小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

子宮頚癌に対する世界の戦略

2017年10月26日 14時05分58秒 | 予防接種
 子宮頚癌に対策の世界の動向は、
① 細胞診+HPV検査併用からHPV検査単独健診へ
② HPV検査+HPVワクチン併用が最新の健診形式

 となっています。
 日本は子宮頚癌健診受診率が低く、ワクチン接種率も低い・・・比較対象にもならない後進国とみなされてしまうようです。

■ 子宮頸がん検診、日本はもはや完全に後進国!? 〜HPVワクチンの接種も含めて再考を
2017年10月13日:メディカル・トリビューン
 日本における子宮頸がん検診の受診率は30~40%と低く、欧米先進国の水準とはかけ離れていると指摘される。さらに、ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンについても、接種後の有害事象をめぐる問題が解決されていない。こうした中、海外では子宮頸がん検診のパラダイムシフトが起こっているという。昭和大学産婦人科学講座教授の松本光司氏が第26回日本婦人科がん検診学会(9月2~3日)で報告し、「HPVワクチン接種を含め、わが国の子宮頸がん予防戦略について再考する時期に来ている」と指摘した(関連記事:「子宮頸がんワクチン『停止世代』の未来は?」)。
海外はHPV検査単独検診の時代へ
 子宮頸がん検診は1950年代に細胞診を用いた方法で始まった。しかし、細胞診は細胞の形態的変化による診断であるため感度・再現性が乏しく、時に見落としがあった。
 そこで、米国では2003年に細胞診とHPV検査の併用検診が導入され、以降先進諸国ではHPV検査を導入した検査法を推奨する国が増えている。
 HPV検査は、子宮頸がんに関連するウイルスを分子生物学的手法により検出するため、客観的で感度が高い。「病気の原因になるウイルスを見つける検査」なので、将来発症するリスクが高い人を早期に拾い上げることができる。一方、単にウイルスに感染しているだけで、病変を持たない患者も陽性反応が出てしまうという欠点もある。しかし、子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)分類でグレード2以上(CIN2+)の病変をほぼ見逃しなく検出することができ、HPV検査陰性者ではその後も3~5年間CIN3以上の発症リスクが極めて低いため、HPV検査陰性者では検診間隔の延長が可能となる。さらに欧州では最近、一歩進んだ子宮頸がん検診の予防戦略として、「HPV検査単独による検診を先行して実施し、HPV検査陽性者を細胞診で精検(トリアージ)する」という手法への転換が加速しているという。
海外で新たに併用検診を導入しようという国はない
 なぜ細胞診とHPV検査の併用検診ではなく、HPV検査単独検診なのか。
 オランダで29~61歳の女性4万人以上を対象に行われた、子宮頸がん検診に関する集団ベースの大規模ランダム化比較試験POBASCAM(Population-Based Screening Study Amsterdam)では、初回検診の5年後にグレード3以上の前がん病変(CIN3+)が発見される確率は、細胞診陰性では0.45%であったのに対し、HPV陰性例では0.21%、細胞診陰性およびHPV陰性(ダブルネガティブ)例では0.19%であった(Lancet Oncol 2012; 13: 78-88)。
 すなわち、5年後にCIN3+が発見されるリスクは、細胞診単独検診に比べてHPV検査単独検診では大幅に減少するが、併用検診とHPV検査単独検診ではほとんど変わらなかった。米国で併用検診を受検した33万1,818人の追跡データでも、初回検診後5年以内に子宮頸がんが発見されるリスクは、併用検診とHPV検査単独検診でほとんど差がなかったと報告されている(Lancet Oncol 2011; 12: 663-672)。
 松本氏は「海外ではこれらのデータを見て、HPV検査単独検診に舵を切った」と言う。オランダでは既に今年(2017年)2月、HPV検査単独検診を国の対策型検診として導入している。同検診では、陰性者に対する次回の検診は30歳代では5年後、40歳代では10年後としている。
 またオーストラリアでも、今年12月1日にHPV検査単独検診を導入予定である。さらに両国では、在宅で実施可能な「自己採取式HPV検査」を国の検診プログラムとして今年正式に導入、あるいは導入予定である。加えてイタリア、スウェーデン、ニュージーランドでも、2018年までにHPV検査単独検診を導入する予定であるという。同氏は「欧州を中心に、HPV検査単独検診の導入は今後さらに加速するものと考えられる」と指摘した。
 一方、わが国では細胞診単独検診導入後、ようやく一部の自治体で併用検診を開始している状況であり、厚生労働省は2013年度から併用検診の検証事業を行っている。わが国独自のデータを得ることも大切ではあるが、欧州では10年前に行われたスタディの追試であり研究ベースでは10年も遅れを取っていることになる。同氏は「海外で新たに併用検診を導入しようという国はない。日本はこのまま突き進んでよいのか」と問題提起した。
ワクチンと組み合わせた新しい頸がん予防戦略も
 また、子宮頸がん予防のもう1つの重要なツールは「HPVワクチン」である。現在、海外ではHPVワクチンとHPV単独検診を組み合わせた新しい子宮頸がん予防戦略「HPV-FASTER」が提唱されている
 HPV-FASTERプロトコルでは、45歳までの女性を対象にまずHPV検査を行う。同検査陽性者では精検を行うが、陰性者にはワクチンを接種し、検診間隔をHPV検査単独検診の場合よりもさらに延長させる。これに4価ワクチンよりも予防効果が高い9価ワクチンを組み合わせれば、検診は生涯に1~2回で済むようになるかもしれない、と考えられているという。
 こうした海外の動向とは対照的に、わが国では2013年6月以降、既に4年以上もHPVワクチンの積極的接種勧奨が中止されたままである。中止までの2年半の間に公費助成でワクチン接種を受けた"ワクチン世代"では既に効果が認められているにもかかわらず (図2)、接種勧奨再開のめどは全く立っていない。海外と比べて検診では10年、ワクチンでは5年以上遅れを取ることになる。

図2.子宮頸部初期病変患者におけるHPV16/18型の占める割合



(図1、2ともに松本光司氏提供) 

 松本氏は「日本はこのままで取り残される...。HPVワクチン、検診ともにその在り方を再考すべき時期ではないか」と呼びかけた。
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ロシアの医療制度について

