不登校が輝く日

子供2人中学時不登校でした。

byウパリン

きっかけ

2016-09-30 22:24:01 | 日記
次男がなぜ動いたか、皆さんの知りたいところだと思います。書こうと思ったのですが、思い出すと情けないやら恥ずかしいやらで、まだ詳しくは書けません(T_T)

簡単に書くと、「次男がとても悪いことをしたので私が怒った」のです。

一生懸命肯定オーラ出していたのに、この子にはこの方法ではダメだ‼︎と強く思いました。

真剣に怒って「家から出て行け」と言ったら出て行きました。(と言っても、近くの実家に歩いて行っただけですが)

2日間距離を置いて、その間に前から気になっていたフリースクールに電話で問い合わせて面談の予約を取り、2日ぶりに実家に迎えに行って、シュンとなっていた次男にフリースクールの話をしたら、イヤとは言いませんでした。

「あんたもこのままじゃダメだと思ってるんでしょう」と言うと、次男は「うん」とうなずいたのです。



以前、自分から塾に行くと言ったのもお父さんがキレたのがきっかけでした。
2回行って「めんどくせー」と言って行かなくなってしまったのは、塾にちょっと行ったくらいでは所詮勉強の遅れは追いつかないと思ったからでしょう。

次男の場合、エネルギーはもう貯まっているんだと思うのです。

だから、真剣に怒ると動くのです。

悪さをした時、次男の心が「オレを何とかしてくれ〜〜」と叫んでいたような気がしています。

今度はフリースクール。
普通の塾とは違って周りは不登校の子ばかりで、先生は不登校のプロですから。

かなり期待してしまっています



決戦は金曜日

2016-09-29 04:42:17 | 日記
金曜日に次男と一緒に再びフリースクールに見学に行く予定である。

今のところシブシブ承諾している次男だが、本当に行ってくれるか不安。

でも、動かなきゃ!

背中を押して、ダメなら次の手を考えればよい。

さあ、頑張れ

明るい未来をイメージする

2016-09-27 06:05:10 | 日記
不安で不安で、暗い未来しか想像出来ない時、無理矢理にでも明るい未来をイメージしてみよう。

そうしたらきっとうまく行く

きっとうまく行く

きっと、きっと

うまく行く

必ずうまく行く

これがダメでも次はある

そうだ

声に出して言ってみよう

きっと大丈夫

絶対大丈夫

今日は1日、そう思って過ごそう!

動き

2016-09-24 20:47:55 | 日記
 皆さん、ご心配おかけして申し訳ありません。

 実は、大きな動きがありました。

 ある出来事が起爆剤となり、ロケット発射しました。

 まだ詳しいことは書けませんが

 後日、良い報告ができるといいです。

 私の方は元気ですので、どうかご心配なく。(^_^)/




 銀座まるかん創業者斉藤一人さんの言葉

 明日よいことがあると思ってごらん。今、幸せになれるよ。



 

 

ブログ小休止

2016-09-23 00:42:12 | 日記
ここのところ、訳あってブログの更新ができていません。

猫ちゃん、早く来ないかな〜と思っていた週末、ある事件が勃発して、、、

まだブログに書けるほど気持ちの整理ができておらず

ブログ小休止しております。

週明けに再開できるとよいです。

猫は第3者となり得るか

2016-09-16 21:19:27 | 日記
 

次男が不登校になってから、犬か猫を飼うといいかなあ、と思っていた。

 前回の記事で紹介した『不登校・ひきこもりが終わるとき』の本の中に、

 著者がひきこもっているときに父親が自分のために犬を飼ってくれたことが嬉しかったと書いてあったし、

 その前に紹介した『ひきこもりはなぜ「治る」のか』の中には、

 ひきこもりから抜け出すには第3者の関わりがあるといいと書いてあり

 第3者は人間とは限らないとあったから。

 次男の希望でウーパールーパーを飼い始めたけれど、ウーパーは水槽から出てきて次男と遊んでくれない。。。

 何ヶ月か前に犬か猫を飼おうよ~と提案したら

 夫は犬がいいと言い、次男は猫がいいと言った。

 私も猫がいい。犬は散歩が面倒・・・

 しかし、夫は猫は家を汚すからダメだと言って

 次男には動物を飼うより現実に直面させなきゃダメだ!とか言うし・・

 おばあさん(私の母)にまで「猫は20年も生きるんだから!20年も引きこもられたら困る!」とか、訳のわからない理屈で反対され

 次男も「どうでもいい~」と言うので、立ち消えになっていた。


 しかし、何ヶ月経っても何の進展もない次男を見て

 夫も、次男の部屋から出さないなら猫を飼っていいと言うようになった

 

