2度のアラスカの山旅
最初から
デナリーはあきらめていたので
たくさんの大自然に触れて
氷河もたくさん観れた
花はもちろん
そのころの私は山ばかりに
気持ちがいってたから
花や動物の名前も知らずにいた
一日に
四季があるほどだと
聞いていた
6月の初めだったが
雪が降った日もあった
その反面
テーシャツで歩けるほど
熱い時間の時もあった
白夜の海は
特別に美しかった
昨夜も眠れずに
イライラ
朝方になってから
眠りについた
目覚めたら9時
あいかわず
やる気スイッチ
入らずだけど
パソコンを開けて
なぜか、
アラスカの写真を見る
水上セスナ
たくさん乗った
マッキンリーのベースへ(今、デナリーと言います)
アラスカの深く黒い森へ
つたない小説「逢いたくて、永遠」
あの中で書かれている
アラスカでの事は
私の実体験を文章にしてる
はじめての釣りで
160センチもある
サーモンを釣った
あの感動が・・・
もう、そろそろ
元気スイッチ
入れないと
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いろいろなことを記憶を手繰り寄せながら、書き足していきたいな~と願っています
私のアメリカはアラスカです、
今日はやけに思い出すので、以前に載せたものをふたたび、読んでみて下さい、先日、録画してた「星野道夫」さんの息子さんがアラスカに行かれたものを観てて胸があつくなりました。
懐かしい風景に泣けちゃいます。
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私の訪問させていただくブログ主さんが,写真家の「星野道夫」さんの事を書かれていたのをよませていただき、嬉しくなってしまいまた載せてしまいました。
写真集をみて、アラスカに憧れて、2度、アラスカへ行きました、その時の体験をつたない小説「逢いたくて、永遠」の中でアラスカの記文は私の実体験をもとに書いたものです。
下の詩は「星野道夫」さんが亡くなられたと、ニュースで伝えられたその時に殴り書きした物をアラスカへ行ってから手直ししてブログに載せたものです。
写真の中にラッコが写ってると思うけど、私にはもうみる事、確認が出来ない?
☆ ☆ ☆
ある日彼は突然に逝ってしまった
あまりにも急ぎすぎて
静かな大自然の光の中へ
短すぎる輝きの夏に
アラスカの大地は
まるで彼を隠してしまうように
貴方の目が美しくみつめる大地
アラスカを愛しすぎて
あの夏突然に消えてしまった
生ける者すべての友となって
自分の人間としての時は短いと
言われたあの言葉が
私の心から消えません
オーロラと星空の中へ
白きアラスカの大地に
姿は見えなくても
私は貴方の足音がきこえる
風の中で聞きました
凍れる大地を照らすオーロラに
見えない姿を感じます
この大地が貴方を写しているように
永遠の大地アラスカは
今日冬を連れてきました
今日も朝からニュースは叫ぶ
大国の御大将選びで厳戒たいせいだとか、けれど、昨夜観たテレビで、優しい心を持つ平凡な国民のお話になんだか救われた思いになりました。
最近はニュースを避けていようと思うけどかと言って私が観たいドラマも無い、お笑いは私の頭はお笑いどころがわからないのでほとんど見ない、だから、出来る家事を済ませてブログを見るそれが一日のはじまり、そんな中自分では気づかなかった事を最近気づかせてくれた事、いろんな方の風景写真をみせて頂きながら、私はうあ~ステキと思えるお写真に出会えると絵筆を持ち色塗りしてる!けれど、悲しいかな絵を描くと言うほどの物ではなく、青色(ブルー)で画用紙に色付けし濃淡を出しているだけなのだ、ただそれだけでも今の私は満足で心が落ち着く・・・
遠い昔、私は何を求めて東京に出て来たのかわからないまま、ある画塾に通っていた時期、この青色ばかりで絵らしきものを描いていた、けれど、そこの画塾の先生に叱られてダメ出しを頂き、結果、絵の才能は無いのだとあきらめてしまった、もう50数年も前の話だけど、今は誰に見せるわけでもなく好きなように色塗りを楽しんでいられれば幸せで、私の原点に返ったにかも知れない、だから、今の私は忙しい、お散歩もブログも、家事も元気な方ならサッサっと手短に出来る事だろうけど、やれる事一つ一つが時間がかかるから一日が足早に過ぎていく、痛い眼をかばいながら、今日と言う日を感謝して過ごそう・・・相方さんも元気そうだし・・・
(今の物はお見せ出来ないので、昔描いた、美しき人)
2008年11月6日にこんなことを書いてましたので今まさになので載せてみました。
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その、放送を観ていて思った事は、もう、大昔になってしまうけれど、あの頃はまだ、私自身も、若くて、元気だったから、少なくとも、アメリカなり、日本なりの、国を代表する人の選ばれる事が、希望があり、夢があり、とても、明るく、ワクワクしていたと!!!
