森中定治ブログ「次世代に贈る社会」

人間のこと,社会のこと,未来のこと,いろいろと考えたことを書きます

KAZUYAさんのYouTube

2016-08-11 18:19:29 | 国際政治・外交

私はここ10年くらいスウェーデン社会に強い関心を持ってきました。「持続可能な国づくりを考える会」というスウェーデン社会に関心を持つ人が集まる集いに参加し、近代スウェーデンの礎を造ったスウェーデン社会民主党の綱領を読みました。現在もスウェーデン社会研究所の会員で、スウェーデン大使館で毎月行われる講演会には参加しています。なぜ興味を持ったかというと、自分自身が得た収入の50%以上を税金として納める社会で、それを市民が納得している社会だからです。個人の得た半分以上のお金が見ず知らずの他人のために使われる。どういう風にそんな社会が作られたのか、実際にそこに住む人はどんな人間なのかと強い関心を持ったからです。

次に、これは最近ですが「コスタリカに学ぶ会」という会に所属しました。これも月に1、2度関心のある人が集まっていろんな議論をしています。なぜ関心を持ったかというとコスタリカは軍隊を廃止した国だからです。日本のように四面が海に囲まれた国ではなく、ジャングルで他国とつながっています。過去には実際に他国が武器を持って侵入してきたようです。内乱で負けた方が隣国に逃げ込み、隣国の助太刀を得て自国へ攻め戻ったこともあったようです。そんな地理的環境の中で軍隊を廃止したことに驚いたからです。軍隊は実際には人を殺し、我々人類が今後もずっと生存していく土台つまり自然環境を破壊します。何のためにそれをするのか?軍隊賛成論者は、それは“正義のためだ”と言います。日本の場合は軍隊ではありません。“自衛隊”です。つまり他国が武器を持って侵入してきた時、そこの人間と自然環境を守ることが仕事です。災害などの場合も大きな力を発揮して頑張ってくれます。

このコスタリカに学ぶ会でKAZUYAさんのYouTubeが話題になりました。「KAZUYA Channel」というシリーズで2012年から続いていてなんと36万人が登録し1億人以上が観ているそうです。話題になったのは、『女子中学生を洗脳していた9条の会と話してきました』というテーマのYouTubeです。

この中でコスタリカのことがでてきました。

コスタリカは常備軍は持っていないけれど、有事の際には徴兵制と軍隊の編成権が大統領に与えられる。徴兵制って、彼ら(9条の会の人のこと)が発狂しそうな内容だけど、そんな国を褒め称えているんですよという内容です。KAZUYAさんが何を主張しているのかわかりませんでした。

コスタリカは隣国とジャングルで地続きです。もし武器を持って侵略してきたら、それは防がねばなりません。自身の家に泥棒が入ってきた。警察に連絡するのがまず一番です。警官が来るまでの間、もしその泥棒が子供や家人を傷つけようとしたら、棒やバット、手元にあるもので防がねばなりません。徴兵制にするか、志願制にするか、警察で対応するか、それとも相手の様子を見て説得に入るとか、緊急対応としていろんな方法があるでしょう。徴兵制はあくまで一つの選択肢で、緊急時においてはコスタリカはそれを選んだというだけのことです。一体何が発狂する内容なのでしょうか。

他国の人間も、豊かな感情、喜怒哀楽を持つ我々日本人と同じ人間です。楽しいときは笑うし、平和を望むし、幸せになりたいし、身内を理不尽に殺せば恨みを買うでしょう。武器を持って攻めてくるのは攻めてくるだけの理由があります。理由はなく人殺しと環境破壊が大好き、それ自体を心から望む、それ自体が目的という“悪魔”はいません。それが絶対前提であることがわかれば、なぜ攻めてきたのか、その理由を問いただすことができます。ただし勇気がいります。遠くから敵が撃ってきた。なら2倍にして撃ち返せ。なぜ撃ってきたのか、そんなことは知らない。撃たれればもっと強烈に撃ち返せばいいんだ!これでは少なくとも“将”の器ではありません。なぜ攻めてきたのか、なぜ撃ってきたのか、そちらの“将”と会いたい。差しで話がしたいと言って武器を持たずに敵将に会いに行くのです。戦闘をやめるまで“将”と“将”が差しで飲み明かすあるいは語り明かしたらどうでしょうか。

ものすごい武器で、殺し合いでことを決めようとした。その結果日本はどうなりましたか?何百万、何千万の屍をもって日本人はそれを悟ったのではありませんか。

この悟りの具象が、コスタリカのこの常備軍廃止の真髄です。こうして極端な小国でありながら、武器なしで米国と堂々と対等に渡り合います。将”の器です。米国が基地を置かせろと言ってきた。御免こうむると言って断った。もちろん米国を納得させ得る堂々たる論拠があります。それで米国が怒って武器を持って攻めてきたなんてことはありません。

