ドミンゴ(土民子)のわくわくランド

自分が感じた面白い、かつ、怒りの話題を提供します。
みなさんのコメントをお待ちしています。

人も馬も同じ、しかし人間違う!

2007-01-31 | Weblog
「水を飲みたくない馬を川に連れて行っても水を飲ませることはできない。」と昔

の人は教えてくれた。その通り、喉が渇いていない馬に水を飲ませることは誰にも

できないと言うことだ。

これは人にも当てはまる。勉強したくないと思っている子供を無理やり学校に連れ

て行っても勉強しないと同じ。仕事をしたくないと思っている人に仕事を与えても

やらない。考える力のない人に考えろ!かように望まない馬や人に強制しても何も

達し得ない。

自分のことしか考えない人は自分の利益を中心に考えて人のことは眼中にない。皆

に支えられて生きていると言う感謝の心がない。

こんな動物となった人間の社会は続くだろうか?いや滅びるだろう。

私が小さい頃、家は大家族でお金には余裕がなかったと思う。その頃、貧乏した

人々は乞食となり家々を回ってお恵みを貰っていた。近所の家では乞食を追っ払い

する人もいたようだが私の爺さんは「彼らは好きで乞食になったのではない。何か

の事情があって今、こうした姿になっているのだ。困っている人を助けることは仏

の教えに違背しない。少しでも分け与えることが大事だ。若しかして将来立派な仕

事をするかもしれない。」と言って残っている飯をおにぎりにして、小銭を与えて

いた。

乞食仲間にも縄張りがあると共に情報網もあったようだ。あそこの家に行けば飯に

ありつけると解り、我が家には頻繁に乞食がやってきたようだ。

爺さんはこうして宇宙銀行に徳という貯金をしたお陰でその利子が孫の私に配当さ

れていると感じている。

時代が変り日本は物質的に豊かになったようだが心が貧しくなっているような気が

してならない。心が貧しい乞食が多くなった。生活のレベルを上げてしまったので

下げることができない。給料(おにぎり)の大きさに目を奪われこれを求めている

人が彷徨(さまよ)い始めている。

こんな人は給料だけを考えて右往左往している。人に尽くす、施すと言う思想はな

いようだ。

生かされていると気づけば安い食料の輸入により、日本人の生命が保たれている。

一方、輸出する国の人々は長い時間労働と低賃金によって困窮している。

これを思って生活している人は日本に何人いるであろうか?