2017年10月26日 08時13分39秒 | 医療問題
 目面シイロシアの医療制度の記事が目にとまりました。
 なんとLancetの論文です。

■ ロシアの医療制度の概要
(The Lancet:2017.10.23)
 現代のロシア医療制度は、これまでの経緯から発生した医療問題に取り組む上で深刻な問題に直面している。
 ロシアの医療制度は、ソビエト連邦下で提供されていたセマシュコの医療モデルの主な特徴を留めている。このモデルは国民全員に対して無料で医療を受ける権利を与え、1918年の布告は世界で初めての国民皆保険制度であった。この医療を受ける権利を確保するための公共医療施設の大規模なネットワークが築かれたが、実際には、医療へのアクセスは国民全員に対して平等ではなかった。重点産業の従業員、大都市の市民、公務員は最善の設備やスタッフの整った医療施設で治療を受けていた。
 1992年から1999年の社会主義から市場経済への移行期に生じた経済危機は、医療へのアクセス可能性に甚大な影響を与えた。公的資金削減のため、公共医療機関による医療サービスの有料化が認められるようになった。2016年後半のロシア長期家計モニタリング調査の最新データによると、患者の27%は医療費を自己負担していた。

<原著>
Shishkin S. How history shaped the health system in Russia. Lancet. 2017 Sep 30;390(10102):1612-1613. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32339-5.


 社会主義制度が理想郷として実験的に作られたソ連邦という国。
 しかし「すべての国民が平等」という思想は、いくら働いても給料は同じなので人間から労働意欲を奪い、汚職がはびこって終焉を迎えました。
 おそらく医療制度も表だっては平等を謳いながらも特権階級のみ優遇されたことでしょう。
 現在は医療サービスが有料化してアメリカのトランプ政権並みでしょうか。
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小児期C型肝炎は「重症化せず肝硬変や肝がんになる可能性はほぼない」

2017年10月26日 08時06分02秒 | 感染症
 小児B型慢性肝炎は将来癌化する可能性があることが有名ですが、C型肝炎については不明でした。
 紹介する記事の調査では、そのリスクは低いという結果です。

■ 小児期C型肝炎「重症化せず」 久留米大助教ら疫学調査 350人対象国内最大規模 [福岡県]
2017年10月25日:西日本新聞
 小児期のC型肝炎ウイルス感染者は重症化せず、肝硬変や肝がんになる可能性はほぼない、との疫学調査結果を久留米大医学部の水落建輝助教(小児科)などの研究グループがまとめた。調査は過去30年、約350人を対象とした国内最大規模の調査で、日本消化器病学会の英文誌(電子版)に発表している。
 C型肝炎は、ウイルス感染が原因で発症し、国内の感染者は150万~200万人と推定されている。自覚症状がなく、肝硬変や肝がんに進行して感染が分かることも多いとされる。
 調査は1986~2015年に出生し、17歳未満でC型肝炎に感染しているとの診断を受けた348人(診断時の平均年齢3・1歳)を対象に実施。その後の病状の変化などについて、国内65の医療機関からデータの提供を受けて調査した。
 水落助教によると、348人の中で肝硬変や肝がんの診断を受けた人はおらず、肝臓の組織や細胞を調べる検査を実施した147人についても、病変なしと軽度が9割を占め、重度の人はいなかった。
 近年、C型肝炎の治療を巡っては、治療効果の高い新薬が開発され、成人では公的医療保険の適用も受けている。小児では安全性が確立しておらず未承認だが、水落助教は「(今回の調査で)小児期に重症化しにくいことが分かり、治療方法を慎重に検討できるようになった」と話している。
 また、疫学調査では近年、感染経路のうち9割超を母子感染が占めていることも明らかになった。
 出生年別で10年ごとに3群に分け、感染経路を調査したところ、母子感染の割合が、86~95年生まれで61%だったのが、96~2005年生まれで92%、06~15年生まれでは99%となっていた。
 C型肝炎の母から子への感染率自体は1割程度で、実数は増えていない。1992年以降、献血時の検査が適切に行われるようになったことで、輸血感染の割合が86~95年には35%だったのが、96年以降ゼロになったのが影響したと考えられる。
 水落助教は「通常の妊婦健診にC型肝炎の血液検査は組み込まれており、感染者を把握し、治療を続けることでいずれ撲滅できるとはっきりした」と語る。


 文中で気になったのは母子感染。
 輸血による感染がゼロになったことで目立つのですが、無視はできません。
 私が昔調べたときは、「母親がC型肝炎ウイルスに感染していても母乳栄養は可能」と本に書かれていましたが、現在はどうなのでしょう。

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ポリオ感染、2016年は37人のみ 「根絶に期待」

2017年10月26日 08時03分14秒 | 感染症
 ヒトがワクチンという武器を使って撲滅に成功した感染症は、今のところ天然痘のみ。
 ポリオは2番目になれるでしょうか?

■ ポリオ感染、昨年37人のみ 「根絶に期待」とWHO
共同通信社2017年10月25日
【ジュネーブ共同】世界保健機関(WHO)は24日、かつて日本でも大流行したポリオ(小児まひ)について、予防接種の普及により2016年の感染者は37人まで減少したと発表した。
史上最も少ない年間感染者数で「根絶に向けて期待できる兆候」(WHO当局者)として予防接種の徹底を呼び掛けている。
 WHOによると、1988年には感染者が推定35万人いたが、16年に感染が確認されたのは37人。17年もこれまでにパキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの3カ国の計12人という。
 ポリオは口から感染するポリオウイルスが神経を侵し、手足などがまひする病気で、5歳未満の乳幼児がかかることが多い。
 日本では60年に患者が5千人を超える流行があった。
 病原性を弱めたウイルスを使う生ワクチンの接種が広がったことで感染者が激減。14年には多くの感染者がいたインドを含む南東アジア地域で制圧が宣言された。
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N Engl J Med の食物アレルギー総説(2017)の紹介

2017年10月24日 07時31分49秒 | アレルギー性鼻炎
 食物アレルギーに関して、重要な総説の解説記事を見つけました。
 抜粋・引用させていただきます。

■ アナフィラキシー死亡の最大原因はエピネフリン投与の遅延である!!
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
(2017年10月20日:メディカル・トリビューン)
 N Engl J Med (2017; 377: 1168-1176)に食物アレルギーの総説(Clinical Practice)がありました。この1、2年でLEAP studyという、ピーナツアレルギー治療のランダム化比較試験(RCT)が完了し、大変大きなブレイクスルー(breakthrough)が起こりました。大興奮の世界最新の食物アレルギー総説です!
 最重要点は下記6点です。

・ピーナツを生後4~6カ月で摂取すると免疫寛容が起こる!
・アナフィラキシー死亡の最大の原因はエピネフリン投与の遅延である!!
・死亡しやすいのは青年のピーナツ、ナッツ類、魚、甲殻類アレルギー、喘息の存在!
・運動、ウイルス感染、生理、情動ストレス、アルコール摂取でアレルギー閾値が下がる!
・アナフィラキシーで20%は蕁麻疹を欠く!
・アナフィラキシーは二相反応あり4~24時間観察せよ!


