森中定治ブログ「次世代に贈る社会」

人間のこと,社会のこと,未来のこと,いろいろと考えたことを書きます

プルトニウムは危険か?

2012-10-27 19:17:21 | 原発・エネルギー

拙著「プルトニウム消滅!」にも書きましたが,私は福島での原発震災のずっと前から生粋の“反原発”です.ですから原発擁護者や推進者を敵視してはいませんが,どうしても原発やエネルギーに関する議論や対話は“脱原発”や“反原発”の人達とすることになります.

でも意見はあまり一致しません.なぜかというと,原発を廃止するためのプロセスとして私は“熔融塩炉”介在の可能性を考えるからです.熔融塩炉を考えてみてというと,“脱原発”や“反原発”の人達は拒絶反応を起こし,同意するどころか考えようとする人すらほとんどいません.原子炉,原発は危険だから総て廃止すべきだという人ばかりです.

たしかに福島の子どもたちの内部被爆や復旧が遅々として進まないことなど,日常的に声を上げてアピールしていくしか道はないように思います. しかし,原発の廃止は簡単なことではないと思います.国会や官邸の周りを沢山の人が集まってデモ行進をし原発反対を叫ぶ.これは今も続いており,それは明確な意思表示であるし,有用な行為だと思います.ドイツのように,日本の全原発を廃止に追い込む可能性も十分あると私は思います.

その場合,大変な苦労と努力のうえで日本の全原発を廃止に追い込んだことはまぎれない事実ですが,軽水炉原発のもつ日本人への危険性はさほど減っていないと思います.韓国には20基の多くが日本に面する海岸で運転され,中国は2020年までに80基の軽水炉原発を計画しています.日本だけが原発を廃止できても,周辺国に同じようにあるかもしくは増えるような状況では,原発の廃止が廃止になっていない,実質的な危険性は減っていないと思われます.

従って日本だけではなく,軽水炉原発の世界的な廃止がなされる必要があります.軽水炉原発の廃止は,世界が核抑止の軍事バランスを止めて核兵器を廃絶して初めてなし得るように思います.世界の核兵器の廃止が現実化して初めて,世界的な軽水炉原発の廃止が見えてくるのだと思います.だから日本が,世界の核抑止の軍事バランスを止め,反戦の方向へ動き出すシナリオを世界に示す必要があります.何故それが日本か,その理由は拙著「プルトニウム消滅!」に書いています.

私は,世界的な原発廃止の前に「熔融塩炉」という原子炉の時代を通らざるを得ないのではないかと思います.むろん,米国,中国の両陣営,ロシア他全世界の合意の基にです.拙著「プルトニウム消滅!」の真意ですが,熔融塩炉はプルトニウムを消滅させる可能性をもつ唯一の現実的な技術であり,それによってプルトニウムをこの世から消す道筋が見え,そのシナリオが空想や理想ではなく現実のものとして組めるようになってきたからです.

既に軽水炉から生まれ,次世代燃料として抽出された高純度プルトニウムが日本に30トン以上あります.この燃料は核弾頭そのものです.8kgで核弾頭1個とすると数千発になります.プルトニウムは熔融塩炉で高速中性子を充てて破壊できます.するとプルトニウムはなくなるけれども,代わりに,様々の別の元素ができます.強い放射性の元素にもなれば,放射性のない安全なもの,放射線があっても半減期の長いもの短いもの様々になります.熔融塩炉は,液体であるが故に原理的にこれらの仕分けができ,一方固体のまま扱う現在の軽水炉はこれら仕分け(分離)が事実上できないのです.

プルトニウムの核変換によってできた安全な元素を分離して取り出し,残った危険な元素にまた中性子を充てて破壊し,生まれた安全な元素だけをまた分離して・・という神経を使う縁の下の力持ちのような地道な仕事の繰り返しが主な仕事です.まだ実験の段階でその技術確立のための研究はまだまだ必要ですが,しかしプルトニウム他,危険な放射性のゴミをこの世から消してしまう可能性をもつ技術です.人類に対してもつ意味が,他の様々な技術とは比較できないくらい重いと思います.むろん成功しなければただの絵に描いた餅ですが,これをやってみないで逃げるのは,人間を捨てるに等しいと思います.

造り出したものをまた壊す.バカバカしい限りですが,しかしこの技術で,人類は核兵器を真に消滅させることができます.この技術がなければ人類が核兵器を捨てることはできません.まさに現人類にとっては福音的な技術だと思われます.真のこの技術の専門家に聞くと,純粋なプルトニウムよりもトリウムを少し混ぜた方がスムーズだそうです.

もう一つは,トリウム熔融塩炉原発といって,今の原発の代替え原発(原子力発電)です.これは日経新聞などが大きく宣伝しているし,静岡の川勝知事らが推奨しています.10万キロワット/h位の小さなものにできます.プルトニウムも超ウラン元素もほとんど生まれない (「プルトニウム消滅!」p.81)けれども,他の人工放射性元素はできます.でも熔融塩炉は元素分離ができるから,前述のプロセスで核のゴミ(少なくとも高レベル放射性元素)を破壊することが原理的に可能です.

