旅のウンチク

旅行会社の人間が描く、旅するうえでの役に立つ知識や役に立たない知識など。

夜汽車にて

2007年10月24日 | 旅の風景
ある時の事。ひょんなきっかけと、その場の流れで全く眼中になかったサムイ島へ行く事にした私は、少し贅沢をしてスラータニまで鉄道で行くという方法を選択しました。

夜のホアラムポーン駅。ボックスシートの指定の席に座って発車を待っていると、同じボックスの道連れとなる人物が乗り込んでまいりました。この人物、少しばかり強面のタイ人のオヤジ。可憐なタイの若い女性を密かに期待していた私は"世の中、そんなに上手い事はないものだな"と現実というものを思い知ったわけです。

このオヤジ、乗り込んできた時点で既にかなり千鳥足気味で、良い感じに酔っているのです。そして、席に着くが早いか、またまたポケットからメコンウィスキーを取り出してラッパ飲みでグビリ、グビリと飲んでおります。

発車時刻が来て、列車は発車。夜汽車なので外の風景も見えませんし、特にやる事もなく過ごしていると、オヤジは車掌を呼び止めて食事の注文を始めました。

ご存知の方も多いと思いますが、タイの列車、食堂車もあるようですが、出前も注文できるのです。ただ、メニューを見てみると、それなりの金額なので、私は専ら駅で弁当を買って乗るか、屋台で食事をしてから乗車するようにしておりました。

しばらくして、オヤジの料理が運ばれてきて驚きました。"オジサン、これ一人で食べるの?"という量なのです。そして、既にかなり酔っているにも関わらず、シンハビールも注文。

私の驚きの視線をものともせず、オヤジはせっせと食事を口に運んでいます。

特にやる事のない私はオヤジの食欲に驚くにも飽きて周囲を観察。我々のボックスの隣りには新婚風のタイ人の夫婦。斜め前方には子供を含めた家族といった風景。この車輌には外国人は私1人の模様です。

周囲の観察を終えた私の視線がオヤジに戻った瞬間、強面のオヤジと目が合ったのです。そして、その瞬間、オヤジは別人のように破顔して、テーブルに乗っている食事を指差して"オマエも食べろ"と身振りで示します。

"どうやら空腹も癒えて、酔もまわってゴキゲンといった所でしょうか。"

私はありがたくご馳走になる事にしたのですが、こちらも屋台で腹拵え済み。それほど食は進みません。それを見たオヤジは隣の若夫婦にも"オマエ達も食べろ"と。すると若夫婦は自分達が持ち込んでいた料理を持って、"それじゃあ、これも皆で食べよう"という事になり、そんな事をするうちに私のいるボックス席は各席から食事を持ち寄った人々の集合体となり、人数も料理もさきほどの何倍にも膨れ上がって、奇妙な空間ができあがっていきました。

私の事は皆、最初はタイ人だと思っていたようでしたが、言葉が通じない事から日本人だという事がわかり、それがどういうわけか、酔のまわったオヤジにはイタく面白い出来事であったらしく、呂律もあやしく"コン イープン(日本人)、もっと食べろ"とゴキゲンです。

皆、それぞれにお腹もいっぱいになって、今度はどうしてこの列車に乗っているのかを語り合います。言葉のわからない私にも、少しずつ知っている英単語を繋ぎ合わせていろいろ聞いてくれますが、どこまで伝わった事かは不明。

突如、宴会場と化したこの列車の一角を、時々、車掌が微笑みながら通り過ぎていきます。

料理がほとんど全て無くなった頃、再び車掌がやってきました。オヤジはおもむろにポケットから身分証明書らしき物を取り出して車掌に示します。すると、支払いをする事もなく、皿が下げられていきました。

後ほど、身分証明書を見せてもらうと、このオヤジ、鉄道の職員でありました。(どうやら少し地位の高い人だったようです)。職権濫用という事ですね。

そんな事で、スラタニまでの時間は妙に暖い空気に包まれて過ぎていきました。


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