1.ピーナツを生後4~6カ月で開始すると免疫寛容が起こる!
 今まで、食物アレルギーは厳密なアレルゲン回避が常識でした。ところが、ピーナツアレルギーに対しては、生後4~6カ月でピーナツを投与することで免疫寛容が起こるらしいのです。免疫寛容が発達するにはどうやら window period(限られた期間)があるらしく、生後4~6カ月の間が最適なようなのです。これを外れるとうまくいかないようです。
 食物アレルギーで最も致命的になりやすいのが、ピーナツ、ナッツ類、魚、甲殻類(shell fish:エビ、カニ)です。LEAP (Learning Early About Peanut Allergy) studyは「ピーナッツを幼児早期から摂取すればアレルギーを起こさないかも」という仮説を検証したものです(関連記事:乳幼児期の抗原摂取でピーナツアレルギー発症リスクが低下)。
 生後4~11カ月の640人の重症アトピー、卵アレルギー、または両者を持つ小児640人をランダムにピーナツ摂取群と非摂取群に分けて5歳までフォローしたのです。ピーナツ摂取群は生後4~11カ月の幼児に最低週3回ピーナツを摂取させました。驚くべきことに、5歳時点でのピーナツアレルギーは、ピーナツ摂取群1.9%、ピーナッツ非摂取群で13.7%でした! 生後11カ月以内のピーナツ摂取はピーナッツアレルギー予防に極めて効果的であることが分かったのです。
  これらの結果から新ガイドラインでは、ピーナツ摂取を最初の4~6カ月に開始することを推奨することになりました(関連記事:ピーナツアレルギー予防に指針、NIH)。生後4~6カ月というとまだミルクを飲んでおり、そろそろ離乳食が始まるかもという時期です。
 LEAP studyの重大な発見からピーナツアレルギーに対しては患者を次の3つのカテゴリーに分類することが考えられています。

① 重症患者:重症の湿疹、卵アレルギーまたは両者がある幼児(infants)。アレルゲンテストを行い、ピーナッツを生後4~6カ月で開始する
② 中等度患者:ピーナツを生後6カ月で開始
③ 湿疹や食物アレルギーのない患者:ピーナツは随意に開始

 日本国内の「食物アレルギーの診療の手引き2014」(厚生労働省、外部リンク参照)には以上のことはまだ一言も書かれていません。

2.アナフィラキシー死亡の最大の原因はエピネフリン投与の遅延である!!
 また、この総説で何よりも強調されているのはアナフィラキシー時の即座のエピネフリン筋注です。アナフィラキシーの死亡例はエピネフリン投与遅延によることが最も多いというのです。またエピネフリンの半減期は数分ですから再投与も必要なことがあります。
 食物アレルギーがあるのにエピネフリンのautoinjector (エピペン)が処方されていない例が多過ぎるというのです。抗ヒスタミン薬、β刺激薬、ステロイドはあくまでも補助薬にすぎません。西伊豆健育会病院では、救急室にはアナフィラキシーセットとして、アドレナリン(商品名:ボスミン筋注)の後、d-クロルフェニラミン(ポララミン)5mg、ヒドロコルチゾン(サクシゾン)100mg、ファモチジン(ガスター)20mg、生理食塩水50mLをひとまとめにして透明袋に入れてあります。
 喘息の存在は食物による「致死的」アナフィラキシーの大きなリスク因子です。
 エピペンといえば20年くらい前、森林組合の方が、蜂アレルギーでエピペンがほしいと外来に来られました。その当時、営林署勤務で蜂アレルギーの人にはエピペンが配られていました。同じ林業といっても営林署は国家公務員、森林組合は民間業者です。労働条件も随分差があり、営林署ではチェーンソーの使用は振動病(長期の使用で手指のレイノーなどを起こす)予防のため、1日2時間以内に抑えられていましたが、森林組合では5、6時間の使用は当たり前でした。
 小生、それまでエピペンは知らなかったのですが、この一件で使用申請をして、当院が静岡県の病院でエピペン許可第1号になりました。ただこの総説によると、autoinjector以外に他の選択肢(舌下、吸入など)があるのか、追加注射の必要性、肥満または痩せた患者に対する針の長さ、患者に何本まで処方すれば良いのか、などは分かっていないとのことです。
 驚くのはエピペンの高価なことです。ボスミンは1アンプル(1mg/mL)で92円(2017年現在)ですが、エピペンは小児用0.15mgが7,979円、成人用0.3mgが1万894円もします。ほとんど容器代なのでしょう。皆様が処方して需要が広がれば安くなっていくでしょう。

3.死亡しやすいのは青年のピーナツ、ナッツ類、魚、甲殻類アレルギー、喘息の存在!
 下記は致死的アナフィラキシーに至りやすいリスク群です。喘息の存在は死因の最大リスクの1つなのです。年齢的には幼児よりも思春期から若年成人が危険であり、特に死亡に至りやすいのはピーナツ、ナッツ類、魚、甲殻類(エビ、カニ)です。
 またこのリスク因子で注意すべきは「皮膚症状の欠落はアナフィラキシー死亡のリスク」になることです! 食物によるアナフィラキシーで蕁麻疹や発赤、皮膚の痒みのない者が20%くらいいます。アレルゲン曝露後、突然血圧の低下があっても、蕁麻疹などがないと訳が分からずアナフィラキシーの診断が遅れてしまうのです。

