ドミンゴ(土民子)のわくわくランド

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常識破り・型破りの男がいた!

2007-02-09 | Weblog
うれしい情報を掴んだ。

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授の石井裕氏の存在である。

氏は39歳でMITの教授になり、今51歳「タンジブル・ビッツ」を提唱して世

界から注目されて高い評価を得ている。1955年東京生まれ、北大に学び卒業

後、NTTで16年通信関係のソフト開発に取り組んだ。

彼の研究のきっかけは宮沢賢治であるという。賢治の肉筆の原稿を見てデジタルで

は伝えられない情報があると気づいたと言う。

肉筆の原稿には賢治の心が加筆修正された痕跡が残されており、デジタルでは表現

できない世界があると気づいたようだ。

今のインターネット社会もただ単なる字のやり取り情報である。

顔も心も見えない世界である。

彼はデジタルインターフェスに相手の視線や興味が何処にあるのか相互に伝達でき

ないものか新しい発想をしたようだ。

これを「クリアボード」と名付け、遠隔地にいる人々がガラス版を見ながら絵を描

きながら相手の視線を読みコミニュケーションを実現できるツールにしたいと取り

組んだ。この試みは面白いと評価され国際会議で注目され1994年9月アトラン

タで開かれた「ヴンガードSCC」と言う会合に招待されたと言う。

この会議に招待したのはMITのアラン・ケイ氏、講演が終わって10分後、アラ

ン氏MITへの招聘を提案したと言う。

石井氏はこの提案に承諾し、MITのネグロポンテ所長に会ったとき、所長は「君

の研究は面白い。しかし、MITでは同じ研究は絶対続けるな!まったく新しいこ

とを始めろ。人生は短い。新しいことへの挑戦は最高のぜいたくだ」と言われたら

しい。ノーベル賞の受賞者60人も輩出した大学ならではの言葉である。

彼は1994年MITの教授に就任し、学生を指導する立場にたった。

自分の提唱した「直接手でデジタル情報に触れて操作できるインターフェース」の

名称を学生と議論をし3ヶ月かかって名付けた。そして生れたのが「タンジブル・

ユーザーインタフェース」というコンセプトである。

彼は51歳、私は58歳。7つ違いの男に私は負けた。

しかし、職業も分野も違うが志は共鳴するものがある。彼は言っている。

「小さい成功に満足するな!小さい成功を守ろうとするな!」

「プレッシャーの強さ、競争の激しさが成果を生む大きな要因」

私はこういう。

「常識を否定しろ!非常識に新しい芽が潜んでいる」

「人の真似をするな!真似には限界がある」

「人の嫌がる仕事をしろ!人の嫌がる仕事に夢がある」


宮沢賢治は私の故郷の大先輩である。女房の卒業論文も「宮沢賢治論」であったと

言う。MITの石井教授とアメリカであって見たい。

昼休みの時間に居眠りをしていた。大きな事も小さい一歩から・・・・