どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ149

2008-04-04 22:51:46 | 剥離人
 暗闇の中、何かが私をノンレム睡眠から強制的に引き戻した。

「・・・」
 私の体が、何か異変を感じている。
「・・・ん?」
 徐々にではあるが、私の脳が動き始める。
「・・・おーい、・・・なんだかなぁ」
 車が揺れている、激しく揺れている、ギシギシと揺れている、キャンピングカーが踊っている…。
「っちゃあ、ヤッてるよ…」
 車輌前方の部屋から発生した振動が、サスペンションの油圧ダンパーを伸縮させ、一定のリズムを刻んでいる。
「喧嘩の後はこれかよ、しかも俺がいるのに」
 前部キャビンのベッドの振動に合わせ、私のベッドも振動する。
「ギッシギシ、ギッシギシ、ギゴギゴギゴギゴギゴギゴ、ギッギ、ギギ、ギッギ、ギギ、ギゴギゴギゴギゴギゴ、ギッシギシ、ギッシギシ」
 実に不快である。単に車が強風に煽られているのならともかく、他人の『ソレ』のリズムを『生』で感じてしまうのだ。
 ひたすら私のベッドが、いや大型キャンピングカーが揺れる。しかし『声』は聞えて来ない、きっと必死でかみ殺しているのだろう。
「だめ、木田さんにバレちゃうよ」
「大丈夫だよ、声を出さなきゃ、オラ、オラ、オラ!」
 などという会話を交わしているのかも知れない。しかしそんな僅かな気遣いを、軋むベッドが相殺し、揺れるダンパーがブチ壊していた。
「はぁー、寝る寝る寝る寝る、俺は寝るぞぉ」
 私は自分に言い聞かせると、強制的に意識を断ち切ろうとした。いわゆる『のび太式睡眠法』だ。
「1、2、3、ぐぅ…」
 ドラえもんののび太は、このタイミングで睡眠を導入出来る、睡眠のエキスパートだ。
「1、2、3、ぐぅ…」
「1、2、3、ぐぅ…」
「1、2、3、ぐぅ…」
 だが、何度試みても、のび太の様に寝ることが出来ない。生々しいリズムが私を襲うからだ。
「いっち、ギゴギゴギゴ、にぃ、ギゴギゴギゴ、さぁん、ギッコギッギッ、ぐ、ギコギコギコギコギコギコギコギコギコ、うううう…、寝れるかぁ!」
 私の大きな独り言は、サスペンションとボディの軋み音に掻き消される。
「ギッッギコ、ギッッギコ、ギゴギゴギゴギゴ、ガッゴ、ガッゴ、ガッゴ!」
 小磯がマラソンで言う所の『競技場』に入って来た様だ。
「ガッコン、ガッコン、ガッコン、ガッコン、ガゴッ、ガゴッ、ガゴッ、ガゴッ!」
 嫌なくらいの振動が伝わって来る。
「ガゴガゴガゴガゴガゴガゴガゴガゴ、ガッコガッコン!」
「?」
 急に車の振動が無くなった。
「・・・」
「・・・」
 変な静寂が車内を包む。急に静かになると、今度はこちらも息を殺さなければならない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
 変な静寂を保っている内に、今度こそ私は寝てしまった。

 翌朝、小磯と有紀子は妙にスッキリとした顔で、さわやかな朝の空気を楽しんでいた。
「おはよう、木田君!」
「木田さん、おはよう!」
「おはよっす…」
「良く寝れた?」
「…寝られませんよ」
「がはははは、もしかして俺たちのせいかな?」
 有紀子が小磯の肩をバシっと叩く。その幸せそうに赤らんだ有紀子の顔に、私はレッドカードを突き上げたい気分だ。
 しばらくすると、最後まで寝ていたタカシが起きて来た。
「ねぇ、ねぇ、おじさん」
「なに?」
 私はすでに子供の相手も辛くなって来ていた。
「あのね、昨日ね、パパとママがエッチな事をしてたんだよ」
「・・・あー、そう」
「二人はね、いつもエッチな事をしてるんだよ」
「・・・さぁ、タカシ君、ご飯の時間だよぉ!」
 もう、何もかもがどうでもよかった。

 帰り道の車内、小磯が私に言った。
「木田君って、歳の割には説教臭いんだね」
「はぁ?」
「俺の女がそう言ってたよ」
「・・・」

 二度と小磯の彼女とは会わないでおこうと、私は心に誓った。