最重要なことは,プルトニウムを壊すことです.他の放射性元素は,福島の原発震災のように爆発して環境に出ることさえなければ,固体元素(金属)として保管しておけます.プルトニウムは人間による保管では絶対に駄目です.なぜかというと,核爆弾になるからです.他の放射性元素は危険なばかりで役立たずです.誰も欲しがりません.プルトニウムは,個人やグループが爆弾を造るために盗みにきたり,買いにきたりするでしょう.2万年以上も保管できる保証はありません.日本がデフォルトになってその永久の管理業務に誰も給料を支払わなくなったら,もし1kg1億円で売ってくれと金持ちのテロ集団が言ってきたら,給与未払いのその管理者は売るかも知れません.それどころか,管理者がいなくなって放置されればただで盗み放題になるでしょう.次世代に対する罪です.

プルトニウムを消滅させても人類はより恐ろしい次の爆弾を考えるという人もいますが,単に物理的にプルトニウムを消滅させるのではなくて,人類の核兵器廃絶,戦争放棄に向けた新しい歴史イベントとするのです.こうして,人類を,戦争をやめる方向に導くのです.人間は知恵があるから一つ位禁止されてもいくらでももっとすごい爆弾を造り出す.だからプルトニウムを消滅させても徒労だという主張もありますが,その主張は人間の悪い面だけを見ているゆえに生まれるのだと思います.人間の悪い面だけ過大評価していると思います.人間にはさらに恐ろしい悪魔を産み出す知恵もありますが,平和とより穏やかな社会を望み,そこに価値をおき,そういう社会を産み出そうとする知恵も意志もあるのです.人間が未来に向かってどう生きようとするか,どこに価値をみいだすか,人間の値打ちはそこにあるのです.

中国は,トリウムが吐くほど大量に捨ててあっても軽水炉原発を止めません.軽水炉原発はプルトニウムを産み出すので,エネルギー生産のためではなく,軍事(核抑止)のバランスからその必要性があるのです.自由主義体制の諸国が軽水炉でプルトニウム(核爆弾)を次々産み出しているのに,形のうえでは対立陣営の中国が一方的に軽水炉を廃止することは,トリウムがどれほど余っていようと捨ててあろうと,国民の安全保障の意味から絶対にしないでしょう.世界が一緒に止めるしか道はないように思います.

こういう明確な論拠から,私はプルトニウムを産み出す現在の軽水炉原発の全面廃止を訴えます.軽水炉原発の代わりにどうしてもエネルギーが必要なら,再生可能エネルギーだけでは足らないというのなら,熔融塩炉でエネルギーを補えと中国に訴え,米国をはじめ全世界,全人類に軽水炉原発(プルトニウム生産)を止めさせ,熔融塩炉でプルトニウムを破壊し,核兵器の廃絶を一緒に世界に訴えるのです.

拙著「プルトニウム消滅!」について反原発の人からメールをもらいました.内容は真摯で評価できるけれども,事業として大量のプルトニウムを取り扱うということは人間にとって危険すぎると主張されています.これは反原発の人に共通したごく常識的な見方であり,また私もその通りだと思います.

ここに10人を殺した殺人犯がいるとします.彼は裁判で死刑の判決を受けました.この殺人犯の死刑は危険すぎるから止めろと言ったらどうでしょうか.確かに死刑が危険なことは間違いなく正しいです.人の生命を奪うのだからまさに危険そのものでしょう.死刑制度には反対も多く,無期懲役という方法もあるでしょう.でもいずれにせよ,10人を殺した行為に対する責任を自分自身で取らなくてはならないのです.それこそが人間の矜持ではありませんか.

プルトニウムは,我々現代人が過去にない便利さと豊かさを享受したことによって産み出された結果(ゴミ,悪)です.産み出した結果の責任を取れる可能性があるにも拘わらず,人為的に消滅させる技術は“危険すぎる”といって未来の世代に残すのは,人間としてどうでしょうか.私には?です.

死刑囚が自分の為した行為を購うように,人類の存亡(生命)をかけてこれを,富を謳歌した世代が購う(「プルトニウム消滅!」p.99).今我々は,真の意味で人間になれるチャンスを迎えているように思います.

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第81回日本音楽コンクール本選

2012-10-26 15:26:49 | 声楽

一昨日の10月24日,初台の東京オペラシティコンサートホールで第81回日本音楽コンクール声楽部門の本選が開催されました.私は,今年の3月から声楽を習いだした初心者です.初めての競技観戦でした.あくまで声楽の1ファン,1観客として以下のブログを書きます.どの方も大変素晴らしい歌でした.私自身のためになったし,自分の歌をどうすればよくなるかという点について参考になること,考えさせられることが多々ありました.聴きに行って大変よかったと思います.

一番最初に唱われた石井藍さんの声の素晴らしさに感動しました.日頃はエリーナ・ガランチャの歌ばかり聴いているので,声が似ていたからかも知れません.岩谷賞の投票用紙が観客に配られ,帰りに投票しなければならなかったので初めてで大変僭越とは思いましたが,一人の観客として自分なりに点数を付けてみようと考えました.最初の人なので50点としました.最後まで,これ以上の点はありませんでした.

