「お、いけねえ。あんまりやる前にしゃべっちまうと、どうもうまくないんだ。」
銀座で大学の大先輩と飲んでいたときに耳にした言葉。今から、十数年前のことです。
大先輩は探検家と称し、テレビ番組の企画などで海外に遠征したり、いろいろな仕事をされていました。
銀座にオフィスを借りて、人も雇って、それなりに羽振りもよかったように思います。
今思えば、まだまだ景気は悪くなく、いささか杜撰で、はちゃめちゃなところもある大先輩でも
なんとかやっていけた時代でした。
冒頭のセリフは、何億円だかの番組企画をこれからテレビ局に持ち込むということで、
企画書を前に「すげぇだろ~」と息巻いていたときのお言葉です。
その後、景気が落ち込んで、大先輩も会社をたたみ、身体も悪くされたようで、
様子を伝え聞く限りでは、あまり浮かばれないご様子。
それにしても、この十数年で本当に時代状況が変わったものだ。
さて、時代が変わると言えば思い出す文章があります。
大先輩と銀座で飲んだ時期よりも少し後の話になりますが、
明石散人が 「イン★ポケット」 という無料の冊子で展開していたある予測です。
小泉改革によって日本にも格差社会がもたらされる…といった内容で、
上流から決壊した流れは、下流へと土砂崩れのように連鎖し、日本社会は大変厳しい状態になると。
小泉改革の真っ最中の時期、世の中がそこまで劇的に悪くなるとは到底実感できませんでした。
当時、好んで明石さんの著作を読んでいて、
すごい人ではありますが、うさんくさいところもあると言えばあるし、
イヤ~そこまではヒドクならないでしょ…と思いながらも背筋が寒くなる感じはありました。
でも本当にそうなってしまった。
そういえば、先日の 「フラット化した世界の生き方」 という勉強会で、
佐々木俊尚さんが、「森永卓郎さんが年収300万円時代と言っていたが、今やそうなった…」
と話されていました。
『年収300万円時代を生き抜く経済学』 という本は、自分も刊行当時、すぐに読みました。
面白くは読んだものの、やはりどこかに自分は大丈夫という思いもあり、これも切実には実感しきれませんでした。
「フラット化した世界の生き方」では、割と話が今後の暗い予測に落ち着きましたが、
あるパネリストがぽつりと言ったコメントが強く印象に残っています。
津波と同じようなものでいつか必ずくる。きたら多くの人が大変な状況になる。
戦後、廃墟の中から立ち上がったように、今回の流れでも、日本は一度落ちるところまで落ちて
廃墟中から立ち上がるしかないのではないか。
多少、正確ではないかもしれませんが、そのような内容だったと思います。
ともかく、「ホワイトカラーもいよいよ危ない、いつどうなるか分からない」と、
今回は自分も切実に受け止めています。
で、話は 「あんまりやる前にしゃべっちまうと…」 という、冒頭の大先輩の言葉に戻る訳ですが、
先日、こんな記事を読みました。
The Power Of The Mind: How To Train Yourself To Be More Successful
“the latest discoveries in brain science” ということで、
2011年の記事ながら脳科学の知見がいくつか紹介されていました。
その中で、“Achieve your goals by keeping your mouth shut” というトピックがあり、
何かを成し遂げる前に言明してしまうとモチベーションが落ちるという結果があるとのことでした。
This idea was popularized by Derek Sivers, a professional musician, in his presentation at TED.
あ、このプレゼンは見ていました。でも、すっかり忘れていた。
TED/デレク・シヴァーズ 「目標は人に言わずにおこう」
As he explains, psychology tests have proven that when you tell someone your goal,
and they acknowledge it, you are less likely to do the work to realize that goal.
誰かに目標を話して、それを他人に承認してもらったという意識を持つと、ヤル気が減じてしまうというのです。
This is because your brain mistakes the talking for the doing
げっ、脳が人に 「話したこと」 を 「行動したこと」 と錯覚してしまうらしい。
-that is, the gratification that the social acknowledgment
brings tricks your brain into feeling that the goal has already been accomplished.
“social acknowledgment” が欲望を満足させ、それが脳に 「目標を達成した!」 との錯覚をもたらす。
The satisfaction you experience in the telling removes the motivation to do whatever it takes to actually make it happen.
誰かにしゃべって満足したという経験が、目標達成に必要な実際の行動へのモチベーションを remove してしまう。
Heed this information and keep your goals to yourself .
“keep your goals to yourself” か。 これを訳すのは恐らく野暮なことだ。
It might just spur you to work harder to achieve an important goal.
それが大切なゴールにたどり着くために努力することを促す。
大先輩の言っていたことは正しかった。
そういえば、会社のエライ方で、
「後でしっかり確認します」
「後で必ずみなさんに報告します」
「後で調べてみんなで共有できるようにします」
などと、いつも力強く宣言する方がいるのですが、
驚いたことに、こう言明したことを、後でことごとく何もやらないのです。
非常に真面目で誠実な方で、私も親しみを感じている方ではありますが、
何かが欠落しているし、どういう精神構造なのかと不思議に思っていました。
実は、 「後で」 といった途端、この方の脳内では 「タスク完了」 にタグ付けされて、
ご本人の中では達成されてしまっているのだなと推測できます。
人のことは言えないものです。
自分もブログに 「後でこの動画を見よう」 「この本も読んでおこう」 などと書いてしまうと、
半分くらいは実現できずに終わってしまっているように思います。
他の人に宣言し、それが伝わったと思うと、そこで満足感を味わってしまうのですね。
脳内ドラッグみたいなものです。
これを防ぐにはどうしたらいいか。
やはり、やり終えたこと、達成したことだけを話す…というクセを付けることかと思います。
それも何か論を展開するうえで必然性があって持ち出すということであって、
むやみやたらに披露しないほうがいいのかもしれません。
なぜなら、次の成長のための取り組みへの推進力をそいでしまう可能性があるから。
「言わぬが花」。
この言葉の本来の解釈とは異なるかもしれませんが、
「言わないことで自分の中で花が咲く」 と考えると不言実行へのモチベーションが湧いてきます。