Chiakiの徒然日記

放送前・公式発表前の作品(エピソード)に関するネタバレコメントはお控えください。

一晩寝れば…

2005年11月24日 | 日々のあれこれ
葬儀が終わった後の夜は、何もする気が起きなかった。
翌日の仕事さえも行きたくない…と思っていた。

しかし、一晩寝たら、仕事に行きたくないという気持ちは消えていた。

やっぱり夜は何かヘンだったんだろうな…。
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葬儀

2005年11月23日 | 日々のあれこれ
午前6時 起床。
 ステーション着メロの「朝」(グリーグ)でお目覚め。
 ほとんど眠れていないのだが、目覚めはまあそこそこ。
 一緒に泊まった母たちもゴソゴソと起きだし、昨日のあまり物や
 買っておいたサンドイッチ、お味噌汁で朝食。
 弟から母の携帯に、5時半につくばを出たというメールが入っていた。

午前9時 出棺。
 ひつぎにお花を沢山入れて、思い出の品も納めて出棺。
 喪主である叔母が霊柩車に乗り込み、その他の面々は、マイクロバスに乗り込んだ。
 祭日ということもあって、比較的道路は空いていた。
 やっぱり火葬場は遠い…。

午前9時半 火葬場到着。
 多少の儀式を経て、いざ火葬へ。
 荼毘に付されるのはちょっと寂しい…。

午前10時半 火葬終了、収骨室へ。
 予定を大幅に短縮して、火葬が終了したとの館内放送があった。
 「東京組がまだ着いてない!」と叔母たちが焦る。
 (東京組…従兄と弟のこと)
 東京組は既に熊本空港を出発しているという連絡があったので、
 彼らが到着するのを、ギリギリまで待つ作戦に出た。
 火葬場の職員の方にも、事情を説明して頭の骨だけ残しておくことが決定。
 これ以上引き伸ばすのはムリか、と思ったとき、東京組到着。
 ギリギリで間に合ってくれた。

午後12時 乙訓。
 火葬場から帰って来て、すぐに遺族たちは乙訓にかかった。
 人が来はじめれば、なかなかゆっくり食べることはできない。
 この2日の中では、比較的ゆっくり出来た時間だったんじゃないかな。

午後2時 葬儀
 祭日ということも手伝ってか、多くの人に参列していただいた。
 弟たちと同様、東京から駆けつけてくれた人も。

午後3時 納骨
 普通は四十九日まで待つのだろうけど、9年前に祖父が亡くなったときも
 葬儀後すぐに納骨したので、今回もそれに倣った。
 前回は弟が墓に入ったが、今回は従兄が入った。
 普段は土足厳禁のこの墓、今回ばかりはその決まりも破られ放題だった。

その後も、精進上げなど儀式があった。
犬を連れに行かなければならないので、5時過ぎには家に戻った。

2002年10月26日に父方の祖母、
2003年4月3日に父、
2004年11月8日に父方の曾祖母、
2005年11月21日に母方の祖母と
4年連続に渡った不幸。来年こそは、不幸のない年になるといいな。
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怒濤の1日

2005年11月22日 | 日々のあれこれ
午前6時半 起床。
 殆ど眠れなかったのだが、少しは眠っていたようだ。
 実家に泊まった母に電話を入れると、枕経があがるので来い、とのこと。
 簡単に身支度を整えて家を出る。

午前7時 枕経。
 お坊さんが来て、お経を上げてくれた。
 その後、おにぎりと味噌汁で簡単に朝食。
 従妹は既に出勤したらしい。

午前9時 犬をペットホテルへ。
 全く世話が出来ないことが分かっているため、犬をペットホテルに預けに行った。
 突然のことにも快く対応してくれたスタッフの皆さんに感謝。

午前11時半 出勤。
 通夜までには時間もあるので、とりあえず出勤。
 ただ、斎場へ遺体を移すのが4時半ということで、3時半には帰らせてもらうことにしたのだが…。

午後12時半 帰宅。
 「祖母の死」を職場の人に伝えたところ、みんなが心配してくれた。
 「おばあちゃんなんでしょ?休んでよかったのに~」
 ほぼ全員が帰っていいと言ってくれたので、お言葉に甘えてこの日の勤務はなしということになった。

午後4時半 入棺。
 祖母が棺に入れられ、そのまま斎場へ。
 集まっていた親戚連中も、3台の車に分乗して斎場へ。
 斎場に着くと、軽く食事。人が集まり出せば食べられないから…。