 本格的に猫を飼おうと思い立ち、ペットショップに見に行ったのが1週間前。

 できるだけ小さい子猫がいい。品種は何でもいい。

 2ヶ月くらいの可愛い猫ちゃんがいたが、諸費用込みで20万円・・・

 20万円出して猫を買うより、捨て猫の命を救ってあげようと思い
 
 家に帰って、猫の里親募集サイトで検索し、今日、子猫を見に行った~

 写真を撮って次男に見せると気に入ったらしく「欲しい」と乗り気。


 私「猫ちゃんの名前何にする~?」

 次男「クソ猫!」

 私「え、それじゃ、かわいそうだよ。こんなにかわいいのに」

 次男「いいんだ!クソ猫で」 (次男、ウーパーのこともクソウーパーと呼んでいる)

 私「じゃあクー子にしよう」

 次男「クソ猫のクー子でいい」

 私「猫用のケージを買わなきゃ」

 次男「オレ、猫と一緒に寝る。でも寝相悪くて踏みつぶすかもな」

 私「母さんも、あんたが赤ちゃんの時、布団で一緒に寝てたよ~」

 次男「オレ、踏みつぶされなくてよかった-」

 私「フフフ、そうねー」


 早く猫ちゃん来ないかなあ・・・。猫を斡旋する会の担当の人がしばらく不在で手続きができず、まだもらえない。

 気が早いが、いつ猫が来てもいいように猫のトイレの砂とペットフードを買いに行った。

今日、担任の先生から久々に電話があり、猫を飼おうと思うと言ったら「お母さん、それはいい考えです!」と言われた。

 
 子猫が次男の心をほぐしてくれればいいなあ・・・

 



肯定オーラ

2016-09-14 23:12:54 | 日記
 おすすめ本 不登校・ひきこもりが終わるとき 丸山康彦著

 の中に、「肯定オーラ」という言葉が出てくる。

  本書によると

  親が「それでいいんだよ」と本人に言っても、それで自己肯定感がよみがえることはまれ。

  言葉で伝えるのではなく、常に家族の一員として認め、大切に思っているという態度と接し方に徹することが大切。

  つまり「肯定オーラ」を送ること。


  我が子が否定的な言葉を漏らすと、肯定的な言葉を返したくなる。

  しかし、本人達は自分の感じ方や考え方を否定されたくないと思っている。

  「肯定」とは「「否定しないこと」

  「本人の自己否定感を否定する」ことはそのとおり「否定」になる

  不登校・ひきこもりの本人にとって、否定の否定は「肯定」ではなく、やはり「否定」なのだ。


  

  うーん・・・難しいですなあ。

  子どもが自己否定的発言をしたときに、言葉で「そんなことないよ」と言うのは本人を「否定」することになってしまうと。

  だから、言葉じゃなくて態度で「肯定オーラ」を送るのがよいと。

              *         *

  今日の次男、朝寝て夕方に起きてきたので、私の夕ご飯と次男の朝ご飯が同時になった。

  一緒に食事しながら今日も「あー、学校行きたくねえ」と言うので

  私「別に、行きたくなったら行けばいいよ」と言うと

  次男「二度と行かん。つ・う・ち・ん・せ・い高校も行かんで!」と牽制してくる。

  私「ふーん。そうなんだ-」

  次男「ウイッツ青○にも行かんでね」(笑)

  私「行かんでええよ」(笑)

  次男「あーナマポになりてえ」

  私「ふうん。お風呂入る~?母さん先入っていい?」

  次男「あ、ダメー!オレ一番に入る!40代のおばさんの残り湯には入りたくねえ」

  私「失礼だね


  こんな感じ。肯定オーラ、まあまあ出せてるかな~?



