・ギリシャ神話の贈り物
①木馬の贈り物 トロイ
②火の贈り物 プロメテウス
③肉と骨 プロメテウス
④贈られた女パンドラ
⑤秘密を打ち明けること テミス、プロメテウス
⑥不和のりんご 女神エリス
⑦パリスの審判
⑧死の選択-フロイトの「小箱選びのモチーフ」
⑨ヘレナ
⑩イピゲネイア
⑪「贈り物をたずさえるギリシャ人に用心せよ」 メネラオス
⑫命の贈り物 アポロン
・神々からの贈り物は実に両義的である。命も火も肉も女性も、人間に幸福を与えるとともに多くの不幸を与えている。そのような生を生きることが人間の運命なのだと、神々からの贈り物は人間に告げ知らせている。
・日本の昔話にみる贈り物
①「鶴女房」
②「鯉女房」
③「魚女房」
④「母の目玉」
⑤「浦島太郎」
・ギリシャ神話においても日本の昔話においても、贈り物はあちらの世界とこちらの世界とを結ぶものとして贈られるが、結局のところ二つの世界が別々のものであることをあらわにするのである。
・ギリシャ人の贈り物が、人間は所詮神々の定めた運命から逃れられないことを示していたのに対し、フロイトは人間の願望が運命を変えうることを、あるいは少なくとも、人間は運命に服従するのではなく運命を自ら選び取ることができることを、贈り物を受け取り贈ることによって示そうとしたかのごとくである。
・日本語の「
贈る」は「送る」に由来し、人の出立に際して別れ難くてついてゆくのが原義で、転じて心をこめて人に物を届ける意味であると言う。
・シルバーは一例をとりあげて贈り物のもつ意味と機能を検討し、「贈り物は治療者との空想的かかわり合いの実演を可能にした」と述べている。
クリッツバーグは「治療状況の中での贈り物は一般に無意識的に動議づけられた行為である」とし、「患者は自分が価値あると思う何かの好ましい現実の経験を治療者にも共有してほしいという願望は意識している。しかし贈り物が、治療者に自分の現実世界の喜びを共有する現実の対象になって欲しいという願望を表していることには通常まったく気づいていない」と述べている。
これらの著者は贈り物のもつ多くは無意識的な多重の意味について述べ、贈り物を患者の精神力や治療者・患者関係、とくに転移と関連してとらえることの重要性を指摘している。
・わが国の神田橋條治は、精神分析領域では贈り物は受け取らないでその行為を解釈するのが定石だと言われているが、それは間違った考え方であり、贈り物は必ず受け取らないといけないと言い、おおむね次のように述べている。
週五日行う精神分析であれば贈り物は受け取らずにその意味を患者に解釈して伝えればよい。ただし週一~二回あるいは隔週といった精神療法では、途中に長い切れ目があるので贈り物は受け取らないと、治療者の方はその思いを言葉にしにくいようなさまざまな思いが込められている。それを受けとらないと、治療者の方はその思いを究明してゆく意図で受け取らないつもりでも、患者側からすると思いそのものを受け取ってもらえないことになってしまう。毎日行う精神分析と違い、週一回程度の精神療法ではその間に治療者との長い分離の期間がある。患者はその間も関係がずっと持続していることを確認し、その関係を強化しようとして贈り物をする。その贈り物を拒否されると、関係の確認行為や官営の教科行動を拒絶されることになって、患者に辛い思いが起こってくる。これが贈り物を受け足らねばならない一つの理由である。
もう一つ理由として、贈り物にはさまざまな思いが込められている。アンビバレンスとか、治療者に対する敬意とか、敬意を隠したい気持ちとか。そういうさまざまな気持ちを一つの品物に統合したものが贈り物であるから、贈り物をするという行為には患者の統合機能の萌芽がある。これが第二の理由である。そして受け取った瞬間に、関係が強化されるから、強化されたらできるだけ早く、贈り物の意味を解釈できるものならしておきたい。しかも関係がこわれないようにしたい。
神田橋のあげている第二の理由、贈り物のもつ統合機能に着目してそれを受け取るという指摘は重要と思われる。
・わが国の摂食障害の治療者としてよく知られている下坂幸三は、「神経性食思不振症者からのケーキなどの贈り物はありがたくていねいにいただいておく。(口愛期的コミュニケーション)は大切にしておきたい」と述べている。
・児童精神科医は大人の患者の治療者の側からの子どもの患者への贈り物についての包括的な論文の中で「子どもへの贈り物は尊敬や好意といった感情を伝えるのにとくに有用である。
・一方では、贈り物を受け取らない治療者もいる。こういう治療者は贈り物を受け取ることは治療者への逆転移、とりわけ自己愛的な満足に無自覚なゆえであると考えている。
・スタインは「贈り物が患者の不安克服の手助けになっている場合には、贈り物を贈るという行為についてあまりに早く解釈したり、止めさせたりすべきでない」と指摘している。
・贈り物の背後に患者の無意識的空想があり、贈り物はその無意識的空想の実演であるということである。
・斉藤なつみは日本の昔話のなかから贈り物が語られている十五の話をとり上げて検討し、日本の昔話では贈り物を贈るのは動物や若い女性や僧であり、いずれも人間より優れていると思われる存在であり、贈られるのはほとんど男性であると指摘している。動物も女性も僧も神的なものあるいは無意識なものと結びつきが強いと考えられるので、贈り物は無意識からの贈り物であると考えられる。