【致死的アナフィラキシーに至るリスク】
【最大リスク】
・エピネフリン投与の遅延!!
・ピーナツ、ナッツ類、魚、甲殻類(エビ・カニ)アレルギー!!
・思春期から若年成人!!
・喘息の存在!!
【その他のリスク因子】
・中年以上で心血管疾患の存在
・妊婦
・皮膚症状の欠落!!
【食物アレルギー悪化のその他の因子】
・喘息
・慢性肺疾患
・全身性mastocytosis
・β遮断薬、ACE阻害薬、α遮断薬の使用


4.運動、ウイルス感染、生理、情動ストレス、アルコール摂取でアレルギー閾値が下がる!
 また、「へー」と驚いたのは、アレルギーの閾値を下げる因子が幾つかあるというのです。すなわち「運動、ウイルス感染、生理、情動ストレス、アルコール摂取」です。このような因子があった上でアレルゲンに曝露されると、アナフィラキシーが起こりやすいというのです。うーん、「運動、ウイルス感染、生理、情動ストレス、アルコール摂取」かあ。肝に銘じなければなりません。
 "Food dependent excersise induced anaphylaxis"といって、食事だけならなんともないけど運動が加わってアナフィラキシーが起こることがあります。

 なお、さまざまな食物アレルギーが自然寛解するかどうかですが、N Engl J Med 2008; 359: 1252-1260の総説Food Allergy (Clinical Practice)に一覧表がありました。

 大変役に立つと思いましたので、以下に載せます。牛乳、卵、小麦、大豆は自然に改善することが多いようです。下記の一覧表をよくよく見ると、歳を取っても改善しない(grow outしない)ものが致死的アナフィラキシーを起こすことに気が付きます。

【さまざまな食物アレルギーの自然歴、交差反応、予後】


 なお、ピーナツとtree nutsは、同じナッツとはいっても全く別の種類です。Tree nutsにはアーモンド、 ブラジルナッツ、カシューナッツ、チェストナッツ(クリ)、ヘーゼルナッツ、マカデミアナッツ、ピスタチオ、パインナッツ、シーナッツ、ワルナッツ(クルミ)などがあります。
 また、上記一覧表には蕎麦が出てきません。蕎麦って日本だけのものなんだろうかと調べてみました。蕎麦はもともと中国南部の原産らしく、日本には奈良時代以前に入ったようです。イタリアではピッツオケリ(蕎麦のパスタ、日本の二八蕎麦とほぼ同じ)、シャット(蕎麦粉の生地でチーズを包んで揚げる)、スロベニアのクラクフカーシャ(蕎麦の実のおじや)、フランスのガレット(蕎麦のクレープ)、ロシアのブリヌイ(パンケーキ)、朝鮮の冷麺(蕎麦粉を原料とすることがある)など一応、郷土料理でいろいろあるようです。

5.アナフィラキシーで20%は蕁麻疹を欠く!
 食物アレルギーの症状は下記4つですが、全てそろうわけではありません。アナフィラキシーで蕁麻疹、痒みは最も多いのですが、20%ではこれを欠き呼吸器、消化器症状のみ出るのです。大変重要なポイントです。

【食物アレルギーの症状】
① 皮膚症状:蕁麻疹、発赤、痒み、舌・口唇・口蓋垂腫脹
② 呼吸器:呼吸困難、喘鳴、ストライダー
③ 消化器症状:腹痛、嘔吐
④ 血圧低下:失神、失禁

 患者を見たとき、果たしてアナフィラキシーを起こしているのかどうか、診断基準があります。Criterion 1は蕁麻疹があるとき、Criterion 2は蕁麻疹が必ずしもないもの、Criterion 3は血圧低下のみで診断に迷う最もやばいものです。

【アナフィラキシーの診断クライテリア】
 以下の3つのクライテリアのどれかに当てはまればアナフィラキシーの可能性が高い。
【Criterion 1】
 アレルゲン接触数分から数時間で皮膚、粘膜、または両者の症状(蕁麻疹、発赤、痒み、口唇・舌・口蓋垂腫脹)があり、かつ次のうち1つの症状がある。
・呼吸器症状(呼吸困難、喘鳴、stridor、PEF減少、低酸素血症)
・血圧低下またはend-organ dysfunctionの症状(失神、失禁、hypotonia、collapse)

【Criterion 2】
 アレルゲン接触数分から数時間で下記の2つ以上の症状がある。
・皮膚または粘膜症状(蕁麻疹、発赤、痒み、口唇・舌・口蓋垂の腫脹)
・呼吸器症状(呼吸困難、喘鳴、気管支攣縮、stridor、PEF低下、低酸素血症)
・血圧低下またはそれに伴う症状(hypotonia、collapse、失神、失禁)
・消化管症状の持続(腹部疝痛、嘔吐)

【Criterion 3】
 アレルゲン接触数分から数時間で血圧低下。
・幼児、小児:その年齢平均より血圧が低いか、収縮期血圧の30%以上の低下
・成人:収縮期血圧90mmHg未満または普段の血圧より30%低下


6.アナフィラキシーは二相反応が4~24時間で起こる!
 アナフィラキシーの治療で、エピネフリン筋注は死亡回避に最も有効ですが、その半減期は数分ですからしばしば2本目が必要です。エピネフリンは致死性アナフィラキシーに最も有効であるにもかかわらず医療機関で処方されることが少なく、抗ヒスタミン薬が優先されていると、この著者は嘆いています。
 「抗ヒスタミン薬、ステロイド、吸入β刺激薬はあくまでも補助薬にすぎない!」ことを肝に銘じて下さい!「食物アレルギーによる死亡の最も大きな原因はエピネフリン筋注をしないこと」なのです!
 また食物アレルギーによるアナフィラキシーでは、10~15%でbiphasic reaction(二相反応)が4~24時間後に起こりますので、重症の場合、4~6時間以上は観察が必要です。これは経口で腸管に入った食物が腸管で吸収されて再度アレルギー反応を起こすものです。まあ、1日は入院させた方が無難でしょう。
 食物アレルギーの普段の注意としては、標準治療はアレルゲンの回避です。牛乳、卵は火を通せば安全なこともありますが、food challengeで確認が必要です。