盛田麻央さんの声は透明で,澄み渡っていました.次に唱った松原友君は,歌がとてもうまいと感じました.これは発声が普通とはちょっと違うように感じられました.その他も皆揃っていたので,総合点ならこの人だろうと思いました.同じように感じたのは,最後から2人目に唱った八木寿子さんです.この人も歌はうまいと深い印象をもちました.一番最後に唱った澤山晶子さんは,強く唱うところを非常に強調されました.ここが他の人と大きく違ったと思いました.

第1位の藤木大地君は,女性のソプラノやアルトを男性が唱うカウンターテナーというのだそうです.私には初めてでした.教会で唱う子どもの合唱団で女性のような高い声を出す人がいることは知っていましたが,大人でしかも高音の部分が一部あるというのではなくて,歌のすべてが高い音です.歌に詳しい友人に聴くと,まだ確立された分野ではなくて,これから広がっていく可能性を秘めた芸術分野だそうです.こういう声だと大きな声,強い声は出し難いと思うのですが,結構大きく強い声が出ていたし,またのびのびと唱っている印象を受けました.常に笑顔で,10月25日の毎日新聞に掲載された写真は真剣な表情ですが,私の印象ではもっともっとニコニコ顔で余裕でしたね.

この他にもいろんなことを感じましたが,あくまで私の好みであり主観ですからこの辺にします.カウンターテナーの曲を以下に添付します.みな素晴らしい歌です.

木村友一氏

米良美一氏

岡本知高氏

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勧善懲悪の世界舞台

2012-10-24 14:56:38 | 国際政治・外交

今日10月24日は,初台の東京オペラシティコンサートホールで第81回日本音楽コンクール声楽部門の決勝戦です.今年の3月から声楽を習いだして,初めてのコンクール観戦です.どれくらいうまいのか,早いうちにブログに感想を書きたいと思います.

私も,11月25日に仲間内ですが国立で発表会をやります.シュタインウェイのピアノでやるそうです,大変楽しみで,練習を一生懸命やっています.「遥かなるサンタルチア」とマスカーニの「アヴェ・マリア」の2曲を歌います.

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話は変わりますが,尖閣諸島を巡る日本と中国との関係について,以下に私の今後の展開の予想を書きます.

自民党が丹羽宇一郎中国大使の発言を許さず更迭を要求し,結果として辞任することに決まりました.しかし,後任の西宮大使が急逝のため、さらにその後任として木寺大使を任命しましたが,中国政府の同意が得られず,なんと丹羽大使が留任しているようです.こんな無様なことがあるでしょうか.

他国が出してきた他国の人選を認めないなんて,そんなことがあり得るのでしょうか.その国からよほど恨まれている人物ならそういうこともあるでしょうが,そんな人間を大使にする筈はないでしょう.

先般公共哲学の対話集会があって,その場でも申し上げたのです.この一連のイベントは,日本が一方的に国有化したことに始まっているのです.これに対して中国は日本のアクションに対する意思表示をどうするか,世界がみているのだと思います.

中国のそれに対する意思表示はどんな形でもよいのです.勧善懲悪の世界舞台が中国のために整えられたと言えば分かり易いでしょう.そんな場をわざわざ整えたのは日本です.この世界の檜舞台で相応に演じなければ,逆に中国は腰抜けで世界の笑い者でしょう.世界が賞賛する堂々とした演技をするべく,11月8日から始まる第18回中国共産党大会で,それを練るのでしょう.この舞台で何を演じるか自由です.しかし実力行使,つまり戦争を始めるのはバカでしょう.檜舞台を汚し主役であると世界の誰も認めなくなるでしょう.

戦争以外の方法が用いられるでしょう.玄葉外務大臣は,先般精力的に欧州を外遊しました.その目的は尖閣諸島を巡るトラブルについて,日本が正当であること,正義は日本にあることを各国に詳細に説明し了解を得るためでした.ところが,本日10月24日の産経新聞によれば,来日中のマイケル・クラーク英王立防衛研究所長が昨日記者会見し、尖閣諸島のトラブルについて「日本が大人として振る舞うべき」と求めたとのことです。例え一方が仲間であり,その対立相手が社会体制の違う国であっても,今回ばかりはこの勧善懲悪劇のシナリオを認めているように私には思えます.

この世界舞台での日中劇場が,今後どのように展開するか,私の視点からできる限り冷静に注視していきたいと思います.

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21世紀は個人の時代?

2012-10-19 17:22:30 | 原発・エネルギー

メディアはあまり取り上げませんが,沖縄で16日,また米兵による集団暴行事件が起きました.キャサリン・ジェーン・フッシャーさんは,2002年に米海軍横須賀基地所属の米兵に性的暴行を受けたオーストラリアの女性だそうです.彼女は堂々と訴訟を起こして,日米地位協定の改定を訴えています.お気持ちのある方は署名をお願いします.