「もったいない」と言う言葉も死語になった。私は大勢に組みはしない。残りの人

生は国外の困っている人々に夢を持てるような援助をしたい。

新規ビジネスの立ち上げもこれに添った活動である。豊かな人からお布施を戴き困

っている人を支援する橋渡しである。

アジアに架ける橋になりたい。この橋の名を「(仮称)人類ブリッジ」と名付けよ

う。開通式のテープカットはタイ、フィリピン、ベトナム、ラオス、インドネシ

ア、カンボジア、インド、パキスタン等の子供達である。

この様子を遠い地球外から眺めて共に喜びたい。








文書を書くことは脳を刺激する。

2007-01-30 | Weblog
作家と言われる人達は自分の考えたことや想像したことを文章に書き表し、自分の

感じたこと、考えたことを書いている。

この思いを書くと言うことは脳みそをフル稼働している。だから脳は衰えないので

はなかろうか。日記を毎日書くなどは書くことの原点である。誰に頼まれたのでも

なく自分が感じたことを表現しているに過ぎない。

しかし、時間が経つとこんな時自分がどう考えていたのか振り返って見ることもで

きる。

私もブログや東方見聞録を書いているのは自分が今、このとき何を思って考えてい

たのか記録を残すためである。

公表しているが下手な文書も自分そのままの姿である。足しもせず引きもせずの

「山崎モルト」である。公表して非難されるもよし、勇気がなければ書けないし公

表もしない。体は老化するが脳みそは使えば老化しない。ボケないと言われる。

脳みその老化を防ぐために書くことを辞めない。人間のコントロールタワーである

脳みそは常に磨き、言動と行動に一致をさせたいと思っている。

言行不一致の人は脳みその老化が始まっているのではないかと感じる。

脳みその老化者は人に相手にされない。寂しい老後、三途の川を渡るしか道がな

い。柳沢君も老化現象が感じられてならない。人間としての問題であろう。

政治屋に言行不一致が見られる。

政治家は襟を正していかなければならないと自ら言うが「襟」がない人に襟は正せ

ない。(大爆笑:爆笑問題)

人に感動と生きる勇気を与えた男

2007-01-29 | Weblog
今、日本のボクシング界に中高年に感動と生きる勇気を与えている男がいる

と言う。

これが東洋・太平洋のチャンピオンの西澤ヨシノリ氏41歳である。

6歳時に世界チャンピオンになるという夢を追って今までボクシングを続けて来

た。20代の戦績は思わしくなく、ジムの会長も引退を勧めたようであるが本人の

意志が固く続けたようだ。30代になって戦績がよくなってきたと言う。

ボクサーの引退は36歳であるが西澤選手は特例として引退年齢を伸ばして貰った

ようだ。

不屈の精神で練習に励み、前述のチャンピオンになった。

この姿勢に中高年が感動し、めげそうになっていた人々に生きる勇気を与えてい

る。今では中高年の憧れ、試合には1500人の中高年が応援に駆けつけている。

明日はチャンピオンの防衛戦、勝てば世界チャンピオンへの挑戦も夢でない。

私の知らない世界で人々を感動させ、生きる勇気を与えていた男がいた。

こんな話を聞くと自分の悩みや苦労は糞みたいな小さいこと。

自分が西澤選手のように人々に感動や勇気を与えた人生を送ってきたか?反省して

みると否である。

彼が言うには「自分の限界を知りたい。」と言っていた。限界を知るには限界を極

めるしかない。肉体的に厳しいスポーツのボクシングは自分との戦いであろう。

誰も助けてくれない。唯一自分を高めるためには人の意見を素直に聞くことであ

る。独りよがりでなく、人の客観的な意見を聞き、これを取り入れるしかない。

顔は怖いが心が優しそうに見える。小さい子供は利害も先入観もない。

本当に優しい人を一瞬で見抜く本能を備えている。

彼は中高年の人のみならず、子供達にも感動と勇気を与えることだろう。

汚い顔の政治屋や経済界のトップ国民に怒りと失望を与えている。

西澤選手、結果はどうでも良い。貴方は人々に感動と勇気を与えた偉大な人であ

る。私も貴方に勇気を頂いた有難う。

漢字検定4級に挑戦した。

2007-01-28 | Weblog
中学生の漢字の読み書きは漢字検定の4級に相当するそうだ。

今日徒然なるままに20問に挑戦した。18問正解が合格である。

私は17問の正解不合格である。漢字で間違った。トホホホ・・・

このテストで解った。漢字は書かないと忘れてしまうことである。

日本の漢字は象形文字であるため形での認識で読むことは簡単である。

しかし、いざ書くとなるとしっかり記憶して置かなければ再現ができないことが改

めて認識したしだい。

ワープロが普及し、直筆で手紙を書くこともなくなり漢字を忘れてしまっている。

字を間違ってもワープロの変換ミスと言い訳できるが直筆ではこれは通じない。

字の上手な人は漢字の間違いもない。(一般的に)

勉強の基本は自国の文字を正しく読め、書けることである。

今日の先生は厳しい。17点は再試験、居残り勉強を命じられた!・・・・・

漢字の読み書きも大事だがその意味を知ることが大事である。昔の人は国語辞典を

片時も離さず持っていて解らないことを調べたと言う。そういえば私の育った家に

も辞典がいっぱい有ったような記憶がある。辞書は父親の友人であったと思う。

暗記教育でなく本を読み、解らないことを辞典で調べる習慣が身についたら教育の

再生につながるのでないだろうか?