 この総説によると、food challengeはoutgrowしたかどうかの確認に使われることが多いとのことです。
 なお、調理した卵に対する免疫寛容は生卵より前に起こるとのことです( N Engl J Med 2008; 359: 1252-1260)。ですから、調理卵でアレルギーが起こらなくても生卵でアナフィラキシーが起こる可能性はあります。
 患者教育としては必ず食物の成分表示ラベルを読ませます。またMedical-allert Jewelryってのがあります。アレルギーである旨を書いたブレスレットをいつも身に着けるのです。外部リンクに「蜂アレルギーでエピペンを使ってくれ」と書いたブレスレットを示しました。
 食物アレルギーの予防療法としてはアレルゲンの皮下注射がありますが、無論アナフィラキシーの危険があります。その他に、経口、舌下、表皮(epicutaneous)投与の3つあり、皮下注よりはるかに安全ですがまだ実験的段階です。

 なお言葉の定義として下記3つの違いに注意して下さい。

【言葉の定義】
Desensitization(脱感作):食物アレルギーの閾値を上げる。数カ月の治療を要する。
Sustained unresponsiveness:予防治療終了後も無反応が維持される。年余かかる。
Oral tolerance:生後間もなく自然に起こるもの。現在のデータでは「真の免疫寛容」は起こらない。

 免疫療法は、皮下投与以外に次の3つの方法がありますがまだ実験段階です。

① 経口免疫療法
 アレルゲンの粉を食事に混ぜるもので、効果は大きいのですが、アナフィラキシー、eosinophilic esophagitis(5%未満)、胃腸症状を起こすことがあります。経口免疫療法は食物アレルギーに比し季節性アレルギーでは有効率が低いのだそうです。ウイルス感染、生理があったりアレルゲン摂取後2分~2時間で運動する場合はアレルゲン量を減らすことがしばしば必要です。経口療法初期にオマリズマブ(ゾレア、75mg注2万3,128円、150mg注4万5,578円)使用は副作用低減に有用ですが最終的に大きな利点があるかは不明です。

② 舌下免疫療法(Sublingual Immunotherapy)
 主にピーナツアレルギーに対して評価されましたが、アレルゲンを毎日舌下に年余投与、1年ほどで多くで脱感作、中等度免疫変容に至るそうです。ただ長期のsustained unresponsivenessに至るかは不明です。副作用は少なく口腔咽頭の痒み、チクチク(tingling)する程度です。

③ 表皮免疫療法(Epicutaneous Immunotherapy)
 ピーナツ、牛乳アレルギーで試され、背中や上腕に24時間ごとに貼り付け数年継続します。効果は小さい(modest)ですが副作用も少ないようです。副作用はパッチ部の皮膚刺激程度で全身反応はありません。
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「ワクチン否定派はツイッターに集まる」らしい。

2017年10月23日 08時59分43秒 | アレルギー性鼻炎
 人の悪口は楽しいモノで、現代の井戸端会議としてのツイッターでは盛り上がる盛り上がる。
 一度悪評がたつと、その後正式に否定されても記憶としてはインパクトの強い「悪口」の方が残りやすいのは人間の性らしいです。

 記事の中での「ツイッターでのワクチン否定派の主張を知ることで、ワクチンに関する懸念や誤解を解く手がかりを得ることができる」という記載には頷けますね。

 ワクチン反対派の欠点は「自然感染の恐ろしさを忘れている」こと。文中の「残念ながら疾患の流行が起こって初めてワクチンの重要性が理解されるのが現状。悲しいことに私のような専門家よりもウイルスそのものの方が予防接種の必要性について教える教師としては優れているようだ」というコメントも大いに頷けます。

 要は、
・感染症の怖さを正確に知る
・ワクチンの効果と副反応を正確に知る

 機会が乏しいのが元凶と思われます。

■ ワクチン否定派はツイッターに集まる
HealthDayNews2017年10月22日:medy
 「小児用ワクチンを接種すると自閉症リスクが高まる」との考えから自分の子どもに予防接種を受けさせない「ワクチン否定派」の親たちの多くが、気持ちを吐き出したり他者と共有したりする場としてソーシャルメディアのツイッターを利用していることが、米アラバマ大学心理学のTheodore Tomeny氏らによる研究で明らかになった。
 「自閉症」と「ワクチン」の2つのワードが含まれた投稿(ツイート)約55万件を調べたところ、その半数が小児用ワクチンに否定的な内容であることが分かったという。
 詳細は「Social Science and Medicine」10月号に掲載された。
 小児用ワクチンが自閉症に関連するのではないかという懸念が広がるきっかけとなったのは、1998年に「Lancet」に発表された小児12人を対象とした英国の小規模研究の結果だった。
 しかし、この研究はデータに不備があったとして2010年に掲載論文が撤回されている。
 また、米疾病対策センター(CDC)や米国小児科学会(AAP)、米国公衆衛生局(PHS)、医学研究所(IOM)などの各団体は、このような関連はないとの見解を示している。
 しかし、依然としてこの関連性をめぐる議論が収束する兆しはみえていない。
 Tomeny氏らは今回、2009~2015年にツイッターに投稿されたツイートのうち、「自閉症」と「ワクチン」のキーワードを両方とも含んだ54万9,972件を分析した。
 その結果、50%が予防接種に否定的な内容だった。
 また、ワクチンに否定的なツイートの多さには地域差がみられ、特にカリフォルニア州、コネティカット州、マサチューセッツ州、ニューヨーク州、ペンシルベニア州では否定的なツイート数が全国平均を上回っていた。
 また、ワクチンに否定的なツイートの数は、ワクチンに関連したニュース報道の後に増加することも分かった。
 さらに比較的裕福な家庭が多い地域や都市部、乳児を持つ母親が多い地域でワクチンに否定的なツイートが多く、40~44歳の男性による否定的なツイートも多いことが分かった。
 Tomeny氏は、ツイッターのようにユーザーの投稿する情報で成り立つサイトは、検閲がなく監視もほとんどされていないため、この種の議論を広める手段となりやすいと指摘。
 その上で、「ツイッターでのワクチン否定派の主張を知ることで、ワクチンに関する懸念や誤解を解く手がかりを得ることができる
 また、小児科医もワクチン否定派の主張を把握しておけば、議論になったときに反論しやすくなる」と話している。
 米フィラデルフィア小児病院ワクチン教育センターのPaul Offit氏は、誤った情報によって深刻な影響がもたらされると指摘する一方で、「目に見えない病気から身を守るために26回ものワクチン接種が必要であることを考えると、接種すべきか否かの判断は難しく、多くの親にとってSNSが気持ちのはけ口となるのは理解できる」とワクチン否定派に共感を示している。
 その上で、同氏は数年前にカリフォルニア州での麻疹の流行後に予防接種への意識が高まったことを振り返り、「残念ながら疾患の流行が起こって初めてワクチンの重要性が理解されるのが現状。悲しいことに私のような専門家よりもウイルスそのものの方が予防接種の必要性について教える教師としては優れているようだ」と話している。
HealthDay News 2017年10月9日
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「好酸球性消化器疾患」という病気