 

今日の会話

2016-09-12 23:27:14 | 日記
 最近、次男と夕ご飯を食べながら、録画したニュース番組を一緒に観るようになった。

 JKビジネス店の経営者が逮捕されたニュースから

 現在、年収122万円未満の貧困層の家庭が増えており

 子どもの6人に1人は貧困家庭だからバイトせざるを得ない現実を報道していた。

 それを観た次男が「貧困家庭で何で子どもを作るんだ?子どもを作るのに資格を作ったらいいんだ」と言い出した。

 次男「中学生とか高校生には子ども作ったらダメとか言うくせに、なんで貧困家庭では子ども作ってダメって言わないんだ」

   んー、それは・・・と思うところはあるが、自分の意見は言ってはいけない!

 私「へえー、なるほど、そうだね。いいこと言うね!」

 次男「そういう法律作ればいいんだ」

 私「そうだね。いいこと言うね。政治家になって法律作ったら?」

 次男「オレ、高校も大学も行かんで、政治家になれん」

 私「政治家になるのに学歴は関係ないよ」

 次男「そんなことないやろ」

 私「そうだよ。中卒でもなれるよ。口が上手ければ」

 次男「オレ、口上手くないし、なりたいとも思わん」

  んんんー、やっぱり一言多いなあ、私。

 ただ子どもの意見を聴くだけって、難しい。

 まだ高校も大学も行かんってハッキリ言ってる。

 学校二度と行かんと、昨日の夜も言ってた。

 
 まだまだ先は長い

 でも、少しずつ次男の心がほぐれてきているような気もする。

会話って難しい

2016-09-10 19:50:10 | 日記
 今日の次男との会話を書き留めておく。

 一緒にテレビを観ながら夕ご飯を食べていると、障害児が何かの賞を獲ったというニュースが流れた。

 それを観た次男が「障害者には生産性がない。オレと一緒や」と言い出した。

 えーーーー!難しい、この返答。

 私「そんなことないよ」  自分の意見を言わないなんて無理ー(>_<)

 次男「なんでや」

 私「障害者だって働ける人はちゃんと働いて生産しているし、障害者なのに頑張ってるのを見たら、周りの人たちも頑張ろうっていう勇気をもらえるでしょ」

 次男「ふん。偽善者め」

 次男、24時間テレビの話をしだして、ああいうのは障害者を見世物にしているとか何とか言い出した。

 次男「障害者に強制的に登山させたり、パーフェクトヒューマンって曲を踊らせたりしてさ。パーフェクトヒューマンだぜ!それはないやろ」

 私「ネットに書いてあったの?」

 次男「ネットで動画もアップされとるわい」

 私「ふうん。心がパーフェクトってことじゃないの?」 ああ、ダメだ。自分の意見を言ってしまう・・

 次男「んなわけねーやろ。偽善者め!」

 次男「オレも障害者と一緒で生産性のない人間や」

 私「そんなことないよ。何でそう思うの」

 次男「だってオレ、ナマポになるんやで?生産性ないやろ?」

 私「何でそんなこと決めつけるの」

 次男「だって、そうなるしかないんや」

 私「そんなことないよ。これから何にでもなれるよ。髭男爵って芸人知ってる?」

 次男「知らん」

 私「髭男爵の山田ルイ53世って人はねえ・・・」

 と、読んだばかりの本の内容を話した。

 不登校のきっかけになった「ある事件」の話をすると、興味深そうにじっと黙って聴いていた。

 私「それでね、家から追い出されて、コンビニでバイトしながら一人暮らしして・・・」

 途中までじっと黙って聴いていた次男だが

 私「それで大検を受けて、愛媛大学に合格して・・・」

 という辺りから興味がなくなったらしく

 次男「どうでもええ-」

 私「それで芸人になったんだよ」

 次男「どうでもえ-、どうでもえーーーーー」

 と言いながら自分の部屋に戻っていった。


 やはり、勉強の話になるとだめなのか・・

 道は色々あることを伝えたかったのだが

 なかなか難しい。

 

 

