ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

横浜市の傍聴動員問題に関連した住民監査請求が棄却される

2024年08月06日 15時00分00秒 | 国際・政治

 横浜市教育委員会が、同市の学校教員による猥褻事件の公判に多数の同市職員を動員した問題は、少なくとも神奈川県内では大きな問題として取り上げられ続けています。

 この問題については、昨日(2024年8月5日)付の朝日新聞朝刊6面13版Sに掲載された社説をお読みいただくとともに、横浜市のサイトに掲載されている「検証結果報告書(公判傍聴への職員動員にかかる検証について)」(2024年7月26日付。以下、「検証結果報告書」と記します)を是非お読みいただきたいと考えています。「検証結果報告書」5頁によれば「横浜市教育委員会が公判傍聴への動員を行ったことが明らかな事案」は4つであるとのことです。

 さて、この問題について、横浜市民が住民監査請求(地方自治法第242条)を行っていました。これに対し、横浜市監査委員は2024年8月1日付で請求を棄却しました。今日(2024年8月6日)付の朝日新聞朝刊27面14版川崎版に「傍聴動員で公金返還退ける 監査請求に横浜市監査委員」という記事が掲載されていますので、横浜市のサイトを検索してみたところ、「横浜市記者発表資料」(令和6年8月5日、監査事務局監査管理課)として「住民監査請求(6月3日受付)の監査結果について」(以下、「監査結果」と記します)が掲載されていました。

 結論として、住民監査請求は棄却されました。

 監査委員による判断を示す前に、事実関係に触れておきましょう。「監査結果」の2頁にも「事実関係の確認」があり、それによると、「監査対象局」である横浜市教育委員会事務局は「横浜地方裁判所で行われた本件裁判の公判について、平成31年4月に被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請を受け、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために事務局職員に傍聴を呼びかけ、本件職員動員を行いました。/傍聴の呼びかけは、平成31年4月9日に教育委員会事務局人権健康教育部人権教育・児童生徒課から教育長に説明の上、公判期日ごとに学校教育事務所から依頼文書(以下「傍聴依頼文書」といいます。)を発出する方法で行われ、学校教育事務所長から関係部長宛てとなっていました。/傍聴依頼文書では、『教育委員会(事務局)としては、以下のとおり応援体制を設けます。』として、各方面別の学校教育事務所、人権健康教育部及び教職員人事部等に対して、応援人数が割り当てられていました」とのことです(/は原文改行箇所。以下同じ)。ここに示されているのは「検証結果報告書」5頁において「平成31年〜令和元年における公判傍聴動員(1事案、動員回数3回)」とされているものです。住民監査請求で対象とされなかったからかどうかは不明ですが、「検証結果報告書」9頁において「令和5年〜同6年における公判傍聴動員(3事案、動員階数8回)」とされているものについて、監査結果は詳しく言及していません(私は、この点が監査結果の内容を左右する点になりえたと考えています)。

 後に傍聴への動員が問題として大きく取り上げられたためでしょうか、「令和6年5月20日付『不祥事事案にかかる公判への傍聴について(通知)』により、今後は、裁判の公益性に鑑み、教育委員会として関係部署への傍聴の協力依頼を行わないことが教育委員会事務局教職員人事部教職員人事課長から各方面別の学校教育事務所長宛てに通知されました」とのことです。

 それにしても、私が疑問に思うのは、「被害者側を支援する団体(NPO法人)からの要請」の本来の趣旨が何であるのかということです。

 この「NPO法人」などについて「監査結果」に詳しいことは書かれていないのですが、「検証結果報告書」の6頁には「当該教員が起訴された後である平成31年4月■日に行われた第3回の意見交換において、NPO法人及び保護者から『NPO法人や教育委員会で多くの傍聴で席を埋め尽くしたい。特に再発防止マニュアルをつくる人には参加してほしい。』との要望が出された」とあり(■は報告書において黒塗りされている箇所)、同じ「検証結果報告書」の5頁には「被害児童生徒の保護者」が平成30年にこの「NPO法人」に相談している旨の記述があります。ただ、「NPO法人」から傍聴の要請が文書で出されたのは第1回公判のみであるとのことですが、第3回公判の後、令和元年8月某日に「被害児童生徒の保護者及びNPO法人関係者3名と、人・生課の指導主事2名及びA部事務所の指導主事3名とで第5回の意見交換が行われ」ており、「この意見交換において、被害児童生徒の保護者からは、教育委員会がたくさんの人数で対応してくれたことに対する礼が述べられ、被害児童生徒の保護者からは、さらなる被害者が出ないように今回のことを生かしてほしいとの意見が述べられた旨の記録がある」と「検証結果報告書」8頁に書かれており、これが「監査結果」に何らかの影響を及ぼしたと考えるのが自然でしょう。