2017年10月20日 06時48分50秒 | 食物アレルギー
 乳児期発症の食物アレルギー予防に関しては「避けるより食べさせる」風潮がトレンドです。
 しかし食物アレルギーを「食べて治す」という「経口免疫療法」は一時期学会でブームと言えるほど勢いがあったのですが、数年前に「まだ研究レベルに留め、一般診療として推奨されない」と一歩後退して現在に至っています。
 その理由は2つ;
①治療中に症状が必発し、ときにアナフィラキシーショック
②好酸球性消化器疾患を発症するリスクがある
 です。

 ②のこ好酸球性消化器疾患を扱った記事が目にとまりましたので引用・抜粋します;

■ 原因特定難しい食物アレルギー、「6種抗原除去食療法」で改善
2017年10月18日 読売新聞・佐藤光展
 近畿地方の30歳代の男性会社員は、3年前からひどい腹痛や下痢が続き、「好酸球性消化管疾患」と診断された。食物が原因で消化管に炎症が起こるアレルギー性の病気で、男性はステロイドを飲むと回復するが、量を減らすと再発した。副作用が心配で昨年、島根大学病院(出雲市)に入院し、原因食品を見つけるプログラムを受けた。原因は卵と分かり、これを抜く食事で元気に仕事ができるようになった。
本来は寄生虫と戦う好酸球、持て余した力を発散し...
 食物アレルギーは、本来は体を守る免疫機能が、特定の食品成分を敵と誤認して攻撃し、その影響が消化管などに及ぶことで起こる。通常は食後1時間以内に腹痛などの症状が表れるので、原因を特定しやすい。特定の食品成分を含む試薬を皮膚に少量ずつつけて反応を見る検査や、血液中のIgEという免疫に関わる物質の量を見る検査もある。
 ところが食道や胃、小腸などに炎症が起こる好酸球性消化管疾患は、食後数日してから腹痛や吐き気、下痢、血便などの症状が表れることが多い。皮膚に試薬をつける検査にも反応せず、原因の特定は困難だった。
 この病気を引き起こす好酸球は白血球の一種で、本来は体に侵入した寄生虫などと戦うために存在する。ところが衛生環境が劇的に良くなり、寄生虫が体内からいなくなると、好酸球の仕事が激減してしまった。同病院第2内科教授の木下芳一さんは「好酸球性消化管疾患は、暇になった好酸球が、持て余した力を発散しようとして起こっているように思える」と語る。
 これまでは希少難病とされてきたが、近年、患者が次々と見つかっている。木下さんは「島根県内の検診センターで内視鏡検査を行うと、食道に軽度の炎症が起こるタイプは、約500人に1人の割合で見つかるようになった」と語る。
 この病気は血液検査では分からない。内視鏡検査で炎症を確認し、その部分から少量採取した細胞を顕微鏡で見て、好酸球の数を確認する検査を行う。
 食道に炎症がとどまるタイプは胃酸を減らす薬で良くなる場合がある。胃や腸に炎症が起こるタイプも、ステロイドを使うと症状は治まるが、全身に回るステロイドを長期使用すると、糖尿病や骨粗しょう症、うつ状態などを招きやすい。
6種類の食品から原因見つけ出す
 そこで同病院などの研究チームが始めたのが「6種抗原除去食療法」だ。症状を引き起こすと考えられる卵、乳、小麦、大豆、魚介類、ナッツの6種類の中から原因を見つけ出す。
 まず、6種類の食品を全部抜いた食事を4週間から6週間続けて、症状を改善させる。その後、6種類のうち1種類を加えて2、3週間様子を見る。変化がなければさらに1種類加える。症状が出たら内視鏡検査で炎症を確認し、最後に加えた1種類を抜く。症状が落ち着けば別の1種類を加えて再び様子を見る。
 同病院は入院治療で行い、原因を特定できた患者は、除去食メニューを生活に取り入れてステロイドをやめることができた。だが、6種類の食品を試すには半年近い入院が必要になる。
 同病院管理栄養士の平井順子さんは「将来は外来でも行えるように、家で楽に作れる除去食メニューを増やしたい」と話している。

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「おくすり手帳」の問題点

2017年10月18日 07時57分46秒 | 医療問題
 「○○医院に通院していても症状がよくならないので来ました」という患者さん、昔は治療内容がわからなくて困りました。
 でも現在は「おくすり手帳」を持参していただくとその処方内容がわかるので医師がなにを考えて診療したのかある程度想像できるようになりました。

 もともとは「医薬分業」目的で始まった院外薬局、そこに派生したのが「おくすり手帳」です。
 現在は「医薬分業」の他に、チェック機能を含んだ「医薬連携」も含むようになりました。
 下記記事は「病名が明記されていないので薬剤師は十分な服薬指導ができない、片手落ちではないか」と主張しています。