いつか道はひらく

2016-09-09 23:47:31 | 日記
 髭男爵というお笑いコンビ、私は知らなかったのですが

 片割れの山田ルイ53世という芸人は、もと不登校、ひきこもり経験者で、「ヒキコモリ漂流記」という本を書いています。


  小さな頃は活発でやんちゃだった著者。

  小6の夏、クラスメートが「日能研」の問題集をやっていたのを見て、中学受験に憧れ

  自分から中学受験すると言い出し、ちょっと勉強しただけで偏差値73の六甲学院中学に合格。

  中学に入ってからも成績優秀で、部活はサッカーに入りレギュラーとなる。

  しかし、中2の時、「ある事件」が起こる。

  中2の夏休み明け、布団から出られず「今日は休む」と言うと、父親から脇腹に思い切り蹴りを入れられる。

  そのドロップキックで自分と学校、あるいは世間を繋いでいた糸がプチーンと切れる。


  こうして、ひきこもり生活に突入。高校受験も一応するが失敗し、家を出されてコンビニでバイトしながら一人暮らし。

  ある日、成人式のニュースを観て、同級生が成人になるのにこのままではまずいと感じ、

  猛勉強し、大検に合格。そしてそのままセンターの準備をしてセンターの点数だけで行ける大学を探し

  愛媛大学の夜間コースに合格してしまう。

  大学で仲良くなった友達と、短大の文化祭で漫才をやることになり、好評を博す。

  親に黙って大学を中退し、芸人になるため上京。


 こんなストーリーでしたが、不登校になるくだりは涙なしでは読めませんでした。

 神童と言われ、不登校になるまでは親にも逆らったことのなかった著者が6年間も引きこもることになったきっかけは

 誰にでも起こり得るような出来事でした。



 

 もう一冊、少し古い本ですが、家入一真さんという実業家の書いた本「こんな僕でも社長になれた」も読みました。


   高校1年でクラスになじめず不登校となる。

   一念発起し学校へ戻り、遅れを取り戻すため必死で勉強し、定期テストでクラス3位をとったところ

   担任から「本当にお前の力でやったのか」とカンニングを疑われ、再び不登校となる。

   出席日数が足りずに留年となり、もう一回1年生をやり直す気力もなく高校中退する。

   押し入れにこもってパソコン三昧の生活。

   ある日、母親にデパートでやっていた山田かまちの個展に連れて行かれる。

   その個展で魂を揺さぶられるような激しい衝撃を受け、「このままじゃいけない」と思う。

   パソコンから遠ざかり、絵や詩を書くようになる。

   母の勧めで大検を受ける。東京芸大を目指しながら、大学へ行く費用の足しにとバイトを始める。

   バイトを転々とし、新聞配達に落ち着く。二浪するが大学受験に失敗。

   トラック運転手の父が事故を起こす。両親が離婚。

   働いてお金を稼がなければと、デザイン会社に就職。

   女子高生とメル友になり、彼女が高校卒業と同時に同棲し、結婚。

   妻の妊娠を機に、お金を十分稼ぎたいと思い、IT会社の起業を決意。

   その後はとんとん拍子に事業を拡大。



 家入さんの家は貧しかったのですが、お母さんがとても優しく、理解があります。

 山田ルイ53世さんのお母さんとは対照的です。山田ルイさんのお母さんはひきこもりになった子どもに嫌みを言い続け

 中学を卒業すると山田さんを拒絶し家から追い出すのに対し

 家入さんのおかあさんは、不登校になった家入さんを「一真に怒鳴るんだったら離婚する」と言ってお父さんから守り

 カンニングを疑った教師にも電話で猛抗議します。

 やはり母親が子どもを理解し、受け入れてあげることが大切だと思いました。



 以前に、千原ジュニアの「14歳」も紹介しましたが

 千原さんの家庭はお母さんよりもお父さんの方が理解がある感じがしました。


 山田ルイ53世さんの家庭はお父さんもお母さんも理解がなく、本当に気の毒でした。

 それでも今は結婚されて父親になられたそうで、よかったです。

 

 ひきこもりでも、いつかは道が開ける!

