三輪えり花の脳みそ The BRAIN of ELICA MIWA

演出家、三輪えり花の脳みそを覗きます。

登場人物はなぜ喋り、喋らない人はなぜ喋らないのか?その間、どうしているべきか?

2012-11-01 20:00:06 | 演技って?
登場人物はなぜ喋り、なぜ喋らないのか?
『ハムレット』1幕2場で考えてみよう。

ハムレットの母(デンマークの王妃)が、夫(デンマーク王)の死後わずか2ヶ月で夫の弟と結婚式を挙げた披露宴の晩。
ハムレットの親友ホレイショーが、城の見張り役の兵隊二人(マーセラスとバーナードー)を伴って、ハムレットのそばにやってきて、こともあろうに崩御したばかりの前王(つまりハムレットの母の夫で、ハムレットの実の父)の亡霊を見たと報告する場面。

一行ずつ分解して、演技を考えてみましょう。(行頭数字は、通例の行番号。日本語訳は三輪えり花。当然ながら、日本語と英語の文法構造の違い上、行ごとの逐語訳とは異なる。)
まず、翻訳でこの箇所を眺めてみます。

ホレイショー
221 この命に賭けて本当です、
222 だからこれは皆で殿下に
223 お伝えせねばと思ったのです。

ハムレット
224 そうか、そうだな、諸君、だが気になるな。
225 見たのか、今夜も?

三人(ホレイショー、マーセラス、バーナードー)
225 は、殿下。

ハムレット
226 武装して、だと?

三人
227 は、武装して。

ハムレット
228 上から下まで?

三人
228 は、頭から足先まで。

ハムレット
229 では、顔は見えなかったわけか?

ホレイショー
230 もちろん見ました、顎当てを上げていらして。

ハムレット
231 どんな顔だ、険しかったか?

ホレイショー
231 お見受けしたところ
232 お怒りよりはお悲しみかと。

ハムレット
232 血の気は?

ホレイショー
233 失せて、真っ青で。

ハムレット
233 お前を見つめて?

ホレイショー
234 ただもうじっと。

ハムレット
234 僕も居合わせたかった。

つづく。。。

では、まず、221 の台詞から、なぜ喋るのか、なぜ喋らないのか、を考えていきます。
これを考えると、「何を考えて喋るのか」もわかるようになります。

221 この命に賭けて本当です、

なぜホレイショーは「このいのちにかけて」と言わなくてはなりませんでしたか?

→ その前に言ったこと(ハムレットのお父さんの亡霊を見ましたよ)を信じてもらえなかったから。

当時は、男性が「命に賭けて」というのは大変な覚悟を伴うことでした。
理性の哲学者であるホレイショーが、想像の産物かもしれない亡霊を見たというのですから、ハムレットは「まさか」と思うわけです。
ホレイショーは、自分の見たものは本当にハムレットの父親の亡霊だったことを「命に賭けて」本当だと言ったので、ハムレットは漸く信じる気になるのです。

222 だからこれは皆で殿下に
223 お伝えせねばと思ったのです。

さらに、後の二人を連れてきているわけをホレイショーは伝えます。
それを聞いてハムレットはこう言います。

224 そうか、そうだな、諸君、だが気になるな。

一見、「そうか、そうだな」は彼らの言うことを真剣に信じたような台詞に見えます。
でも、それなら、なぜ次に「だが気になるな」とbut「だが」が続くのでしょう?
彼らの言うことに納得したのなら、「確かに気になるな」とかではありませんか?

では、現実世界で、私たちがどんなときにこういう反応をするか、やってみましょう。
三人くらいに取り囲まれて、「お化け、見たんだ、本当だってば、本当」と迫ってきてもらいましょう。

どうです、あなたは「わかった、わかったから」と言いませんでしたか?