■「おくすり手帳」には、決定的な不備がある
2017年10月13日:読売新聞
 医療には、不思議に思うことがいくつもあります。その一つが「医薬分業」のあり方。具体的には、医師が発行する処方せんや、患者が持つ「おくすり手帳」の内容です。
 外来の患者は、医療機関で処方せんを受け取り、それを調剤薬局に持っていって薬を受け取る。そういう院外処方が一般的になりました。おくすり手帳に、過去に受け取った薬の記録を貼り付けておけば、今回の薬を使って不都合がないか、薬剤師がチェックしてくれるわけです。
 しかし、ここに大きな問題があります。処方せんにも、おくすり手帳にも、病名や病状が書かれていないことです。それでは、その薬を本当に使ってよいか、十分にチェックできないのです。
進められてきた医薬分業
 かつては病院や診療所を受診すると、そこで薬も受け取るのが一般的でした。法律上は、明治政府による1874年(明治7年)の「医制」以来、医師が処方せんを発行して薬剤師が薬を出すという医薬分業が建前だったのですが、医師が調剤していた漢方医学の習慣、薬局の不足などにより、骨抜きになっていました。
 やがて問題になったのは「薬価差益」です。薬の種類ごとに医療保険で決まっている薬価(公定価格)に比べ、医療機関が卸会社と交渉して仕入れる薬の値段のほうが、かなり安かったのです。そうすると、医療機関は薬で利ざやを稼げるので、もうけるために薬をたくさん出す傾向が生じているという批判が強まりました。
 その問題の解消を大義名分に1990年代から医薬分業が本格的に進められました。処方せんを発行するのは医療機関。薬を売るのは調剤薬局。それぞれの経営を分離すれば、金もうけのために薬をたくさん使うことはなくなるだろう、というわけです。
 政府は分業を進めるため、院外処方にすればそれなりの診療費が医療機関に入るように診療報酬の付け方を変えました。その結果、今では院外処方が主流になり、調剤薬局が大幅に増えました。厚生労働省は、薬の卸値の実勢を調べ、薬価と卸値の差額の大きい薬は薬価を下げてきたので、医療機関が院内で処方しても薬価差益が小さくなったという事情もあります。
薬剤師によるチェックも狙う
 医薬分業のもう一つの大義名分は、薬の処方内容を薬剤師がチェックするという点です。医師が薬の処方を間違えることはあります。薬剤に関する知識不足で間違えたり、似たような名前の薬と間違えたり、用量を間違えたり……。診療所の場合は薬剤師がいることがまれですが、院外処方なら、調剤薬局の薬剤師のチェックが入るわけです。
 「おくすり手帳」はとくに、複数の医療機関にかかっているときに役立ちます。薬の中には、別の薬と一緒に使うと、効き目が妨げられたり、作用が強くなりすぎたり、有害な現象が生じたりするものがあります。そういう「相互作用」や「併用禁忌」を薬剤師が電子データベースを使いながらチェックします。処方内容自体に矛盾点がないかも点検します。
十分な役割を果たせない現状
 ところが処方せんにも、おくすり手帳にも、病名や病状は書かれていません。このため調剤薬局の薬剤師は、病名や病状を正確につかめません。そこで処方された薬の種類から推測して、患者に「○○病と言われたのですか?」「どんな症状があるのですか?」と尋ねたりします。患者にとっても薬剤師にとっても、もどかしいやりとりです。しかも患者が病名を正確に伝えられるとは限りません。
 ということは、病名や病状に合った薬かどうか(薬の適応)という根本的な問題をチェックできていないわけです。薬剤師は、必要なら処方せんを書いた医師に問い合わせる「疑義照会」ができますが、そもそも病名さえ正確につかめない状態では、問い合わせるのに勇気が要るでしょう。
 さらに問題なのは、病気の種類によって、この薬は絶対にダメという「禁忌」や、この薬は要注意というケースがけっこうあるのに、そのチェックがきちんとできないことです。薬による健康被害が起きる可能性が残ってしまいます。
 それでは、せっかく薬剤師がいても、十分な役割を果たせません。なぜ、そんな中途半端なチェック役に長年、甘んじているのか、不思議です。日本薬剤師会に尋ねると「問題意識は持っているが、改善の要望を明確に打ち出してはいない」とのことです。
 処方せんの発行義務は1951年の法改正で医師法・歯科医師法に盛り込まれました。処方せんの記載事項は、医師法・歯科医師法の施行規則が定めています。なぜ記載事項に病名が入っていないのか、厚労省に尋ねても、はっきりしたいきさつはわかりませんが、「当時はまだ、患者に病名を伝えるのが当然という感覚が薄かったからかもしれない」と、医薬・生活衛生局の担当者は話しています。
処方せんに医師が病名・病状を書くことは可能
 改善のためにどうすればよいか。必要なのは、医師が処方せんに病名や主な病状を書くことです。昔と違い、がんや精神病を含めて、病名は患者本人に知らせるのが一般的になりました。もし日本語で病名を書くことに、どうしても抵抗感があるなら、国際疾病分類の記号(ICDコード)で病名を示す方法もあります。
 原則として病名を記載するよう、医師法施行規則を改めることができれば、いちばんです。また現状でも、施行規則が定めているのは最低限の記載事項なので、医療機関の判断で処方せんに病名や病状を書いても問題ありません。京都大病院は2013年10月から検査値、15年4月から病名を必要な場合に記載しています。同様の取り組みをしている医療機関はほかにもあるようです。さしあたり、そういう取り組みを厚労省が推奨してはどうでしょうか。
 電子データとして個人の診療情報を医療機関と薬局が共有する方法もあります。すでに地域医療連携の一環として共有している地域もあります。ただし、病名を含む高度なプライバシー情報をネット利用でやりとりするのは、ミスや不正アクセスで多数の患者の情報が一挙に流出する危険を伴うため、万全の防止策が必要です。
おくすり手帳に自分で書き込んでも
 今でも患者自身がやれるのは、おくすり手帳に病名や病状を自分で書き込み、検査データなども貼っていくことです(他人に絶対に知られたくない病名でなければ)。ただし落とし物や忘れ物をしないよう、十分に注意する必要があります。(原昌平 読売新聞大阪本社編集委員)


 私も診療で日常的に「おくすり手帳」を見る立場にいますが、時々疑問に思うことがあります。
 それは「ステロイド薬」の扱いです。
 もちろん、ステロイド薬は炎症を強力に抑えてくれるので治療に必要だと判断されたことに異論はありません。
 しかしステロイド薬(商品名はいろいろあるので患者さんにはわかりません)が処方されていても、「この薬はステロイド薬なので・・・の副作用があります」とは書いてありません。
 さらには処方した医師からもステロイド薬である旨の説明がないというのがほとんど。

 これはいったいどういうこと?
 副作用の説明をすると面倒だから、医師も薬剤師もスルーしているのでしょうか?