このような、おめでたい日に、申しわけない事だが、特別に、アメリカを意識したきっかけは、あまりに、衝撃的で、印象的だったのは、ケネディ大統領が選ばれた頃は、それほどの記憶も無いが、暗殺された時のニュースが、はじめて、衛星中継で、日本に送られてきた、映像を観た時の衝撃は、本当にびっくりしたと共に、深い意味もなく、ただ、直感的に、なんて野蛮な国!、あのアメリカが!!!と、少なくとも、それまでのアメリカに、対する、憧れや夢のような思いは、違って行ったと、今、懐かしく、思い出す。
昨日からの、オバマ氏をたたえる、言葉や、涙ながらに、喜びをあう、アメリカの人たちの姿は、やはり、これからの、アメリカを、そして、世界が、少なくとも、今よりは、人として、暮らす事が、喜びを感じられる世界であって欲しいと願わずにはいられない・・・
世界の指導者が変わったからと言って、直接的に、私の暮らしが豊かになり、又、何かが変わる事はないと思うし、ましてや、私が暮らす「日本」はどうなのだろうか?、日本の政治のニュースを観ていて、やはり、夢も希望も、持てないような気分になってしまった、残念ながら・・・
せめて、願いは、孫達が生きて行く世界が、今よりは、夢や希望が持てる国であって欲しいと願わずにはいられない!!!
私自身は、おそらくは後5年!もう少し頑張れたとして10年生きられるのだろうか・・・
だいぶ、弱ってしまったこの体では、この思いを、つづる事くらいしか出来ないけれど・・・
愚痴ばかりの日々では、息切れしてしまうので、大好きな、イ・ビョンホンサンに魅せられて、又、韓国の歴史ドラマを観ては、楽しみながらも、歴史の中で、起きた事の真実を、感じ取れれば、良しとする、私の今は、何も変わらない、日常が、とても幸せな事・・・
コロナ禍の今年も紅葉は何処も美しいとニュース報道を見るたびに、私の胸の中は複雑になる
へっぽこ山屋として生きて来た長い歳月ではたくさんの感動や言葉では表せないほどの喜びも多いけれど、山に入った歳月や数が多いほど、身近で事故を眼にすることも多いのかもしれない、私自身が死の淵から這い上がる、病気をふくめても、生かされた奇跡の意味を考えつづける日々です。
今頃の時期になると、どうしても思い出してしまう、あの日、あの時の出来事、
今年もやはり載せてしまいます。
なぜかわからないが思い出したくないことが頭に浮かぶ、とくに今頃の季節は紅葉の美しさと共にあの事故の事が忘れられない・・・
もう一度、あの場所「谷川岳、一の倉沢の岩場を」みたいと願っているが、今の私には無理なことのようで、だからなのだろうか、眼を閉じるとあの光景が鮮明に表れて私を苦しめてくる。
小説「贅沢な寂しさ」を書いたことであの記憶から抜け出したいと思うのだけれど、やはり、忘れる事は出来ないようだ!
