中華街ランチ探偵団「酔華」

中華料理店の密集する横浜中華街。最近はなかなかランチに行けないのだが、少しずつ更新していきます。

「雲龍」のおばちゃん、お疲れさまでした!

2015年12月01日 | 中華街(市場通り)

 私が初めて「雲龍」に入ったのは平成3年頃だったでしょうか。

 「中華街にウマイ店があるから連れて行ってやるよ」という大先輩と一緒に、昼メシを食べに行ったのでした。

 その当時はまだおじさんがメインで鍋を振っていて、おばちゃんは麺を茹でたり排骨を揚げたりしていたのかなぁ…

 大先輩のおすすめで食べたのは、もちろん排骨麺!

 このスープが絶品でね、しかも排骨がウマイっていうんで、それ以来、しばしば通うようになったのです。

 週3回行くこともあったし、年の初めと最後のランチは「雲龍で~」ということも。ずいぶん行ったよねぇ…

 あれから20数年経った昨日、とうとう「雲龍」がお店を閉めました(涙)。


 今年、なぜか長期に休業している時があったのですが、その時は「なんだろう…?」と思いながら、それっきり忘れちゃっていました。
 そしてつい最近、いその爺さんの記事で“雲龍閉店未確認情報”を知り、「これは大変だ、常連はもちろんのこと、いつか行ってみようなんて思っていながら一度も訪問していない人たちが押し寄せてくるに違いないな」と思い、混雑する前に確認がてら食べに行ってきました。


 まずはハチノスです。
 これを運んできたお姉さんが、「ご連絡が遅くなりましたが、今月でお店をやめることになりました」と仰るじゃないですか。

 やっぱり…

 007の情報は正確だったのね…


 ビールを呑みながら、しみじみとモツを噛みしめます。
 「楽園」や「安記」のもいい感じですが、こちらだって同じように美味しい♪

 酔いが回って来るといろいろなことが思い出されます。
 おじさんに替わっておばさんがメインで鍋を振るようになったとき、排骨麺のスープの色が変わりました。
 聞けば、自分流に少しだけアレンジしたというのです。
 最初はちょっと違和感がありましたけど、しばらくするとこのスープにハマってしまったのね。


 「今まで長いことありがとうございました」と言って、お店から巻揚げのサービスをいただいちゃいました。
 いつだったか家族で食べに行って以来の巻揚げ♪
 

 紹興酒を呑みながら美味しくいただきました。
 いその爺さんが食べてみたいと仰っていたのを先取りでね。
 結局、ご一緒に一皿を食べることはできませんでしたね…


 このメニューに載っている料理のかずかず。
 もう味わうことはできません。


 暖簾も掲げられることは無いでしょうね。


 この日の〆で食べたのは五目ソバ♪
 シイタケがウマイ! スープはもちろん美味しい。
 麺もいいね。

 これは「東成軒」のものかなと思って以前訊いたことがあるのですが、違うんだってね。どこって言ってたかな…


 それから数日後、仕事を終えたあと夕食を「雲龍」で食べようと思ってお店に向かうと、こんな状態。
 お客さんが並んでいるのかとビックリしたのですが、どうやら食べ終わって外に出ていた人たちのようでした。

 で、ドアの真に立つと、こんな張り紙が…


 排骨、巻揚げともに売り切れ…


 で、注文したのは五目焼きそば。
 優しくて懐かしい味わい。なんだかホッとする焼きそばでした。

 その後、何度かお店の前に行くのですが、いつも行列で入れません。
 結局、この五目焼きそばが「雲龍」最後の料理となりました。

 いま思うと、おばさんから昔の話を聴いていなかったのが悔やまれます。いつから営業していたのかなぁ。なぜ、「雲龍」の成り立ちを調べなかったのか…

 とりあえず手がかりとなるのは、昔の明細地図です。手元にある限りの地図をあたってみると、こんなことが分かりました。
 残念ながら昭和33年以前のモノがないので34年からのことになりますが、