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1 0月18日(木)の言論プラットフォーム「アゴラ」に藤沢数希氏の「領土問題と大企業の問題」という興味深い論考が投稿されました.論考のなかには沢山の引用があり,それらも大変興味深いものです.

それに対して,以下の通りコメントしました.

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森中定治と申します.以前貴方のブログに時々コメントさせて頂きました.

大変興味深い論考だと思います.

>・・究極的には武力解決しかない。つまり殺し合いをして、勝ったほうが領土を得るのだ。古今東西、多くの戦争が領土問題が引き金になってきた。領土問題は、経済合理性と言うよりも、双方の面子である。

同意します.

>大企業では、一つひとつの決定で各セクションの利害が鋭く対立する。官庁も同じだ。ここでは、各セクションは自らの利益を最大化するために、組織全体の利益は二の次になるか、無関心だ。

これもそうでしょう.大企業が,各部門の個別の利益やメンツ,時には部門長同士の個人的な確執もあるかも知れませんが,これらで疲弊することは避けられず,ユーザーのために価格の低減や品質向上を図ることよりも,政府に働きかけて金銭的な補助や様々の助力を得る“レントシーキング”によって,社会の富を失うということはありそうですね. 

しかし,だから21世紀は個人の時代になるという結論はどうでしょうか.貴論考の引用をみると,ホリエモン個人のメルマガが年間1億円を稼ぐという事例から,組織の大きさを問わず今後は個人が主体になるという結論はちょっと分かりづらいです.

最近は,グローカルという言葉がはやりですが,”ローカル”という言葉の後半は個人の力,個人のできること(範囲)を意味しますが,前半の”グロー”という部分は,個人を越えるという意味です.

尖閣諸島を巡る喫緊の国際問題は,まさに個人を越えています.人間の原始時代や猿やチンパンジーの事例から,人間も同じと断定することは短絡ではありませんか.アダム・スミス(堂目,2008)や「道徳を忘れた経済は犯罪である 経済を忘れた道徳は寝言である」と主張した二宮尊徳(八木,1993)を考えてみてください.私益を増やしたいという欲望は誰にもありますが,一方で,こういった思いも誰にでもあるのではありませんか.

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この論考の引用のなかに大企業内部の対立という引用があって,この中で以下のように述べられています.

>近年の進化生物学、考古学の研究によると、太古の人類は血縁を中心にしたグループで生活しており、食料がなくなれば、あるいは食料があった時も、他のグループを襲い、若い女以外は皆殺しにして、残された若い女をレイプしていたようである。遺跡などで発見される人骨をくわしく調べると、成人男性の約25%は他の人間に殺されている、ということである。そして人類は、このような環境の中で、何十万年と営々と生き延びてきたのだ。すなわち、人間の本能は、こういった環境に適応するように設計されている。

そしてそれはさほど驚くことではなく,チンパンジーをみればそれが分かるとしています.生物学を知らない人が,こういう引用をすることによって,一般の読者を大きな誤解に導くと私は思います.

地球に生まれたあらゆる生物は,35億年以上の間,生命(いのち)をつないできています.一度も切れたことがありません.逆に言えば,何十億年も次の世代に生命をつなぐ術を知っている生物だけが存在していると推定されます.

もし食べるものがなかったら,生命が脅かされたら,同じ種の仲間も含め自分以外の生き物を殺し,それを食べたりその持ち物を奪って命をつないできたのです.ただそれだけのことです.面白がったり,喜んだりして,殺しあい奪いあっているわけではないのです.高等動物であれば,心に大きな痛みや深い悲しみを覚えた可能性もあるでしょう.

現代は,そんな時代ではありません.同じ人間や同胞,隣人を殺し,財産を奪わなければ自分が死んでしまうような時代ではないのです.先達が一所懸命努力して,そういう殺し合わざるを得ない社会から,皆が手を取り合って平和に生きることのできる社会に造りかえてきたのではないでしょうか.

昔の,そうせざるを得なかった時や,そうせざるを得ない悲しい定めのいろんな動物を例に出して,人間も同じだ,一皮むけばレイプも奪い合いも何でもするんだと現代社会を生きる人間を,そう断定するのは,明らかに誤誘導だと思います.

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尖閣諸島問題と憲法九条

2012-10-14 20:00:44 | 国際政治・外交

10月14日(日)の言論プラットフォーム「アゴラ」に生島勘富氏の「竹島・尖閣問題は憲法九条と引き替えにすべき」という論考が投稿されました.

http://agora-web.jp/archives/1493857.html

それに対して,以下の通りコメントしました.

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森中定治と申します.

確かに憲法九条はその意味をもっと世界にアピールすべきだと思います.護憲の人々はそれなりにやってきたのだと思いますが,政府が改憲の意識が強いので,国連や世界の多数が注目する公式の場でアピールすることはないのでしょう.もったいないことだと思います.

尖閣諸島については,ずっと棚上げにしてきていきなり日本が国有化したのだと思います.日本のものだから何をしても勝手だ,文句があるか!という主張は,日本国内で通用するかも知れませんが,世界には通用しないでしょう.