身近なところに改革のヒントがあった。テレビを消してパソコンを辞めて本の楽し

みを教えることが子供達の成長を促すことになるのでなかろうか?

昨日も自民党のある大臣が少子化問題について「女性は子供を生む機械」と例えて

顰蹙(ひんしゅく)をかっていた。卑しくも大臣がこんな発言するのは思いつき出

なく自分が思っていたことをポロリとでた言葉であろう。

こんな連中が政治を行って今の日本がある。IT戦略を(イット)と言っていた

元首相もいた。富山湾に発生する蜃気楼、体が大きいが直ぐに消えてしまった。

田中真紀子のお陰で首相になった人も改革をやれと命じていたが自分に邪魔となっ

た人のドレスのすそを踏んで更迭をした。蜃気楼とダンスをうまく踊れない人に続

き、見目良男(みためよしお)君の登場で論功報償内閣の構成、次々と任命者さ

れた人々が舞台から消えていく。

つい数年前、愛人の麻薬疑惑で検察の調査情報を漏らし、愛人を庇おうとして自民

党の要職を辞した人がへのカッパで与党の幹事長になっている。

テレビで顔を見ていると「お主も悪やの~」「お主に弱みを握られている人は何人

いるのかな?」と思わざる得ない。

少なくとも先進国でスキャンダルに巻き込まれた政治家には復活の道はない。

こんな状況を見ていると日本は政治の後進国であると思わざる得ない。皆さんいか

が思いですか?与党も野党も変らない。国民を忘れた目くそ鼻くその国会の論議、

未知数のそのまんま東(東国原知事)に県民の将来を賭けても見たくなる。

2代に渡っての不祥事による知事の交代、これ以上悪くはならないだろうとの選択

であろう。与野党への衝撃は大きいと思う。石原都政も陰りが見えてきた。

アメリカは大統領の任期は1期4年、2期まで、長くとも8年である。

人間の本質を見据えた法律である。多選は弊害はあっても利はない。人間の本質は

欲であると喝破している。常に原点に戻れと私に教訓を与えている。

漢字検定のレベルは8級から始まるという。20級(?)レベルの人が政治屋とは

いかがなものか?20級とは赤ちゃんのレベル。言葉の意味も解らない人のこと。

私は居残り勉強と再試験が課せられている。(大爆笑)

明日は早朝の出張予定、ブログを書く時間がないので今日は、明日のブログを掲載

します。書きたいことが山ほどあり、山本リンダになっている。(寒い!)


ロス支店が動き始めた!