 実はステロイド薬には、いろいろ有名になった副作用の他に、小児科医にとって無視できない問題も発生します。
 それは免疫力も抑制するため「ワクチンの効果が落ちる」ことです。
 さらに云うと「生ワクチンでは発症の危険がある」「不活化ワクチンではやり損になる」のです。

 以前、こんな事がありました。

 予防接種で来院したお子さんが、問診の際に皮膚疾患で皮膚科通院していることがわかり、お薬手帳を確認させていただきました。
 するとそこには「リンデロンシロップ」という名前がありました。
 これはステロイド薬です。
 予防接種を担当している私にとって、それが説明されていないのは困ります。
 もう1週間飲み続けているとのこと、その時は予防接種を延期して、治療が終了してから再度予約していただくことにしました。
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下北半島の医療事情2017

2017年10月18日 06時20分19秒 | 医療問題
 私は青森県の弘前大学出身です。
 新入生のオリエンテーリングの際に「青森県は医療過疎」という話を聞きました。
 下北半島には日本人の医師が行かないので、台湾出身の医師が働いていると。
 下北半島で脳卒中になると、救急車で八戸の病院にたどり着くまで数時間かかるため、死亡率が高くなります。診療レベルではなく、医療事情で生存率が影響される実例でした。
 今から35年前の話です。
 
 その後むつ市の病院が充実して上記の状況は改善されたとの風の噂を聞きました。
 時を経て、やはり現在も医療過疎で悩まされています。

■ 常勤医退職で手術できず、大都市集中で危機的状況の青森
2017年10月14日: 朝日新聞
 「脳出血の患者が下北から3時間かけて青森に搬送された」「医療圏として危機的な状況だ」。この春、地域の開発促進策を話し合うために、青森県むつ市で開かれた会議。地元の市町村長や議長が訴えたのは、医師不足の窮状だった。
 発端は3月。地域唯一の総合病院として8万人の医療を支えるむつ総合病院で、脳神経外科でただ1人の常勤医が退職した。弘前大や県立病院からの応援で週4日の外来診療は維持しているが、脳外科の手術ができなくなった。
 手術が必要な救急患者は、むつ総合病院で診療した後、青森市などに搬送する。だが、県のドクターヘリは夜間は飛べず、半島北端の大間町から陸路だと3時間以上。心臓血管外科や眼科、皮膚科も常勤医が不在のうえ、内科医も足りず、外来の待ち時間が4時間を超えることもある。
 むつ市大畑町の男性(76)は10月、高血圧の薬を処方してもらうために来院したが、受付から診察まで約5時間かかった。「待ちくたびれたけど、しょうがねえ。先生が昼飯も食わずに診察や救急に走り回ってるの見てるから」とあきらめ顔で、「忙しさに疲れて病院を辞めてしまったら、もっと困る」と心配する。
 宮下宗一郎・むつ市長は「住民の命にかかわる」として、院長らとともに知事や大学病院への医師派遣要請を重ねている。だが、医師確保のめどは立たないままという。
 背景にあるのは、全県的な医師不足と偏在だ。厚生労働省の調査によると、県内の人口10万人あたりの医師数(2014年)は193人。全国平均の233人を大きく下回り、全国で7番目に低い。上位には京都府、東京都など大都市や西日本の都道府県が並び、県医療薬務課は「研修医や若手医師が、多くの症例を経験できる病院を求めて都市部に集まる傾向がある」と分析する。
 医師不足解消に向け、弘前大医学部は06年度以降、卒業後の県内就業を条件とする「地域枠」の定員拡大を進めてきた。また、県とともに高校生向けの医師体験セミナーなどを開催。これらの取り組みが実を結び、今年、県内高校から全国の医学部医学科への合格者数は86人となり、05年の47人からほぼ倍増。医学部卒業後の臨床研修先に県内病院を選んだ医師も05年の51人から今年は80人に増えた。ただ、同課は「現状は弘前大でも若手医師が足りない。一線で活躍する医師が増えるまで、もう少し時間がかかる」とする。
 安倍政権は、消費増税の使い道を「全世代型の社会保障」の充実にあてるとする。各党の公約や政策集には「実効性のある医師偏在対策」や「医療従事者の増加」が並ぶが、即効性のある具体的な妙案が示されているわけではない。
 むつ総合病院の橋爪正院長は「地域の病院や大学、行政が連携し、地方勤務の経験を生かして医師を育てるシステムが重要」と訴える。国に対しては「医師が不足する地域での勤務をキャリアアップの条件にするなど、地域の実情に応じた制度作りを進めて欲しい」と訴えている。



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母親由来の抗体は、乳児予防接種の効果を低下させる。

2017年10月17日 13時01分13秒 | 予防接種
 興味深い論文を見つけました。
 赤ちゃんはお母さんから胎盤を介して免疫をもらい、生後半年くらいはその抗体で守られると一般的に考えられています。
 赤ちゃんに予防接種をする際は、この抗体の存在を考慮に入れなければなりません。
 抗体がある状態で該当ワクチンを接種しても、「もう抗体があるから必要ないよ」と排除される可能性があるからです。
 しかし母親由来の抗体は赤ちゃんが自分で作ったものではありませんので、いずれ消えてしまいます。
 すると、ワクチンを接種して免疫ができていると信じている親を裏切るように、免疫がない状況が作られてしまうのです。

 このため、生ワクチンは1歳以降に設定されています(ただしBCGとロタウイルスワクチンは例外)。
 さて、他の不活化ワクチンについてはどうなのでしょう。
 B型肝炎やヒブ、肺炎球菌ワクチンは生後2ヶ月から、四種混合は生後3ヶ月から接種していますが、問題ないのでしょうか?

 内容を読むと、ほとんどのワクチンが母親由来の抗体の影響を受けていることがわかります。
 検討されたのは、ジフテリア、破傷風、百日咳、Hib、ポリオ、B型肝炎、C群髄膜炎、肺炎球菌。
 ポリオ以外は不活化ワクチン、ポリオとB型肝炎以外は細菌ですね。
 そして結果は、母親由来の抗体が残っている状態で赤ちゃんに該当ワクチンを接種すると、その効果が10〜20%程度低下してしまうことが判明しました。

■ JAMA Pediatrics誌から〜移行抗体が高い時期はワクチンの効果が下がる〜妊婦への予防接種は乳児の接種スケジュールに影響する
2017/6/8:日経メディカル
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