あの遭難事故があった日、予定では、山仲間でとても仲の良い友が同行してくれるはずだったが、急に体調が悪くなり、一緒に行くことが出来なくて、でも、宿を予約してあったので、私一人で行ったのだ!あの時同行するはずだった山友も今はもういない、2年前の春に突然に亡くなり、私はいまだに、友を思う時、胸が苦しくなる・・・
あの遭難事故と共に友人の死も小説だったらいいのにと思う・・・
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以前に載せた記事ですが、忘れがたくて載せてみました。
<初雪の頃>
ひとりハンドルを握り、谷川岳にむけて、関越道をハンドルを握り走りながら、まだ10月だというのに、いやに底冷えがする、ダウンのジャケットをひざにかけても、寒さが体中に伝わってきて、背筋が凍るほど寒さだ、明日登る予定の谷川岳が気になるが、今夜の宿に入り、まだ、夕食には間があるので持ち込んだ本を読むが、今朝の夫との気まずいやり取りが頭から離れず、気持ちがどんどん落ち込んでいる嫌な感じ、どうも、気分がすぐれない、こんな日は大抵何かが起きる事が多い、今までの経験から不安がよぎる。
大阪から来たという、やはり、あすひとりで谷川に登るというご婦人と、ひとしきり山の話に盛り上がったが、あまりにも寒くて、山の装備を全部着込んでも、まだ寒くて、仕方なく宿の人に暖房を入れてもらう事にした。
夕食もおえて、明日のために、早めに休もうかとふたりで話していたら、宿の主人が、「お二人は明日、谷川に登るのですか?」と言って、今、山はかなり雪が降っています!昼にハイキングで山に入っている何人かが下山していなくて、どうやら、遭難したようで、捜索できる状態ではなくて、吹雪いていて!、と、無線機を手放さずに話している。
そのあとも気にしながらも、どうする事も出来ないので、部屋に戻って横のなっては見たが、熟睡など出来るはずもなく、朝をむかえた。
昨日の夜の遭難騒ぎが嘘のように、空は快晴!本当に美しい青空だ、だが現実は、一晩のうちに谷川岳は90センチの降雪で、多くのハイカーの命を奪っていたのだ・・・
ほとんどの人が、紅葉の美しさを求めて山に入り、軽装で吹雪の中で彷徨いながら、疲労凍死したのだった。
その状況をここで書くことは出来ませんが、その日、谷川へ登る気持ちにはなれず、宿の主人の好意で、一の倉の岩場が見えるところに連れて行ってもらう事になり、車を走らせていると
、朝から頭上をヘリの爆音が響き渡っていた音が一段と大きくなって、そして、目の前に、遭難者を収容するヘリが、私の目の前で見る事になってしまった。
そこで、人間の死とは、物体になってしまう事を、実感させられた!山をやっていると、多くの遭難事故のニュースを見聞きしなくてはいけないが、このときほど、私は衝撃を受けた、辛く悲しい思い出出す記憶、忘れる事の出来ない季節だ。
谷川岳は、山の師である、長谷川恒男さんと一の倉の岩を登り、また、多くの山仲間との思い出が多くあり、又ひとりで、何かを悩み考える時に訪れた山で、苦しみの中に喜びが、感動が多くある山、谷川岳で、初雪の便りが届く時、いつも、あの美しく輝く青空の下に、残酷な現実を見たあの日が、忘れられない、今も・・・
・・・初雪の頃・・・
最近のコマーシャルで気になっちゃうことがありまして・・
ある大物俳優さんがジーッと見つめるシーン、私、特別なファンでは無いけど、見えにくい眼をくぎつけにする、目力のある俳優さんなのだろう・・・
そのコマーシャルをなにげなしに眼に入ると私は「もういや、そんなに見つめないで、恥ずかしいわ~」みたいな気分にさせるから、こんな私でも「生きてるしょうこ」まだ女ごころがあるという事なのか・・・
それにしても今の世の中騒がしくて孤独だ
残された時間が少しだから
大切に生きようと心に言い聞かせても
自由に動けないし
人と言葉を交わせない不自由さ
遠い昔
バーチャルな世界を描いた映画を思い出しながら
まさしく今の世があの映画の世界だ
旅も食も
絵にかいた餅的に受け取ればよいのだろうか
憎っくきコロナめと
つい犯人捜しをしたくなるけど
もうここまで世界中に感染が広まってしまったら
ただの老いたババは覚悟して
運命を受け入れよう
今日の命を感謝して