-11 20:40:15 | 音楽・美術・総合芸術?
東京都美術館で開催中のロシア美術館展にて
ことに心を深く動かされた3枚のうちの一枚。

Valery Jacoby による、Beggar Man's Easter
@ 1860

この絵を私が解読すると、こうなります。

イースター。
復活祭。

古来からある春分の祭りを、キリスト教がむりやりキリストが蘇った日と重ね合わせた祭りの時期。
キリストが十字架にかけられたのは5月13日で、その3日後に復活したといわれているはずなのに、なぜか3月から4月にかけての春の祭りを、復活祭と呼ぶ。

由来はともかく、復活祭は、恵みの祭りだ。
冬の間死んでいた春が蘇り、卵が孵り、子ウサギが穴からぴょこんと出てくる日だから、ヨーロッパの広い地域で、色をつけて華やかにしたお祝いの卵を、贈り合う風習がある。

この寒いロシアでも、敬虔深いクリスチャン(ロシア正教)たちは、イースターを大切にする。

ある乞食(ごめんなさい、放送禁止用語。「物乞い」といわなくてはならないのだそうだ。私は放送禁止用語反対論者だから、あえて自分の使いたいイメージの単語を使わせていただきます。)、ある年老いた乞食が、イースターなら少しは上がりがあるだろうと、期待して出かけた。
家には年老いた妻と、夫を亡くした出戻りの娘と、遺された赤ん坊が待っている。

が、手に入ったのは、イースターエッグひとつ。

袋から出てきたイースターエッグを前に、無言で夫を見詰める老妻。

その視線を避けるように身体をねじる老いた乞食。
がっくりと落とした肩。
伸びきった白髪と顎鬚。
目の周りは、情けなさとやるせなさと申し訳なさの3種類の涙をこらえて真っ赤だ。

天使のような金髪の、やっと立てるようになったような赤ん坊は、この寒いのに裸同然の姿で、まだ目の見えない産まれたばかりの子犬を抱きかかえて、その子犬に餌をやりたいんだけど、おじいちゃん、なんかない?と聞いている。

奥には日陰の身になっている未亡人。
じっと黙って、見なかったふりをしている背中が震えている。

赤く色づけされたイースターエッグ。

食べることさえできないイースターエッグ。

施す側の傲慢と想像力の欠如。


なんという諧謔。

※画像は、購入したカタログをデジカメ撮影したものを取り込みました。

ダイエット

2007-06-07 16:33:56 | 美しく凛々しく
体脂肪率14.7%の三輪えり花は、いはゆる≪痩せる≫ためのダイエットというものをしたことがない。
が英語でいうところのDIETすなはち栄養調整には興味がある。

三輪えり花のDIETの代表は発酵食品。
ミルク系、大豆系、魚系、野菜系。
チーズ、ヨーグルト、納豆、味噌、くさや、塩辛、漬物。
All welcome!

それに野菜。
とくに茹で野菜が好き。
良いお塩をぱらっとかけるだけのときもあるし、各種ビネガーだけのときもある。
お気に入りはオリーブオイルにバルサミコビネガー。
フランスには山羊のチーズをオーブンで暖めたものをサラダに入れてそれと絡めて食べる料理がある。
これはフランス滞在中、毎日のように食べていた。
オリーブの実とアンチョビのたっぷり入ったサラダニソワーズ(ニース風サラダ)もフェバリット。

蛋白質は主に豆類と魚介、チーズから摂取。
普段は一日一個の納豆。
これに辛子の替わりに梅干しを入れます。

海鮮は好きだなあ。
焼き物が最高。
何も付けないか、良いお醤油か、オリーブオイルにハーブを散らすか。

次がナマもの。
お刺身に日本酒を合わせて、ん~ニッポン人バンザイ。

三輪えり花がラッキーなのは脂身や高カロリー食材を体が受け付けないことかしら。
スッポンの血で鼻血が出るし、フランスで牛の骨髄(はい、狂牛病に最もなりやすい危険箇所。震源地フランスで挑戦。)が高価なフルコースの前菜で供されたときは、小指の爪の先くらいを口に入れたら、もう満腹で、その後の超大好物な料理の数々を一切味わう気にさえならなかった。
生卵は頭痛が始まるし、肉の脂身は口に入ると、飲み込めない。
生クリームも苦手。
魚でさえトロは生は嫌いだから焙って脂身を出してしまう。

料理は素材の味が一番。
トマトソースは大歓迎だけど、クリームソースと甘い味付けは言語道断。

あ、ドリアは好きだけど。

甘いものもとくに要らない。
お菓子よりポテトチツプのほうがいい。
チョコレートだけは、少し必要。

こんな具合いだから、ダイエットのために心理的な無理を必要としないんです。
頑張って食べないんじゃなくて、単に受け付けないだけなんだもの。

もしも好きだったとしたら大変だったろうなあ。
理性が絶対的に感情に負ける性格だから。

例えば、毎晩のワインはやめとこ、って思うけど、食事どきになると、絶対我慢できないもんね。
ポテトチツプとか、食べたいって思うと真夜中でも食べる。
もっとも、そんなことはあまりないんだけど。

ま、そんな健康食な三輪えり花だから身体のメンテナンスは、より、鍛える方に興味が向いているかな。

ということで、からだの使い方コーナーを充実させようかな『三輪えり花の脳みそ』

おまけ:
不健康かもだけど好きなもの;
餃子!
味噌ラーメン!但しチャーシューは同行者の口に入ること確実。
あらゆる辛いもの!
モツ料理!モツには脂肪分はありませんからね。