2007-01-28 | Weblog
年末にロス支店のスタッフとビジネスの進め方についてミーティングをした。

ビリー牧場の訪問も旅行のメニューの目玉、実際に目で見て肌で感じて確かめるた

めである。1月には2名の若者の受け入れと案内をしたようだ。

この月は閑散期でロス往復の飛行機代は7万円と格安を入手できる。

また、2月には大学生2名の初体験のロス旅行のお世話も予約確定である。

3月には結婚式のお世話など着々とお客さんが入り始めた。

昨日、支店から電話があって独自のホームページを作り始めたと報告があった。

ロス支店は現地法人化をしてアメリカの会社、独立採算制の仕組みにした。

資本金は日本とロスのスタッフが出資して設立したものである。

去年初めて納税した。ペーパーカンパニーでなく実体のある会社である。

アメリカではISOの普及が進んでいない。ロスにもニーズがあるようである。

日本ではISOの普及は一段落、むしろ減少傾向である。

ロスにもコンサルのビジネスチャンスがある。ロス支店を窓口にしてアメリカにビ

ジネスを広げたい。

ロス支店の法人名を「ASTL・Inter National Co.Ltd」

(アステル・インターナショナル)と届けている。

親会社である当社の略称を取り入れたようである。

今のところ小さい会社であり自宅を事務所にしているが近い将来、外にオフィスを

構える予定である。

小さく生んで大きく育てる。若者達の夢を叶えられるようにサポートして行きた

い。私のビジネスも大きな転換期を迎えている。死ぬまで現役であり続けたい。

ジュールのグリーンカレー

2007-01-27 | Weblog
沖縄でスタートしたジュールのグリーンカレーの移動販売はようやく、よちよち歩

きでスタートした。

このビジネスは拉致シェフが試作から販売まで綿密な計画を立て準備から販売まで

一貫して担当している。

全てが始めての経験。しかし彼は大学で映画の製作を経験したのでどんな仕事も基

本のプロセスは同じだと言っている。

目的・目標を定め、脚本を書き、出演者や映像を撮るスタッフを決め、舞台を設定

し、これらを手配し、自分が考えたシナリオで俳優に演じてもらい、映像や音声・

照明を使い映画を撮り、編集作業を行い完成した映画で観客の心を掴むといってい

た。

新しいビジネスの立ち上げ、運営も同じである。

私も同じ経験をしてきたので拉致シェフの言うことを理解できる。

彼は沖縄でのグリーンカレーの販売に漕ぎつくまで、事細かにシナリオを練り、法

的な規制や製造・販売までの手続きをしていた。

私は彼が相談しない限り、極力口を挟まなかった。

このビジネスのアイデアを提案したが、彼が自分でやりたいとの意向を尊重し全て

をまかした。

彼が描いた方向に動き始めたようだ。

「成せばなる。成さねばならぬ何事も・・・・・」東京オリンピックで金メダルを

獲得した日本女子バレーボールの大松監督の言葉が蘇える。

ちなみに岩手県北上市の友人が経営するレストランにグリーンカレーのメニューを

2006年10月に提案しアンテナショップを依頼した。今年の1月(2007

年)に彼女から電話があった。北上でグリーンカレーが人気、当店の人気メニュー

のトップに躍り出てお店の売り上げも上昇している。とうれしい連絡があった。

一番売れないだろうと思ったところの市場調査のアンテナショップにうれしい誤算

ビジネスのキーワード「食と健康と本物」を標榜していたが間違えないようであ

る。

カレーの人気投票第一位は札幌のスープカレーらしい。グリーンカレーもタイのス

ープカレーである。12年前タイで食べたグリーンカレーが日本人の健康に寄与す

べく蘇えった。

先駆者になることは喜びである。

私の仕事は常に夢を売る営業マンかも?営業とはなんですか?「人の心を掴むこ

と」の一言・・・・・今日はじっくり自分を見つめよう。

杜のドンタコスさん元気ですか?