もしもこれがあなたのお父さんが死んですぐの時期で、あなたの大親友が、「幽霊見たんだってば、本当に!」と青い顔で駆け込んできたとしたら?
最初は信じなくても、相手の興奮をまず「わかった、わかった」と一時収めて、そのあとで、自分も改めて考えてみると、「もしかしたら、まだそこら辺に魂がいるかもしれない」とか部屋の隅に亡きお父さんの存在を感じたりしているあなたは、「だけど、気になる」と言いませんか?

英語のハムレットも、同じことをしています。
というのは、Indeed, indeed, sirs, というのは、いかにも「わかった、わかったから」という感じなのです。

リズム的にも弱強五歩格で奇麗に意味がとれる行になっています。
Indeed, indeed, sirs, but this troubles me

下線部を強く発音すると、言いたい意味が聞こえてきます。

さて、皆を落ちつかせて改めて「気になるな」と思ったハムレットは、いよいよ、自ら質問を発します。興味がわいたからです。もっと情報を得たいと思ったからです。

225 見たのか、今夜も?

225          は、殿下。

上記225は、台詞の前に少し行頭が空白になっていますが、これは、直前の台詞のすぐ後に言う、という約束事になっています。
つまり、みんなはハムレットの質問に即答したんです。
なぜ全員が即答しましたか?

→全員が、はっきりと見たから。
そうです。自信をもって、我先に答えるはずです。
これは、一斉のせ、で声を合わせたのではありません。全員が、息せき切って、食いつくようにハムレットに即答したタイミングが合ったからです。

ハムレットは尋ねます。
226 武装して、だと?

いかにも、普通に尋ねていそうですが、ここでも立ち止まって考えましょう。
なぜ、「武装して、だと?」という確認が必要なのでしょう?
「武装して、だと?」の裏にある気持ちは何か?

もしもあなたの親友の男性が交通事故で死んで、その彼女がさっさと別の男性とつきあい始めたら?
「あいつ、化けて出るぞ」と思わずにはいられないですよね。
しかし、親友の死装束は武装ではない。(ハムレットの父王は戦死ではないので、きちんとした礼装で棺に納められ、棺の上に鎧が置かれ、という状態だったと考えられます)
とすると、あなたの親友は、なんでまた武装までして現れたんだろう?
→「そりゃそうだ、当然武装!戦え元カレ!」と思うか、「武装してまで、何かあんのか?」のどっちかですよね。

いずれにせよ、死んだこの人が亡霊になって出てきたその姿が武装というのは、あなたの想像通りの「化けて出る姿」なのか否か、ということが演技に繋がるのです。
想像通りなら「さもありなん」という気持ちが音になって言葉に現れるでしょう。顔の表情もどちらかというと「武装して、うむ、やはり。」になるでしょう。
想像と違うなら、「え?なんで?ほんと?」の音になって言葉に現れるでしょう。
ハムレットは「武装して、だと?」と、「、だと?」を付けて、武装を確認しているということは、武装していると聞いて驚いたのではないでしょうか。つまり、彼の描いていた父親の登場する姿とは、異なるのでしょう。

ところで、ハムレットは、「親父が死んだとたんに、親父の弟と結婚かよ、おふくろよ~。女って最低。親父、マジかわいそ。浮かばれん。」と思って嘆いております。
だから、「浮かばれん親父」が、この元妻の新しい夫との結婚披露宴に、化けて出るんじゃないか、くらいは言葉の綾として感じていたことでしょう。
しかし、いくらなんでも、ほんとに現れたとなると、話は突拍子もありません。
「化けて出るんじゃないか、という気がする」のと
「ほんとに化けて出た」は違います。
だから、ホレイショーは「この命に賭けて本当です」と言わなくてはならなかったのですね。

さて、「武装して、だと?」と問われた三人は、

227 は、武装して。

と答えます。
が、今回は、行頭に空白がないので、その答えを言うのに、時間はどれくらいかかっているのか、即答なのか、というのは演出で分かれます。

次にハムレットはこう訊きます。

228 上から下まで?

三人の答えはまたも即答。

228 は、頭から足先まで。

ハムレットも立て続けに訊きます。

229 では、顔は見えなかったわけか?

