三輪えり花の脳みそ The BRAIN of ELICA MIWA

演出家、三輪えり花の脳みそを覗きます。

三人姉妹 火事の夜の三人姉妹の考察 イリーナ

2012-10-12 16:05:30 | チェーホフって?
チェーホフ作「三人姉妹」

三幕 火事の場面のあと、三人姉妹がオーリガの部屋で一息つくところのイリーナを演じてみましょう。

マーシャの演技を解説したブログも参考にしてください。
http://blog.goo.ne.jp/elicamiwa/e/26875a653049382fcb2974632dc74024

さて、姉妹だけになったとき、イリーナは「アンドレイ兄さんが老けた」ことに憤ります。

本当?

マーシャの演技を考えたときのように、この場面が始まる前を見てみましょう。

イリーナに恋をしている世間知らずの青年男爵は、イリーナを見て「あなたは疲れているんですね、あなたの若々しさはどこへ行きました?あなたはあんなに明るかったのに。ボクは働きますよ。働くって素晴らしいことですよね」というたぐいのことを言っています。

この芝居の始まったときは、イリーナも働くことに夢と憧れを抱いていて、いまの男爵と同様、働くって素晴らしい!を連発していました。
いま、実際に郵便局で働き始めて、働くことに夢も憧れも持てず、打ち砕かれ、しかも、自分が夢を語った手前、誰にも弱音を吐けずにがんばってきました。

そこへこの男爵の台詞です。

働くことに夢なんか持ってた私が1年前にはいた。
その私はどこへ行っちゃったの?
私はそんなに疲れて見えるの?私には元気な若々しい明るさがもう無いの?
むかしの私はどこへ行っちゃったの?

男爵からの無邪気な言葉が、既にイリーナの脳裏に「むかしの私はどこへ?」という言葉を響き渡らせているのですね。

マーシャの頭の中がヴェルシーニンの「トランタン」でいっぱいなのと同様、イリーナの頭の中では「むかしのわたしはどこへ」の台詞が鳴り響いて止みません。

けれど、それを認めるのが怖いのか癪なのか、かのじょは怒りとフラストレーションをアンドレイに一旦、向けます。

アンドレイを非難する話の内容を吟味してみましょう。

「兄さんは老けた」
「むかしは高い地位をめざしていたのに、いまは低いところでさも自慢げだ」
「むかしの兄さんはどこへ行ってしまったのか?」

イリーナが、自分に大して抱えている恐怖がまさにアンドレイに投影されていると思いませんか?

けれど、言っているうちに、じょじょに投影しているだけでは済まなくなってきます。
実際に吐露してしまいたい、「むかしの私はどこへ?」という思いの勢いがエスカレートしてきて、とうとう、オーリガにまず、その台詞からぶちまけます。
「あたしはどこへ行ってしまったの?」

そして、その原因となった、「働く」ことへの不満を、これまで我慢してきた分も含めて、一気に吐露してしまいます。

これは一瞬のヒステリーな爆発のようなもので、エスカレートした感情から「死ねば良かった」なんて過激な台詞も飛び出します。
が、彼女は自殺なんてできないから、こういうヒステリー状態でそう言ってしまえるに過ぎません。

が、いずれにせよ、感情がの爆発する場面でもありますので、まず、感情の発露から練習しましょう。
一言、一文節ごとに、布でそこら中を叩いて、力と共に言葉を発散させます。
発散するのが苦手な人は、最初のうちは発散させる振りをしている自分が照れくさくて笑ってしまったりします。
そのうちに飽きてしまうかもしれません。が、イリーナがどれほど長く発散させ続けているか、なるほど、こんなにエネルギーが必要なのだと知ることにもなります。

次に、まったく正反対の、静かなエクササイズをしましょう。
相手の目を見て、言葉の意味を重要だと伝えていくレッスンです。

「あんな人」って誰?
ナターシャですね。

ナターシャのことは好き?嫌い?
嫌いですよね。諸悪の根源。

仮にもしも、私が「机」と言うとき、ただの発音として扱うのと、それが大事な机だという意味を伝えたくて、音に「大事です」という意味を載せて言うのと、それが大したこと無いことを意味したくて、音に「これはただの机に過ぎないんだけどね」という意味を載せて言うのと、少なくとも三種類は表現できると思います。
とすると、ナターシャのことを言うとき、音になんらかの意味が現れてきていいはずです。

しかもなぜ「あんな人」と言うの?
なぜ「ナターシャ」と言わないの?
名前も呼びたくないから。
そう、だから、この話をするときに、ナターシャの名前と顔が脳裏に浮かんだとき、イリーナはそこから、わざわざ距離を置くという明確な選択のあげくに、この言葉を選んでいる。

では、ナターシャへの気持ちをいろいろ表現しながらいくつもの「あんな人」という言い方を試してみましょう。

吐き出すように。
つまみ出すように。
汚いものを捨てるように。
蹴飛ばすように。
かかとでぐしゃぐしゃに踏みつぶすように。
叩くように。
追い払うように。

ナターシャという単語を表現するとき、実にいくつもの表現方法があるのがわかります。

言葉を発語するときに、あなたがナターシャをどう思っているのか、あなたにとってナターシャはどんな存在なのかを、聞いている相手にわかってほしいから、音にして表現していく。
これが、「言葉の意味を伝えろ」という意味です。

「あんな人」という単語ひとつでもこれだけエクササイズができるんですねー。

続く台詞も同様にとらえます。
一つ一つの単語を、選んでから発語する。一つ一つの単語と、あなたの関係を、あなたにとってその言葉が持つ意味を、表現しようとする。

教授と県会議員の位置はイリーナにとって?

プロトポーポフはあなたにとってどういう意味?
ネガティブ。
一方、「議長」はポジティブ。
すると、「プロトポーポフみたいなあんな奴が、よりによって、お偉い議長!」という落差がはっきりしますね。

オーリガ登場前の一連の台詞の最後に「いやだ」が三回繰り返されています。
勢いで台詞を言っているうちは、三回も繰り返すのは、多すぎるようにも感じられたりします。
が、具体的に何を嫌だと言っているのか、三つ指差してみましょう。

あんな人
老けた兄さん
県会議員で自慢している兄さん

おやおや、
あまりにも嫌なことがありすぎて、三つの「いやだ」じゃ網羅できないことが、わかります!

あとに「我慢できない」「耐えられない」も続くので、それらも利用して、対象物を具体的に選んでみましょう。

バイオリンを弾いている意気地なしの兄さん
プロとポーポフみたいな奴が議長
町の噂、これは自分まで後ろ指さされているようで「我慢できない」とか「耐えられない」にはぴったりですよね。

そして、最後の「耐えられない」を、いまの自分が老けてしまったことへの恐怖に持っていってみましょう。

すると、オーリガがきたときに、うまく「むかしの私はどこへ?」につなげることができます。

なにしろ、アンドレイへの不満の発端は「私は老けた。むかしの私はどこへ?」なのですから。

そして、爆発させた感情と、抑えていた気持ちは、発散することで治まり、イリーナは噴火が静まったあとのように徐々に落ちついていく自分を眺めながら「わたし、夢を持っていたの」と客観的に自分を描写できるようになるんですね。

では、演じてみましょう。

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