(13)
姉に連れられて行った、あの時は、それほど、遠いとは思わなかったし、町の親戚の家では、お祭りで出された、ご馳走をたくさん食べて、久美子は、大好きな「ぼたもち」をお腹いっぱい食べた事を覚えていた。
あの時、姉について歩いて行ったけれど、姉が常に久美子の手を握ってくれていた事とお祭りの事が楽しくて、何の不安もなかった。
姉とふたりで歌を歌いながら歩いた町への道!
どんな歌だったかは、思い出せないけれど、久美子は誰かにおしえてもらった、覚えたての流行歌を得意げに、歌いながら歩いた。
姉も一緒に歌ってくれた。
何度か、繰り返し、歌った頃に、町の親戚の家に着いたような気がしていた、だから、親戚の家まで行けば、きっと、母のいる病院はすぐ近くだと、勝手に決めつけていた。
朝起きて、ちゃぶ台の上に、サツマイモが一本置いてあったので、それを、かじりながら、久美子は歩き出した。
村の道で、誰か知った人にあったら、きっと、何処へ行くのかを、聞かれると、子供ながらも、何か、いけないこと、悪い事をするような気持ちでいたので、誰にも見つからないように気をつけて、歩いた。
村から急いで山道を走るように、歩いたけれど、姉と歩いた道のはずが、見覚えのある景色は、何処まで行っても現われない!
広い大きな畑道になったり、木がいっぱい並んだ、少し暗い林が続いて、久美子の不安な、記憶にないけしきばかりだった。
小さな峠道を何度も越えて、なぜか、同じようなけしきが出てくる。
そんな時、久美子は、昔、ばあちゃんに聞いた、狐が化けて出て、綺麗なお花畑に誘いこむ事を思い出して、怖くなったが、家に戻る道も分からなくなっていた。
すると、本当に、お花が綺麗な場所が出て来た、きっと狐が久美子をばかしているんだと思い、走って通りぬけようとしても、なにかが追いかけて来るように思えた!
久美子は、怖さもあったが、きっと、この山道を越したら、ぜったいに町に出られると、強く思い込んで、必死で歩いたが、山道は何処までも続いて、時々、名前も知らない綺麗な花がたくさん咲いているかと思ったら、突然、雪がふって来たように見えた、益々、久美子は混乱と怖さに震えてしまった。
ふと、あのやさしい母の顔を思い浮かべては、母の顔の方へ必死で走り寄るが、そこには、母はいない!母の顔も消えてしまった!
そんな事を何度も繰り返して、どのくらいの時間が経ったのか、分からないまま、久美子はただ、山道をひたすら歩いた。
ある峠に着いた時、遥か遠いところに見える山並みが、うっすら白い雪景色で、夕陽なのか、朝日なのか、久美子にはもう、判断がつかないほど、今、自分が、何処を歩いているのかさえ、分からないけれど、今まで、見た事のない
『美しい景色だった』
久美子は、その美しさに、今までの悲しい気持ちや怖さを忘れてしまいそうな、ワクワクして、楽しい気分になっていた。
嬉しさと、心が悲しくなるほどの綺麗な山の景色だと感じた!
そして、光の線を幾重にも流れるように、眩しいほど、銀色に輝いて、山並みが揺れ動いていて、見ているすべての景色を照らしていると思った、瞬間に、暗闇が被い久美子をおそった。
「怖い思いだけが、久美子の体中を縛りつけた!」痛くて体が動かないほど、真っ暗やみになった。
もう、手も足も痛くて一歩も足を動かせないほど、
「怖くなった!」
「体中がなにかにぐるぐる巻きにされているように!」
「痛くて、動けない!」
まるで、久美子のいる場所は、谷底だと思えるほど、何も見えなかった。久美子は、ただ、うずくまるしかない。
今、この場所には誰もいない、久美子を助けてくれる人はいないのだ。
久美子はここで泣いては、化けものか、鬼が来て、食べられてしまうと、本気で、あの時は思った。
だから、声を出さずに静かにして、息もせずにいればきっと、化け者も、鬼も、暗闇で見つけることが出来ずに、諦めてくれるはずだと、勝手に決め付けて、我慢した。
やがて、息も出来ないほどの怖さと、疲れや不安で、久美子は気を失ったようで、久美子が気づいた時は、何処かの家に寝かされていた。
お坊さんらしき人が、久美子の顔を覗き込んでいた。
久美子の顔をじっと見ていた見知らぬ人は久美子をどうしようとしているのだろう?
夢のつづきなのか、現実の事なのか、きっと、化けた狐の家に取り込まれたのだと思った!
「このままだと、化け物に食べられてしまう!」
本当に恐ろしかった!
久美子は、怖くて、眼をあけられずにいると、お坊さんらしい人が優しく声をかけてきた。
「お嬢ちゃんは、何処から来たのだい!」
「この辺では、見かけない子だけどね!」
「こんな夜中に、何処へ行くつもりなんだい!」
まさか、人さらいの悪い人に連れられて来たのかい!
お嬢ちゃん、ひとりなのかな?
そんなふうに聞かれたように、覚えている!
久美子が答えられずにいると、次々と、聞いて来て、何をどう話せばよいのかが、分からずに、久美子は、ただ、じっとしたまま、怯えていた、はじめて見る、この家が、化けもの屋敷なのだと、その時の久美子は思い込んでいた!
つづく