どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ156

2008-04-11 23:49:54 | 剥離人
 私が職人と酒を呑む時、ひとつのポリシーがあった。それは絶対に職人より先に帰らないことだ。とにかく最後まで付き合う、それだけだった。

 五本目のJINR○が無くなりかけた時、ハルが完全に潰れた。
 ハルは電池が切れたようにカウンターに突っ伏すと、急に静かになった。
「小磯さん、どうしましょうね」
「どうしましょうねって、会社に寝かす?」
 二人でハルの脱力した巨体を眺める。
「会社って言っても、寝袋は僕の分しか無いし…」
「面倒くせえから、家まで連れて行くか?」
「じゃあ、タクシーしか無いですね」
「そこの国道まで出れば、一台くらい走ってんだろう」
「じゃあ、僕がタクシーを拾って来ますから、小磯さんはハルさんを看ていて下さいよ」
「はいよー」
 小磯はカウンター席に座ったまま適当に返事をして、レーナと話し出した。レーナの隣ではナミが完全にベロンベロンになり、うつろな目でかろうじて立っている。
 私はややふらつきながらガランガランとうるさいチャイムの付いた扉を開けて、店の外に出た。一瞬遅れてムッとした空気に包まれ、周りの田んぼから聞こえるカエルの鳴き声が、地面から這い上がってきた。
 少しだけ酔いが醒めかけ、私は息を大きく吸い込んで、アルコールで汚染されている肺の空気を吐き出した。
「フハァー」
 やや頭がクリヤーになった気がする。

 国道に出ると、思っていたよりも簡単にタクシーを捕まえることが出来た。
「そこのスナックまで行って、二人拾いたいんです。その後A町へ、そしてこっちに戻ります」
「分かりました」
 タクシーの運転手はメーターをセットすると、あっという間に店の前に乗りつけ、バックで停車した。
「ちょっとだけ待っていて下さいね」
 私は急いで店の中に入った。
「!?」
 私は一瞬、自分の眼を疑った。
「小磯さん?これはどういうこと?」
「がははは、いや、俺にも分からないよ。俺も今戻って来た所だから」
「今?ここに居なかったんですか?」
「ちょっとタバコを」
「タバコって…」
 私と小磯の前には、床にひっくり返っているハルの姿があった。しかも、なぜか下半身が丸出しになっている。ハル愛用のヤンキー系ジャージとトランクスが、足首のところで、輪切りのパイナップルのようになっているのだ。
「おーい、大丈夫か?」
「うっるせぇよ!」
 いつの間に来店したのか、人の良さそうな酔っ払いが二人、ハルを気遣って肩を揺すっているが、ハルのご機嫌は斜めどころか、最大傾斜角を示している。声を掛けている二人の手を、物凄い力で払いのけている。
「触んじゃねーよ!」
 床に転がり、下半身裸のままでハルは暴れている。
「こ、小磯さん、どうやって連れて行くんですか?」
「ぐはははは、木田君、任せたよ」
「無理でしょ…」
 小磯はおもむろにハルに近づくと、足でハルを揺すぶった。
「触んなって言ってんだろ!」
 ハルの目は開かないが、自分の体に対する刺激には過敏に反応している。
「ハル!帰るぞ!俺の言ってることが分かんねえのか!」
 ハルの動きが止まり、声のトーンが変わる。
「小磯さん?」
「おう、帰るぞ」
 小磯はハルの頭の横にしゃがみ込み、肩に手を置いた。
「送ってやるから、家で寝ろ」
「小磯さんが連れてってくれるの?」
「おう、そうだよ」
 ハルはかなり大人しくなった。
「ハルさん、とりあえず下着とジャージを履きますか」
 私は猛獣に触れるようなつもりで、ハルの腕に触った。
「んん、き、木田さん?」
「そうですよ」
「俺…、どうして脱いでるの?」
「い、いや、それは僕にも分からないけど…。とりあえずパンツを上げますよ」
 私はそう言うと、ハルの足首に絡まっているトランクスをズリ上げ、続いてジャージもズリ上げた。
「ハル、腰を上げろ」
 小磯の言葉に、ハルは体を動かそうとするが、力が入らないらしい。
「木田君、無理やり履かせちゃおうよ」
 小磯はそう言うと、ハルの体をまたいで腰の下に手を入れて持ち上げ、すかさず私はパンツとジャージを所定の位置にセットした。
「いやぁ…」
「こいつは本当に昔から手が掛かるんだよな」
 ところが今度はハルが完全に動かなくなった。小磯に対する安心感からか、はたまたパンツを履いた温もりが心地よいのか、完全に睡眠に入ってしまった。
「やべぇ、寝ちまったよ…」
 私と小磯は顔を見合わせて、ハルを見下ろした。
「運ぶしかないですね」
「じゃあ、俺が足を持つよ」
「そんじゃ、僕が腕ですね」
 二人で役割を決めるとハルの手足を持ち、一気に気合でハルを持ち上げた。
「お、重ぇえええ!」
「小磯さん、キャット(四輪のロボット)よりも重いですよ!」
 
 キャットとハルの重量はほぼ同じはずなのだが、完全に脱力した人間は、ステンレスとアルミの塊よりも、遥かに重く感じた。