ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

第21回 行政罰

2021年01月22日 00時00分00秒 | 行政法講義ノート〔第7版〕

 1.行政罰の定義

 行政罰とは、行政法上の義務違反に対して、過去の行為に対する制裁として科せられる罰の総称である。 ここにいう義務は、法令によって科せられる場合と、法令に基づく行政行為によって科せられる場合とがある。

 行政上の強制執行は、現に存在している義務違反に対して将来的に行われるものであり、または、将来の或る時点において存在しうる義務違反に対して、さらにその先の時点において行われるものである。強制執行は、義務違反に対する制裁としての性格を持たない(仮に持つとしても、行政罰ほど濃厚ではない)。むしろ、義務違反者に義務を履行させること、それが実現されなかった場合には行政主体が自ら義務の内容を実現するか第三者に実現させることを主眼としている。

 これに対し、行政罰は、過去の行為に対する制裁であり、義務違反の状態を是正させる、あるいは自ら是正するという性格はない。仮にあるとしても、強制執行より薄い。

 行政罰は、性質によって行政刑罰と秩序罰とに分けられる。

 

 2.行政刑罰

 行政刑罰とは、刑法に刑名のある罰のことである。すなわち、刑法第9条に規定される刑罰が適用されることとなる(多くの場合、懲役と罰金である)。

 行政法学や刑法学においては、行政犯(法定犯)と刑事犯(自然犯)との区別が語られる。行政犯は、行政処罰を科せられる義務違反(非行)のことであり、通説的見解によると、行政犯の行為それ自体は反道義性や反社会性を有しないが、その行為が行政目的のためになす命令・禁止に反することによって反道義性や反社会性を有するに至るということになる。

 もっとも、このような区別は絶対的なものではない。例えば道路交通法に定められる右側通行・左側通行の別のように、当初は行政犯だったものが刑事犯として扱われるようになっているというものもある。

 行政刑罰については、以前、刑法総則の適用の有無が争われていた。これは、行政刑罰と刑法第8条との関係として議論されていたのである。有力説は、刑法第8条但し書きなどの明文で定められる場合以外に、刑法総則の適用について特別の扱いをすべきであると主張する。この立場は、過失犯などについて、行政刑罰の特殊性を強調する。しかし、刑事罰と行政刑罰との区別が相対的であることからして、行政刑罰に特殊性を強く認めなければならないということの根拠はない。また、明文の規定があれば別として、存在しない場合に、刑法総則の規定と異なる扱いをするならば、刑法の明確性の原則に抵触するおそれがある。従って、行政刑罰についても、刑法第8条に定められた原則に従うべきであると考えるのが妥当である(通説・判例)。

 刑法総則の適用の有無に関する争いは、過失犯の扱いにも関係する。上記有力説は、明文の規定がない場合であっても過失犯を罰しうるとする立場をとるのであるが、刑法第38条第1項の規定に反する。罪刑法定主義の原則からすれば、行政犯であっても、原則として故意犯のみが罰せられ、過失犯は明文の規定がなければ罰せられない、と理解すべきである(最一小判昭和48年4月19日刑集27巻3号399頁も参照)。

 但し、行政刑罰に全く特殊性がないという訳ではない。

 第一に、両罰規定がある。これは、法人の代表者、法人または本人の代理人、使用人その他従業者の違反行為について、行為者の他に、その法人または本人をも罰する規定のことである。業務主の監督上の過失を推定することもある。このような規定は刑法典に存在しない。

 そもそも、刑法典には法人を処罰する旨の規定が存在しない。

 第二に、白地刑罰法規(空白刑法) がある。これは、法律自体において、法定刑だけは明確に定められているが、刑罰を科せられる行為(すなわち、犯罪の構成要件)の具体的内容の全部または一部が、他の法律、命令などに委任されているもの をいう。