さらになかなか気づかない点は、武器に使うお金を人を成長させる教育や医療など、住民の実際の幸福のために使えることです。お金を人を殺すために使うか、人を生かすために使うか、端的に言えばこういう言い方になるでしょう。家族が食べることも病気の治療も控え、子供の教育も控えて、泥棒への対処のために高価なスタンガンばかり買い揃えるようなものです。泥棒への対処の前に、家族が空腹や病気で死んでしまいます。

KAZUYAさん、こんな小国でも堂々としているんですよ。我々も武器ではなくて神様から人だけが授かったこの大きな頭、この頭脳を活用しませんか。

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4月16日(土)市民シンポジウム

2016-02-19 09:08:58 | 国際政治・外交

来る4月16日(土)13:00—から東京大学弥生講堂一条ホール(メトロ南北線 東大前駅下車 歩3分)において,市民シンポジウム「次世代にどのような社会を贈るのか? 隣人とどう付き合うか,生命との関わりのなかで」を開催いたします.

昨年までの市民シンポジウムは立教大学のタッカーホールでしたが,今年は東大農学部に場所が変わりました.ご注意ください. 

ポスター 

20世紀は戦争の世紀と言われました.昨今の空爆,難民,テロ,戦争・・の世界情勢をみるとこのままでは20世紀と何も変わらないのではないかとさえ思えます.21世紀を人類が戦争から脱却した新しい世紀とするために,身近な隣人との問題を事例として戦争を避けるためにはどう対処をして行けばよいかを考えます.

表題の隣人とは「中国」を指し,最も身近な尖閣諸島の問題を事例として考えます.

会場においで下さったみなさまも含め,皆がよく考えてみる切っ掛けとなり,充実しまたリラックスしたシンポジウムにしたいと思います.なお昨年は夕刻6時までの長丁場となりましたが,今年はもう少し早めに終わる予定です. 

趣旨説明

森中定治(日本生物地理学会会長,綾瀬川を愛する会副代表)

講演者

伊勢崎賢治(東京外国語大学教授)

大西 広(慶応大学教授) 

論評者

伊勢弘志(明治大学助教)

内 弘志(敬天愛人フォーラム21代表世話役)

奥田愛基(SEALDs,明治学院大学)

田中美津(文筆家)

クロージングアドレス

香山リカ(精神科医,立教大学教授) 

参加ご希望の方は以下のアドレス(ポスターのアドレスも同じ)にご連絡を頂きますようお願いいたします.

delias@kjd.biglobe.ne.jp  

農学部内の向ヶ丘ファカルティハウス内”アブルボア”で開催の懇親会(4000円)についても,併せてご連絡をお願いいたします.

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戦争の賠償と平和憲法について

2014-07-26 10:27:21 | 国際政治・外交

2014年7月13日(日),中野産業振興センターで矢野久教授(慶応義塾経済学部)の「歴史学から問う 戦争責任追及-ドイツの補償請求運動の実態を正しく知るために」と題するご講演を拝聴した.日本では,慰安婦問題や強制労働などいろいろと複雑な問題が尾を引いている,ドイツには,西ドイツのヴァイツゼッカー大統領の敗戦40周年の「過去に目を閉ざすな」という有名な演説があり,ユダヤ人虐殺をはじめとする様々な残虐な行為に対する償いを明瞭に解決してきたと私は漠然と考えていた.しかしどうもそうではなく,日本と同じく今もっていろいろな問題を抱えていることが分かった.

では,日本の場合はどうだったのだろうか.日本は,ドイツのように自国内に住む他民族を皆殺しにするようなことはしなかった.しかし広くアジアへ出て行って何十万,何百万の人を殺し,家畜やその地に棲む様々の生物を殺し自然環境を破壊した.この戦争を,欧米の魔手から同胞アジア人を解放したのだとか,大陸へ出なければ日本も欧米の植民地になっておりやむを得なかったという意見もあるが,結果として,その戦争に負けて無条件降伏したのである.そして軍国日本に抗戦し勝った方にアジア諸国もいるのである.「一人の生命は地球より重い」と言う人がいるくらいである.私のような一般人ですら,この負け戦に対する賠償金が安い金額で済むはずがないことは直感的に分かる.戦時中の個別の問題については,人間の感情を無視した一律の機械的な対処でできようはずはないし,またその対処の仕方がこの戦争と人間に対する日本人の心を表すようにも思うが,種々の個別問題はここでは議論しない.