 こんな有名人にならなくても、将来社会と繋がって活き活きと生きてくれたらいいなあ・・・

 いつかそんな日が来ますように。

 



  

  

  

  

ゲームは心ゆくまで

2016-09-06 20:24:24 | 日記
 今回も本の紹介

 つらい子どもの心の本 ー不登校・問題行動への対応マニュアルーひまわり会 赤沼侃史著

 子どもの心を脳科学的に研究している精神科・心療内科医の本です。

 心が辛い子どもへどう対応したらよいかが書いてあります。

 
 以下、抜粋


 子どもが責められたり、心の傷がうずいて辛くなったとき、辛い思いをさせる人や場所から逃げ、辛い人、辛い場所には行かないという反応をします。

 辛い人、辛い場所から安全な場所に逃げられたなら、子どもは時間をおいて辛い人、辛い場所に再挑戦するようになります。

 辛い人や場所から逃げられないとき、子どもはよい子を演じるようになります。よい子を演じながら、その辛さを解消するために何かで遊ぶようになります。

 学校のような遊びが制限されている場所では、子どもは他の子どもを利用して遊ぶようになります。それがいじめにつながります。


     *        *

 心に傷をつけるものから逃げられないとき、子どもは辛さから、暴れたり攻撃したりして、心の傷を可能な限り少なくしようとします。

 暴れたり攻撃しても、心に傷をつけるものから逃げられないときは、その辛さからいろいろな神経症状や精神症状を出して病気のようになってしまいます。
 
     *        *

 学校でうずく心の傷を持っている子どもは無意識に学校から逃げだそうとします。

 しかし、多くの大人は学校が子どもの心の傷をうずかせるものになっているとは気がつきません。

 学校に子どもが行けないのはかわいそうだ、子どもの将来が心配だと考えて登校させようとし、心の傷をうずかせる学校という刺激を子どもに与え続けます。

     *         *

 子どもを安全な場所に避難させ、その子なりの成長を待てば心の傷が癒えてきて、病的な症状を出さなくなります。

     *         *
 
 子どもが何かを要求するのにはそれなりの意味があります。

 子どもの要求を100%かなえることは、常識的にはわがままそのものです。

 しかし、辛い状態の子どもは、思いつくままの要求を親に100%かなえてもらうことで辛い心を癒やすと元気がでてきて、その子なりに自分の問題解決を始めます。

 子どものその能力を、習性を、親は信頼して待っているだけでよいのです。子どもを辛くしている問題は子ども自身が解決していきます。

     


 *ゲームについて

 辛い状態のこどもたちを早く元気にするには、ゲーム、テレビ、ビデオなどを、子どもが求めるままにさせた方がよいのです。

 子どもが納得するまでさせた方が早く元気になり、それを卒業して次の何かを始めます。

 ゲームなどに没頭するのでも、安心して没頭するのと、イライラして没頭するのとでは、その結果に大きな差が出ます。

 安心してゲームにのめり込めるような環境をつくってあげてください。

 
 *昼夜逆転について

 不登校、引きこもりの子どもにとって昼間は登校刺激を含めて多くの嫌な刺激があります。

 昼夜逆転は、こうした子ども達にとって心をストレスから守るよい方法なのです。

 昼夜逆転を是正しようとすると、子どもをストレスから守れないことになり、大変に苦しめます。

 家の中で辛そうにしている子どもには、積極的に昼夜逆転を認めるとよいと思います。

 それを認めても、子どもは必要なときには昼間起きて、やりたいことをやります。

 しつけとか、生活習慣とか、バイオリズムなどを考える必要はありません。



引用ここまで

 ほかにも色々書いてありますが、我が家で特に参考になるのは、ゲーム、昼夜逆転への対応について。


 ゲームは心ゆくまでやらせるべし。

 昼夜逆転は正してはいけない。



 そう明記してある。

 不登校の子どもの心理を研究する精神科医がそう言うのなら、それでいいのだろうと思って

 私はゲームを思う存分やらせている。

 この本は少し古いので、インターネットについては書いていない。
 
 でも、辛い心を癒やすものとして、取り上げてはいけない、心ゆくまでやらせる、それでいいのだと思う。


 ゲームとネット、昼夜逆転について悩んでいる方の参考になればと思いまして。。。



座敷わらし

2016-09-04 07:23:29 | 日記

 不登校、ひきこもり関連の本をみつけるとすぐ買ってしまう。

 他の物を買うときは無駄遣いしたらいけないという観念があって、買う前に本当に必要な物かどうかよく吟味するのだが

 なぜか「本」に関してはそういう観念がなく、読まずに放ってあっても、役に立たない本であっても、無駄遣いしたという罪悪感がない。

 