いずれにせよ,人殺しと環境破壊の軍事で決着をつけることには賛成できません.なぜかというと,人間には知恵があるからです.暴力で決着するのは人間のすることではなく,その辺の犬とか猫,カラスなど,知恵を使うことのできない動物以下のように思います.

どちらのものか,どうしても雌雄を決するというなら経済戦争で決着をつけるしかないと思います.両国は相互に輸出,輸入を止めてどちらが頑張れるか決着つくまで消耗戦です.相当の打撃が出るでしょうが,どうしてもそれぞれが自国のものにしたければ,これで徹底的にやるしかないように思います.

絶対に人殺しと環境破壊は避けるべきです.海や島は,今を生きている人間だけのものだけではないのですから.

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言うまでもなく,平和のうちに話し合いで解決できれば,それが一番良いでしょう.先般,私も平和裡に解決されることを望み,市民80団体の共同アピールに署名しました.中国の市民団体からも同様のアピールがなされているようです.

けれども話し合いで決着することはとても難しいと思います.なぜ話し合いでの解決が必要なのか.いや,必要性からつまり目的論的に意味があるのではなくて,人間の行為としてそれが第一の優先順位であることが,まだ人間にはよく分かっていないと思います.だから,話し合いをするといっても,どういうルールで話し合いをするのか,それが分かりません.法的にであろうと,歴史的にであろうと,結局は,それぞれが自分自身に有利になる論拠を主張しあうだけになってしまいます.

だから立場が悪いとか,不利だと思えば国際司法裁判所に訴えろとか,有利と感じる方はそんなもの受けるなとか言うことになるし,裁判になってもいろんな裏工作がなされるでしょう.

自分はまだ,お母さんのお腹の中にいる.日本人と生まれるか,それとも中国人と生まれるか,生まれる先はベールがかかっていてよく見えない.その状態でどちらか正しいと思うか.これを米国の公共哲学者ジョン・ロールズの“無知のベール”というのですが,こういう視点から思考を試みるのもひとつの方法でしょう.

人間とは何かという,その真理が分からない状態においては,“棚上げ”という手段は大変有効だったと思います.今さらですが.拙著「プルトニウム消滅!」第4章に民主主義とは何か?どういう議論をするのか,それを論じています.ご参考になるのではないかと思います.

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アゴラへのコメント 核廃棄物の処分方法について

2012-10-11 16:16:13 | 原発・エネルギー

アゴラに藤堂仁氏が,“放射性廃棄物の処分,対策の紹介 —「地中処分と」と「核種変換」”として論考を投稿されました.

http://agora-web.jp/archives/1493147.html

それに対して,以下のコメントを投稿したので,ここに掲載しておきます.

ウランにフッ素をくっつけてフッ化体にするとウランはガスとなり,連鎖反応によって生まれた様々の元素(核廃棄物)と分離します.すると,核廃棄物の95%を占めるウランが単一金属として分離されます.ウランの他にも一部ガスとなりますが,沸点が異なるので,それらも分離できます.分離されたウランはそのほとんどがウラン238であり,放射性ゆえ注意は必要ですが核弾頭にはなりません.しかも自然界に存在する物質です.残り5%,プルトニウムと連鎖反応によって核変換した種々の元素の混合物を,そっくり熔融塩炉に入れ消滅させます.分離されたウランを地上で保管すれば,地層処理は無用になるでしょう.連鎖反応させ,安全な元素を分離して取り出すという地道な作業の繰り返しです.固形の高放射性ゴミではできませんが,液体を扱う熔融塩炉なら実用化の可能性があります.全世界の核兵器の廃絶が現実化します.

従来のオメガ計画とは異なります.核のゴミを液体の状態で熔融塩炉を用いて消滅させます.

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最近,オメガ計画という言葉があちこちで使われるようになりました.オメガ計画とは,Option for Making Extra Gains from Actinides and Fission Products の頭文字を名前にした計画で,原子力委員会が1987年に制定したもののようです. 

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=07-02-01-07

しかし,核廃棄物の処分は,実際上は地層処理ばかりが宣伝されて,このような放射性元素の核変換,消滅を考える計画があったとは一般には殆ど知らされていなかったと思います.どこに埋めるか,処分地を探す・・,その一点張りだったと思います.

オメガ計画には,熔融塩炉を用いる方法も出てきますが,それは名ばかりで,急に出てきたのは固体の燃料を用いる「もんじゅ」を活かすための方便のように感じられます.

「もんじゅ」では,安全な元素とさらに分裂させねばならない危険な元素との分離が,事実上困難だと思います.

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田母神/天木 講演会

2012-10-07 20:51:06 | 国際政治・外交

10月6日(土)に「田母神俊雄 元航空幕僚長VS天木直人 元駐レバノン特命全権大使 特別討論会」と題して,士気の集いが講演/討論会を開催しました.聴講したので,短いですが,その感想を述べてみます.

どうすれば強い国になるかという,司会者の問題設定のうえです.

田母神氏は,国家間の交渉力は武力にあると述べられました.外交交渉というものは,交渉の相手国と対等の武力をもち,それを背景にして初めて対等の強さの交渉力をもつのだとの主張でした.