 「監査結果」をもう少し読み進めてみます。6頁には「監査対象局からの報告によれば、本件職員動員による出張について、333件の市内出張命令(以下「本件各出張命令」といいます。)がありました。また、本件各出張命令は、出張した職員の所属に対応した専決権者において行われていました。/なお、本件裁判の傍聴には、本件各出張命令による出張のほか、人事担当部門の職員 が事案の経過の記録等のため出張していました」と書かれています。懲戒処分の対象となる職員について何らかの判断を下すために裁判の傍聴をすることに問題があるとは思えませんが、「監査結果」6頁および7頁の表に書かれている「出張人数(延べ人数)」や「出張命令の件数」を見ると、ここまで傍聴人を増やす必要があるのかと疑問に思われます。抜粋して紹介しておきます。

 令和元年度(3回)、66人、49 件

 令和5年 12月(1回)、38人、25 件

 令和6年1月(2回)、87 人、61 件

 令和6年2月(1回)、43人、33 件

 令和6年3月(3回)、131 人、118 件

 令和6年4月(1回)、49 人、47件

 監査対象機関における「本件職員動員により出張した事務局職員に支給され、又は支出命令があった出張旅費の総額は、88,636円でした」。横浜市教育委員会事務局が「検証結果報告書」をまとめた後、2024年7月26日付で横浜市教育委員会事務局から「『旅費相当額については、前教育長をはじめ関係部長以上の職員が自主的に返納する』ことが『公判傍聴への職員動員にかかる検証結果報告書を受けた対応について』において、監査委員に対して報告され、令和6年7月29日に127,622円が横浜市に対して返納されたことが、令和6年7月26日付寄附申出書及び同月29日付の領収日付印のある『納入通知書兼領収書』により確認され」たために、「監査結果」8頁は次のように判断しています。番号は、私が便宜的に付けたものです。

 ①「検証結果報告書」において「本件職員動員は、公開裁判の原則の趣旨に反する行為であり、また、教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21 条に反し、違法であると評価され」ており、「監査対象局の説明によれば、本件職員動員は、児童生徒に関するプライバシー情報への配慮を目的として、法廷の傍聴席を埋めるために行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に掲げる教育委員会の職務権限に直接該当するものではない違法なものであると評価せざるを得ません」。

 ②「教育委員会は、その職務を遂行するために合理的な必要性がある場合には、その裁量により、補助職員に対して出張命令を発することができますが、裁量権の行使に逸脱又は濫用があるときは、当該出張命令は違法となるというべきです。このことは、出張命令が委任を受けるなどして出張命令の権限を有するに至った職員により発せられ る場合にも同様に当てはまるものと解されます(最高裁判所平成17 年3月10日第一小法廷判決参照)」。このような前提が置かれたうえで、次のように述べられています。

 ③「本件職員動員は、教育委員会の職務権限に直接該当するということはできず、刑事訴訟における被害者情報の保護については、刑事訴訟法(昭和23 年法律第131 号)第290条の2第1項又は第3項の規定により当該事件の被害者側からの申出に基づき被害者特定事項(同条第1項に規定する被害者特定事項をいいます。)を公開の法廷で明らかにしない旨の裁判所の決定を受ける等、本件職員動員以外の方法もあった考えられること及び各公判期日において被害生徒児童の氏名や学校名は明らかにされていなかったことが確認されていることから、本件各出張命令に合理的な必要性があったということもできません。」

 ④「監査対象局においては、外部からの問合せにより事実関係を確認し、見直されるまで、本件職員動員による出張命令が組織的に継続して行われており、それについては、令和6年5月22日市会常任委員会で監査対象局も行き過ぎた行為であったと認めて」おり、「本件各出張命令には、裁量権を逸脱し、又は濫用した違法があるというべきです」。

 明確に違法であると認められているのですが、住民監査請求は棄却されました。それについては、次のように述べられています。

 ⑤「本件各出張命令については、(中略)出張した職員の所属に対 応した専決権者において行われているため、権限のある者により行われ、監査対象局からの報告によれば、出張した職員の全員から復命が行われて」おり、「本件各出張命令の法的な課題や公務の位置づけの可否などについて、監査対象局において『検証チーム』で検証を行う必要があったことも踏まえると、本件各出張命令の瑕疵は、何人の判断によっても外形上客観的に明白であるとまでは言い切れません」ので「本件各出張命令は、違法ではあるものの、重大かつ明白な瑕疵があるとまで言うことはできません」。

 行政法学に多少とも取り組んだことのある方ならおわかりでしょう。行政行為の瑕疵です。行政行為が違法であるから言って直ちに無効になる訳ではなく、重大かつ明白な瑕疵があることによって初めて無効と判断されるというものです。しかも、この重大かつ明白な瑕疵については外観上一見明白説が判例の採るところです。