午後7時 通夜。
 思いのほか、人が多くてビックリ。
 通夜ぶるまいも、一皿分を残して全て売れた。
 こんなに多くの人に集まってもらえて、祖母は幸せだ。

午後11時半 就寝。
 通夜で頂いた目覚や香典をチェックするお手伝いをして、斎場に宿泊。
 エアコンや母のイビキがうるさくて眠れなかった…(^^;)
 
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祖母の死

2005年11月21日 | 訃報
朝から母は、祖母の様子を見に実家に行っていた。
私は普段どおり午後から出勤。
出勤前と勤務後に電話を入れて、祖母の様子を聞いた。
勤務後の電話では、母は既に家に帰っていたので、大丈夫そうだった。

だが、夜中に事態は一変した。

12時前に、母に起こされた。
睡眠薬を飲んでいるので、なかなか起きなかったらしいが、何とか起きた。
そして、母から聞かされた衝撃の言葉。

「おばあちゃん、死んだよ」

一気に目が覚めた。
急いで着替えて祖母の家に向う。
母たちは祖母の死に立ち会えたようで、何も知らずに寝ていたのは私だけだったようだ。
仏間に寝かされている祖母を見ても、何も感じなかった。
悲しいとか、寂しいとか…。
ただ、呆然と座っていた。

祖母93歳。大往生だった。
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危篤?

2005年11月20日 | 日々のあれこれ
午後、祖母の介護に行っている母から電話が入った。
「今すぐどうこう、というわけじゃないんだけど、ちょっと来ない?」
別に切羽詰った様子は伺えなかったので、軽い気持ちで祖母の家に出かけて行った。

だが、祖母のあまりの弱りぶりにビックリした。
看護師をしている従妹が、脈を取ってみたり、血圧を測ったりしていた。
血圧計の調子が悪いのか、上で60ぐらいしか出ない。
血圧計が悪いのか、本当に血圧が低いのか、その場に居合わせた全員が血圧を測られることに。
その結果、血圧計は実際よりも高く表示されているらしいことが判明。

ということは、祖母の血圧は50!?

大好きな饅頭も、さつまいもを煮たのも殆ど食べない。
「いよいよか…」
私は覚悟を決めた。
だが、夕方からは少しずつ持ち直してきたらしい。
とりあえずの危機は脱したようだった。
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いきなりシステムダウン

2005年11月17日 | お仕事
14日からパート勤務で病院に入った。
今日で4日目。
業務にもある程度は慣れてきた。

そして、事件は静かに起きた。

レントゲンのオーダーを入力しようとパソコンの前に座り、起動させるためのIDを入力したのだが、うまく起動してくれない。
ようやく起動しても、反応が遅い。
変だな~と思っていたら、現場のサブマネージャーさんがエリアに飛び込んできて
「今、システムがダウンしてしまって、使えません!」
と叫んで回っていた。

エリアは一気に騒然とした。
ドクターが出す処方箋もコンピューターが使えないので、手書きになるので、その準備に追われる。
ドクターも、イマイチ理解していないらしく、何かを入力してくれと頼んでくる人もいた。
システムのダウンでコンピューターを使った作業は何も出来ない、と説明されて苦笑いしていた。

「復旧のめどは立たない」という情報がもたらされ、エリアには諦めの空気が漂った。
一時の喧騒も収まり、パソコンが動いていないだけで妙に静かになっていった。
勤務時間が終わったため、システム復旧がいつだったのかは知らない。
だが、システムダウンが夕方でよかった。
これが朝だったら、とんでもない大騒ぎになっていたはずだから…。
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うちの犬は…

2005年11月16日 | テレビ視聴・感想
以前、『トリビアの泉』で、「飼い主が急病で倒れたとき、助けを求めに行く雑種犬は○○匹」
というのをやっていた。

うちの犬はどうかなと思って、やってみた。
家の中で倒れたフリをしてみたのだが…。

髪の毛と手を噛み付きやがった。

テレビに映っていた雑種より性質が悪い。

ぜひ『トリビアの泉』では「訓練されていない血統書付の犬」でもやって欲しい。
絶対、同じような結果になるはずだから(笑)
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再び赤ちゃんに会いに

2005年11月15日 | 日々のあれこれ
祖母の家では大泣きしてしまった赤ちゃん。
今度は、従兄の実家にこちらから遊びに行ってみた。

従兄自身は、高校時代の友達と飲みに繰り出していたので、奥さんと伯母たちだけだった。
赤ちゃんを抱いた奥さんの横に座って、赤ちゃんのホッペをつんつんとしてみた。
つきたてのお餅みたいに、ふっくらしていて気持ちがいい。
赤ちゃんも私をじ~っと見てくれる。
私がメガネを掛けているので、伯母や従妹はまた赤ちゃんが泣き出すんじゃないかと心配したらしいのが…。

