マイコプラズマが流行しています。
そして小児科医の間では、
「薬が効かない」
と囁かれています。
第一選択のマクロライド系の手応えなし、
第二選択のTFLX(オゼックス)の切れも悪い…
残るはテトラサイクリン系のMINOの出番か?
しかし8歳未満にはMINOは処方できない…。
マイコプラズマの薬剤耐性状況を今一度確認しておきましょう。
<ポイント>
・肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は, マクロライド系抗菌薬, テトラサイクリン系抗菌薬, ニューキノロン系抗菌薬に感受性を有していたが, 2000年以降にマクロライド耐性M. pneumoniae株が出現して増加した。
・マクロライド耐性株の検出率は小児において高率なため, 推奨される抗菌薬を含めて診療ガイドラインの内容も年齢により差異がある。
・2011~2012年の流行時には, 83%がマクロライド耐性であったとの報告がある。
・マクロライド耐性率は, 2012年をピークに低下傾向にある。
・M. pneumoniaeは, P1タンパク遺伝子の相違により, 1型, 2型系統に分類され、1型系統はマクロライド耐性遺伝子の保有率が高かったが, 2型系統の耐性遺伝子保有は低率である。
・わが国の診療ガイドライン等では, M. pneumoniae肺炎外来治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬が推奨され, 48時間以上臨床的に改善がみられない場合は, テトラサイクリン系抗菌薬(小児では8歳以上)や, ニューキノロン系抗菌薬(小児ではトスフロキサシン)に変更することがおおむね共通して記載されている。
・小児呼吸器感染症診療ガイドライン202212)では, Qプローブ法でマクロライド耐性遺伝子が検出されている場合は, トスフロキサシンやテトラサイクリン系抗菌薬を選択肢に考慮すべきとの記載がある。
・マイコプラズマ肺炎に関して, わが国の感染症サーベイランスのデータでは, 2020年4月以降ほとんど報告されない状況が持続したが, 2023年秋以降にわが国でもM. pneumoniae肺炎の報告がみられるようになった。
・1型あるいは2型のいずれが立ち上がってくるのか, マクロライド感受性について感受性株・耐性株のいずれが多くを占めるのかは,臨床現場に多大な影響を及ぼす可能性がある。
…マクロライド系抗菌薬耐性は、抗菌薬の使いすぎというより、流行するマイコプラズマのサブグループの影響を大きく受けるということですね。
■ 診療ガイドライン等に基づくマイコプラズマ肺炎治療の現況
(IASR Vol. 45 p10-12: 2024年1月号)より一部抜粋(下線は私が引きました);
感染症診療ガイドラインの策定には, 地域における年齢による病原微生物の検出頻度等の疫学データならびに, 各微生物の抗菌薬感受性に関する情報が必要である。肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae: M. pneumoniae)は, マクロライド系抗菌薬, テトラサイクリン系抗菌薬, ニューキノロン系抗菌薬に感受性を有していたが, 2000年以降にマクロライド耐性M. pneumoniae株が出現1-3)して増加した。マクロライド耐性株の検出率は, 世界的に地域差があり, さらに小児において高率なため, 推奨される抗菌薬を含めて診療ガイドラインの内容も, 国内外および年齢により差異がある。さらに, 2020年以降世界的に流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は, 多くの感染症罹患率に多大な影響をきたした。M. pneumoniaeに関しても, COVID-19パンデミック前に比較して, 検出率が激減した報告4,5)が多い。
1. マクロライド耐性状況の推移
2000年以降に小児科領域を中心に出現したマクロライド耐性M. pneumoniaeは, その後増加がみられ, 成人では当初マクロライド耐性株は検出されなかったが, 小児科領域を追随するペースで耐性株が増加した。2011~2012年の流行時には, 83%がマクロライド耐性であったとの報告2)があり, 大流行に関してマクロライド耐性M. pneumoniae株の蔓延が要因の1つと認識されている。マクロライド耐性率は, 2012年をピークに低下傾向にある。一方, M. pneumoniaeは, P1タンパク遺伝子の相違により, 1型, 2型系統に分類され, 1型系統と2型系統の交代期に大流行が起こる可能性も指摘6,7)されている。2011~2012年にかけて流行の主であった1型系統の検出比率が2015年後半より減少し, 代わって2型系統の検出比率が増加している。1型系統はマクロライド耐性遺伝子の保有率が高かったが, 2型系統の耐性遺伝子保有は低率である7)。これが, マクロライド耐性株の低下の主因と考えられる。