 買って本棚に並べるだけで満足する。いつか読むぞ、と思いながら全然読めてない本がたくさんある。

 すると本棚がすぐにいっぱいになって本が溢れ、本を置く場所がなくなってしまう。

 置き場所に困って一時本を買わなくなったが、長男が下宿してから長男の部屋の本棚が取りあえず空いたので、また本を買いだした。


 
 不登校関連の本も、買っただけで満足する傾向があり、すべて読んでいない。

 最近は、ペラペラめくって飛ばし読みして、よさそうだったら最初から全部読むという方法を取っている。



 前置きが長くなったけど、最近『ひきこもりはなぜ「治る」のか』著:斉藤 環(ちくま文庫)という本を買った。著者は精神科医。

 

 不登校についても書いてあったので、抜粋。


 しっかりと考えていただきたいのは、「再登校是か非か」が問題ではないということです。再登校させるべきかどうかは問題ではない。

 それでは何が問題か。「どうすれば子供が元気になるか」こそが問題なのです。つまり、治療や支援の目標は「元気」なのです。


  
 で、どうすれば元気になるかというと、取りあえずとにかくいったん休ませる。いったん休ませたら、次にどうするか。

 休ませ続けるのがいい子もいれば、転校が向いている子もいれば、通信制、定時制、フリースクールやホームスクールといった選択肢で元気になれる子もいる。

 もとの学校に再登校することで元気になる子もいる。

 その子に何が向いているか時間をかけてよく吟味する必要がある。

 今の対応が合っているかどうか、適切かどうかは、その子がよりよい方向へ向かっているかをその都度みながら判断してゆけば、そんなに大きく間違った方向には行かない。

 ときには「少々厳しくても、不愉快な思いをさせてでも、この子のためを思って」みたいな荒治療をすすめる方もいるが、これはあまり意味がない。

 本人の反応をよく見極めつつ、一緒に手探りするように対応をあれこれ工夫していくという雰囲気そのものが治療的意味を持つ。

 不登校の対応をマニュアル的にやってしまうのはまずい。

 
 *  *

 ニートとひきこもりの違いは何かというと、対人関係があるのはニート、ないものがひきこもり。ニートでも人付き合いがなければひきこもり。

 ニートの大きな円があるとして、ひきこもりはその中に入るやや小さな円。

 *  *

 家族の対応方針

 安心にひきこもれる環境を作ることが大事。親は「上からの視線」を変える必要がある。

 会話は「あいさつ」から。笑顔であいさつ。「誘いかけ」もよい。「お願い」もよい。

 しかし、返事を期待してはいけない。本人から反応がなくても働きかけを続ける。

 「ルール」はよいが「しつけ」はダメ。

 
 子供との距離感は「友達のお子さんを一人預かっている」と考えるとよい。そうすれば振り回されないし、邪険に扱えないし、むやみに叱るわけにもいかない。

 または、ひきこもりは「座敷わらし」のようなものと思うとよい。つまり家の守り神。

 本人に対する働きかけはすべて「お祈り」、ご飯は「お供え」、お小遣いは「お賽銭」。

 きちんと祈れば神様は願いを聞いてくれることもある。願いが届かなくても仕方がない。祈り方がまずかったと謙虚に考える。

 神様にお祈りするときに念を押す人はいない。だいたい言いっ放しである。だから誘いやお願いは「一声」だけにする。

 2回以上言ったら命令や説得になってしまう。神様を説得してはいけない。説得は冒涜である。

 半分くらい冗談だが、距離感をつかむためのイメージトレーニングとしてこういう発想もあり。



  *     *



 だいたいの本はパラパラで終わってしまうが、この本はパラパラが止まらなくなって一気に読めた。

 取りあえず、読書録としてブログに残しておく。

 