赤ちゃんのパパもママもメガネを掛けているため、パパとママの同類と思ってくれた、のかな?
私に抱かせてくれようとしたが、ママの方がいいらしく、ちょっと泣き出したので、抱くのは諦めた。
代わりにずっとホッペをつんつんしたり、おどけてみせたりしていた。

ほんの30分ほどのつもりが、気がつけば1時間半もお邪魔していた。
眠くなったらしく、泣きじゃくり始めたので、我々は退散。

残念ながら、これが最後の対面となってしまった。
また大きくなったら遊びにおいでね!
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赤ちゃんはいいね~

2005年11月14日 | 日々のあれこれ
従兄が5月に生まれた赤ちゃんを連れて帰省してきた。
祖母の家で食事会が催されたので私も出席。
赤ちゃんは、突然連れて来られた上に、知らない人ばかりでびっくりしたのだろう。
涙をポロポロ流しながら泣き出してしまった。

どうしたって泣き止んでくれないまま、従兄が私に抱かせてくれた。
さらに泣き叫ぶかとも思ったが、そんなことはなかったのでひとまず安心。

聞けば、人見知りが激しい時期らしく、3週間ほど会わずにいると、東京のおばあちゃんでも泣いてしまうらしい。
さらに、仕事の関係で2~3週間家をあけたパパでさえも、泣き出すとか。

熊本のおばあちゃんも会った当初は泣かれたそうだ。

みんなの関心を引きつけた赤ちゃんだったが、この日の一番のヒットは我が祖母。
「いくつになりましたか?」
という質問に対し、
97!」と答えたため、大爆笑。
(本当は93)
普通は若くさば読むものだが、祖母は逆らしい。
来月には98になってたりして(笑)
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テロップ、邪魔!

2005年11月13日 | 時事・ニュース
楽しみにしていたTRICKのスペシャル版。
放送終了まで起きているのはほぼ不可能(体がもたない@@;)なため、
ビデオのセットも抜かりない。
本格的には後日見ようと思ったのだが、導入部だけでもと、チャンネルを合わせた。

本編が始まると同時に、選挙速報のテロップ。

しかも!

贈賄罪に問われ、逮捕・起訴・拘留中の現職村長再選のテロップ。
もちろん、テロップには現職村長の名前しか出なかったけどね。

たしかに大事なことだけど、折角楽しみにしていたドラマにテロップが重なるって悲しい。
この日は玉名市でも市長選挙が行われていたから、もしかしたら、この結果も番組中にテロップで流れているかも…。

それにしても…。
逮捕・起訴・拘留中の村長が再選する村ってすごいな。
有罪か無罪かは別にして、拘留中に立候補できる制度っておかしいんじゃない?
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事前研修

2005年11月10日 | お仕事
派遣される会社から「事前研修をやるから来い」という連絡があった。
オリエンテーションに参加したメンバーと同じなので、どういう服装で行くかを打ち合わせておいた。
「スーツで行ったほうが無難だよね。」
ということに落ち着いた。
病院のオリエンテーションなどはスカートのスーツで行ったのだが、
風邪気味だったこともあり、あまり冷やさないようにパンツスーツで出かけた。

「研修」というから、何か作業とかあるのかと思ったのだが、そういうものは一切なし。
就業規則を読まされ、雇用契約を結び、就業にあたっての注意点などを聞いた。
就業に当たっての注意は、前日に病院の人から聞いた内容と殆ど同じ。

交通費に関する説明もあった。
マイカー通勤の人は、片道の距離×実働日数によってはじき出されるらしい。
私は自転車(雨だったら徒歩)なので、支給はなしだと思っていたら。
なんと、1日60円出るらしい。
多いのか少ないのか。それは分からないけど、ゼロだと思っていたので、素直に嬉しい。

それにしても…。1日4時間のパート勤務で月収5万チョットなのは仕方ないにしても、
ここから国民年金を払うのはちときついぞ…。
国民年金も収入に応じて段階的に金額が違うとかなればいいのに。
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オリエンテーション

2005年11月09日 | お仕事
今度はちゃんと前日に連絡が来た。

めでたく採用とあいなりました。

2時に集合し、4人でオリエンテーションを受けた。
病院のモットーや就業規則など、全体的な注意事項。
「ここは中学か高校か」というようなものもあり、ちょっとビックリしたところもあるが…(笑)

私以外の3人は車での通勤となるということで、通勤経路などを書く書類を渡されていた。
駐車場の場所などの説明は、細かくあったのに、なぜ駐輪場の説明は「この裏」で終わらせる??
駐輪場の場所、入り口などで、家から左に出るか右に出るかが変わるのに!
あとで、実際に自転車で駐輪場まで行ってみるしかないなぁ…。

制服の試着などを済ませて、院内を案内してもらった。
父が入院したりして、何度か来ている病院ではあるが、くまなく回ったのはコレがはじめて。
いきなり覚えるのはムリだけれど、主要なところは覚えておかなくては。

14日からいよいよ勤務開始!
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連絡はきちんと!