 しかし、監査委員は出張命令などを取り消す権限を有していません。地方自治法第242条第5項は「第1項の規定による請求があつた場合には、監査委員は、監査を行い、当該請求に理由がないと認めるときは、理由を付してその旨を書面により請求人に通知するとともに、これを公表し、当該請求に理由があると認めるときは、当該普通地方公共団体の議会、長その他の執行機関又は職員に対し期間を示して必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない」と定めていますから、何らかの勧告をすれば良いだけのことです。今回は既に自主的な返納が行われているということなので、勧告をする必要性がないということなのでしょう。

 さらに「監査結果」は、次のように述べています。

 ⑥「地方教育行政の組織及び運営に関する法律は、教育委員会の設置、学校その他の教育機関の職員の身分取扱その他地方公共団体における教育行政の組織及び運営の基本を定めるものであるところ、同法では、地方公共団体の長の権限で行うこととなっている財務会計上の事務を除き、教育に関する事務の広範な事項が教育委員会の権限に属する事務となってい」るので、「地方公共団体の長は、独立した機関としての教育委員会の有する固有の権限内容に属する 事項については、著しく合理性を欠き、これに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵の存する場合でない限り、その内容に応じた財務会計上の措置を執る義務があると解するのが相当であって、地方公共団体の長の有する予算の執行機関としての職務権限には、おのずから制約が存するというべきです(最高裁判所平成4年12月15日第三小法廷判決参照)」。

 ⑥「本件各出張命令は、教育委員会又は教育長の権限により発せられたものであり、教育委員会がその独自の権限に基づいて発した出張命令については、市長は指揮監督等の権限を有しないことから、重大かつ明白な瑕疵がない限り、市長は、その内容に応じた財務会計上の措置を執ることになります(最高裁判所平成4年12 月15 日第三小法廷判決及び最高裁判所平成15年1月17日第二小法廷判決参照)。」

 ⑦「本件各出張命令による出張旅費の支出命令については、出張した職員の所属に応じた 事務局課長又は総務局人事部労務課担当課長により決裁され、関係法規に基づき支給されています。/また、本件各出張命令に従い出張した職員は、地方公務員法(昭和25年法律第261号)第32条の規定に基づき職務上の命令に従い出張したものであり、本件各出張命令 が違法であることを認識していたなどの事情も存在しません。/(中略)本件各出張命令に重大かつ明白な瑕疵はないことから、本件各出張命令に従い出張した職員が出張旅費を受領したことについて、不当に利得しているということはできないし、本件職員動員による出張旅費の支出命令は財務会計法規上の義務に違反するものではありません。 なお、令和6年7月29日に、前教育長をはじめ関係部長以上の職員から本件職員動員に基づく出張旅費に相当する額127,622円が横浜市に対して自主的に返納されたことが確認されました」。

 こうして、「本件職員動員により出張した職員に対する監査対象期間における出張旅費の支給については違法又は不当な財務会計上の行為に該当するとは言えず、請求人の主張には理由がないと判断しました」と結論づけられました。

 この結論が妥当であるかどうかについては議論があるところでしょう。行政行為の瑕疵について重大明白説を採用することの妥当性が問われることでしょうし(私は重大性さえあればよいものと考えています)、職員の動員が違法であると断じられており、その動員のための出張旅費の支給についても違法性を導けるのではないかとも考えられるからです。

 住民からの監査請求は棄却されたとは言え、「監査結果」は次のように述べています。

 ⑧「検証結果において、本件職員動員が、憲法違反ではないが公開裁判の原則の趣旨に反する行為であるとされたこと及び教育委員会として行うべき職務の範囲を逸脱しており、その意味において地方教育行政の組織及び運営に関する法律第21条に反し、違法であるとされたことは、教育委員会において重く受け止めるべきです」。

 ⑨「本件請求に関し、教育委員会は、法第199条第8項の規定に基づく監査委員からの質問及び書類の提出依頼に対して、『検証チーム』の検証中であることを理由にして、法第242条第6項に定める期間間際まで書類を提出せず、また、対応方針も示しませんでした。/このことは、時間的な制約のある住民監査請求の監査において、監査委員が余裕のない中で判断せざるを得ない状況につながり、監査過程に重大な影響を与えたと言わざるを得ず、大いに反省を求めます」。

 ⑩「本件職員動員による出張命令は、外部からの問合せにより調査し、見直されるまで、組織的に継続して行われていました。検証結果において、『教育長及び各学校教育事務所長の本件動員の意思決定』の法的問題については結論を得るに至っていないことから、教育委員会においては、検証結果も踏まえて、本件職員動員の問題点を明らかにし、再発防止に向けた抜本的な改善につながる取組をされるよう求めます」。

 ここに示した⑨および⑩は、監査委員による横浜市教育委員会事務局に対する批判となっています。或る意味において、「監査結果」で最も重要な部分がこの⑨および⑩となっています。重く受け止められるべきでしょう。それとともに、もう少し突っ込んだ結論を出してほしかったと考えるのは、私だけでしょうか。


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