この戦の具体的な賠償金について矢野先生にお聞きした.矢野先生のお話では莫大な財貨の支払いのようなはっきりこれと分かる賠償はなく,被害を受けた各国との個別交渉によって経済援助・協力をもって賠償に代えるということであった.しかも矢野先生によれば,ドイツの場合の経済援助には非常に厳しい規制があったとのことである.つまり,その経済援助がもし自国(西ドイツ)に還流すれば賠償にはならないと,これを明確に否定した.一方日本では,中国を含むアジア諸国への経済援助が日本へ還流することを認めた.分かり易く言えば,日本の援助金で日本の製品を買ったり,日本企業が事業を行うことを妨げなかったのである.つまり,日本は西ドイツとは違ってアジア諸国民の生命に対して償われた財貨をもって,その破壊と死をもたらした当事者の日本が再び立ち上がってアジアを,そして世界を導いてくれることを期待したのだと帰結された.

なぜ,そんなことが可能だったのだろうか?

日本とドイツは敗戦国としては同じであるが,戦後の“この国のかたち”に非常に大きい違いがある.ドイツは戦争を放棄せず,一方日本は未来永劫に戦争を放棄したのである.人類が殺しあい破壊しあって物事を解決することはもはやできない.我々日本人はこの反省にたち,未来において二度と戦争をしないことを自ら信じる精霊と自らの良心に自らの意志で誓った.これが第九条を含む現在の平和憲法のもつ意味である.この憲法は伊達や酔狂で作られたのではない.その時の日本人は皆そう思い,二度と戦争はしないという強い意志を生き残った国民の誰もが共有した.以下に友人が教えてくださった小学校の校歌を示す.この小学校だけではない.この思いを,子どもから大人まで日本中の誰もが共有したのである.作詞はいずれも国文学者の藤村作(つくる)である. 

渋谷区立千駄ヶ谷小学校校歌

  世界の国に先駆けて 戦争捨てた憲法の こころは忘れずとりもって

  平和の日本の民となる これが我らの将来だ

世田谷区立烏山小学校校歌

  窓に見る 富士の高ねをそのままに 

  よろずの国にさきがけて あらゆる武器をうちすてた

  文化日本の国民(くにたみ)と 私たちはなるのです 

  万歳 烏山小学校 奮え 烏山小学校

これは人類史上の特記すべき出来事であり,人類はその名においてワンステップ“成長の階段”を昇ったように思う.そしてこのこと自体が, “平和の使徒”として人類を導くという日本人の意思表示それ自体が,親を殺され子どもを殺され家族を殺され憎しみに凍りついたアジアの人々の心を融かし,日本から奪うのではなく寧ろ日本の一日も早い復興を望み,それがこの日本固有の“この賠償のかたち”になったと帰結できる.我々がもつ現在の平和憲法がどれくらいの重みがあるのか,これでいくらかは分かって頂けるように思う.

日本国憲法は日本人のものである.他国にどうこう言われる筋合いはない.日本人の意志さえあれば自由に変えることもできるし捨てることもできる.友人である米国とのお付き合いで軍隊をもたざるを得なくなった,あるいはこの平和憲法を作ったときこそ日本人全部が異常な心理状態に支配されていたのであり,そろそろ戦争をする普通の国に戻るべきだという意見もあろう.しかしもし,その時の日本人の心理状態こそが異常であったとしそれを取り消すなら,その心理状態を前提に合意された“この賠償のかたち”も取り消されることになろう.

あれほどの惨禍を為したアジア諸国に対して,その償いのための賠償金は支払っていないも同然である.もし,あの時点,戦争直後,新憲法を作る時点において,軍隊ももち戦争もする普通の国に戻ることが前提なら,心が凍りついたアジア諸国民が自国へ還流する経済援助で合意するはずがないことは,いちいち明文化されていなくとも私のような素人さえ分かる.アジア諸国民は苦しみのなかで,世界に先駆けて戦争を放棄する新生日本に一筋の神々しい光を見たのだと思う.

もし日本が軍隊をもち戦争をする国になるなら,この特異な戦時賠償は言わば“食い逃げ”になってしまう.あの時とは事情が変わったのでこれからは戦争をする国に戻るというのであれば,賠償についてあらためて考え,支払うべきは支払い,過去の清算をきれいに終えて誰からも後ろ指を指されない堂々とした軍隊をもつべきであろう.日本民族は“食い逃げ”の民族とは,世界の誰からも言われたくない.日本人は自らの誇りを失い,気概を持てなくなるような卑怯な真似,姑息な真似はしない.支払うべきは1円のごまかしもしないと世界に示したい.

平和憲法の重さを,この視点からあらためて考えて欲しい.