 我が家の「座敷わらし」は 夜中に起きて、ご機嫌よくオンラインゲームに興じている。

 朝「今日何曜日?」と聞かれた。

 「日曜日だよ」

 座敷わらし様 「学校行きたくねえ」とつぶやく。

 「ナマポになるね」ともつぶやく。


 座敷わらし様からお賽銭(課金)を要求される。

 お供えの朝ご飯をあげる。

 座敷わらし様はお部屋にお戻りになり、ゲームをなさる・・・


 まあ、それは冗談として、参考になる本でした。お父さんにすすめてみよう。



 
 



 


捨てる神あれば拾う神あり

2016-09-02 20:22:21 | 日記
 
 塾をやめて失意の中にいた私

 思い立って、不登校経験者の旧知の人物に連絡を取ったら

 偶然用事で近くに来ていたらしく、図書館で待ち合わせして次男のことを相談することが出来た。


 2時間くらい話して、スッキリ。

 


 細かく対応の仕方のアドバイスをいただけてありがたかった。

 たとえば「ナマポになる」と言われたときは

 肯定も否定もせず、ただ頭を抱えて困った顔をすればよいと。


 「オヤジ殺す」と言われたら、「お母さんもお父さんが嫌なときあるよ、一緒に殺そっか」と笑顔で言う。

  ポイントは笑顔で言うこと。真顔で言ったらだめ。(>_<)


 自分の意見は言わない。子供から「お母さんはどう思う?」と聞かれたらはじめて意見を言ってもよい。

 
 否定は一切だめ。たとえば一緒にテレビを観ていても否定的な感想を言ってはいけない。肯定的な感想のみにする。


 中学生自殺のニュースを見たら、不登校の選択をしてくれてよかったということを言葉でちゃんと伝える。


 母親が元気にしている。自分が不登校になったことで悲しませていると子供に思わせない。

   
 子供のためにお金をドブに捨てる。子供にかかるお金を惜しまない。

 
 美味しい物を食べさせる。


 お父さんの愚痴を一緒に言う。(おそらく我が家限定)

 
 先のことは言っちゃいけない。今日笑顔ならばそれでよい。


 赤ちゃんを育てているような気持ちで。たとえば赤ちゃんに対して10年後どうするとか考えないでしょ、と。


 などなど・・・


 この方、カウンセラーの資格はないのだけど、かなり的確なアドバイスがもらえるので

 定期的なカウンセリングをお願いできないかと頼んでみた。

お金を取ってくださいと言ったが、今日は取ってもらえず。また今度、ということに。




 というわけで、元気出た。


 最後に「おかげさまで冷静になれました」と言ったら

 そういう時は「冷静になれた」じゃなくて「気持ちが落ち着いた」と言った方が喜ばれると言われた。

 子供にもそういう言葉の使い方を気を付けるようにと。

 何が違うのかよくわからなかったが、極力かんたんな言葉を使えということらしい。


 忘れないうちに・・・と思って取り急ぎブログに書き留めた。

 
 こういう対応を取っていたら、子供は自分から動き出す・・・だろう。

 明日からも頑張る




ファンタジー

2016-09-01 22:37:22 | 日記
 ずっと昔に「西の魔女が死んだ」という本を読んだことがあって

 アマゾンビデオで映画を見つけたので、観てみた。

 中学で不登校になった女の子が、おばあさんの家に預けられて

 自然の中で元気を取り戻していき

 転校して学校へ行くという話。


 この小説を読んだ頃は、まさか自分の子供が未来に不登校になるとは思わず

 ただ話題作だったから読んでみただけで、読んでも特に何の感慨もなかった。

 今、改めて映画を観てみたら、理想的すぎて、現実離れしたファンタジーの世界に思えてきた。


 子供は素直ないい子だし、おばあさんもお母さんもお父さんも、皆理解があって

 山の中で自然と触れ合って、学校へ戻る・・・



 ああ、やっぱりファンタジーだ。





 今日、塾を正式に辞めてきた。

 塾長にまたも「ここで甘えさせてはいけないと僕は思います!」と言われた。


 不登校は「甘え」ですか。


 現実は厳しい。


 泣ける・・・


 でも、生きていれば何とかなる!