天木氏は,国家間の交渉力の強さとはすなわち国の強さであり,それは国民が富むものと貧者に2極分化し国内が荒廃するような脆弱な状態を脱し,さらに政府が事実と問題点を正直に国民に示し,政府と国民が強い信頼関係で結ばれる状態が強い国だと主張されました.

私個人としては,武力を他国と同じレベルに積み上げても,公正さに基づかない他国からものを奪うといった盗人のような要求や交渉では,結局は国際世論に敗北するだろうと思います.武力を相手よりさらに積み上げようとするのではなくて,国際世論が人間の悪を許さないという,そういった方向に人類を育てていくことに意味があると思いました.

会場は,ほとんどが右翼,保守の人達のようで,また講演/討論の後に招待されたかなりの元自衛隊幹部の方のご紹介とご挨拶がありました.

天木氏はまさにアウェイといった感じで,とても対等の武力?(プレッシャー)とは思えませんでしたが,まったく卑下した感じなくまた落ち着いた堂々とした話し振りでした.

一方的な講演で参加者がただ溜飲を下げるといった場よりも,こういう対論の場はこれからの日本の発展にとってより有用であると私には思えました.その意味で,士気の会のこの企画は大変良かったと思いました.また士気の会も天木氏に対して相応に神経を使っているように見えました.

懇親会の席で,たまたま座った周りの方はごく普通のサラリーマンのような方ばかりでした.ところが,その全員が憲法を改正して戦争をする国にしたいと言います.これには驚きました.考えてみると,右翼の人の集まりなので,これで普通なのかも知れません.人間はひとつの種類であり,当然ながら科学的には分けることができないと私は考えているので,これには驚きました.このような普通の人が,一体どこからこのような発想が出てくるのか,私には不思議でちょっと考えてみました.

中国人を,例えば街のチンピラや学校にいる不良の生徒のように考えているのです.はじめから,相手からものを盗ることを目的としている小悪党とみているのです.だから全面戦争をする積りはないけれど,その場で懲らしめなければならないと考えているのです.パラオでは領海侵犯した中国船を銃撃しその船員を射殺したようです.その事象を取り上げ,これこそがまさにその真っ当な対処方法だとみています.

第二次大戦の始まりの時,多くの日本国民が米国人は懲らしめなければならないと思い込みました.その時,一般の日本人が抱いた感情と似ているように思います.米国人は懲らしめるべき対象だったでしょうか.

各国の人々はいろいろな生活習慣の違い,長い歴史の違いがありそれゆえ考え方は違うけれども,人間である以上基本的には同じです.この人類全般に対する見方,特に中国人と朝鮮人に対する区別と特異的な見方に,私と違いがあるようです.

どこの国にもいろいろな人間がいますから,相手をはじめから舐めていて,横柄な態度をとる人間やチンピラのような悪党もいるでしょう.日本でも同じです.その人に卑下した態度をとっては,さらに人を舐めるでしょう.その人のためにもなりません.でもその対処は,自ずと限度があります.軍隊ではなく,個人の範囲か警察の範囲ですし,過剰防衛という言葉がありますが,相手が自分に迫ってきたからといっていきなり殺してしまうというのは問題があるでしょう.可能な範囲ですが,相手の行動とバランスのとれた対応が必要でしょう. 

相手の行為に対してバランスのとれていない,一方的な思い込みと決めつけがごく普通の人達を戦争の方向へ導いて行くのではないかと思いました.懇親会での会話を今日振り返って再度考えてみて,なんとなく,こういうことではないかと思いました.

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シセル・シルシェブー

2012-10-04 22:01:23 | 原発・エネルギー

昨日,声楽を習い始めた経緯を書きました.

今日はシセルという歌手について書きます.

概ね練習を終えて年末の発表会で唱おうとしている1曲がマスカーニのアヴェ・マリアです.この曲は,「カヴァレリア・ルスティカーナ」というオペラの間奏曲,つまり幕と幕の間の休憩時間に流れる曲で,もともと歌詞はついていなかったそうです.

メロディーが大変美しく,この曲に2種類の歌詞が作詞されました.ひとつは劇場用の歌詞で昨日添付したエリナ・グランチャが唱っているものです.

もうひとつは.教会で唱うミサ用の歌詞で,これはシューベルトのアヴェ・マリア,バッハのアヴェ・マリアなどと概ね同じ歌詞です.

私は,シセル・シルシェブーが唱うこの教会用の歌を聴いて感動し,彼女の歌が大変好きになりました.彼女は,ノルウェー出身の歌手で,歌を聴くとベルカント唱法ではなくて,いわゆるマイクに声をきれいに乗せるポップス系の印象を受けます.大変きれいな声で,私のとても好きな彼女のマスカーニのアヴェ・マリアを添付します.声の美しさを感じていたければ幸いです.