私自身は,日本の憲法は日本人が決めるものであり,もし日本人の総意が戦争する国に戻るというのであればやむを得ないと思う.しかし我が日本が,人類史に他のどの国にも先駆けて特記すべきエポックを記したのである.“人類史”における階段を1段昇ったのである.これを大きな誇りに思う.安倍首相も靖国には行かないという意思表示を中国にしたと7月13日の新聞に出ていた.これは,戦争直後の新生日本に立ち返り,人間としてアジアの同胞と共に手を携えたいという意志が心の奥底にはあるからこそと思う.外交というものは難しいことも沢山あろうが,日本人も,アジア人も,欧米も,アフリカも,人類それ自体が要は同じ一つの人間である.嫌いあい殺しあう方向ではなく,交流を拡げ友情を育て,人間らしい絆を深めあう方向で進めてもらいたいと思う.

この論考は,矢野久教授が事前に目を通してくださりコメントを寄せてくださった.厚く御礼申し上げる.

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イラク戦争とTPP

2013-03-21 22:06:37 | 国際政治・外交

昨日(2013.3.20)の朝日新聞に,イラク戦争を日本が支持表明した時の官房長官だった福田康夫氏のコメントが出ています.イラクに大量破壊兵器があるか?ないか?その情報はなく,戦争は避けたかったけれども,米国に一番の支持を表明し日米関係を強化することが最大の目的であり,支持表明の結果,米国への日本のプレゼンスを大きく高め,結果的には正しかったと述べています.

思うに,イラクに大量破壊兵器が隠されているかいないか,イラクを攻撃することは是か非かは真の論点ではなく,真の論点つまり目的は米国が困っている時に日本が助けてあげられるかどうかで,結果として真の目的を達成したというのです.

私は,これはそのままTPPに当てはまるのではないかと思います.TPPの論点は日本の農作物や保険制度が維持できるかどうかで,それが無理ならば条約を結ばないとしています.しかし,真の論点つまり目的は,農作物や医療制度の維持にはなく,この条約を米国が有利になるように日本が助けることであれば,農作物や医療で日本が駄目になっても,日本が降りれば米国が困ると言われれば,降りることはできなくなります.というかイラク戦争のときの表現を借りれば,日本がTPPに参加することで米国を助けることができて,結果的に真の目的を達成したということになります.

北朝鮮や中国から守ってもらうために,結果として日本が身を捨てて米国に尽くす.こんな尽くし方,いわば片思いの異性に対してアッシー君やメッシー君のようなアプローチで,相手は本当に等と認識するのでしょうか.

イラク戦争への対処も,TPPに対する考え方も俯瞰的な見方をすれば同じ構造があるように私には見えます.細部を検討し個々の問題点を指摘することも大事ですが,一歩離れた視点も必要だと思います.A国は神であって身も心も捧げるべきであり,B国は悪魔であってただ人を殺し襲いかかることだけを無上の喜びとしている.こう規定すること自体,現代では大きなミスであると思います.A国もB国も,歴も違いそれ故に生活習慣や伝統も異なるけれども,理解しあえない神や悪魔ではなく同じ一つの人間ではないでしょうか.

 

   

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”平和外交”とは何か

2013-02-11 16:16:08 | 国際政治・外交

2013年2月10日に,「友愛平和の風よ 吹き渡れ!ーー改憲? 国防軍? 私たちはどうすべきだろうか?」と題した対話型発足集会が開かれました.

発端は,マイケル・サンデル白熱教室の解説で著名な公共哲学者,小林正弥教授(千葉大学)です.

宗教家,右翼,左翼が集まった討論集会で,こういう試みは一つの考え方の人が集まって一方的に意見を述べる場よりも大変大きな意義があると思います.落語家三遊亭京楽さんのお話は,決意と意志が感じられ印象深くお聴きしました.私が昨年上梓した「プルトニウム消滅!」でも述べましたが,反対も賛成も両方が一堂に会して率直に意見を述べるところに,人間の真の進展と理解が産まれるのではないかと思います.私もこの活動の賛同者の一人になっており,議論のなかで一度意見を述べましたので,それを中心にこのブログで考えてみたいと思います.

“平和外交”という言葉は分かっているようでよく分かっていないと思います.というか,その意味を誤って捉えられているように感じられます.この言葉は,この集会でもある一つのコンテクストのなかで用いられ認識されようとしました.例えば北朝鮮がミサイルを発射する,尖閣諸島で戦端が開かれる・・.こういった場合にどういう意味をなすのか,どういう働きをするのか?相手が攻撃をしてくれば,それに対し同等以上の武器で戦わなければ,国民の生命と安全を守ることができない.平和外交とは,言葉はきれいだが結局はその戦いを放棄して敵に蹂躙させることではないかという暗喩です.

私は, “平和外交”という言葉はそういう意味ではない.私なりにその言葉の意味を明確にしたいと申し上げました.

ここに姿は人間だけれども,実は人間の皮をかぶった悪魔がいるとします.その悪魔は,人を殺すこと,環境を破壊することそれ自体が好きでそのこと自体を目的としている.こんなことがあるでしょうか.