・治療過程のなかで受け取った贈り物の背後に権謀術数や経緯や憎悪を私が感じることはほとんどなかった。それは一つには、無意識的空想のところで述べたように治療者への贈り物が実は患者自身への贈り物であり、患者は治療者に贈り物をすることによって実は自分自身を育んでいたからであろうが、もう一つはは、彼女たちの贈り物の背後に個人的無意識を超えて文化の深層が存在していたからかもしれない。
・贈り物の動機について
贈り物がどのような動機からなされるかについてよく知られているのは、ボールディングの「愛からの贈り物」と「恐怖からの贈り物(貢ぎ物)」という分類である。ボールディングは愛から生まれる、すなわち善意からなされる贈与である「贈り物」と、恐怖の結果として、または脅迫のもとでおこなわれる贈与である「貢ぎ物」との二種類を区別した。たしかにこれは有用な分類である。恋人に贈るプレゼントは愛からの贈り物であり、神々の怒りを鎮めようとしてなされる犠牲は恐怖からの貢ぎ物である。
ただしこの二種類は必ずしも二者択一的、相互排除的なものではない。恋人に贈るプレゼントは愛からの贈り物ではあろうが、ときには恋人の心が離れてゆくことへの恐れから彼(彼女)を引き止めたいという貢ぎ物であるばあいもある。あるいは、会社の上司に贈るお歳暮は、会社における自分の地位を保ち、地方にとばされるのを避けようとする恐怖からの貢ぎ物の場合もあるが、ときには尊敬に値する上司への善意からの贈り物であるかもしれない。恋人へのプレゼントにせよ、上司へのお歳暮にせよ、愛と恐怖の両方の動機を含むことがある。
・「贈る」という言葉には別れ(分離)を否定し、つながり、結合、一体を維持しようという意味がある。たしかに贈り物はつながりや一体感を求めて贈られる。しかし同時にその贈り物が分離を顕在化させるのである。
たとえば、今は去っていったかつての恋人から贈られた手編みのひざかけがあるとしよう。彼はそれのひざかけをみるたびに恋人を思い浮かべ、彼女との幸せな時間を思い出し、彼女を身近に感じるかもしれない。もともとその贈り物は彼女が「いつも自分を身近に感じてほしい」と彼に贈ったもので、二人の愛の結びつきの象徴であった。
・「してもらう、して返す」 内観療法
この内観療法は、してもらったらして返すのが当然ということが人びとに共有されていることを前提としているものと思われる。内観療法が日本独自の精神療法として発展したのは、日本緒贈与交換のなかで返済の無我相対的に強調されていることと関係があるかもしれない。
イギリスの小児科医にして精神分析医であるウィニコットが提唱した概念で、幼い子どもがはなさず持ち歩く毛布の切れはしや人形あるいは動物のぬいぐるみなどを指す。ウィニコットはこれを最初の「自分でない」所有物として発達的に位置づけ、移行対象と名づけた。
牛島定信は移行対象の特徴を次のように整理している。
①指しゃぶりのような口愛的な本能充足的活動の延長線上にありながら、それとは質のちがった体験領域となっており、快感追求的というよりは、安らぎを与えるものになっている。
②母親によって与えられたものであるにもかかわらず、あたかも自分が発見し、自分が創造したものになっている。
③内的体験世界のもろもろが付記されている、外界にあるものという認知がある一方で、自分になったり対象になったりする。内的体験と外的対象との重なり合う、体験の中間領域を形成している。
④母親からの分離が課題になるときに際立ってくる。
⑤母親とのほどよい関係を基盤に生じ、その機能を発揮する。
⑥やがては消失して、子ども遊びや成人の文化的活動の領域に吸収されていく。
・秘密と贈り物
秘密を告白することが贈り物であること、あるいは贈り物を贈ることが秘密の告白であることがある。
・小此木は秘密を告白することには三つの働きがあるという。
①自分の内的な感情、願望、不安などを打ち明けることで、相手との心理的距離を縮め親密になろうとする働きがある。相手も親密になることを望んでいるときは満足を得る。愛のこくはくなどがこれにあたるであろう。
②相手に利益を与えたり相手の行為を得るために秘密を告げるという場合である。
③相手の知らない情報を与えることで、心理的に上位に立つことができるという働きである。
・「打ち明ける」には秘密の保持が前提になるが、その次には「信頼する」ということが必要になる。秘密を打ち明けた相手がそれをきちんと受けとめてくれないのではないか、第三者に漏らしてしまうのではないかとという不安があっては打ち明けられない。
感想;
「贈り物」についてこれだけ多くの心理学的な視点からの研究、考察があるのに驚きました。
また精神科の医師が患者からの贈り物に対してもさまざまな考え方があるのも初めて知りました。
ケースバイケースで受け取る、受け取らないがあり、それぞれに両者の関係性にも影響しているのでしょう。
彼が彼女から振られた時、彼が彼女にこれまで贈ったものの返還を求める男性がいますが、それはやりたくないですね。
与えた時点からそれはその人の所有物です。
別れることも考えて贈るものだと思います。
まさにこのケースは愛からの贈り物ではなく、恐怖からの贈り物だったのでしょう。
贈り物に期待してそれが裏切られたので怒りから返還を求めるのだと思います。
贈り物には期待はあっても、その期待が叶わなくても良いとの気持ちが必要でしょうね。それは恐怖より愛による贈り物の比率が高まるのでしょう。
秘密を打ち明けるのも「贈り物」との考え、なるほどなと思いました。
二人だけの秘密、それは大きいほど二人の関係を深く強くするのでしょう。
「贈り物」についていろいろ考えることができました。
昔話は良いですね。
知らないお話もたくさんありました。