ガルデルの出現はタンゴ・カンシオンに大きな革命をもたらし、作詞家や作曲家もすぐれた楽曲を競うようになります。
一方、演奏スタイルもオルケスタティピカを中心としてレコード録音も活発となり大きく飛躍していきました。
いわゆるエポカ・デ・オロ=黄金時代となりました。
しかし、1935年、ガルデルの不慮の死をきっかけにタンゴの衰退が始まります。
1930年代の末頃になると、アルゼンチン国内でもジャズなどの外来音楽が浸透し、タンゴ人気は下降線をたどることなります。
沈滞していたタンゴ界に活気を取り戻したのは、1945年のカナロ・モレス合作の 「アディオス・パンパ・ミア」の大ヒットでした。
タンゴ界の重鎮カナロが息を吹き返し、ファン・ダリエンソやカルロス・ディサルリなどが洗練された演奏技術で再び活気づいていきます。
レコードもLPの時代に入りると、音質もいっそう高度になるように工夫され、国外にも多くのレコードファンがタンゴを盛り上げました。
ホセ・バッソ、アニバル・トロイロ、オズワルド・プグリエーセ など、レベルの高い演奏で再び黄金期を取り戻すことになります。
日本でも、1955年に『これがタンゴだ』という番組が始まり、60年代においてもタンゴファンを存分に楽しませてくれました。
しかしながら、タンゴ誕生から半世紀以上も過ぎてしまうと、巨匠が次々に墜ちタンゴ界も新旧の波に飲まれていきました。
カルロス・ディサルリ(60年)、エドグァルド・ドナート(63年)、フランシスコ・カナロ(64年)、ロベルト・フィルポ(69年)、アニバル・トロイロ(75年)
そして1976年には最後の巨星ファン・ダリエンソが姿を消します。
私の愛するタンゴはこの時代でほぼ終焉してしまいました。
近年、アストロ・ピアソラというバンドネオン奏者が脚光を浴びていたようですが、個人的にはどうしてもタンゴとして認めることができないのはなぜなのでしょう。
↓はカルロス・ガルデルの『La última copa(最後の盃)』 (YOUTUBEより)
典型的な歌謡タンゴ、失恋の苦悩を歌い上げています。