三輪えり花の脳みそ The BRAIN of ELICA MIWA

演出家、三輪えり花の脳みそを覗きます。

いとしのビリー

2007-03-03 12:10:40 | シェイクスピアって?
ビリー

本名 ウィリアム
苗字 シェイクスピア
職業 詩人 劇作家 俳優 女たらし ゲイ

William Shakespeare

初めは大嫌いだった。
仰々しくて、古臭くてカビの生えた、「演劇」とかいう時代遅れの、西欧かぶれの知ったかぶりオタクの巣窟じゃん。

大学時代は教養課程にシェイクスピアがいくつもあって、単位がとりやすそうなのをひとつ選んだら、
「マクロコスモスとミクロコスモスがどうとかこうとか、ハムレットではそれがどうとかこうとか、ルネサンスの精神がどうとかこうとか」
という程度はわかった。
(うん、つまり、カタカナの単語が耳に入ってきただけ。内容はわからん。)

ロンドン大学の演劇科に留学しても、シェイクスピアの本家イギリスにありながら、フランスやドイツの大陸的実験・前衛劇に夢中で、シェイクスピアなんか、シェーッ。(ふ、ふるすぎ?)
でした。

ところが、どう間違ったか、帰国した私を拾ったのが、シェイクスピアの翻訳劇で名高い天下の劇団昴。
当時、昴ではちょうどシェイクスピアを上演するというので、私は好きでもないのに特別見学を「許され」、ほとんど無理矢理、ここで仕事したいなら見ときなさい的に稽古に座らされたのだ。

主役は、イギリスの名優を見慣れた私の眼にさえ、「うまいなー」と思わせる、とても魅力的な俳優で、彼の一挙手一投足が、すべて、オッケーに感じられた。

しかし、演出家は不満げに、いろいろ文句を出す。
もちろん、彼にだけじゃなくて、他の俳優にもだが、いったい、何をそんなに稽古する必要があるのか、ちっともわからなかった。

台詞、言えてんじゃん。
動き、わかってんじゃん。
何度練習しても新鮮味がなくなるだけじゃん。

そんなとき、文化庁がお金を出してくれるというので、再度イギリスへ渡ることにした。
今度は王立演劇学校。

授業が始まるまでに時間があったので、イギリスの演出家組合Directors' Guild が主催する2週間の国際演出家ワークショップに参加した。

泣く子も黙るような著名な演出家が、演劇界だけでなく、オペラやマイムの方面からもやってきて、舞台芸術として成立するあらゆる芸術に関して、公演や実技訓練をしてくれる。

中世のまま時が止まったかのような、初秋のケンブリッジ大学に皆で泊り込み。

演出法、演出家のマインドと義務、演劇芸術の社会的意義と義務、台本読解法、俳優訓練指導法、演技術、発声、ボディワーク、即興、リーダーシップ、美術や音楽とのコラボレーション、オペラ、実験、前衛・・・

夜は暖炉を囲んで、さらに演劇談。

なかに、
「シェイクスピアの喋り方『ハムレット』を使って。講師:ジョン・バートン」
というのがあり、劇団昴でのシェイクスピアのおかげで大きな疑問を抱えるようになっていた私は、それを受講してみることにした。
というのは、表向きの発言で、本当は、イギリスで通用する日本人俳優になってやる、からには、シェイクスピア喋れないと。
というのが本音。
喋りたくて受講したのです。はい。

行ってみると講師は大変なおじいちゃん、隣にいるのは、インド人らしき若い女性。

えーっと、『ハムレット』だよね、男だよね、イギリスの戯曲だよね。

おじいちゃん曰く、
「シェイクスピアは誰でも喋れる。あたしゃ、今一番シェイクスピアを喋れると思ってる人に、今日来てもらっただけじゃ。」

そして、ハムレットの長い独白(独り言)を使って、句読点や息継ぎで、どのように台詞が組み立てられていくかを、彼女に様々なやり方で台詞を喋らせながら、あざやかに解説していくのだった。

眼からウロコどころか、全身脱皮ですよ。

あとで知ったのだが、このじいちゃん、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーきっての大演出家なのね。

彼の解説の流暢で的確なことったら。
そして、このインド人女性俳優。
あれほど難解だと思われているハムレットの独白の数々が、この人の口から出てくると、こんがらがった糸が解けるように、すらりと頭に入ってくる。

考えるシェイクスピアではなくて、聞いて楽しむシェイクスピア。

リズム、
単語の繰り返しによる音の遊び、
フレーズが波のようにイメージを運んでくる流れ、
言葉によって次々に開く思考回路のウィンドウ・・・

まるで映画のような立体迷路。
美しくて神秘に満ちて、そして人に寄り添う暖かさ。

シェイクスピア・・・神の子。
ウィリアム・・・奇跡の人。
ビリー・・・マイラブ。

この90分の講義の後、私にとってシェイクスピアは古臭いカビの生えた西欧オタクのマスターベーション用の折り目も白くなったグラビアから、一足飛びに、いとしのビリーになったのでした。

というわけで、今後いろいろ、ビリーの楽しみ方について、私の脳みそを展開していきます。

おたのしみに。