ここに一人の母親がいるとします.何も知らない小さな子どもが5人いるとします.その5人が誰一人として大人になることはできない.大人になる前に,殺されるか餓死するかで皆死んでしまう.そんな境遇にあって,もしテロ組織に入れば,銃を持って金持ち国の船を襲わなければならないけれども,少なくも毎日生きていく食事は与えられる.もし仮に,こんな運命の母親がいたらどうだろうか.

テロリストといえども,人殺しそれ自体が大好きで,それ自体を目的とする悪魔ではありません.喜怒哀楽をもった我々と同じ人間ではないでしょうか.砂漠で厳しいイスラムの戒律を守って暮らしている.あるいは,草原でのんびりウシや馬を放牧して暮らしている.土地は誰のものでもなく,自分が生きてくに必要なら生きていくに必要な範囲で使い,他人が必要なら他人が使う.生きていくに必要な以上は使わない.こういう風土,伝統のなかに朝から晩迄せこせこ働き,土地を囲い込んでしまう人達が入ってきたらどうなるか.今迄の伝統のなかで生きてきた人は生きていけなくなるのではないか,その風土,伝統は消滅するのではないか.

一つの価値観を一方的に押し付け,力でその地を変革し,その社会を変えてしまうことが果たして正義なのだろうか.生きていくに必要以上を取らない風習の人達のなかに,生きていく生きていけないに関係なく,取れば取るほど自分のものになるという価値観をもつ人達が入っていく.自由という価値,つまりどちらの立場でも自由であるという建前の元に両方が混じりあい,その結果元々あった一方がどんどん追い込まれ消滅してゆく.何故テロが絶えないのか?どうすれば真にテロリストが産まれない安全で安心な世界を我々人類は建設することができるのか?

人類は,どういう社会を目指していけばよいか?テロ,紛争,戦争をこの世から無くすために,武力攻撃されたらどうするのかという狭い議論だけではなく,こういった伝統,風習,そして真の豊かさ,人間のあり方という原点から考えることを“平和外交”というのではないか,人類に真の平和をもたらすためにはこの考え方が必要なのではないかと,その場で私は申し上げました.

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勧善懲悪の世界舞台

2012-10-24 14:56:38 | 国際政治・外交

今日10月24日は,初台の東京オペラシティコンサートホールで第81回日本音楽コンクール声楽部門の決勝戦です.今年の3月から声楽を習いだして,初めてのコンクール観戦です.どれくらいうまいのか,早いうちにブログに感想を書きたいと思います.

私も,11月25日に仲間内ですが国立で発表会をやります.シュタインウェイのピアノでやるそうです,大変楽しみで,練習を一生懸命やっています.「遥かなるサンタルチア」とマスカーニの「アヴェ・マリア」の2曲を歌います.

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話は変わりますが,尖閣諸島を巡る日本と中国との関係について,以下に私の今後の展開の予想を書きます.

自民党が丹羽宇一郎中国大使の発言を許さず更迭を要求し,結果として辞任することに決まりました.しかし,後任の西宮大使が急逝のため、さらにその後任として木寺大使を任命しましたが,中国政府の同意が得られず,なんと丹羽大使が留任しているようです.こんな無様なことがあるでしょうか.

他国が出してきた他国の人選を認めないなんて,そんなことがあり得るのでしょうか.その国からよほど恨まれている人物ならそういうこともあるでしょうが,そんな人間を大使にする筈はないでしょう.

先般公共哲学の対話集会があって,その場でも申し上げたのです.この一連のイベントは,日本が一方的に国有化したことに始まっているのです.これに対して中国は日本のアクションに対する意思表示をどうするか,世界がみているのだと思います.

中国のそれに対する意思表示はどんな形でもよいのです.勧善懲悪の世界舞台が中国のために整えられたと言えば分かり易いでしょう.そんな場をわざわざ整えたのは日本です.この世界の檜舞台で相応に演じなければ,逆に中国は腰抜けで世界の笑い者でしょう.世界が賞賛する堂々とした演技をするべく,11月8日から始まる第18回中国共産党大会で,それを練るのでしょう.この舞台で何を演じるか自由です.しかし実力行使,つまり戦争を始めるのはバカでしょう.檜舞台を汚し主役であると世界の誰も認めなくなるでしょう.

戦争以外の方法が用いられるでしょう.玄葉外務大臣は,先般精力的に欧州を外遊しました.その目的は尖閣諸島を巡るトラブルについて,日本が正当であること,正義は日本にあることを各国に詳細に説明し了解を得るためでした.ところが,本日10月24日の産経新聞によれば,来日中のマイケル・クラーク英王立防衛研究所長が昨日記者会見し、尖閣諸島のトラブルについて「日本が大人として振る舞うべき」と求めたとのことです。例え一方が仲間であり,その対立相手が社会体制の違う国であっても,今回ばかりはこの勧善懲悪劇のシナリオを認めているように私には思えます.