 広義では補充規範が同一法律中あるいは他の法律によって規定されている場合も含むが、狭義では、狭義の法律以外の命令または行政処分に基づく場合をいう。

 刑法典中には第94条(中立命令違背罪)のみが存在するが、行政刑罰には非常に多い。

 白地刑罰法規は、犯罪の構成要件の具体的な内容を他の規定に委任するものであるため、憲法第73条第6号但書との関連で問題となる。白地刑罰法規が合憲たるためには、いかなる基準で具体的な違反事実を定めるかの大枠を法律自体で示すことが必要となる(例.政令325号事件に関する最大判昭和28年7月22日刑集7巻7号1562頁)。また、最大判昭和49年11月6日刑集28巻9号392頁(猿払事件)は、国家公務員法第102条第1項・第110条第1項第19号・第102条の委任による人事院規則14-7を違憲でないと判断した。これに対し、少数意見は、刑事罰の対象となる行為と懲戒罰の対象となる行為を何ら区別せずに包括的委任をなすことを違憲としている。

 行政刑罰の手続は、原則として刑事訴訟法による。 しかし、例外として簡易手続が定められることがある。例として、簡易裁判所にて行われる交通事件即決裁判手続(交通事件即決裁判手続法)、国税局長・税務署長による通告処分(国税通則法第157条および第158条、関税法第138条第1項)、および警察本部長による交通事件犯則行為処理手続〔反則金制度。道路交通法第125条以下〕がある。このうち、通告処分および交通事件犯則行為処理手続は、犯罪の非刑罰的処理として論じられることがある。但し、通告を受けた者がこれに従わないときや、反則金納付の通告を受けた者が一定の期間の経過後も反則金を納付しなかった場合には、正規の刑事訴訟手続がとられることになる。

 

 3.秩序罰

 秩序罰は、行政刑罰とは異なり、純粋な行政処罰であって、過料を科する行政処罰のことをいう。

 なお、道路交通法第125条~第132条に規定される「反則金」も行政処罰であるといえる。

 「通常の行政上の秩序罰」は、非訟事件手続法に従って地方裁判所が科すものである。但し、他の法令に別段の定めがある場合(例、住民基本台帳法第44条第2条)は簡易裁判所により科せられる。

 「地方公共団体の条例・規則違反に対する科罰」は、地方自治法第231条の3(など)に従って、地方公共団体の長が科す。期間内に納めない者については強制徴収を行うことができる。

 行政刑罰と秩序罰は、一応、別個の性質を有するものである。しかし、実際には、行政刑罰と秩序罰とを併科しうる旨を定める法律の規定が多い。そこで、刑法第39条に違反するか否かが問題となる。

 ●最二小判昭和39年6月5日刑集18巻5号189頁

 事案:この事件の被告人らは、別の裁判で住居侵入等被告事件の証人として出廷し、宣誓を行ったが、裁判官からの尋問に対し、正当な理由がないのに証言を拒んだ。そのため、被告人らは刑事訴訟法第160条による過料に処された。その後、同第161条違反として起訴された。第一審は被告人らに免訴を言い渡したが、第二審は第一審判決を破棄し、事件を差し戻す判決を下した。そのため、被告人らが上告したが、最高裁判所第二小法廷は上告を棄却した。

 判旨:刑事訴訟法第160条は「訴訟手続上の秩序を維持するために秩序違反行為に対して(中略)科せられる秩序罰としての過料を規定したものであり」、同第161条は「刑事司法に協力しない行為に対して通常の刑事訴訟手続により科せられる刑罰としての罰金、拘留を規定したものであって、両者は目的、要件及び実現の手続を異にし、必ずしも二者択一の関係にあるものではなく併科を妨げないと解すべきであ」る。これらの規定は憲法第31条および第39条後段に違反しない。

 

 ▲第7版における履歴:2021年1月20日掲載。

 ▲第6版における履歴:2015年10月20日掲載(「第19回 行政上の義務履行確保、行政罰、即時強制」として)。

                                    2017年10月26日修正。

            2017年12月20日修正。

            2018年7月23日修正。


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