それともう一曲,彼女のO Helga Nattという曲を添付します.これは,ノルウェー語ですが,英語ではO Holy Night(オー聖夜)という曲で,クリスマスの曲です.世界中の沢山の歌手が唱っているので,有名な曲だと思うのですが,日本では私は聞いたことがありません.彼女の歌を聞いて初めて知りました.でもカラオケ(ダム)にあって驚きました.ナット・キング・コールの歌です.きっと唱っている人がいるのでしょうね.

クリスマスは12月中旬,唱っている場所はデンマークのコペンハーゲンとのことですが,こんな厳冬によく野外で唱うものだと感心します.後ろで演奏している人達もむろん暖房を入れてはいるのでしょうが,バイオリンなどよく弾けるものだと感心します.

デンマークといえば,北海道はむろんのこと,樺太よりも北にあるでしょう.歌を聴きに集まった人々も比較的軽装で子どもも沢山います.これも,極北の地に住む人々のひとつの強さでしょうか.

以下にYu-tubeを添付します.美しい声を味わってください.

シセル マスカーニのアヴェ・マリア

シセル オ ヘルガ ナット

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歌のレッスン

2012-10-03 20:22:22 | 声楽

私のブログは原発問題や尖閣諸島を巡るものになりがちですが,今回は趣味のことについてお話しします.

もともと歌が好きです.時々カラオケに行く程度でしたが,2010年5月からシャンソン教室で本格的に歌を習うことにしました.故郷に帰ると,86才の母が今でもシャンソンを習っていて発表会で歌ったテープを聴かせてくれるので,機会があれば私も習ってみたいと思っていたのです.30分/1回,月2回のレッスンで授業料4000円,先生はプロのシャンソン歌手です.

先生は有名ではありませんが,歌を聴くとすごい迫力で,うまいな!と思いました.やはり先生の歌がうまいと思うと,よけいやる気が出てきます.2010年5月から2011年6月まで1年2ヵ月,歌は1曲もやらず発声練習ばかりやりました.ピアノに合わせてパッパッパッとかマッマッマッとか声をだすだけですが,これをしっかりやらないと本格的にはならないと思っていたし,思い切って声を出すだけで結構楽しかったので,あっという間に30分が経ちました.

7月になって,11月に発表会があるので,そこで歌うことになって初めて曲を習いました.曲はアダモの「雪が降る」でした.定期レッスンだけでなく,臨時のレッスンを何度もやって猛練習をしました.発表会では大きな声で楽しく歌えたので,自分としては満足しました.

12月になって先生から,私の望みは違うのではないかと言われました.というのは歌い方には2種類あって,ひとつは米国式とも言うのですが,マイクをうまく使ってきれいな声をマイクに乗せる歌い方で,これが主流です.シャンソンに限らずポップスやほとんどのジャンルで使われる歌い方です.

もうひとつは,ベルカント唱法といって身体全体を楽器のように使って唱う方法です.オペラ等で使われる方法で,この唱い方を私は希望しているのではないかと言われました.自分で気がつかなくても,内心それを望んでいるとここでいくらやっても駄目だと言われました.正直な先生です.そして,ベルカントをやるならシャンソンでその唱法でやっているプロがいるので紹介してやると言われました.

私は,そのときまでベルカントという言葉すら知らなかったし.自分が何を望んでいるか考えたこともありませんでした.しかし,そういわれてみるとそんな気もしてきました.それで,今年2012年1月,1ヵ月考えてみました.そしてベルカント唱法を習うことにしました.紹介くださる先生は,非常に遠いので自宅の近くで自分で探しました.

2012年2月がお試しレッスンで,3月から9月末まで7ヶ月が過ぎました.授業料は2倍近くになったけれど大変楽しくまた充実しています.既にイタリア歌曲「遥かなるサンタルチア」を唱い終え,今はアベ・マリア(マスカーニ)を概ね終え,3曲目アベ・マリア(ゴメス)に入っています.11月末に発表会があり,2曲唱います.

エリナ・グランチャをお手本にして練習しています.素晴らしい歌手です.大きな口を開けることと縦に口を開けることが,この唱い方のコツだと思っています.

以下にYu-tubeを添付します.口の大きさをみてください.

エリナ・グランチャ アベ・マリア(ゴメス)

エリナ・グランチャ アベ・マリア(マスカーニ)

これが終わったら,日本の歌曲をやりたいと思っています.

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プルトニウム,超ウラン元素の消滅技術

2012-10-01 09:59:10 | 原発・エネルギー

2012.8.12に締め切られたエネルギー・環境会議へのパブコメ「未来のエネルギーをどうするか」について,原発/エネルギー,環境,経済に関するMLの方から,提案公開のご要望をいただきました.

以下に,一部補足,抜粋して公開いたします.

パブコメ提案(補足・抜粋)

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原子炉として熔融塩炉のもつ大きな意味を,殆ど誰も知りません.

使用済み核燃料は,六ヶ所村の再処理施設に2860トン,全国の各原発の貯蔵プールに合計14170トン,併せて17030トンあります(東京新聞2012年3月9日朝刊,原発と使用済み核燃料の貯蔵量).現在は,再処理によってこれらの使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出してリユースし,一方残った高レベル放射性廃棄物はガラス固化体にして地下に埋める(地層処理)というのが政府の方針です.

