昨日の速報メールで知りましたが、今日の朝日新聞朝刊1面14版トップ記事、日本経済新聞朝刊1面14版トップ記事のいずれも、昨日の広島高等裁判所判決を取り上げています。
これまで、昨年12月の衆議院議員総選挙については「一票の格差」を理由として「違憲」または「違憲状態」とする判決が相次ぎました。しかし、選挙そのものを無効とする判決は出されてこなかったのです。今月9日付でこのブログに掲載した「『一票の格差』に対する違憲判決(事情判決)」において述べたように、行政事件訴訟法第31条に規定される事情判決という手法を用いてきたのです。しかし、公職選挙法第219条と矛盾することになりますし、明文の規定を無視するような形で事情判決を「一般的な法の基本原則」とする理屈には重大な問題があります。もし、この論理が正しいのであれば、公職選挙法第219条は違憲であるということになるのでしょうか。私は、この部分に関する判例のおかしさを国会が指摘していないことに疑問を感じています。国会が判例に従わない口実(理由)にもなりうるはずです。
今回の広島高等裁判所判決も「一般的な法の基本原則を適用し、事情判決をするのは相当でない」(以下も含め、朝日新聞朝刊37面14版の「一票の格差 広島高裁判決(要旨)」から引用します)と述べている点については「おかしい」と批判せざるをえません。「一般的な法の基本原則」とは、法学入門にも登場する条理と考えてもよいのですが、比例原則、平等原則、権利濫用の禁止、信義誠実の原則などを指すのであり、平等原則や権利濫用の禁止のように、或る意味で憲法上の原則と考えてもよいものでなければなりません。また、民法第1条第2項に明文化されている信義誠実の原則は、時に租税法律主義の原則など法治主義原則(これも憲法上の原則と考えるべきでしょう)と矛盾する場合があるとは言え、基本的人権の尊重という憲法上の原則に資するものです。これに対し、事情判決は憲法上の原則でなく、法技術的な手法に過ぎませんし、法治主義原則などと矛盾する場合が生ずるどころか基本的人権の尊重とも矛盾することがありますので「一般的な法の基本原則」の一つとはなりえません。そもそも、事情判決は、行政事件訴訟法第31条を読めばすぐにわかるように、例外的な場合にのみ行われるべきものです。原則は、たとえば行政処分が違憲または違法であれば、あくまでも、判決によって直ちに取り消されるべきなのです。
さて、もう少し広島高等裁判所判決を見ていきましょう。
まず、違憲状態が是正されるべき「合理的期間」についてです。既に廃止されているはずの一人別枠方式に基づく小選挙区の区割りが合理性を失っている旨を最高裁大法廷が述べたのは2011年3月23日です。従って、この日から起算するのが妥当であり、通常なら1年、「国会が国難というべき東日本大震災の対応に追われていたことを最大限に考慮しても1年半が経つ12年9月23日までに、1人別枠方式やこれを前提とした区割り規定の是正がされなかったのであれば、憲法上要求される合理的期間内に、憲法の投票価値の平等に反する状態が是正されていなかったといわざるを得ない」。その上で「判決から本件選挙の日までの国会の会期は479日に及んでおり、この間に消費増税を柱とするいわゆる社会保障・税一体改革関連法など、極めて多くの政治的課題を抱えていた法律が成立していることをみても、是正が合理的期間内になされなかったと言わざるを得ない」。
また、判決は、2009年8月の衆議院議員総選挙の際の一票の格差が最大で1:2.304であったのに対し、2012年12月の衆議院議員総選挙の際には最大で1:2.425に広がり、格差が2倍以上となる選挙区も45から72に増えていることを指摘して「投票価値の平等の要求に反する状態は悪化の一途をたどっている」と指摘しています。しかし、これに対しては、「地方の切り捨てを是認する形式的な論理」とか「地方間の格差を是認し、東京(あるいは首都圏)への一極集中を促進させる論理」という批判も可能であると思われます。現に、朝日新聞朝刊39面14版の記事には、高知3区の有権者のコメントとして「東京はバスも電車も本数が多くとても便利。これで高知の議員の数が減ればもっと格差が広がる。選挙区を人口だけで評価するのは納得できない」という意見が載せられています。他には、今回問題とされた広島1区・2区の有権者の意見として、多額の税金を選挙に使ったのに選挙が無効では無駄となる、という趣旨の批判も載せられています。
ともあれ、広島高等裁判所の判決は「合理的期間」が経過したことを重視して、事情判決ではなく、選挙そのものを無効とする判断を示しました。もっとも、直ちに無効であるとは判断していません。言葉が適切なのかどうかわからないのですが「将来効判決」を主張しています。つまり、一定の猶予期間を国会に与え、その期間が経過してなおも違憲状態が是正されない場合に初めて完全に無効なものとすべきだというのです。具体的には、2012年11月26日から区割り作業の改定が行われており、今年の5月26日までに案が勧告される予定となっていることなどから、今年の11月26日を経過してから無効となる、という判断がなされています。
ここで注意すべきなのは、選挙が無効であるという判決が出されたとしても、それは全選挙区に及ぶものではないということです。たしかに、区割りは全選挙区の問題であり、一つの選挙区だけで片付く話ではないのですが、訴訟の構造からして一選挙区における選挙のみを無効と判断せざるをえないのです(対象にならないものまで裁判所が判断を下す訳にもいきません)。ここに限界があることは認めざるをえません。
幾つかの問題・課題があるとは言え、広島高等裁判所は踏み込んだ判決を下しました。原告、被告(広島県選挙管理委員会)の双方が上告する可能性があり、最終的には最高裁判所の判断に委ねられるでしょうが、今月に入ってから東京、札幌などの高裁で次々に違憲または違憲状態という判断が示されている以上、国会としては何らかの方策をとらざるをえません。しかし、事が議員ないし政党の利害に直接関係するだけに、そう簡単に議論が進むとも思えません。こうなったら、国会が徹底的に最高裁判所など司法への対抗策をとるという手も考えられるでしょう(それが良いか悪いかは別問題ですが)。
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