HPVワクチンの積極的勧奨が復活し、
当院にも少しずつ接種希望者が来院されるようになりました。
「いろいろ話題になったワクチンですが、疑問・質問がありましたらどうぞ」
と接種前に本人と家族に聞くのですが、おしなべて
「特にありません」
「大丈夫です」
という返答です。
あれだけ騒いだのに、ホント、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”ですねえ。
ワクチン反対運動の影響も検証する必要があります。
「ワクチン反対運動によりこの10年で、
国内で子宮頸がんに10万人以上が罹患し、
3万人が無駄に亡くなった」
とのことです。
さて、この辺であらためてHPVワクチンの知識を整理しておこうと思ったところ、
ちょうどよい総説が目に留まりましたので、引用させていただきます。
私にとって新しい情報として、
「HPVワクチン接種回数の減少」
があります。
日本では従来、3回接種が基本でしたが、
2023年4月から「シルガード9」が使用可能となった時点で、
条件付きで「2回接種」でもOKになりました。
世界の趨勢は「1回接種」でもOKという流れになっているようです。
まあ、HPVワクチンは高価なので、
経済的な事情も絡んでいるものと思われます。
▢ NEJM総説:子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
(2023年06月25日:Medical Tribune)より一部抜粋;
N Engl J Med(2023 May 11; 388: 1790-1798)にヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン総説がありました。著者はアトランタにある米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention; CDC)の医師たちです。 国内ではHPVワクチン接種は反対運動によりこの10年、極めて低調でしたが2~3年前からようやく上昇に転じました。この総説で小生一番驚いたのは「子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPV(Human Papilloma virus)である」という点です。ワクチンの安全性は極めて高く1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー程度でした。その効果は圧倒的でHPV感染を8割以上減少させました。肛門会陰がんに至ってはなんと100%予防可能でなんとしても推奨したいワクチンです。国内では女性にしか接種していませんが米国では2011年から男子にも接種しています。
N Engl J Med「HPVワクチン」総説の最重要点は以下の8点です。
- 子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVである。呼吸器乳頭腫、口部咽頭がんも起こす。
- HPVワクチンの安全性は高い。2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー。
- 性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明。21歳未満は検診しない。
- HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9のみ。国内も2023年4月よりこれを使用。
- 接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減。肛門会陰がん100%予防。
- 国内対象は小学6年から高校1年女性。1997~2007年出生者も。米国では男子にも。
- 実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加。HPV既感染には無効。
- HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できる。
1. 子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVである。呼吸器乳頭腫、口部咽頭がんも起こす。
・・・
世界で一番寿命が短い国は、アフリカ南部のレソトで平均寿命は50.7歳です。世界全体の平均寿命は73.3歳、日本は2021年に男性81.5歳、女性86.9歳です。・・・
HPV性器感染は米国で最も多い性疾患です。感染は子宮頸部の上皮組織に始まり、性活動により感染します。たいてい感染に気付かず9割は1~2年内に治癒するか、または気付かなくなります。HPV感染は普通無症状であり、その治療法はありません。
肛門性器疣贅(anogenital warts)は扁平、丘疹またはカリフラワー状に発育し視診で診断されます。・・・再発性呼吸器乳頭腫症(recurrent respiratory papillomatosis)は小生、今回初めて知りました。・・・咽頭、声門に発育し、嗄声、stridorで発症します。嗄声の原因でこんなものも考えるとは知りませんでした。性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPV testで判明します。
HPVのタイプによっては持続感染し子宮頸がん(HPV原因が91%)や腟(75%)、大陰唇(69%)、ペニス(63%)、肛門(91%)などの肛門性器がん(anogenital cancers)やさらには口腔咽頭(oropharynx)がん(70%)を起こします。最初の感染は初体験の年齢でしばしば始まりますが、子宮頸がんは感染後数十年を経過して発症します。
HPVは200以上の種類があり約40種類が粘膜上皮に感染します。12種類は発がん性(oncogenic)または高リスク、8~12種類がおそらく発がん性と思われます。