原発の燃料はたった数パーセント燃やしただけで使い終わります.燃え残りのウランやプルトニウムを回収しあらためて燃料を作り直しても,また数パーセント燃やしただけで使い終わります.危険な作業を何度でも繰り返さなければなりません.効率が非常に悪いことは一般人でも直感的に分かります.でもこうするしか,プルトニウムについて全世界に公開できる公正な対処法がないから,やむを得ないのでしょう 

そのうえ,NUMOがいくら金を積んでも地層処理を引き受ける市町村はなく,この方針は,結局は破綻するでしょう.日本学術会議も,10万年もかかる核のゴミの地層処理は方針転換が必要であり,一から考え直せと6月上旬に提起(東京新聞2012年6月18日朝刊)し,8月末には原子力委員会に対して報告書をまとめる予定です(2012.9.11に日本学術会議は,地層処理を白紙に戻せという提案を日本政府に出しました).

どうにもなりませんね.何か画期的な方法はないのでしょうか.

ウラン燃料は重量比で,燃料であるウラン235が(3-)5%,無用のウラン238が(97-)95%です.それを燃やすと,ウラン235の燃え残りが1%,ウラン235が連鎖反応によって消滅し核変換された様々の元素(核廃棄物)が4%,ウラン238から生まれたプルトニウムが1%,残り94%がウラン238となります.ウラン238は連鎖反応をしないので,一部が中性子を吸収してプルトニウムに核変換する以外,殆どそのまま残ります.現在の方針では,核廃棄物のなかから燃料用としてプルトニウムを取り出すことになっていますが,プルトニウムを燃やす「もんじゅ」が現在までの長い研究の経緯において,全くうまく行っていない現状を考えると,不可能のように思えます.

しかし,だからといってプルトニウムの混じった核廃棄物を地下に埋めるというのも,現代人の富の謳歌によって生まれたゴミを未来の世代に押しつけ,我々の本来の責任を果たしたことにならないし,また深く考えてもいないと思います.プルトニウムを未来に残すのは,核戦争の芽を未来に残すことです.それでよいのでしょうか.

ウランにフッ素をくっつけてフッ化体にするとウランはガスとなり,連鎖反応によって生まれた様々の元素(核廃棄物)と分離します.すると,核廃棄物の95%を占めるウランが単一金属として分離されます.ウランの他にも一部ガスとなりますが,沸点が異なるので,それらも分離できます.分離されたウランはそのほとんどがウラン238であり,放射性ゆえ注意は必要ですが核弾頭にはなりません.しかも自然界に存在する物質です.残り5%,プルトニウムと連鎖反応によって核変換した種々の元素の混合物を,そっくり熔融塩炉に入れ消滅させます.分離されたウランを地上で保管すれば,地層処理は無用になるでしょう.

今まで,燃料としてプルトニウムを取り出すことばかり考えていたため,こういったアイディアは生まれませんでした.しかし,未来の人々に対してどうすれば責任を果たせるか?その最も有効な方法は?というふうに,現代人の私益のためではなく未来の世代の利益に目的を変え,さらに熔融塩炉を用いることと組み合わせれば,いろいろなアイディアが出てきます.

こんなアイディアは固体燃料を用いる軽水炉では絶対に出てきません.大量のウランが不均一に混じるガチガチに固まった燃えカスから,壊す必要のない安全な元素を分離して取り除くことが実際上できないのです.

液体燃料であればこそ,これが可能です.燃えカスを個体ではなく液体で扱う故に,放射性のない安全な元素や放射性があっても半減期が短い元素を分離して取り除くことが可能です.それらを取り除いて量を減らし,残りの消滅させるべき元素に高速中性子を充ててさらに核変換させ,核変換した安全な元素をさらに取り除くという作業の繰り返しです.地道で,精密かつ辛抱強くなければできない仕事ですが,核弾頭のプルトニウム,超ウラン元素をこの世から消滅させるには,現状これしかないのです.

プルトニウムは自然界にありません.人間が原子炉で中性子を充て造り出した人工元素です.元に戻す,つまりそれを自然界にある元素に戻すには,やはり原子炉で中性子を充てる必要があります.まるでマッチ・ポンプ,全くの徒労であり,人間は一体何をしているのか?!愚かさを感じざるを得ませんが,それでもこの技術がなければ,核兵器の廃絶は実質的に不可能です.

実用性の高い技術ですが,完成してはおらずまだ研究が必要です.ポジション・トークを半分に抑えた真の平和利用を望む原子工学者が必要です.「もんじゅ」の代わりに,こちらに予算が付けば研究は加速されるでしょう.既に産み出された核弾頭の消滅と核廃棄物の消滅のための技術です.こんなバカげた元素を今後も産み出す軽水炉は真っ先に止める必要があります.しかし熔融塩炉は,オバマ大統領のプラハでの演説「核なき世界」の通り,核兵器の廃絶を机上の空論から現実問題へと移行させ得る今必要な技術でしょう.

新刊「プルトニウム消滅!」を読んで,考えて頂ければ幸いです.

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