黒い瞳のジプシー生活

生来のさすらい者と思われた私もまさかの定住。。。

訳アリの人たち

2016-10-23 23:52:32 | 思索系
大河ドラマ「真田丸」。このたびの話題は、真田幸村に
豊臣秀頼から総大将になってほしいと指名が来るものの
後藤又兵衛の反対にあったので、秀頼を総大将とした
うえでの合議制となった――という話。戦闘自体まだ
始まっていないので時代は1614年のまま、幸村48歳、
信之49歳である。どうやら、このドラマでも豊臣家首脳は
幸村を心から頼もしく思っていたわけでなく、ただ単に
おだてているだけであったようである。幸村に軍事的
声望がないことと、周りに頼られていることとの辻褄は
どうにか合ったわけだが、史実では疑われていた可能性の
ある幸村の忠誠心に関しては、ドラマでは誰も疑って
いないようだ。

ドラマでは後藤又兵衛がずいぶん威張っているようだった
が、実際あの牢人諸将のなかではそれだけの人物であった
可能性がある。『別冊歴史読本 真田幸村と大坂の陣』に
よると当時の又兵衛は最年長の55歳、しかも秀吉の九州
征伐や文禄の役で戦功をあげ、関ヶ原の戦いでは黒田長政
隊の先手として活躍し、それだけに秀頼やその側近の若手
武将の憧れの的になっていたという。彼は2014年の大河
ドラマ「軍師官兵衛」でも登場していたが、たしか大坂の
陣の時代には既に当主になっている黒田長政の、兄貴分の
ような感じで育てられた武将である。これは私の想像に
すぎないが、又兵衛は長政の身分が自分よりどれだけ
目上になっても「自分のほうが兄貴なんだ」という気分が
抜けきれず、そんな態度が長政には不敬に思えたのでは
あるまいか。ともかく又兵衛は長政の不興を買って黒田
家を出ることになり、他家に再仕官しようにもそのつど
長政の妨害にあって、ついに浪人となった挙句にこの際
大坂へ入城してきた人物である。『別冊歴史読本 真田
幸村と大坂の陣』によると、又兵衛が大坂にいたころ、
黒田の手の者が又兵衛の息子まで捕らえようとしたが、
これに対して、豊臣秀頼が「我が民を許可なく捕らえる
とは何事か」と強く抗議したので、やむなく黒田家はその
子を帰した。又兵衛はこの時の恩義に報いるために入城
した――とも言われているようだが、思うに特にそうした
出来事がなくても又兵衛は入城したのではないだろうか。

また、主君とケンカして奉公構の身となったあげく牢人と
なった人物として、又兵衛の他に塙団右衛門がいる。
ドラマでは幸村に自分の名前を記した木札を渡していたが、
きたる大坂冬の陣では「夜討ちの大将 塙団右衛門直之」
と書いた木札をばら撒き、夏の陣では旗印に「塙団右衛門」
と書いて自身の名を知らしめたとされる(ウィキペディアの
団右衛門の項による)。ドラマではまだあまり登場して
いない人物だが、こちらも我の強そうな人物のようだ。
牢人という不安定な立場がそうさせているのかと思いきや
そればかりでなく、生来のものである部分もあるらしい。
ドラマの幸村たちは諸将の我欲の強さを感じつつも「皆
ヤル気はありそうだ」と言っていたが、そのように
前向きに考えでもしなければやってられない感じもする。

一方、このたび初登場したのが信長の末弟・織田有楽斎で
あるが、『決定版真田幸村と真田一族のすべて』によれば
「はじめから態度があいまい」で、『別冊歴史読本 真田
幸村と大坂の陣』に至っては、家康・秀忠に内通していた
とまで述べている。果たしてドラマでもそのように描か
れることになるのであろうか。頼長という不肖の息子を
かかえていたこともあり、夏の陣の直前になって「家康・
秀忠に対し『誰も自分の下知を聞かず、もはや城内に
いても無意味』と許可を得て豊臣家から離れた」という。
家柄上、盟主に祭り上げられているようだが、なるほど
豊臣家のために計ろうという姿勢は感じられない。


織田有楽斎のような淀殿の親戚とか、豊臣譜代衆の場合は
ともかく、関ケ原の戦い以後の安定期に地位を擲ってまで
主君に刃向かうなど、良きにつけ悪しきにつけ、よほどの
ことであるように思う。当の真田家ではこのたび堀田
作兵衛が「徳川の家来になんかなりたくないし、信繁様が
呼んでいるから」とか何とか言って信之のもとから出て
いってしまったが、私もやはり彼の場合は真田家を離れる
タイミングの良さといい、少なくとも後藤又兵衛などとは
違ってポジティブな理由で真田家を離れたのではないかと
感じる。以前まで流人にすぎなかった真田幸村の場合は
ただ単に功名心から大坂に入城しただけという可能性も
充分に考えられるが、しかるべき時に安定した生活を
捨てて幸村のもとにかけつけたこの堀田作兵衛こそは、
打算のない、真の忠義者だったように感じられる。
「義理の弟を放ってはおけない」――どちらかというと
こういう思いが決め手になったのではないだろうか。


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