この世界舞台での日中劇場が,今後どのように展開するか,私の視点からできる限り冷静に注視していきたいと思います.

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尖閣諸島問題と憲法九条

2012-10-14 20:00:44 | 国際政治・外交

10月14日(日)の言論プラットフォーム「アゴラ」に生島勘富氏の「竹島・尖閣問題は憲法九条と引き替えにすべき」という論考が投稿されました.

http://agora-web.jp/archives/1493857.html

それに対して,以下の通りコメントしました.

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森中定治と申します.

確かに憲法九条はその意味をもっと世界にアピールすべきだと思います.護憲の人々はそれなりにやってきたのだと思いますが,政府が改憲の意識が強いので,国連や世界の多数が注目する公式の場でアピールすることはないのでしょう.もったいないことだと思います.

尖閣諸島については,ずっと棚上げにしてきていきなり日本が国有化したのだと思います.日本のものだから何をしても勝手だ,文句があるか!という主張は,日本国内で通用するかも知れませんが,世界には通用しないでしょう.

いずれにせよ,人殺しと環境破壊の軍事で決着をつけることには賛成できません.なぜかというと,人間には知恵があるからです.暴力で決着するのは人間のすることではなく,その辺の犬とか猫,カラスなど,知恵を使うことのできない動物以下のように思います.

どちらのものか,どうしても雌雄を決するというなら経済戦争で決着をつけるしかないと思います.両国は相互に輸出,輸入を止めてどちらが頑張れるか決着つくまで消耗戦です.相当の打撃が出るでしょうが,どうしてもそれぞれが自国のものにしたければ,これで徹底的にやるしかないように思います.

絶対に人殺しと環境破壊は避けるべきです.海や島は,今を生きている人間だけのものだけではないのですから.

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言うまでもなく,平和のうちに話し合いで解決できれば,それが一番良いでしょう.先般,私も平和裡に解決されることを望み,市民80団体の共同アピールに署名しました.中国の市民団体からも同様のアピールがなされているようです.

けれども話し合いで決着することはとても難しいと思います.なぜ話し合いでの解決が必要なのか.いや,必要性からつまり目的論的に意味があるのではなくて,人間の行為としてそれが第一の優先順位であることが,まだ人間にはよく分かっていないと思います.だから,話し合いをするといっても,どういうルールで話し合いをするのか,それが分かりません.法的にであろうと,歴史的にであろうと,結局は,それぞれが自分自身に有利になる論拠を主張しあうだけになってしまいます.

だから立場が悪いとか,不利だと思えば国際司法裁判所に訴えろとか,有利と感じる方はそんなもの受けるなとか言うことになるし,裁判になってもいろんな裏工作がなされるでしょう.

自分はまだ,お母さんのお腹の中にいる.日本人と生まれるか,それとも中国人と生まれるか,生まれる先はベールがかかっていてよく見えない.その状態でどちらか正しいと思うか.これを米国の公共哲学者ジョン・ロールズの“無知のベール”というのですが,こういう視点から思考を試みるのもひとつの方法でしょう.

人間とは何かという,その真理が分からない状態においては,“棚上げ”という手段は大変有効だったと思います.今さらですが.拙著「プルトニウム消滅!」第4章に民主主義とは何か?どういう議論をするのか,それを論じています.ご参考になるのではないかと思います.

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田母神/天木 講演会

2012-10-07 20:51:06 | 国際政治・外交

10月6日(土)に「田母神俊雄 元航空幕僚長VS天木直人 元駐レバノン特命全権大使 特別討論会」と題して,士気の集いが講演/討論会を開催しました.聴講したので,短いですが,その感想を述べてみます.

どうすれば強い国になるかという,司会者の問題設定のうえです.

田母神氏は,国家間の交渉力は武力にあると述べられました.外交交渉というものは,交渉の相手国と対等の武力をもち,それを背景にして初めて対等の強さの交渉力をもつのだとの主張でした.

天木氏は,国家間の交渉力の強さとはすなわち国の強さであり,それは国民が富むものと貧者に2極分化し国内が荒廃するような脆弱な状態を脱し,さらに政府が事実と問題点を正直に国民に示し,政府と国民が強い信頼関係で結ばれる状態が強い国だと主張されました.

私個人としては,武力を他国と同じレベルに積み上げても,公正さに基づかない他国からものを奪うといった盗人のような要求や交渉では,結局は国際世論に敗北するだろうと思います.武力を相手よりさらに積み上げようとするのではなくて,国際世論が人間の悪を許さないという,そういった方向に人類を育てていくことに意味があると思いました.

会場は,ほとんどが右翼,保守の人達のようで,また講演/討論の後に招待されたかなりの元自衛隊幹部の方のご紹介とご挨拶がありました.