2005年11月08日 | 求職活動
午後2時ごろ、旅行中に録っていたビデオを見ていると電話が鳴った。
就職のお世話をしてくれている学校からだった。

「今日のこと、何も聞いてませんよね?」

いきなりの質問。何のことか分からないので「はい?」と聞き返すと。

「今日、病院さんの面接があるんですよ~。
なんだか、連絡がもれちゃったみたいで…。」

なんと。

絶対にダメだと思っていた、病院面接とな。

「すぐに準備して行けます?もう一度、病院さんには連絡しますので」

かなり向こうも慌てていることから、2時から面接がある予定だったのだろう。
出かける予定がない日は、お化粧も何もしない性質なので、急いで身支度を整える。
スーツに着替えていると、また電話。

「どのくらいで行けます?」
「そうですね~、2時半ぐらいには着けると思います」

急いで準備を済ませて出かけて行ったが、こういう連絡は確実にして欲しいなと思った日だった…。
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夜はやっぱり寒い!

2005年11月07日 | 旅行
1時10分に出向するフェリーに乗る。
その前に食事になったのだが、これから船に乗るというのに焼肉!
前日の悪夢が頭をよぎり、私は殆ど食べられなかった。
というか、肉は一切れも食べていない。
ご飯二口、キャベツ一切れ。これが私の昼食(^^;)

1時10分、予定通りトッピー号が鹿児島港へ向けて出発。
前日ほど波は高くなく、比較的穏やかだった。
肉を食べなかったのが良かったのか、船酔いもすることなく鹿児島港に到着。
この頃から、極端に空腹を感じていた。

20分ほどのトイレ休憩を挟んで、バスで熊本へと向かう。
寝ようかとも思うのだが、空腹で眠れない(^^;)
車窓を眺めながら、空腹と戦っていた。
休憩所であるサービスエリアに着いたら、絶対に何か買うぞと思いながら(笑)

そしてようやくサービスエリアに着いた。
完全に日が落ちていた。
昼間は結構気温もあがるのだが、夜になればかなり寒い。
何か暖かいの…と店内を見回して、目に留まったのが「栗饅頭」。
蒸し器の中で蒸されていた。
「これだ!」
早速、セルフサービスの栗饅頭を母の分と合わせて3個、プラスチックケースに入れる。
すると、それを目にした、同じツアーの皆様もわらわらと集まってきた。
殆どの人が買っていたので、多分すぐに売切れてしまったことだろう。

昼食を取っていないお腹には、栗饅頭はとっても美味しかった。

夜7時ごろ、ようやく解散場所に到着。
家に着いたのは7時半ごろだった。
乗り物に乗っている時間の方が長い旅だったが、いい旅だったと思う。
機会があればまた行ってみたい。
今度は飛行機で(^^;)
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マイナスイオン浴

2005年11月07日 | 旅行
2日目は、前日と打って変わって晴天。
絶好の屋久杉鑑賞日和となった。

縄文杉を見るには、1日がかりの登山となるため、今回のツアーには含まれていなかったが、
樹齢3000年ほどの「紀元杉」を見に行くことになっていた。
標高がかなり高い、ということで、海辺よりも10度くらい気温が低かったのではないだろうか。
とにかく寒かった。
ウインドブレーカーを着ておけばよかった、と少し後悔。
前日に、「屋久島の山には雪も降ります」と聞いていたのに(^^;)

紀元杉は、上部が落雷により折れていたが、樹齢3000年の凄さを見せ付けてくれた。
ぽわ~んと見とれていたい気分だったが、ツアーである以上、そうもいかずすぐに山を降りることに。

次は下山途中にある屋久杉ランドでハイキング。
といっても30分コースだったが…。

紀元杉のところほど標高は高くないとはいえ、ここも結構高いところにあるため、空気はヒンヤリとしていた。
時間さえもっとゆっくりあるならば、30分コースでも40分くらいかけて回りたかったのだが…。
でも、マイナスイオン浴はバッチリできたと思う。
素晴らしい空気が吸えたと思う。
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