 昭和34年には「中華料理 雲龍軒」と表示されています。
 37年版も同じ。

 そのあとの地図が欠けているのでちょっと不明ですが、昭和41年には「雲龍軒」と書かれています。
 昭和43年になると、なぜか「菓子店 雲龍軒」と大きな変化が。
 ただ途中から店名が「雲龍」となって「軒」がとれるんですね。

 昭和60年の地図にもまだ「菓子店 雲龍」となっています。

 この間、はたして本当に菓子屋さんだったのか。その辺は地元の人たちに聞かなければ分かりませんね。
 手書き時代の住宅明細地図は結構、間違いが多いので、ちょっと信用度がイマイチなんです。
  
 私は昭和61年から平成2年までの地図を持っていませんが、平成3年の地図を見ると、「中華料理 雲龍」となっています。
 
 おじさんは「同發」や「雅叙園」で腕を振るっていたといいますから、その間、お店の方は菓子店になっていたのかもしれませんね。
 20数年の時を経て、昭和の終わりか平成の初めに再び中華料理店に戻ったのでしょうか。
 いつか、機会があったら聞いてみたいと思います。


 長い間、美味しい料理を食べさせていただき、ありがとうございました。
 あとはユックリ休養を♪


 最後に、「雲龍」で食べたものの一部をリンクしておきます。
 常連さんは昔を思い出し泣きながら読んでいただければと思います。 

ジュージュー音をたてて出てくる排骨麺
メニューにないハチノス・ライス
進化する排骨麺
限定サービスのスペアリブ飯
旨くて懐かしい雲龍の冷やし中華
半年の療養明けに復活した雲龍
スープの旨いサンマーメン
雲龍のタンメン

タンメン発祥の由来については、いその爺さんが詳しいよ。



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16 コメント

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Unknown (いその爺)
2015-12-01 11:33:41
また一軒の名店が姿をけしてしまったと思うとさみしくなります。
少なくとも半世紀にわたる商いを続けていらしたのですね。 "ありがとうございました"と言いたいです。

巻き上げ、悔やまれます。

新しいモノ好き?な横浜話題の中で、改めて"新たな老舗"として語るべき店が多く在る事を再確認した様な気がします。
返信する
面は (ふ゛り)
2015-12-01 19:43:36
萬来亭でしょ。
って酔華さんから聞いたのかな?
あ、白いわんこの店の姐さんだったかも。
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雲龍の営業 (本須)
2015-12-01 19:57:17
雲龍の営業は29年間だったそうです。
返信する
嗚呼 (吉継)
2015-12-01 23:20:55
関帝廟、市場通り香港路、台南小路は社会へ駆け出し初めの自分に中華街への扉を開いてくれた場所です。今年に入って金福楼さん江南さんそして今回雲龍さん皆さん仰る通り各店本当にご苦労様でした!!そして有り難うございました。
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巻き揚げ (管理人)
2015-12-02 00:13:47
>いその爺さん
残念でしたねぇ。
でもこれで良かったと思いますよ。
食べ損ねた巻き揚げの思いが、
「雲龍」の思い出と一緒に残るのですから…

「茉莉花」、「永楽園」、「江南」など、
小さくて庶民的な店が消えていくのは、
なんとも淋しいです。
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 (管理人)
2015-12-02 00:15:25
>ぶりさん
ちょっと違うかも・・・
萬来亭の麺ではなかったと思います。
思い出せない…
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張り紙 (管理人)
2015-12-02 00:19:57
>本須さん
閉店した翌日に張り紙が出ていましたよね。
たしかに29年って書いてありました。
昭和62年から今のスタイルでやってきたようです。

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Unknown (管理人)
2015-12-02 00:22:05
>吉継さん
こういった小さいながらも庶民的で常連の多かった店が、
どんどん減っていきそうです。
その一方で、また食べ放題が新しく出来ています。
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残念です (街角中華)
2015-12-02 08:14:49
閉店ですか。
このお店は中華街でも貴重だと思っていたので残念です。
だんだん行くお店がなくなってきましたので、
新規開拓必要ですね。
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なんと (つちころり)
2015-12-02 19:09:12
また惜しい店が閉店されましたね。
拝骨、ウマかったなあ。お疲れさまでした。
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