天木氏はまさにアウェイといった感じで,とても対等の武力?(プレッシャー)とは思えませんでしたが,まったく卑下した感じなくまた落ち着いた堂々とした話し振りでした.

一方的な講演で参加者がただ溜飲を下げるといった場よりも,こういう対論の場はこれからの日本の発展にとってより有用であると私には思えました.その意味で,士気の会のこの企画は大変良かったと思いました.また士気の会も天木氏に対して相応に神経を使っているように見えました.

懇親会の席で,たまたま座った周りの方はごく普通のサラリーマンのような方ばかりでした.ところが,その全員が憲法を改正して戦争をする国にしたいと言います.これには驚きました.考えてみると,右翼の人の集まりなので,これで普通なのかも知れません.人間はひとつの種類であり,当然ながら科学的には分けることができないと私は考えているので,これには驚きました.このような普通の人が,一体どこからこのような発想が出てくるのか,私には不思議でちょっと考えてみました.

中国人を,例えば街のチンピラや学校にいる不良の生徒のように考えているのです.はじめから,相手からものを盗ることを目的としている小悪党とみているのです.だから全面戦争をする積りはないけれど,その場で懲らしめなければならないと考えているのです.パラオでは領海侵犯した中国船を銃撃しその船員を射殺したようです.その事象を取り上げ,これこそがまさにその真っ当な対処方法だとみています.

第二次大戦の始まりの時,多くの日本国民が米国人は懲らしめなければならないと思い込みました.その時,一般の日本人が抱いた感情と似ているように思います.米国人は懲らしめるべき対象だったでしょうか.

各国の人々はいろいろな生活習慣の違い,長い歴史の違いがありそれゆえ考え方は違うけれども,人間である以上基本的には同じです.この人類全般に対する見方,特に中国人と朝鮮人に対する区別と特異的な見方に,私と違いがあるようです.

どこの国にもいろいろな人間がいますから,相手をはじめから舐めていて,横柄な態度をとる人間やチンピラのような悪党もいるでしょう.日本でも同じです.その人に卑下した態度をとっては,さらに人を舐めるでしょう.その人のためにもなりません.でもその対処は,自ずと限度があります.軍隊ではなく,個人の範囲か警察の範囲ですし,過剰防衛という言葉がありますが,相手が自分に迫ってきたからといっていきなり殺してしまうというのは問題があるでしょう.可能な範囲ですが,相手の行動とバランスのとれた対応が必要でしょう. 

相手の行為に対してバランスのとれていない,一方的な思い込みと決めつけがごく普通の人達を戦争の方向へ導いて行くのではないかと思いました.懇親会での会話を今日振り返って再度考えてみて,なんとなく,こういうことではないかと思いました.

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拙著「プルトニウム消滅!」,「マジ」のタグのついたエネルギー本に関する感想ブログ・書評レビューランキングで1位になりました.生物学,経済学,公共哲学を統合した本書全体を貫く主張の真面目さを,読者の皆様に感じとって頂けたのではないかと思います.

 読み易い本です.是非読んでみてね!

 

 

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”トゲ”を抜く

2012-09-27 19:55:06 | 国際政治・外交

1昨日,友人と一緒に「この空の花」という映画を観ました.3.11の原発震災,原爆投下やB29による空襲に新潟県長岡市の花火が重なった,過去を未来につなぐ幻想的な映画でした.2011年3月にハワイ/ホノルルで長岡の花火を打ち上げて,真珠湾奇襲で亡くなった人,不幸になった人をハワイの人と一緒に日本人が追悼しているのですね.それとその奇襲を指令した山本五十六元帥がどういう人であったか,それも追求しています.人間には国境を越えた理解が可能です.「人間は火薬を爆弾にもできるし,花火にもできる」という言葉が印象的でした.いい映画でした.

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前投稿の続き,話を尖閣諸島に戻します.

両国の間に突き刺さった“トゲ”をどう抜くか,自国の論拠,前投稿の論拠(A)でいくら努力しても,中国を説得することは不可能だと思います.自国の論拠(A)は我々日本人には説得性があるでしょう.しかし,第三者,例えば友人である米国も説得できないのです.米国は,日本が現在実効支配していることは認めます.しかし,その地が日本に帰属するとは合意しないのです.合意して行動で示してくれれば,.つまり中国に対して,この地は日本に帰属する土地ですよとはっきりと中国に言ってさえくれれば,問題は解決しているでしょう.友達の米国ですら合意しない論拠で,対立する中国が合意できる筈がないでしょう.

“トゲ”を抜くには,どうすればよいでしょうか.