HPV16が最もがんの高リスクです。大変驚いたのは子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVだというのです。今まで小生HPVが原因となるのは子宮頸がんの部分集合だと思っておりました。世界でHPV16と18が子宮頸がんの約70%を占めます。またHPV6と11は肛門会陰部のwartsと再発性呼吸器乳頭腫症の全ての原因ですが、ただしそこでの発ガン性はありません。
米国で2016~19年にHPV由来のがんは3万7,300例でした。米国でHPV由来で最も多いがんは子宮頸がんであり年間1万1,100例、口腔咽頭がんはほとんどが男性で1万4,800例です。現在米国で一番多いHPV由来病変は口腔咽頭がん(HPV-16)なのです。米国で過去数十年で子宮頸がんは減少してますが、口腔咽頭がんは増加しているのです。米国で子宮頸がんは特に黒人とヒスパニック系女性に多く、一方、口腔咽頭がんは白人男性に多いとのことです。
世界で毎年69万例のがんがHPV由来であり、子宮頸部がんが一番多く特に子宮頸がん検診が一般化していない中・後進国に多いとのことです。
まとめますと、子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVです。呼吸器乳頭腫症で嗄声、口腔咽頭がんも起こし、現在米国で一番多いHVP由来がんは口腔咽頭がんです。
2. HPVワクチンの安全性は高い。2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギー。
HPVワクチン15年の経験では安全性は極めて高く、2021年米国で1億3,500万回投与されましたが、副作用は他のワクチンの接種でもよくあるような失神程度(血管迷走神経失神でしょうか)でまれにアレルギー反応があります。大規模調査で、死亡、自己免疫疾患、神経学的合併症はありませんでした。
国内ではHPVワクチン接種は2013(平成25)年4月の定期接種開始後、HPVワクチン反対の市民運動でほぼ休止状態となりました。数年前までは西伊豆町役場でHPVワクチンを申し込むと「えっ!本当にやるんですか?」と聞き直される始末でした。
しかし下記の厚生労働省のサイトによると2020(令和2)年ごろからようやくHPVワクチン接種者が増加し始めました。今後急速に子宮頸がんは減少していくでしょう。
現在、国内の子宮頸がん罹患者は毎年約1万1,000人、死亡者は3,000人です。2022年の交通事故の死者数が2,610人ですから、それよりも多いのです。この総説によると、なんと子宮頸がんのほぼ全ての原因はHPVだそうですから、ワクチン反対運動によりこの10年で、国内で子宮頸がんに10万人以上が罹患し、3万人が無駄に亡くなったことになります。
・・・
まとめますとHPVワクチンの安全性は極めて高く、米国で2021年、1億3,500万回投与で時に失神、まれにアレルギーが起こる程度でした。
3. 性器HPV感染は頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明。21歳未満は検診しない。
子宮頸がん検診は21歳未満では行わないことがコンセンサスです。25歳まで遅らせることもあります。
性器HPV感染は子宮頸がんスクリーニングでの細胞診+HPV testで判明します。子宮頸がん検診はHPV検査単独法と、細胞診・HPV検査併用法があるようです。子宮頸がんの原因はHPVがその原因のほぼ全てですから「擦過細胞診」でなく「HPV検査単独法」でもよいのでしょう。
ただし「HPV検査単独法」は厚生労働科学研究において運用方法の検討が続いていることから、現時点において検診として位置付けられていません。細胞診で異常があったらHPV検査も行うようです。
まとめますと、性器HPV感染は頸がんスクリーニングでの細胞診+HPVテストで判明します。現在HPVテスト単独法は検診として位置付けられていません。
4.HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9のみ。国内も2023年4月よりこれを使用。
HPVワクチンの歴史は2006年に4価ワクチンGardasil(Merck社)が発売され、HPV16、18、6、11の4種類に対応していました。2009年には2価ワクチンCervarix(GlaxoSmith-Kline Biologicals社)、HPV16、HPV18に対応しました。
・・・
Merck社は2014年にGardasil 9を発売しHPV16、18、6、11に加えて31、33、45、52、58を追加、これによりHPV関連がんの90%に対応できるようになりました。2016年からは米国市場で出回っているのはGardasil 9(国内:シルガード9)のみとのことです。日本国内でも2023年4月から国内ではこの9価ワクチンが定期接種(公費)となりました。
まとめますと、HPVワクチンは2016年から米国ではGardasil 9(国内:シルガード9)のみです。国内も2023年4月よりこれを使用することになりました。
5.接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減少。肛門会陰がん100%予防。
HPVワクチン接種の効果は圧倒的でした。ワクチンによる抗体量は自然感染に比べて高いのです。2006年の接種開始からわずか4年で14歳から19歳の女性でHPV関連性器感染は56%減少しました。さらに接種開始12年でHPV感染は14歳から19歳で実に88%減少、20歳から24歳で81%減少しました。また肛門会陰疣贅、再発性呼吸器乳頭腫症も減少しました。4価ワクチンは肛門会陰部がんをなんと100%予防します。
これらの劇的効果はワクチンプログラムによる集団免疫(herd immunity)によると思われます。
