今、この場所から・・・

いつか素晴らしい世界になって、誰でもが望む旅を楽しめる、そんな世の中になりますように祈りつづけます。

愛をこう人 20 (小説) 改編版

2016-12-11 19:26:33 | 小説 愛をこう人 改編前版

 (20)
ふたりは初秋のすこし荒波のたつ日本海を眺めながら、お互いの描く絵の事を少しだけ話し、こころなし気恥ずさを感じながらも海の風景をスケッチして過ごした。

突然、久美子は、思わず、春馬に言ってしまった。

渾身の想いをこめて・・・
「今、描いてる私の絵を見て欲しいの!」
「一度だけでいいから、私の部屋に来て!」

けれど、春馬は、うなずいただけで、言葉では、返事をしなかった。

今、こうして、ふたりであっている事さえ、ふたりを知るものに見られたら、その瞬間から、地獄の苦しみを味わう事をふたりは、承知している。

久美子の育った、山里では、ふたりの関係を知る者はいないはず、久美子はともかく、春馬を、いまだに、久美子の実家のある村では、噂話としてとりざたされているのだろうか、

「うさんくさい人物、信用できない人間だ!」
として、見る者も多かった!

久美子の父の兄弟は、誰一人として、「春馬」を、兄弟で身内だとは、認めてはいないし、ましてや家族だとして認めて、受入れられることはなかった。

ただ、風変わりで、偏屈な、久美子の父だけは、本心は分からないが、元々この地の人たちは、父を変わり者として、あまり信じられていない者同士の付き合いだと、面白半分に、気まぐれで、兄弟として自分の家においているのだろうと、思われて、噂話として、人から人へと囁かれていた。

たが、春馬は、久美子が松本に就職して、ひとり暮らしをはじめた、同じ頃に、やはり、息子を久美子の実家に残して、突然、松本で仕事が見つかったと言って、久美子の実家を出て来ていた。

久美子の家族が、何か、いづらくしているわけではないが、特に歓迎もしない、眼に見えない気まずさをいつも、春馬は感じていた。

ふたりが寄り添う影だけが美しくて
ひとの眼にさらせぬふかい愛を隠して

春馬の息子は、おそらくは、生れて、すぐから、このような環境で成長していたのだろう。
おとなしい子で、常に一人遊びをしていた。

いちおう、学校へも通っていたが、境遇が、そうさせている事であって、彼自身が、自ら好んで選ぶ人生ではなくても、その日常は悲惨だった。

ほとんどの子供が、彼を無視し、軽蔑して仲間はずれにしていた。

時には、こんなふうに、ののしられて・・・
「お前は汚い!」
「どこから、生れた、木の股から~~~」
「親なしっ子の根無し子!」

本当に子供は残酷なものだ!

おそらくは、大人たちの心ない、噂話を、子供は、素早い好奇心で面白がり、戯れる!
子供らしい、気まぐれな行動と誠実な心を持ち合わせて、悪戯と遊びのひとつなのだ!
子供の心は時に、まるで悪魔の囁きのように、弱い者をいたぶる事がある!

子供とは、どんな大切な事よりも、このような、大人からみればどうでも良い事を、好んで、簡単に学習してしまう。

久美子は、春馬から、息子の母親の事を一度も聞いた事がなかった。

又、あえて、久美子も、その事に触れてはいけないような気がしていた、春馬自身も、どんな事情があっての事なのか決して、匠の母親の事は話そうとはしなかった。

糸魚川の海を眺めながら、ふたりはそれぞれに、スケッチを思いのまま楽しみ、時には、お互いの存在を確かめ合いながら、微笑みかけて、安心しながら、時々、じゃれあうように、描いたスケッチを批評しあいながら、観ていた、誰にも邪魔されない、不安な心を感じながらも穏やかな時が過ぎて行った。

知った人に出会う事を極力さけて、糸魚川の街から少し離れた場所にある、安宿にふたりは泊まった。

年齢より若く幼な顔に見える春馬であっても、恋人同士には、なんとなく不釣合いな感じがする、又、親子として見るには、無理があるし、かと言って、不倫の関係のにおいなど、全く感じさせない!

どこか、清潔感のする、不思議なふたりの姿を、宿の者たちは、誰もがこころよい感情で、迎えていた。

食事のあと、ふたりは、部屋中に、今日ふたりが描いた、スケッチを並べて観ていた。

あまり、はしゃぐ事もなく、静かに、並んで座り、一枚、一枚のスケッチを、大切に観て、それぞれのバックの中にしまいおさめた。

久美子は、春馬のスケッチの一枚を自分の物と、取り替えて欲しいと頼みたかった!

その願い事を言葉にしたかったけれど、切ない感情を必死でこらえて、言葉を飲み込んだ。
ふたりの愛を知られるきっかけを残す事は出来ない!

おそらくは、春馬も、同じ気持ちなのだと、久美子は感じて、切なさと悲しみが身体中に走って、こらえきれない感情の高まりと情熱で思わず、大胆に、久美子の方から、春馬の唇をからだごと求めて行った!

それは、今までの久美子の控え目な姿からは、ありえない大胆な行動だった!
ふたりは、何度も、何度も、接吻をして、抱擁して!
『三度目の禁断のかべをこえてしまった!』

真夜中の海を、少しだけ、窓を開けて、久美子は、今もまだ、体が熱い、ほんの少しだけ開けた窓のすきまから、冷たい潮風が、久美子の熱い体を冷えさせて行く・・・

久美子は、体が冷えていくごとに、悲しみが深くなって行き、声を出さずに運命のむごさ泣いた。


    つづく


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