幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

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ベッキー“裸一貫”の覚悟 宝島社の新聞広告に登場 "宝島社とベッキーに拍手!”

2016-09-29 16:33:50 | 社会
http://news.goo.ne.jp/article/oricon/entertainment/oricon-2079163.html

 タレントのベッキー(32)が、29日の日本経済新聞朝刊(全国版)に掲載される出版社・宝島社の広告にモデルとして起用されたことが、明らかになった。カラーの見開き広告で、上半身に何も身に着けていない“背中ヌード”を披露し、「あたらしい服を、さがそう。」というメッセージを体現している。

 今年の芸能ニュースの主役になったベッキーが、裸一貫の覚悟を示した。商品名を打ち出さず、社会にタイムリーでエッジの効いた提言を投げかける同社の広告は、発表されるたびに話題にを呼んでいる。今年1月に女優の樹木希林を起用した企業広告「死ぬときぐらい好きにさせてよ」は、今年の読売広告大賞グランプリをはじめ、多くの賞を受賞した。今回のベッキーの広告も、賛否両論が飛び交い大きな話題を巻き起こしそうだ。

 制作スタッフによると、ベッキーにリラックスした状態で撮影に臨んでもらうため、撮影場所に選ばれたのは太陽の自然な光が入り込む閑静な住宅街のスタジオ。クラシック音楽を流し、スタッフを最少人数に抑えたアットホームな雰囲気の中、「メッセージに合った表情や動きを追求し、ベッキーさんとも相談を重ねて撮影をおこない、数あるカットの中からベストな1枚を選んでいます」と明かした。

 フォトグラファーは、1960年代からロンドンでキャリアを重ね、日本のファッション写真を第一線でリードし続けてきた巨匠・与田弘志氏。各時代のセンスを撮り続けきたそのカメラで、ベッキーのありのままの姿をとらえている。

 今回の広告は、メッセージと社名、そして斜め上を見上げる裸のベッキーの写真だけという、シンプルな内容。同社は「企業理念として『人と社会を楽しく元気に』を掲げ、広告でもそのメッセージを発信したい」としているが、今回の広告について詳細な説明をしていないため、真意については受け取る側に解釈を委ねている。

感想
よくぞ、ベッキーの働く場を提供してくださったと思う。
多くのマスコミがベッキーをTVに使わなくなりました。
一方、桂文枝、三遊亭圓楽は変わらずにテレビ局が使っています。
この差は一体何なんでしょう?
女性に厳しく、男性に甘く?

人は過ちを起こします。
そこから立ち上がるチャンスを社会が提供することだと思います。



「知ることより考えること」 池田晶子著 "何のための人生か。考えずに生きられる人生は、善い人生ではあり得ない。"

2016-09-29 08:58:08 | 本の紹介
何のための人生か。考えずに生きられる人生は、善い人生ではあり得ない。

すべての人が、その人に見える見方で、世界を見ている。むろん自分もそうである。自分には世界はそう見えるが、それは自分の見方でしかない。こ相対化することができる。では他の見方はどうなのか。賢くなりたいと思うなら、当然それを学ぼうとする。自分にはわからないことを言う人の言うことを、わかろうと努めるだろう。自分にわからないことは間違っていることだと反論に努めるのは、賢くなる木がないからだ。つまり自分を賢いと思っている馬鹿、だから度し難いと言われるのである。
カント認識論ふうに言えば、赤いメガネをかけているから世界が赤く見えているということだが、それらお極端な人の場合、メガネが眼玉に食い込んで、眼玉が赤くなっている状態である。だから、話がしたけりゃ、眼玉をはずしてから来いということになるか。

時代や社会がいくら悪かろうが、そこで私が善く生きることのいかなる妨げにもならない。たとえ世の全員が金儲けに狂奔しても、私は金儲けのために生きることはしないと決める。たとえ世の全員が互いに悪意を投げ合っても、私は悪意を所有しないと決める。これも可能である。笑われようが殺されようが、私は、私だけは、善い人間として、善い人生を全うするのだ。そう決めるだけでも、十分心は清々しい。私は私のことだけを気にかけて生きよう。他人のことなど知ったことかという私の独我論が、全面に出てきたのを感じる。たとえ世の全員が不幸でも、私が不幸である理由はないではないか。
「負け組」に回り、絶望して死にたくなっているあなた、どうです、あなたもここらで幸福になりませんか。難しいことじゃない。簡単なことなのだ。他人の言うこと他人のすることを気にしなければいいだけだ。他人を気にして、他人と幸福を競おうとするから、人は不幸になる。しかし、生きているのは私でしかないのだから、世界とは私なのだから、私が不幸にならずに誰が幸福になる。たとえ全世界が破滅しようが、全人類が消滅しようが、私はひとりだけは幸福でいるのだ。年 池田はそう決めました。

感想;
著者は考えることが大好きだそうです。情報や知識をそのまま受け入れるのではなく、考えることが必要なのだと。この著者の本を何冊か読みましたが、「なるほど、そういう見方もあるのか」と自分の考え方が狭い見方しかしていないことに気付かせてくれます。