ハムレットは、亡霊が出たことは信じたけれども、顔が見えないなら俺の親父とは限らないじゃないか、と言ったのです。
がっかり感と、ちょっと、ほっとした感と。
「上から下まで?」と訊いたときには既に「顔が見えたかどうか」を確認し始めていると言って良いでしょう。

それに対してホレイショーが答えます。

230 もちろん見ました、顎当てを上げていらして。

なぜ、それまで即答していた他の二人は答えないのでしょう?

理由1 二人はより立場の高いホレイショーに答えを譲った。(つまり、答えられるのだけれど答えなかった)
理由2 ハムレットがほかの二人を無視してホレイショーだけに話しかけた質問だったから、答えるのを控えた。(つまり、答えられるのだけれど、答えなかった)
理由3 二人には答えられなかったから。

どれを選んでもいいでしょう。

私は理由3の「答えられなかったから」が好きです。
それまで即答していた兵士たちが、実は顔まではっきりと見るほど見つめていられるほどの根性がなかったことがわかるし、二人が答えられずに顔を見合わせようとするときに、ホレイショーが答えたとき、彼らもハムレットと同じようにホレイショーに集中して耳を傾けることができます。

ハムレット
231 どんな顔だ、険しかったか?

ここではハムレットは、「険しいはずだ」を前提に尋ねています。
なぜでしょう?

愛していた奥さんが、さっさと自分の弟と結婚したことに対する怒りで、顔を険しくさせているはずだとハムレットは思うからです。
そして、おそらく、ハムレットの顔も、「険しい」ものであるに違いありません。

だがホレイショーの答えは;
231 お見受けしたところ
232 お怒りよりはお悲しみかと。

さて、ここでもツルツルと喋ってしまう前に立ち止まって考えましょう。
それまで即答即答で来ていたのに、また、この後も即答即答で答えるのに対し、ここだけ「お見受けしたところ」が入っています。

もちろん、「お見受けしたところ」という答え自体は即答のタイミングで入ります。
けれど、答えの内容に至るまでに、この言葉で引き延ばしているようです。

つまり、ホレイショーは、「お見受けしたところ」と言いながら、自分の記憶を辿り、見たものにどんな言葉を与えようか、考えているのです。

そして、「お怒りよりはお悲しみかと」と言うということは、ホレイショーは、ハムレットの言うところの「険しい」を「妻や弟に対する怒り」と捉えるよりも、「裏切られた悲しみ」と捉えていいのではないか、と結論づけた、ということになります。

このような箇所は、俳優は、「お見受けしたところ」と即答のタイミングで入りつつも、台詞自体のテンポを速めすぎず、むしろ一音ずつをゆっくり目に考え深げに発語し、ハムレットの「険しい」という単語を「お怒り」に置き換え、それを「悲しみ」と結論づける、という構図をはっきり認識しながら演じましょう。

それに対し、ハムレットは引き下がりません。

232 血の気は?

血の気は、シェイクスピアのいたルネサンス時代、気質を表す最も手っ取り早く、そして信頼の置ける判断方法の一つでした。
父王はきっと怒っているはずだ。そして、怒っているからには、血の気が多く見えるはずだ。

ハムレット自身は、血の気の多い青年です。
冷静で落ちついたホレイショーをうらやみ、いつもホレイショーに「俺にもお前ほどの落ち着きと分別があれば」と嘆いています。
オフィーリアにも「俺はすぐカッとする性質だ」と打ち明けています。
そう、ハムレットは沈思黙考の青白い哲学青年などではなくて(それはむしろホレイショーの方)、血の気の多い、すぐに声を荒げてしまう「何をこのやろー」青年なのです。

そして、血の気の多い人には、他の人もやはり血の気が多いはずだ、つまり、怒るべきことには怒るはずだ、と思いがちです。
が、ホレイショーの答えはやはり;

