対話練習帳

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自分なんて将来のことちっとも考えてなかったから。

2013-02-10 16:50:28 | 言及
だから自分は今苦労してるんだろうなと。

将来を考えた

肌荒れ、ニキビ跡、身長が影響しない職種は沢山ある。というかほぼそう。それが真っ先にでてくることがかなり追い込まれた心理の現れとお見受けする。同時にまだ視野が狭い(考える余地を残している)証とも言える。

現在高校生とのこと。肌荒れ、ニキビについては年を取るとともに体質が変わったり、生活環境やライフスタイルが変わったり、その中でタイミング良く自分に合った処方や薬と出会えることを期待してもいいと思う。とりあえずやけにならず、今自分にできる範囲でケアしておくだけでも後々への影響は変わるはず。

発達障害者が定型発達者の一般的な優良ルートに乗ろうとするのは厳しいかもしれない。それは社会的多数派がより易く生きるうちに仕上がった潮流だからだ。無い物ねだりは時間の損失にしかならないので、考え方を切り替える決心が今必要。でもそれは、見方を変えれば、今すでに人生を設計する動機に恵まれたとも言える。何も考えずにメインストリームに乗れるものだとばかり思い込んでなあなあに学生時代を浪費せずに済む。まさに「”今”、悩まされている」この現実をまだ長い人生のアドバンテージにしてやるのだ。

多くの定型発達者が深く悩まずに通り過ぎてしまい、そのために社会に出る年齢になってから、学生時代こうしていればと後悔を抱えるところまで、実はこのルートには織り込まれている。その後悔が、世間のおっさんおばさんが若者に対してあれこれ偉そうに説教するモチベーションとなっている。いまこうしてここにコメントするのも、昔(今以上に)愚かで恵まれていた自分が、真剣に考えてこなかったせいでとりこぼしたことを身代わりにやらせたい心理が根っこにある。遅ればせながら数十年後の自分がやっていること、それに今取り組むチャンスがある。周りがほとんど同年代だと気付きにくいけれど、若さはそれだけでとてつもない資源であり長所だ。

不細工に関しては自分が不細工だと思うより、そんなことを意にも介さないで生きていることがこれからの表情を育てる。顔つきが人に与える印象は、年を重ねる程に、生まれ持った資質からその人の生き方や考え方の重みが出てくる。根拠はない。が、そう考えている大人は多いし、そうやって見られる以上は自分の顔つきを作り上げる努力に価値はある。笑い皺も身だしなみも癖も、武器になる。

将来を本気で心配するなら、発達障害だの頭が悪いだのでは具体性に欠ける。もっと細かく自分を分析する必要がある。どんな診断方法で評価されたのか、それで何が苦手と見なされるのか。頭の善し悪しだって、突き詰めるととても細かいし奥深いし、そして面白い。例えば、記憶力。見て覚える、聞いて覚える、体を動かして覚える、どれが一番向いているかは人それぞれ。「学習スタイル 診断」で検索するといろいろ見られるけれど、学校の学習スタイルがベストとは限らないということで、自分で自分を育てる余地がある。これは有料だけれど、こういうものがあるという参考までに。
Test.jp -- 「タイプ分け」など自己の行動パターンやコミュニケーションの傾向などに関する自己診断テストサイト
自覚している自己の特徴と他人に指摘される特徴に差はないかとか、適性を冷静に見極める為に、自分の特徴とそれが他人にどう評価されるかの基準となる情報を一つでも多く集める。その入り口としてインターネットは有用。
腎臓の病気については、知らないことだったので調べてみた。素人判断で安易なことは言わないでけれど、何が期待出来てどう捉えておくべきものか絶えず最新情報をチェックして自分の将来設計の一助にすることで心理的に病気に対して優位に立つことは大事だと思う。

就職しようという前提で考えるなら、一般的に使われる頭の善し悪しとは、つぶしがきくかきかないか、その程度の意味。株式会社は育っていかないといけない。成長し続けないと規模を維持出来ないし社員の生活も保障出来ない。育っていくということは現状に留まっていられないということで、同じ仕事を延々と続けていられない。仕事内容が変化すれば、社員に求められる役割や能力も変わる。人事=人を雇う側の頭脳も完璧ではない。世の中だって何がどうなるか誰にも完全には読めない。だからどんな審査基準も万能ではない。将来どのタイミングでどの適性が会社に必要になるか分からないけど、それでも雇用を決断しなければならない。となれば、会社がどう転んでも臨機応変に対応できる人材を置きたい。適性よりも応用力や汎用性に重点が傾くのは自然。これが、イメージにあるような良い大学へ進学し良い企業に勤めるルートの受け皿となる。

でも世の中はそういう仕事だけでは成立しない。延々と変わらないことを求める場所もある。役割とその適性がはっきりした職種がある。就職にこだわらなければ、需要のあるところへ自分の能力をそのつど提供するやり方もある。だから手に職を持ち、資格を取得し、それを売り込んで生活する人もある。

自分は研究者の端くれだけれど、これに近いと考えている。正規に雇われていない不安定さとプレッシャーは絶えない。自営業者として面倒な決まり事をたくさん知っておく煩わしさや苦労も感じている。けれど、決まり事はマニュアル化しやすい。一度仕組みを仕上げてしまえば頭を使う量が減らせる。面倒であることは難しいこととは限らない。自分という商品を売り込まなければならなかったり、自分で新しい仕事を生み出さなければならなかったりもする。それとて結局、自分にできる範囲でしか考えられないしそこで組み立てることになるわけで、会社(他者)の要求に応えるよりは自由度は高いと思っている。

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