1.即時強制と即時執行
即時強制とは、義務の履行を強制するためにではなく、目前急迫の行政法規違反の状態を排除する必要上、義務を命ずる余裕のない場合、または、性質上義務を命じることによっては目的を達成しがたい場合に、直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現することをいう。
但し、上記の定義の中には行政機関による情報・資料収集活動も含まれている。塩野宏教授が指摘するように、即時強制の定義には「強制隔離・交通遮断のように、それ自体行政目的の実現にかかる制度」と「臨検検査、立入りの観念にみられるような行政調査の手段」とが含まれているのである〈塩野宏『行政法』〔第六版〕(2015年、有斐閣)277頁〉。
行政法学においては、即時執行という概念が用いられることもある。即時執行とは、即時強制から行政機関による情報・資料収集活動を除外したものをいう。従って、即時執行は「相手方に義務を課すことなく行政機関が直接に実力を行使して、もって、行政目的の実現を図る制度」に限定される〈塩野・前掲書277頁〉。
即時強制、即時執行のいずれについても、法律の根拠を必要とする。
2.実力を加える対象
即時強制(即時執行)により、実力を加える対象の例をあげておこう。
まず、身体である。例として、後に取り上げる警察官職務執行法第3条ないし第5条などをあげることができる。
次に、家宅・事業所などである。例として、警察官職務執行法第6条、国税犯則取締法第2条などをあげることができる。
そして、財産である。例として、銃砲刀剣類所持等取締法第11条などをあげることができる。
3.警察官職務執行法が定める即時強制の例
現行法においては、行政上の強制執行と異なり、即時強制(即時執行)に関する一般法と言うべき法律は存在しない。ここでは、即時強制(即時執行)を多く定める警察官職務執行法を概観しておくこととする。
・個人の生命・身体・財産の保護:保護措置(第3条)。24時間が限度とされるが、延長許可も認められる。
・避難などの危害防止:「警告」→「引き留め」・「避難」。第4条に認められた権限である。措置は公安委員会に報告される。他の公的機関に共助が求められる。
・犯罪の予防・制止:第5条。生命・身体の危険または財産の重大な侵害を生ずるおそれがある場合に、犯罪を制止できる。
・立入権限:第6条により認められた権限である。
・武器の使用:第7条。但し、人に危害を加えることができるのは刑事訴訟法第213条・第210条、警察官職務執行法第7条、刑法第36条・第37条の場合に限定される。
その他にも、行政法令の定める即時強制が存在する(例.消防法第1条)。個々の国民・住民の生命・身体の保護その他公衆衛生上の理由によるもの、風俗警察上の規制権限を行使するためのものなどがある。立入権限は、国税犯則取締法第2条・第3条、労働基準法第101条など、認める法令も多い。
4.行政上の強制執行(とくに直接強制)との違い
行政上の強制執行とおよび即時強制(即時執行)には、行政権による実力行使を認めるという面において共通する点がある。とくに、行政上の強制執行の一種としての直接強制と即時強制(即時執行)は、外観上酷似しており、見分けが付きにくいこともある〈塩野・前掲書279頁注(2)や櫻井敬子・橋本博之『行政法』〔第6版〕(2019年、弘文堂)180頁にあげられている、道路交通法に違反する放置車両の移動の例を参照〉。そればかりか、即時強制・即時執行が直接強制の代替として用いられる傾向にあるとも言われる。
しかし、行政上の強制執行と即時強制(即時執行)は、概念上において全く異なるものであり、次のように整理することができる。各自で表を作成し、まとめてみることをおすすめする。
・行政上の強制執行は、私人の側に履行義務が存在することを前提とする。これに対し、即時強制(即時執行)は、私人の側に履行義務が存在することを前提としない。
・行政上の強制執行は、法律のみを根拠としうる(代執行が条例を根拠としうるのは、行政代執行法第2条により、法律の委任を受ける場合に認められるためである。直接強制については法律に限定される)。これに対し、即時強制(即時執行)は、条例を根拠としうる(法律による委任がない場合についても同様である)。
・行政上の強制執行には、一応の一般法として行政代執行法がある(強制徴収については国税徴収法がある)。これに対し、即時強制(即時執行)に関する一般法は存在しない。
5.即時強制(即時執行)の処分性
法律に基づいて実施する身柄の拘束、物の領置という例から明らかであるように、即時強制(即時執行)は、行政機関が行う事実行為の中でも、強制的に人の自由を拘束し、継続的に受忍義務を課す作用である。従って、即時執行(即時強制)は公権力の行使にあたる行為であり、処分性を有する。これに不服があれば、行政不服申立て・行政訴訟の手続で救済を求めなければならない(参照、行政不服審査法第2条第1項)。なお、この場合、出訴機関の制限を認めて、その起算点を身柄などの拘束時間とみるべきか、拘束時間が継続している間は、出訴期間とは無関係に随時不服申立てないし抗告訴訟を提起できるとすべきか、争いがある。
▲第7版における履歴:2021年1月20日掲載。
▲第6版における履歴:2015年10月20日掲載(「第19回 行政上の義務履行確保、行政罰、即時強制」として)。
2017年10月26日修正。
2017年12月20日修正。
2018年7月23日修正。
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