不登校が輝く日

子供2人中学時不登校でした。

byウパリン

身の上話

2016-12-02 18:44:16 | 日記
 今日はひとり先生の家庭教師3回目だった。

 前半、私は離れた場所で家のことをやっていたのでよくわからないけれど、雰囲気的に勉強をやっていた様子。

 1時間経ったところでお茶を出しに行くと、ひとり先生が次男に「学校の何が嫌なのか」と聞いていた。

 次男が私に早くあっちへ行けというように目配せするので、手早くお茶と茶菓子を置いて退いたのだが

 その後、聞き耳を立てていました(^_^;)  ゴメン

 次男は宿題が多くて疲れたとか、人間関係に疲れたとかいうようなことを言っていたが、詳細はよくわからず。

 自分でも学校に行けなくなった理由はわからないのかも知れません。



 その後、ひとり先生は自分の身の上話をし始め、

 自分が不登校になったきっかけやその時の気持ちを詳しく話していた。

 死のうと思うくらい思い詰めたことや、死ぬのをやめた理由など。

 一度レールを外れると、簡単にレールを外れるようになり、高校に入ってからも学校へ行かなくなったこと。

 大学生になってからは自分ではちゃんとやっているつもりだったけれど、今思えば「から元気」だったこと。

 就職して結婚しようと思っていた女の人にふられて1年間ひきこもりになったこと。

 などなど・・・

 今の奥さんと結婚して、子どもが生まれてから専業主夫になり、その頃は専業主夫なんて言葉さえなくて、

 公園に子どもを連れてくるお父さんなんて一人もいなかったこと。

 仕事をしていないと思われるのが恥ずかしくて、毎日違う公園へ連れて行ったこと。

 育児をしていても昼夜逆転の癖がなおらず、昼頃までいつも寝ていたこと。

 あるとき「これではいけない!」と思い、朝から起きるようになったこと。そのきっかけ。

 そのとき29歳になっていたこと。29歳でやっと朝から起きるようになれたこと。

 子どもを育てることで自分の子ども時代にどうして自分がこうなったのか腑に落ちたこと。

 色々あったけど、今は子どもたちも皆元気で幸せだということ。。。



 後半はひとり先生の身の上話で終わり。

 盗み聞きしていて申し訳ないなあ、と思ったけれど、私も勇気づけられた。

 とにかく「生きていれば何とかなる」ってこと!

 人生の前半でつまずいたって、人生の後半で「幸せだ」と思えるんだったらそれでいいじゃないか!

 そう思えました。

 
 今不登校の子どもたち、この先も何度もつまずくかも知れないけれど、

 いつか幸せだって思える日がきっと来るはず!
 

 というわけで、ひとり先生は今のところ家庭教師というより訪問カウンセラーのような役割を果たしてくださってます。


 次男もだんだん打ち解けて、ひとり先生も「今日は笑って話してくれて嬉しかった」と帰りに言っていかれました。

 まずは元気になって、勉強はそれからだね!!