突然霧が晴れ版築で固められた巨大な城壁が目の前に現れたのは、奇怪な柱や四阿が途切れ、道幅が広くなったのとほぼ同時だった。
大邑商に着いた。
城門は大きく開かれている。午後の日差しに守備兵の青銅の冑と槍が鈍く光っている。予め計算通りだったとは言え、一安心だ。これで今日は城内の西伯館に止まる事が出来る。鎬と商では暦が違う。旦の計算が合っていた事に発はほっと一息ついた。
月のほぼ半分を占める祭儀の日であったら、一般門は閉じられ、その代わりに空けられる祭儀門は神王とその巫女・近衛兵以外の通行を許さないからだ。そうなれば一般門が開くまで、諸侯といえども城外で野営せねばならぬ。
道の左側の土壇からは血の匂いが漂ってくる。右側の塚の一つは今盛り上げられたような新しさだ。儀式は昨日行われたらしい。発は旦の計算の正確さに改めて舌をまいた。「もし私が神王を倒す事が出来たとしても、新しい国を築き上げるのは私ではなく旦の役割となるだろう。」
青金の鐘の音に発は我に帰った。城門閉鎖の予鈴だ。
死のにおいが立ち込める城外とは打って変わって、城壁の内側は人いきれで息苦しいほどだった。
近在の穀物や野菜・果物、かわらけの食器といった物に加え、蛮の地の亀や貝殻、狄の地の毛皮はては西方の壁や玉まで、大道にまではみ出さんばかりに並べられその間を通行人が見物がてら歩いて行く。
発は隣で車の手綱を取っている老人に兼ねてからの疑問を尋ねた。
「子供の時母に連れられて訪れた時には気がつかなかったけれど、商の民だけではなく、夷や蛮の民も一杯いるね。田猟がうまく行かなかったら、彼等が祭儀の対象とされてしまうのに。」
老人は悲しみと憎しみの混じった目をしながら答えた。
「運命と諦めているからです。それに自分だけは当たらないと思いたがっているからです。その上、定めを守って死ねば、神王の計らいで商の民に生まれ変われると信じ込んでいるからです。
私だって、若い頃捕らえられことがありました。自分の一人前で神王の気まぐれで祭儀が終わらなければ死ぬ所だった。そんな経験が無ければ今もこの者達と同じようにこの町で暮らしていたでしょう。
いや九死に一生を得た直ぐ後ですら、なぜ犠牲となって商の民に生まれ変わる機会を奪われたのか、と恨みに思った事があったほどでした。
それほど商と神王の呪縛は強いのです。」
雑踏を掻き分け、二番目の城壁に着いたときは門が閉まる寸前だった。
急いで城門を通過すると、一転して人通りの少ない空間が広がっていた。石畳の広場の左側には有力諸侯の広壮な居館が立ち並び、右側には官衙が並んでいる。そして道幅が広がった大道の奥には、内城の城壁が立ちはだかっている。内城へと続く城門は既に閉じられ、その両脇には人の2倍ほどの大きさの青金の人形が、内城を守る護衛兵のように立っている。
木造や版築が多い居館の中にあっては珍しい、西方様式の石造りの建物である西伯府にたどり着き旅装を解いた時には日は既に落ちていた。
大道の向かいにある司農府に貢物の玉や壁を納め、その内容を記載した竹の官符を受けとり司馬府に目通りを願ってから数日が過ぎた。
大邑商に着いた。
城門は大きく開かれている。午後の日差しに守備兵の青銅の冑と槍が鈍く光っている。予め計算通りだったとは言え、一安心だ。これで今日は城内の西伯館に止まる事が出来る。鎬と商では暦が違う。旦の計算が合っていた事に発はほっと一息ついた。
月のほぼ半分を占める祭儀の日であったら、一般門は閉じられ、その代わりに空けられる祭儀門は神王とその巫女・近衛兵以外の通行を許さないからだ。そうなれば一般門が開くまで、諸侯といえども城外で野営せねばならぬ。
道の左側の土壇からは血の匂いが漂ってくる。右側の塚の一つは今盛り上げられたような新しさだ。儀式は昨日行われたらしい。発は旦の計算の正確さに改めて舌をまいた。「もし私が神王を倒す事が出来たとしても、新しい国を築き上げるのは私ではなく旦の役割となるだろう。」
青金の鐘の音に発は我に帰った。城門閉鎖の予鈴だ。
死のにおいが立ち込める城外とは打って変わって、城壁の内側は人いきれで息苦しいほどだった。
近在の穀物や野菜・果物、かわらけの食器といった物に加え、蛮の地の亀や貝殻、狄の地の毛皮はては西方の壁や玉まで、大道にまではみ出さんばかりに並べられその間を通行人が見物がてら歩いて行く。
発は隣で車の手綱を取っている老人に兼ねてからの疑問を尋ねた。
「子供の時母に連れられて訪れた時には気がつかなかったけれど、商の民だけではなく、夷や蛮の民も一杯いるね。田猟がうまく行かなかったら、彼等が祭儀の対象とされてしまうのに。」
老人は悲しみと憎しみの混じった目をしながら答えた。
「運命と諦めているからです。それに自分だけは当たらないと思いたがっているからです。その上、定めを守って死ねば、神王の計らいで商の民に生まれ変われると信じ込んでいるからです。
私だって、若い頃捕らえられことがありました。自分の一人前で神王の気まぐれで祭儀が終わらなければ死ぬ所だった。そんな経験が無ければ今もこの者達と同じようにこの町で暮らしていたでしょう。
いや九死に一生を得た直ぐ後ですら、なぜ犠牲となって商の民に生まれ変わる機会を奪われたのか、と恨みに思った事があったほどでした。
それほど商と神王の呪縛は強いのです。」
雑踏を掻き分け、二番目の城壁に着いたときは門が閉まる寸前だった。
急いで城門を通過すると、一転して人通りの少ない空間が広がっていた。石畳の広場の左側には有力諸侯の広壮な居館が立ち並び、右側には官衙が並んでいる。そして道幅が広がった大道の奥には、内城の城壁が立ちはだかっている。内城へと続く城門は既に閉じられ、その両脇には人の2倍ほどの大きさの青金の人形が、内城を守る護衛兵のように立っている。
木造や版築が多い居館の中にあっては珍しい、西方様式の石造りの建物である西伯府にたどり着き旅装を解いた時には日は既に落ちていた。
大道の向かいにある司農府に貢物の玉や壁を納め、その内容を記載した竹の官符を受けとり司馬府に目通りを願ってから数日が過ぎた。
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