233 失せて、真っ青で。

そう、悲しみに青ざめている絵をホレイショーは提示します。
英語でも、Nay, very pale. と、ハムレットにしっかりはっきり伝えようとしています。

また一方で、怒りにも二種類あって、血の気の多い赤い怒りは、その場で爆発する瞬間的な怒り。
青ざめた怒りは、腹の底に鬱憤していく、永続的な怒りです。

亡霊が青い顔をしていたことが、どちらの理由かは、亡霊を演じる人が決めることができます。
が、とにかく、目撃したホレイショーには、青白さは鬱屈した永続する怒りよりも、血の気の引いた悲しみに見えた、というわけです。

続けてハムレットはその質問を聞くが聞かないうちに質問をします。まさに、質問攻めという感じで、つまり、ハムレットは興奮を抑えられなくなってきています。

233 お前を見つめて?

そしてホレイショーが次のように答えると、

234 ただもうじっと。

ハムレットは即答します。

234 僕も居合わせたかった。

なぜ、青白かったのか、なぜホレイショーを見つめたままだったのか。
ハムレットは、もう一度親父と瞳を交わしたいという思いに駆られていますから、懐かしさと悔しさと無念さで、いっぱいになっての、崩れ落ちるような即答です。

さて、ハムレットに「亡霊が出た」と知らせにきた三人は、ハムレットにも一緒に来て、亡霊が何を言いたいのか探ってもらいたいと思っているわけですから、このハムレットの返答で、ひとまず、三人の目的は半分達成されたことになります。

亡霊の存在を信じてもらい、それが亡き父王だとわかってもらい、その父王に会ってもらいたい。

この答えを聞いて、三人は瞳を交わしているでしょう、「よし、では、今夜の見張り台に来ていただこう」と。


どうです?
面白いですね。
こうして一つずつ解釈していくだけで、とても面白い。
演技をするとっかかりが、次から次へと見えてきます。


最後に、英文と併せて翻訳を載せておきますので、もう一度見直してみてください。

  HORATIO  ホレイショー
221 As I do live, my honour'd lord, 'tis true;
   この命に賭けて本当です、

222 And we did think it writ down in our duty
   だからこれは皆で殿下に

223 To let you know of it.
   お伝えせねばと思ったのです。

HAMLET  ハムレット
224 Indeed, indeed, sirs, but this troubles me.
   そうか、そうだな、諸君、だが気になるな。

225 Hold you the watch tonight?
   見たのか、今夜も?

MARCELLUS and BARNARDO  マーセラスとバーナードー(版に依っては、ホレイショーが加わり全員が喋ることも)
225 We do, my lord.
                は、殿下。

HAMLET  ハムレット
226 Arm'd, say you?
   武装して、だと?

MARCELLUS and BARNARDO  マーセラスとバーナードー(同上)
227 Arm'd, my lord.
   は、武装して。

HAMLET  ハムレット
228 From top to toe?
   上から下まで?

MARCELLUS and BARNARDO  マーセラスとバーナードー(同上)
228 My lord, from head to foot.
             は、頭から足先まで。

HAMLET  ハムレット
229 Then saw you not his face?
   では、顔は見えなかったわけか?

HORATIO  ホレイショー
230 O, yes, my lord; he wore his beaver up.
   もちろん見ました、顎当てを上げていらして。

HAMLET  ハムレット
231 What, look'd he frowningly?
   どんな顔だ、険しかったか?

HORATIO ホレイショー
231 A countenance more
                お見受けしたところ

232 In sorrow than in anger.
   お怒りよりはお悲しみかと。


HAMLET ハムレット
232 Pale or red?
                血の気は?

HORATIO ホレイショー
233 Nay, very pale.
   失せて、真っ青で。

HAMLET  ハムレット
233 And fix'd his eyes upon you?
            お前を見つめて?

HORATIO  ホレイショー
234 Most constantly.
   ただもうじっと。

HAMLET  ハムレット
234 I would I had been there.
            僕も居合わせたかった。