エスティマ日和

『ぼくたちと駐在さんの700日戦争』2章まで収録の、エッセイ集です。独立しました。

読書感想文、有リマス(後編)

2006年02月15日 | 雑記

「先生、こういう子がいたことが哀しい」。

先日の前編の続きです。
苦肉の策の感想文『ブラックジャックを読んで』を提出いたしましたところ、教師陣にたいへん反響を呼びまして、いきなり朝のホームルームで「哀しい」とまで言われてしまいました。
思えば、庄司薫なども読んでおりましたので、そのあたりを書けばよかったものを、なんと言いますか、そこは「さわるものみな傷つけた」青春時代。なんとなくマンガの感想文を書きたかったというのもあります。
教師陣は、案の定の反応をしてくれまして、「哀しい」とまで言われながら、なにやらウキウキしておりますと

「で、感想文は廊下に張り出しておきました」。

え~~~ いつの間に?

「みんな、悪い例として、読んでおきなさい」。

悪い例?手塚治虫は偉大なんだぞ!

と、内心思いましたが、そこはおさえました。

教師が続けます。

「それに比べて・・・」

「鈴木(仮名16歳)。あなたの今回の作品はリッパでした」。

鈴木。こいつはなんと私の感想文を買ったひとりです。

彼にはヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を販売いたしました。
販売作品には、作家によりレベルと価格が分かれておりまして、ヘッセはその最上級、まぁ、時計で言えばタグホイヤーかヴァンホーテン(こいつはココアだったかな?)あたりです。
彼は考えなしに「高いヤツがいいや」で購入しただけで、中身など吟味しておりませんでした。

鈴木くんが褒められるのには訳があります。なにしろ彼は私よりギザギザハートしておりましたので、感想文など提出するタマじゃないんです。
その彼が「ヘッセ」です。
そりゃ驚くなと言うほうがムリだったのですが

「先生、感動したので、プリントしてきました」

と、なんとその感想文『車輪の下を読んで』を、全員に配ったのです。
まずいなぁ・・・・。
先生は気づかないかも知れませんが、友人たちは気づきます。
彼がとうていそのような本は読まないし、そのような文章を書かないことを。

「先生は彼の才能に感動しました。つきましては・・・」

才能?感動?

つきましては?

先生がオーバーリアクションなことを話すたびに、同級生であった鈴木がとんでもない目つきでこちらを睨みつけます。

「県の感想文コンクールに クラス代表として出品することにいたしました」
ぱちぱちぱち。

え~?

さすがにそいつはまずいんじゃない?
もう鈴木本人は、顔を紅潮させておりまして、怒りまくっているのがわかります。
彼にしてみれば、提出さえできればよかったのであって、コンクールなどめざしているわけではありません。

あげくのはてに、全員の前で『車輪の下を読んで』を朗読するはこびとなり
はげしく私を睨みつけながら、教壇上へ。

彼は、感想文に限らず、国語自体が得意ではありませんでした。
朗読などもってのほかだったのですが、もう事態が事態なので逃れられません。

彼は、自分の作品を、おもいっきり噛みまくりながら読み始めました。
が・・・・。

突如、彼の朗読が止まりました。

みんなはプリントが配られていたので、そこの「狼狽」という漢字が読めないのだ、ということに気づきました。
そりゃおかしいです。自分の書いた作品の漢字が読めないはずがない。
私も鈴木も焦りまくり。

彼は、「ろう・・・うにゃうにゃ」でここを切り抜け、またたどたどしい朗読を続けました。
ところが第二の難関にさしかかりました。
「眉間」という漢字があったのですが、彼はあろうことかこれを「こかん」と読みやがったのです。
さすがにここでクラス男子が大爆笑。

ああ・・・・終わりだ・・・・。

彼のめちゃめちゃな朗読が終わり、拍手もなく、クラスは静まり返ってしまいました。

さすがに先生も、こりゃおかしい。ということに気づきました。

後で鈴木は職員室に呼び出され、事情聴取。
もっとも焦っていたのは言うまでもなく私本人で、彼が吐露したらおしまいです。

しかし鈴木は、私から購入したことを言いませんでした。
口が固かったのではありません。

「来年、買えなくなると困るからな」

こうして顧客は生まれるもんなんですねぇ。

ところで廊下に張り出された『ブラックジャックを読んで」は、教師の期待を裏切り、おおむね好評でした。
おかげで翌年の読書感想文シーズンには、この年を超える大繁盛。

他校の生徒に前年のものを廻す、という在庫のリサイクルまで思いつき、3年目には10万円を超える収入をつくりだしました。

こうして闇で取引された「読書感想文」。
いくつかは実際に県のコンクールで佳作くらいに入りまして、我ながら自分の文才に驚いたものでした。

私は、と言いますと、本人のものは1度も入賞していないんです。不思議ですねぇ。
紺屋の白袴?

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