2007-01-26 | Weblog
今日の朝、京都で大阪のmikataさんと話していたら最近「杜のドンタコスさ

ん」の姿が見えませんね。二人で心配しました。ドミンゴの記事が「バカバカしい

ので捨てられたのでは」と、私が言うとmikataさんが「そうではないでしょ

う」病気でなければいいのだがと心配していました。

本質をえぐった辛口の「杜のドンタコスさん」のコメントは皆さんから注目されて

いたようです。

たまには、辛口のコメントをお待ちしています。ドンタコスさん、naoさん、麒

麟児さん、mikataさん、避暑地さんなど常連のコメンテータの方々のコメン

トがドミンゴブログを支えているようです。

来年、団塊の世代700万人リタイヤーと言う。この方々と夢を共有したい。

新しいビジネスを希望する人「この指とまれ!」夢工房ボス、ドミンゴより。

宮崎県の二大ニュース

2007-01-26 | Weblog
知事の不正献金問題で出直し選挙、芸能人が当選した。

投票率を見ていたら前回の選挙より、8%投票率が上昇していた。

若しかしてと思っていたら、若しかが起こった。宮崎県民は変化を望んだようだ。

この結果には自民党もショックを受けている。私はこの結果に爽やかさを感じてい

る。しがらみのない立場でどんな改革するのか期待している。

就任早々、鳥インフルエンザの発生で現地調査、県民の生の声や現実を常に見聞し

県政に反映することが重要ではないかと思う。

ある知事の体験談によると知事になったとたん、今まで会えなかった人たちが大勢

やってくるという。こんなことが続くとあたかも自分が偉くなったような錯覚に陥

ると言う。そのうちに県民から遠くなり、殿様の態度となり初心を忘れてしまうと

言う。知事の権限は国会議員より大きい。一国一城の殿様、東京都の知事も8年経

つと見るとおり変身をしている。

参謀は耳の痛いことを言う人を選んだらよい。「そのまんまアドバイス」のアドバ

イス(笑)である。

久し振りの京都

2007-01-25 | Weblog
昨日から26日まで京都でセミナーの講師でやって来た。

京都は今の時期底冷えする季節であるが、今年は暖冬の影響でいいお天気、昨日は

風もなく日差しが射し暖かい日和である。

講習会場は京都御所の目の前、ホテル平安会館である。

このホテルは立地条件もよく落ち着いた雰囲気の環境で格調高い。

京都ではちょっと有名、観光シーズンには世界各国からの訪問者が滞在すると言

う。

今はシーズンオフ人もまばらである。通の人には人の少ないこの時期がゆっくり見

れるので好きだという。

京都御所のお休みどころで昼食もできる。広い御所の庭は春を待つ木々が静かに休

んでいる。心が休まるような静けさである。

ホテルの中庭は見事な池泉回遊式日本庭園、有名な庭師小川治兵衛が設計し、築造

したものらしい。

池を中心に池の周りに大きな石や木々が配置されている。

池の中には見事な大きさの緋鯉が優雅に泳いでいる。500坪の広さ夜はライトア

ップされ幻想的な雰囲気を醸し出している。

こんな環境でのセミナーは久し振りで心が落ち着く。

しっかり講師を務めたいものだ。

また、このセミナーには講師として「大阪のmikataさん」も参加し一緒に楽

しんでいる。大阪弁のmikataさんの笑顔に励まされている。

申し訳ないことをした。

2007-01-24 | Weblog
昔、政治家の派閥の親分は自分の庭に大きな池を作り、錦鯉を飼っていた。

権力者の絶頂期、自分の派閥の子分の締め付けに池を飛び出したら「干しゴイにな

る」と恫喝し派閥の締め付けをしていたように記憶している。

間違っていたらごめんね。

昨日、ベランダのメダカを家の中に移したことを書いたが今日、仕事から自宅に帰

ってメダカは元気かなと机の上に置いた水槽を覗いてみたら、机の上に干からびた

メダカが一匹横たわっていた。

朝にはなかったので出勤してから水槽から飛び出したかも知れない。

私はメダカの派閥の親分でもないので脅かしたこともない。(笑)

干からびたメダカは狭い水槽の外に興味を持ったのか、偶然飛び出したのか理由は

わからない。

こんなことは人間社会にも散見される。自分の実力がわからず水槽(組織)を飛び出

したが飯も喰えなくなり、別な水槽に移り住むと言う現象だ。逃げたと言いたくな

いので前の水槽の環境の悪口を言いまくる。

これで自分の正当性を担保しようとする。こんな人は何処に行っても満足しない。

自分の問題を他に擦り付ける性癖があり自己責任を回避する。

子供のようだ。負け犬の遠吠えである。

干からびたメダカにはそんなことはありえない。元気過ぎて偶然に飛び出したに違

いない。そして昨日の夜、机の上で干からびた姿になっていた。

ベランダに置いた水槽にいたらこんなことになっていなかったと思う。

「小さな親切余計なお世話」になったかもしれない。

いずれにしても自分の力量を知ることが自分を守る基本でないかと感じた。

「メダカに対して余計な配慮」が一匹の干しメダカを生んだ。申し訳ないことをし

たと反省している。