クロアチアの風  ~茶猫の旅カフェ~

アドリア海の国クロアチアと旧ユーゴの風景をお届けします。旅行情報、写真をお楽しみ下さい。番外編では世界の猫も登場!

クロアチアに伝わるグラゴール文字の秘密

2009-10-18 02:40:17 | クロアチア全般
 
 これはザグレブ大聖堂の入口の壁に描かれた文字。
 聖堂に入り振り返って、
 このくにゃくにゃした文字を不思議に思った人もいるのでは?
 
 ヘブライ語?なんていう人もいるけど、
 これは最古のスラヴ文字である古代グラゴール文字なのだにゃ。
 今ロシアやブルガリア、セルビアなどで使われている
 キリル文字の原型にあたるものです。

 クロアチア語の表記にはラテン文字(ローマ字)が使われているのに
 なぜこんな文字が教会に書かれているのだろう?

 グラゴール文字は、9世紀、
 スラヴ人にキリスト教を伝えるためにギリシャからやって来た
 キリルスとメトディウスというふたりの兄弟の宣教師が
 ギリシャ文字をもとに、
 当時文字がなかったスラヴ人のために作ったものです。
 もちろん、キリスト教を布教するために。

 この文字の考案によって、
 クロアチア人のための聖書の写本が伝えられるようになりました。

 けれどその後政治的な理由から、
 クロアチアは西方教会(のちのカトリック)を受け容れ
 グラゴール文字の使用は禁止されました。
 もしグラゴール文字の使用を許可すれば、東方教会の影響と
 ビザンツ帝国をベースにした東方の政治や文化の影響が及ぶと
 判断したからでしょう。
 西方教会のミサはラテン語で行われていましたので
 これにより、スラヴ人にわかるコトバでのミサも遠ざけられてしまったのです。

 ヨーロッパの西と東の大国に挟まれているという宿命から
 クロアチアはいつの時代も、西につくべきか、東につくべきかに
 翻弄された歴史を持っています。
 当時のクロアチア王は、ビザンツから距離をおき
 西側世界につき、国の独立を守るために
 スラヴ民族の文字であったグラゴール文字の使用を禁止するという
 苦渋の選択をしたのでした。

 これにより、教会のミサでスラヴ語は使われず
 クロアチア人にとって外国語であるラテン語で行われるようになり
 はじめて考案されたスラヴ文字の使用は禁止されました。

 けれどこの文字は、キリルスとメトディウスの弟子の宣教師が
 当時のスプリットの司教座から遠く離れたアドリア海の島々に伝え
 人々はひそかに、グラゴール文字の聖書を写本し、読み続け
 スラヴ語で典礼を続けてきたのです。
 クルク島、ツレス島などに行くと、小さな教会などに
 いまもグラゴール文字で書かれた聖書が保管されています。

 そんな歴史的な文字が
 ザグレブ大聖堂が再建されたときに
 スラヴ民族のルーツとして壁に刻まれました。

 ザグレブ大聖堂には
 この文字の考案者であるキリルスとメトディウスの祭壇も残っています。

 このふたりの使徒は東ヨーロッパ、特にスラヴ圏では
 特に支持されていて
 あのミュシャもプラハ城内にある聖ヴィート大聖堂に
 この二人の聖人に捧げた美しいステンドグラスを製作しています。
 
 ちなみに、キリル文字を作ったがキリルスという俗説がありますが
 キリル文字は、オフリド(今のマケドニアの町)で布教活動を行った
 キリルスの弟子のクレメントが
 キリル文字をもとに、より使いやすい文字として開発したものです。
 それを師匠のキリルスに敬意を込めてキリル文字と名付けました。
 
 


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2 コメント

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iいろいろ教えて頂いて~ (Fado)
2009-10-22 01:59:27
ありがとうございます。
定規を使って書いたような~

聖ヴィート大聖堂には行きましたが、もっとしっかり見ておけばよかった。ステンドグラスの写真だけは撮って来ました。もう一度チェックしますね。
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マニアックですよね (ちゃねこ)
2009-11-10 23:18:11
Fadoさん、こんなマニアックでこみ入った記事に反応してくれてありがとうございます。
今度聖ヴィート教会のミュシャのステンドグラスをアップしますね。
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