マクロライド耐性M. pneumoniaeの検出率には世界的に地域差があり, 東アジアでの検出率が高く, 2017年頃までの状況は, Waitesらの総説1)に詳しい。その後のメタアナリシス等の報告を表18,9)に示すが, アジアを含めて西太平洋地域からの検出率が高い。わが国を含めて, 2010年代後半以降のマクロライド耐性率は減少傾向7)にある。
2. COVID-19パンデミック前後におけるM. pneumoniae検出状況
2017~2021年の調査期間についてM. pneumoniae検出状況を比較したデータ4)によると, 2020年4月~2021年3月の期間では, 2017年~2020年3月までの期間と比較して, ヨーロッパ, アジア, アメリカ, オセアニアともにM. pneumoniaeの検出が激減していた。中国北京の小児病院において, 2016~2021年の期間にM. pneumoniae検出率を比較したデータ5)でも, 2019年は17.6%, 2020年は8.9%, 2021年は5.0%と激減している。
3. M. pneumoniae肺炎診療ガイドライン等
現在, わが国で公表されている診療ガイドライン等で, M. pneumoniae肺炎の項を含むものは, JAID/JSC感染症ガイド2023(日本感染症学会・日本化学療法学会)10), 成人肺炎診療ガイドライン2017(日本呼吸器学会, 改訂中)11), 小児呼吸器感染症診療ガイドライン2022(日本小児呼吸器学会・日本小児感染症学会)12), M. pneumoniae肺炎に対する治療指針(日本マイコプラズマ学会)13)がある。海外では, American Thoracic Society(ATS)およびInfectious Diseases Society of America(IDSA)14)やAmerican Academy of Pediatrics(AAP)15)より, 市中肺炎やM. pneumoniae肺炎に対する抗菌薬療法が推奨されている。
わが国の診療ガイドライン等では, M. pneumoniae肺炎外来治療の第一選択薬はマクロライド系抗菌薬が推奨され, 48時間以上臨床的に改善がみられない場合は, テトラサイクリン系抗菌薬(小児では8歳以上)や, ニューキノロン系抗菌薬(小児ではトスフロキサシン)に変更することがおおむね共通して記載されている。一方で, ATSとIDSAによるガイドライン14)には, マクロライド耐性M. pneumoniaeに関する記述や耐性菌感染症を考慮した治療についての言及はみられない。AAPによるRed Book 2021-202415)でも, マクロライド耐性M. pneumoniae株についての記載はあるものの, ニューキノロン系抗菌薬を使用することは推奨されていない。
さらに小児呼吸器感染症診療ガイドライン202212)では, Qプローブ法でマクロライド耐性遺伝子が検出されている場合は, トスフロキサシンやテトラサイクリン系抗菌薬を選択肢に考慮すべきとの記載がある。当院で施行したQプローブ法(Smart Gene)に関する検討では, 細胞培養法(国立感染症研究所細菌第二部で実施)に対するSmart Geneの感度, 特異度は, 各々98.0%, 100%であった。さらに, 培養で得られた菌株を用いた23S rRNA遺伝子塩基配列分析によるマクロライド耐性遺伝子同定とSmart Geneによる耐性遺伝子変異検出とを比較すると, 感度, 特異度は, 各々100%, 97.4%であった。新型コロナウイルス病原体検出の過程で, Qプローブ法検査機器が以前より普及しており, 今後耐性遺伝子の有無を確認したうえで, より適切な抗菌薬療法に寄与することが期待される。
マイコプラズマ肺炎に関して, わが国の感染症サーベイランス(本号特集および本号8ページ参照)のデータでは, 2020年4月以降ほとんど報告されない状況が持続したが, 2023年秋以降にわが国でもM. pneumoniae肺炎の報告がみられるようになり, 今後の流行が予測される。2020年春に, こつぜんと検出されなくなったM. pneumoniae感染症であるが, 再流行する場合に, 前述した1型あるいは2型のいずれが立ち上がってくるのか, マクロライド感受性について感受性株・耐性株のいずれが多くを占めるのかは, 感染症疫学的にも興味深いが, 臨床現場に多大な影響を及ぼす可能性がある。現在のわが国の医薬品流通状況に関して, 鎮咳薬, 去痰薬のみならず, 抗菌薬に関しても出荷制限が反復されている16-21)。このような状況下で, 2011~2012年や2016年のような規模でM. pneumoniae肺炎の流行が生じると, 処方薬不足など, 現場がさらに混乱する事態になることが危惧される。