(1)自国の領土にすることを,対話や説得他,様々のアクションの究極の目的にしないこと

(2)冷静に歴史的な事実をデータとして,科学的(論理的)に正当な帰属国がどちらであるかを追求すること

・・A氏はaが正しいと主張します.B氏はbが正しいと主張します.どちらが正しいでしょうか.例えば数学など論理だけの問題は,誰が考えようが,正しい答えは一つしかありません.社会現象に関わる問題や未来につながる問題など,受容者つまり受け取った方がそれぞれ状況を認識し判断する問題では,片方があまりに非常識であれば相応の判断はできますが,片方ずつ意見を聞いて,間違いのない真に正しい答えを見つけ出す事は困難です.言葉を代えれば,どちらもそれなりに納得ができる場合,唯一の正解は存在しないとも言えます.(拙著「プルトニウム消滅!」第4章)

(2)によって,両国のより深い理解が進むと思います.やればやるほど相互理解は深まるでしょう.でも,いくらやっても,どちらに帰属するか唯一の正しい回答は出てこないでしょう.

では,どうすればよいでしょうか.

(3)どちらのものかその帰属先を見いだすために努力するのではなく,尖閣諸島はどうすれば未来の人類の利益につながるか,それを考えそのために汗を流すこと(拙著「プルトニウム消滅!」第4章,p. 174) 

(3) は,両国の対立を消し,両国を共通の土俵に乗せます.未来の人類には,日本人も中国人も含まれるからです.こうして“トゲ”は抜け,人類の未来への“架け橋”に変わります.

人間は,過去に生じた“トゲ”を “トゲ”のままで争うこともできるし,両国の友好の“架け橋”に変えることもできます.「人間は火薬を爆弾にもできるし,花火にもできる」と同じです.

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三本のトゲ

2012-09-25 20:13:57 | 国際政治・外交

田中首相の時代以降,日本と中国,両国が理性的に判断し,尖閣諸島の所有権について論議せずむろん実力行使もせず,ずっと棚上げに合意してきました.それを日本が中国に何の事前相談もなく一方的に自国のものとしました.その契機を作ったのが石原都知事です.

尖閣諸島の真正の所有者は誰か?
(A)日本は1895年,10年かけて慎重にかつ徹底的に所有者を調べました.その結果所有者がいないと結論し,そして尖閣諸島と名付け,日本の所有としました.

(B)一方中国は,明の時代に中国人(多分中国大陸に住む)が発見し,その時に釣魚島と名付けました.当時の書物(1500年代)に出てくるそうです.書物がその具体的な証拠です.

日本は(A)を論拠にして,中国に対してその地が日本の所有であることの説得を試みるでしょう.中国は,日本が10年もかけて慎重かつ徹底的な調査をして所有者がいないと結論づけたのなら,中国の歴史は十分調べたのか?結論づけたときに中国に確認はしたのかと問うでしょう.どれだけ時間をかけて調べても,丁寧に調べても聞きたくないことは聞かない,見たくないものは見ない調査では自己満足になってしまいます.中国が(A)で納得するでしょうか.

どちらが真正の所有者か?日本人が日本のものだと言い,中国人は中国のものだと言います.これをポジション・トークと言い(拙著「プルトニウム消滅!」第4章),どちらの言い分も無価値です.日本人だから日本のものだと言うのか,日本人であることは関係がなく,論拠が正当であるから日本のものなのか,その識別がつかないからです.もし,当事者の国籍は無関係であって,主張の正当性が所有者を決めるというのであれば,当事者である日本人と中国人全員に,十分にそれぞれの論拠を説明し理解したうえで,どちらの論拠が正しいか多数決をとってみればよいでしょう.こんな多数決は,無価値であることが即座に分かります.

日本と中国の論拠を聞いて,両国以外の第三者がどう判断するか,そこに正義があるでしょう.では,米国は,それは間違いなく日本のものだ,真正の所有者は日本であると言っているでしょうか.米国は,現在実効支配しているのは日本であると言っているだけです.現在の単なる一断面の事実をそのまま言っているだけで何の意味もありません.そんなことは分かっており,無価値です.何故日本が真の所有者であると言明しないのでしょうか.米国は友達ではありませんか.安保条約まで結び一心同体ではありませんか.

終戦時,A国のものをA国のものと認めれば,それは“トゲ”ではありません. A国のものをB国のものと認定するから“トゲ”になるのです.宗主国が植民地支配を止めて自国に引き上げる際,それは常套手段であったように言われます.だから宗主国が引き上げた後も,いつまでもその地に紛争が絶えず,宗主国は引き上げた後もずっとその地の国々に武器を売ることができ,莫大な利益を上げ続けたと聞きます.何と言うばからしいことでしょうか.

“トゲ”は三本あると思います.この解決はそれぞれ大変難しいと思います.少なくとも,終戦時に仕掛けられた“トゲ”である可能性を知ったうえで,一方的に自分が正しいとして殺しあいや環境破壊をやって奪い合いをやれば,それは愚かでしょう.


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