2008~09年と、2015~16年の比較でHPV16、18由来の子宮頸部前がんは20歳から24歳で77%減少したのです。15歳から26歳でワクチンは子宮頸部前がん(cervical precancers:表皮内前がん≧2またはadenocarcinoma in situ)を最低96%予防できます。
まとめますと、接種12年でHPV感染は14~19歳で88%、20~24歳で81%減。肛門会陰がん100%予防と圧倒的効果があります。
6.国内対象は小学6年から高校1年女性。1997~2007出生者も。米国では男子にも。
国内ではHPVワクチン接種は小学校6年から高校1年の女性が対象です。
日本国内でも2023年4月から、この9価ワクチン(シルガード9)が定期接種(公費)となりました。
以前の2価ワクチン(サーバリックス)は3回接種(0、1、 6カ月後)、4価ワクチン(ガーダシル)も3回接種(0、2、6カ月後)でした。
2023 年 4 月からの 9 価ワクチンの「シルガード 9」は、1 回目を小学校 6 年生から 15 歳 誕生日前日までに受けた場合は 2回接種(0カ月、6 カ月)で完了、1 回目と 2 回目の 接種は少なくとも 5 カ月以上あけ、5 カ月未満の場合、3 回目の接種が必要です。 接種を 15 歳になってから受ける場合は 3 回接種(0 カ月、2 カ月、 6 カ月後)します。2 回目、3 回目がそれぞれ 1 回目の 2 か月後と 6 か月後にできない場合、2 回目は 1 回目から1 カ月以上、3 回目は 2 回目から 3 カ月以上あけます。 つまり 15 歳未満の場合は初回接種のあと 6 カ月後に 2 回接種。15 歳以上の場合は 3 回です。
なお平成9年から平成18年(1997年4月2日から2007年4月1日)生まれの女性、つまり令和5(2023)年現在で16歳から26歳の女性で、反対運動により接種を受けられなかった場合、公費でHPVワクチンを受けられます。
ただしこのキャッチアップ接種の期間は令和4(2022)年4月1日から令和7(2025)年3月31日までの3年間です。
ワクチン接種による有効性は長く、4価ワクチンで5年後の予防効果減少はありませんでした。米国では2006年から11歳または12歳以上のHPV接種がルーチンに行われており9歳からでも可能です。ワクチンは9歳から15歳での抗原性も高かったのです。また2011年からは男子にも行われるようになり米国で2021年、女子の79%、男性の75%が最低1回の接種を受けています。
現在までの米国での接種率は女性64%、男性60%です。
また以前接種を受けていない場合、キャッチアップとして26歳まで接種が推奨されています。理想的には性活動が始まる以前の接種が推奨です。
2019年には27歳から45歳にも9価ワクチンが米食品医薬品局(FDA)により推奨されました。ただ2019年からの新型コロナウイルス感染症の流行で接種率は低下しています。
まとめますと、国内で接種対象は小学6年から高校1年女性ですが、2023年4月よりシルガード(9価)が公費接種となり15歳未満は2回接種(0、1~2カ月後)、15歳以上は3回接種(0、1~2、6カ月後)です。1997~2007出生者で未接種の場合もキャッチアップ接種が可能です。ただし令和4(2022)年4月1日から令和7(2025)年3月31日までの3年間です。米国では男子にも行われています。
7.実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加。HPV既感染には無効。
HPVワクチンは当初3回投与でしたが効果が長期継続することから、より少ない投与数が検討されました。単回投与では抗体量は低いのですが予防効果は10年以上続きました。
1つのトライアルでは2価または9価ワクチンの単回投与は2、3回投与に対して非劣性(non inferior)でした。9価ワクチン単回または2価ワクチン単回投与は18カ月のフォローでHPV16、18に対する予防効果は97.5%でした。
単回投与の効果にエビデンスがあることから2022年WHOは年齢によっては単回投与の選択肢も推奨し、単回投与する国々が増加しているとのことです。
なおワクチン接種時、既に存在するHPV感染には効果がありません。
なおHIV感染があるとHPV接種による抗体上昇は少ないようです。しかし16歳から26歳のHIVのMSM(men who have sex with men)で肛門扁平上皮病変はHPV接種を受けた者で高い効果を示しました。
米国では現在HPV由来のがんは口腔咽頭がんが最多でありHPV16によります。このがんに対するRCT(ランダム化比較試験)はまだありませんがFDAは2020年、今後研究を継続する条件で、口腔咽頭がんに対するHPVワクチンを認可しました。
まとめますと、HPVワクチンは、実は単回投与でも長期有効で単回投与の国が増加しています。HPV既感染者には無効です。
8.HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できる。
この総説には次のような冒頭症例があります。さて、あなたならどうする?
「24歳女性。過去HPVワクチン接種歴なし。18歳で性活動(sexual activity)を初体験、過去3人の男性パートナーがいる。HPVワクチンをどうするか?」
筆者の回答は次の通りです。
「この患者はHPV接種を受けておらず24歳なのでキャッチアップ接種3回投与を推奨する。以前接種していない場合は26歳まで、また27歳から45歳でもキャッチアップ接種(catch-up vaccination)を推奨する。既にHPV感染していたとしても、ワクチン接種によりその他の種類のHPVを予防できる。子宮頸がんのスクリーニングは不要」
まとめますと、HPV既感染者でもワクチン接種でその他の種類のHPVを予防できます。