どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ165

2008-04-20 04:49:46 | 剥離人
 ハルとノリオが二十メートル上のマンホールから吸収冷却塔内に入ると、すかさず私も後を追った。

 とりあえず下のハスキー周りは佐野に見てもらい、ノリオにガンの撃ち方をレクチャーしなければならない。
 四角い煙突状の塔内で、私とノリオは、ハルとは反対側の足場の上に居た。
「安全教育の内容は覚えてる?」
 ノリオは即座に頷く。だがその頷きを素直に信じてはならない。

 三週間前、三木塗装の社長、三木は、ノリオを荒木を連れてR社の工場までやって来た。K県からM県までは、高速道路を使っても三時間以上掛かるが、三人は車でやって来たのだ。
「いやぁ、ウチの職人にやらせるのに、自分でやった事が無いのもどうかなぁと思って」
 三木塗装の三木は、職人の気持ちが分かる社長の様だった。
 私はウォータージェットの危険性、機器の取り扱い方をしっかりと三人にレクチャーし、実際にガンを撃たせてみたのだった。

「とりあえず撃ってみて」
 ノリオはガンを構えて、いきなりトリガーを引いた。
「バシューブロロロロ」
 ノリオの上体が反って、半歩ほど後に下がり、彼は慌ててトリガーを放した。
「おーい、危ないなぁ、もっと重心を下げて、脚は平行に置かない」
「?」
 エアラインマスクに流れる圧縮空気で声が聞こえていない。私はノリオのエアラインマスクに繋がっている細いオレンジ色のホースを、二つに折って握った。
「最初は、脚は平行にしちゃだめだって!」
「はい!」
 ノリオは素直に返事をする。
「もう一回、ある程度剥がして!」
「はい!」
 ノリオは今度は慎重にトリガーを引くと、少しずつ壁面のガラスフレークにノズルを近づけた。
「バァオオオオン、バリバリバリバリバリ!」
 五本の超高圧ジェットが、ガラスフレークを粉々に吹き飛ばす。
「しゅザぁああああ、バリバリバリバリ」
 ノリオの動きに合わせてノズルが移動するが、やはり剥がし残しが多い。私は後ろから近づくと、ノリオの肩をポンポンと二回叩いた。
 ジェットが止まり、ノリオがこちらを振り返った。
「いいか、肩を叩かれても、絶対にジェットを出したまま振り向くなよ!」
 安全教育の時に、私が言った事は覚えていた様だ。
「ちょっとガンを貸してくれる?」
 ノリオは頷くと、そのままガンを私に渡そうとした。
「おい、ガンから手を放す時には、必ずエアホースを抜けって言ったでしょう」
 私はノリオに注意した。ノリオは慌ててエアホースを、
「キュポン!」
 と抜いた。
「いい、それだけは絶対にわすれちゃダメだよ、絶対にね!」
「はいっ!」
 ノリオは真剣に頷いた
「じゃ、ちょっと見本を見せるからね」
「はいっ!」
「特にノズルと剥離面との距離、それから回転のさせ方を注意して見てね」
「はいっ!」
 私はヘルメットのバイザーを降ろすと、さも慣れたような顔つきで、ガンを肩に担いだ。
「じゃ、行くよ」

 現場監督には、苦手な作業を、さも熟練しているかの様に魅せる技術が求められる。