イリアーデの言霊

  ★心に浮かぶ想いのピースのひとかけら★

凍原 -02

2012年10月30日 18時13分11秒 | 小説

北海道警釧路方面本部 刑事第一課・松崎比呂
凍原 TOGEN Sakuragi Shino
by 桜木紫乃

p.44~45

一着しかない黒のパンツスーツで出勤する。心なしか肩のあたりが窮屈になっている。流行り廃りのないデザインだったので、五年間買い換えていない。仕事に支障が出るようなことでもない。毎日の仕事着は伸縮素材のパンツとシャツ、あとは季節に合わせた数着のジャケットがあれば充分だった。着るものに気を遣ったり金を掛けるという意識はなかった。化粧もチューブのファンデーションとリップグロスで終わり。髪は肩までの長さで、普段はほとんど一本に結わえている。縛る長さがあれば毎月美容院まで行かなくても済み、スタイルを気にする必要もない。

片桐周平が笑った。釧路方面本部刑事第一課強行犯係一係警部補、五十歳、独身。赴任してきたとき、真っ先に声を掛けてきたのが片桐だった。身長は百六十五センチと、比呂とほとんど変わらない。短髪のこめかみに白いものが集中していた。飄々とした風貌と一課の刑事とは思えないほど柔らかな視線は、上下なく「キリさん」という呼び名を許している。


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