(若葉こどもクリニック 山崎 勉)
もう一つ、ダイレクトにマクロライド耐性の記述がある記事も紹介します。
<ポイント>
・日本では, 1型と2型菌が10年程度の間隔で交互に優位になる現象が観察されている。1990年代は2型菌の分離が多かったが, 2000年代になると1型菌が優位になった。その後, 2010年代後半からは再び2型が多く分離されている。
・M. pneumoniaeの2つの系統の出現の割合は, マクロライド耐性の動向にも関連している。東アジア地域では, 2000年以降にM. pneumoniaeのマクロライド耐性化が問題となったが, 耐性菌の大部分は1型菌であった。
・これは1型の方が2型の菌よりも耐性化しやすいということではなく, 1型菌が2000年代に多く出現していたためであると考えられる。2000年代は分離株の耐性率が増加した時期で, 臨床でのマクロライド系抗菌薬の使用量が多かったと推測される。この時期に多く出現していた1型菌は, 2型菌よりマクロライド系抗菌薬による選択圧を受ける機会が多かったため, 2型菌より1型菌の耐性化が進んだのであろう。
・国内で分離される2型菌はマクロライド耐性化があまり進んでおらず, 2010年代後半からは2型菌の出現が増えたため, 分離株全体としてマクロライド耐性率が低下している。
・現在も抗菌薬の使用量が多いとみられる中国では, 2型菌もマクロライド耐性化が進んでいることが報告されている。
この記事の中では2010年代後半からは薬剤耐性率の低い2型菌が多いとされています。
では現在の耐性状況は?という疑問が残ります。
■ 肺炎マイコプラズマの遺伝子型別法と薬剤耐性の動向
(IASR Vol. 45 p6-8: 2024年1月号)より一部抜粋(下線は私が引きました);
・・・
これらの方法で分析するとM. pneumoniaeは2つの系統に分かれ, 遺伝子型は図1中の表のような関係になる。例えば, 実験室標準株として普及しているM129株とFH株は, ゲノム解析でT1-1とT2-Bクレードに属し, p1遺伝子型はそれぞれ1型と2型, MLVA型は4572と3662, MLST型はST1とST2である。M129株とFH株は1950~1960年代に分離された古い菌株であり, 最近分離される菌株の型は, これらとは少し異なっている。・・・
・・・日本では, 1型と2型菌が10年程度の間隔で交互に優位になる現象が観察されている(図2)。1990年代は2型菌の分離が多かったが, 2000年代になると1型菌が優位になった。その後, 2010年代後半からは再び2型が多く分離されている。1990年代に分離されていた2型菌のp1遺伝子はFH株と同じ古い2型だが, 2010年代後半から出現している2型菌のp1遺伝子は, ほとんどが2c型か2j型で, P1とP40/P90のアミノ酸配列が少し変化している。したがって, 現在出現している2型菌は1990年代に出現していた2型菌と同じものが再出現しているのではない6)。
M. pneumoniaeの2つの系統の出現の割合は, マクロライド耐性の動向にも関連している。東アジア地域では, 2000年以降にM. pneumoniaeのマクロライド耐性化が問題となったが, 耐性菌の大部分は1型菌であった。これは1型の方が2型の菌よりも耐性化しやすいということではなく, 1型菌が2000年代に多く出現していたためであると考えられる(図2)。2000年代は分離株の耐性率が増加した時期で, 臨床でのマクロライド系抗菌薬の使用量が多かったと推測される。この時期に多く出現していた1型菌は, 2型菌よりマクロライド系抗菌薬による選択圧を受ける機会が多かったため, 2型菌より1型菌の耐性化が進んだのであろう。国内で分離されるマクロライド耐性の1型菌は, T1-3またはT1-3Rクレードに属する株が多い。一方, 国内で分離される2型菌はマクロライド耐性化があまり進んでおらず, 2010年代後半からは2型菌の出現が増えたため, 分離株全体としてマクロライド耐性率が低下している。2型菌の出現が増加した正確な要因は不明だが, 2016年からの薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン等によって抗菌薬の使用が抑制され, 感受性菌による発症例が増えたことや, 1型菌に対して集団免疫が形成され, 流行菌が2型菌にシフトしたことなどが考えられる。一方, 現在も抗菌薬の使用量が多いとみられる中国では, 2型菌もマクロライド耐性化が進んでいることが報告されている7)。今後, 国内でも2型菌のマクロライド耐性の動向を監視するとともに, ゲノム解析によって分離株の系統関係を調べ, 伝播経路を追跡するべきであろう。
(国立感染症研究所細菌第二部 見理 剛)