どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ148

2008-04-03 01:14:11 | 剥離人
 ベッドに入ってからどの位の時間が経ったのだろうか、私は怒鳴りあう男女の声で目を覚ました。

「だから、黙って言うことを聞いてりゃイイんだよ!」
「酷い、そんな言い方って無いと思う!」
「うるせぇんだよ!」
「どうしてそういう言い方なの!?」
 私はキャンピングカーの網戸になっている窓から、外を覗いた。
 火が落ちかけたバーベキューコンロの前で、有紀子が泣き喚いている。
「なんでキャンプ場まで来て喧嘩をするかなぁ」
 私は二人を見なかった事にして、もう一度眠ろうとしたが、車内から小さな泣き声が聞こえるのに気付いた。
「んん?」
 声は車の前部ベッドルームから聞こえてくる。
「おーいタカシ、入るぞ」
 私がベッドルームに入ると、そこにはベッドの上で泣いているタカシが居た。
「どうした?」
「パパとママが喧嘩してるのぉ」
「ああ…、まあそうだな」
 タカシは、小磯を『パパ』と呼んでいた。
「僕のせいだよぉ」
「タカシのせいじゃ無いだろ」
「うううん、僕のせいなのぉ、ママは僕が邪魔なのぉ」
「そんなことは無いだろう」
「きっとママはそう思ってるのぉ」
「そんなこと無いって、とりあえず泣くなよ」
 百パーセント私が苦手なシチュエーションだった。しかもタカシは喧嘩の原因を自分のせいだと思い込んでいる。
「とりあえず、俺が仲直りさせて来るからな」
「…うん」
「お前のせいじゃ無いからな」
「…うん」
「ちょっと待ってろ」
 私は少し肩を怒らせてキャンピングカーの扉を開けた。

 気が付けば私の前で、小磯と有紀子が並んで座り、私の説教を聴いていた。
「そもそも、子供に『僕のせいだ』なんて言わせちゃダメでしょう!」
 私は結婚すらしていないのに、良く言ったものだ。
「有紀子さんは、子供と自分の恋愛と、どっちが大事なんですか?」
「…恋愛かな」
「は?」
「うん、恋愛」
「えー、恋愛?」
「うん。だって、私が幸せじゃなきゃ、タカシも幸せに成れないでしょう」
「いや、そういうことじゃなくて、二人の間に自分の居場所を感じないから、タカシ君は『自分は必要ないんだ』って感じるんじゃないですか?」
「居場所ってねぇ、三人で仲良くしてるよね」
「うん、まあ、それなりに」
 小磯は有紀子に促され同意した。
「でもね、私は思うの、母親である前に、やっぱり女じゃない」
「えー、そ、そうかなぁ、そうなのかなぁ…」
「私は今、人生で一番女としての幸せを感じているの」
 私は小磯をチラリと見た。小磯は苦笑いをしている。
「だから、今は自分の気持ちを大切にしたいの、分かる?」
「いや、たぶん理解できないです」
「まだ若いもんね」
「そういう問題じゃ無いと思いますけど」
 その時、小磯がキャンピングカーの方に視線を移した。
「お、タカシ、どうした!パパと一緒に寝るか?」
 小磯は急いで立ち上がると、キャンピングカーに乗り込み、タカシを抱き上げた。
「タカシを寝かせるから」
 小磯は素早く中に入ってしまった。
「ま、木田君も彼女が出来たら『女の喜び』を教えてあげなきゃダメよ」
「・・・」
「ねえ、彼に習ったら?」
「はあ?な、何を?」
「セックスのテクニックを!」
「…遠慮します」
「彼は凄いからね、せっかく身近にそういう人が居るんだから、習った方がイイと思うよ!」
「・・・そりゃどうも」
 私は有紀子に意味不明な言葉を返すと、彼女との会話を切り上げて、キャンピングカー後部のベッドに潜り込んだ。

 今度こそ朝まで眠れる筈だった。