どうせ地球のチリだからな。

生き方を変えたから、ブログも変えようと思った。
企画屋の日記です。

考えちゃったもんね!

2011-03-29 22:16:33 | Weblog
ブッシッシ。(こんばんは)
今日はみっちり移動してやりました。
あちらこちら車の往来が増えてきて、落橋の恐れのある所では片側通行なので大渋滞も発生しております。
これはこれで、
(あら、復興してはる)
と思えて、俺は嬉しかった。

さて、ドッグフードやキャットフードを運搬していて被災地の人達と話していると本当に皆頑張っている事が分かりますが、頑張る効率が悪い事に気付きました。
要は、俺達も当初はバラバラに動いて、イタズラにエネルギーを消費していました。
ヒッチハイクをしたり、旅に出たりするといつも思うことは、
「そっちに行くなら乗せてけよ!ケチ!」
ということ。
つまり、人の移動なんざそこそこの距離なら歩け!だし、チャリンコでいいじゃんだし、スゲェ距離ならば一番いいのが公共交通機関の利用。ただ、自分の時間で、自分の好きな場所にという便利さがマイカーの台頭。人を一人運ぶなら原付でいい。バイクでもいいけど、七人乗りの車で一人で移動するほど無駄なもんはねぇと思っていた。
だからヒッチハイクしてる時には、この人達、皆が乗り合いで移動すりゃ地球って冷めるよね。
という事をよく考えていた。

それをしようと思う。

どうせ俺達は犬を保護したり、子ども達に何だかんだとブッシッシを運んでいる。
彼等はお金がない訳ではない。
どこの世界に全財産を現金化して家に置いている人がいる?
大半の人は銀行にあるわい。
もちろん、車も流されて家も全壊という方もいます。
しかし、家がかろうじて残り、泥だらけ。家財道具一式ヘドロまみれ。
掃除さえすれば寝る所はあります。
でも、買い物するにもどこも営業していません。
隣町はホームセンターがやっているらしいけど、とても歩いてはいけません。
だから配給の食パンを待つしかないのです。
こういう方が多い。
それを知って欲しい。
その人達が栄養不足でガタガタになっています。
唇がカサカサ。
風呂にも入れない。
ビタミンも足りていない。
多くの方がそんな状況です。(もちろん、全てじゃないです。もっともっと深刻な方もいます。)
彼等が一番望んでいる事は、最低限のモノが十分に買い物出来る環境です。
俺達も今今全く収入がないけれど、新潟に行って買い物をして、心の底から安心感を得た。
仕事、つまり経済活動の復興はそりゃ大変さ。俺だってゾッとします。
人の為に動くのはいいけど、いつまでも永久的に出来るはずはない。
でも、生きるか死ぬか、食い物がねぇよ!という不安は人をロクでもない考えを持つようにさせるだろうし、そんな人達が近くにいるのにチマチマパソコンの前で企画書やらデザインやら出来ますかっての。飯が美味いかってぇの。
そんな気持ちで俺はやっています。
だから、俺は皆の足になればいい。
ホームセンターやスーパー、全然物量は足りてないけど、沿岸部よりは仙台はだいぶ充足してきている。
そこまでシャトルバスのようにブッシッシの運搬の帰りに乗せてあげて、何なら風呂も入ってけばいい。
割り勘で買えば、何世帯かに一つあればいいモノもある。
スコップや手押しの一輪車もそうだ。
一家に一台はいらない。
要は俺たちがやった事を、あっちこっちに飛び火させれば「自立」という支援を促す事が出来ると思う。
速度が早いはずです。
何故なら当事者だから。

待ってたって死ぬ。
そう思って俺たちは圧倒的に動いてみた。

彼等の中に、そういう強力なリーダーシップを持った若者がいればいい。
何故若者か?
それは体力があるからです。

ボランティアはやっぱりボランティアだ。
ありがたい事は間違いない。
ただ、米軍が本気で、骨を埋める覚悟で支援しますでしょうか?
俺が、俺たちが、本当に死ぬまで本気を貫けますか?と問われたら分からん。
中には絶対にそういう人もいるし、素晴らしい人間だなと思う。
俺自身にも言い聞かせる様に書けば、復興は時間がかかる。
長い時間がかかります。
もちろん、、今の様に永久的には無理でも復興は自分達の街だから続けます。
続けるけど、ゆきえさんが生きていて、俺の周りに何の被害もなかったら【もしかしたら】他人事だったかもしれない。
結果論だから分からない。
一番強いのは、自分の好きな街を復興させるのだ、という当事者の意志だ。
それは、俺も強い。負ける気がしない。
各々、自分が強くなるように動けば強い。
ガソリンは調達すればいい。
仕事は作ればいい。
食い物は、ある所に買いに行けばいい。
援助には多いに甘えればいい。

まずは、彼等を少しづつでも市内の買い物が出来そうな所に連れてこようと思う。
丁目、ブロック単位でいいと思う。
代表者が買いに行けばいい。
俺は新潟で、町内分全部買ってくる。
そんな奴を数百人に増やせばいい。

何より、彼等がそれを一番望んでいる。
買えないモノがブッシッシに頼るのだ。

よし、それで行くぞ。
まずは明日トライアル!

応援して下さい。
仙台をあっという間に元に戻してやる。
で、応援してくれてる皆に会いに旅に出る。

早く会いに行きたいから、急いで頑張ります。

夢物語ではない。
やりゃ出来ると思う。
やらないだけだろう?

しばらくしたら、ゆっきぃ(宮城交通)が頑張ってバスを出すさ。
俺はそれまで足になる。

写真は新年会に参加したアホ達の一部。
早くこういう日々に戻しましょう。

ブッシッシ(おやすみなさい)

食パン

2011-03-29 16:13:34 | Weblog
矢本はまだ、朝と晩に食パンが一枚だけ。
避難所は食事は出ていましたが、大きめのスーパー等がない集落は、来る日も来る日も配給の食パンのみということでした。
少し車で走れば若干の買い物が出来る場所があったのだが、情報が分断されているらしく彼等はその事を知らない。
「なけれはないで知恵が回るもんで、パンにタラコつけて食べてるの!頑張ってるわよ!」
…。
それはキツイ。
タケチンに車を停めてもらって、気持ちばかりだが乾麺やカップラーメンを差し入れて来た。
泥は落としたみたいだが、買い物したものは泥が渇いた砂っぽい代物でした。
泥だらけの民家街は、映画のセットみたいだ。
復興なんてまだまだ先だと痛感した。
子ども達も泥を書き出している。
今から塩釜~七郷経由で帰る。
今日は全員に泣かれた。

きっと、もう限界なんだろうと思った。
山程のチョコレートと文房具が欲しい。
甘いものが必要だと思う。
後はビタミン剤。
体調も皆、今がピークな気がしました。

渋滞

2011-03-29 13:29:11 | Weblog
つい昨日、一昨日位までは、まともに動いてる車は俺達ぐらいなものでしたが、大渋滞に巻き込まれちゃった…
車が増えてきた!
いいぞ仙台!
まだまだガソリンは買い辛い事は確かだけど、これはすごくいいことだ!

写真はタケチン。
ブッシッシ!

俺を

2011-03-29 00:45:12 | Weblog
今日は天気も良く、被害の酷かった地区の方々も、何だか気分的に明るい様に感じました。
人も動物たちも、ある程度の居場所が確定して来ていて、(避難所の閉鎖等の問題はありますが)今日伺った所では近所の猫がわんさかいました。
俺は猫アレルギーだ。
「クロ!ゴハンを持って来てくれたよ!お礼は!」
とおばあちゃんが言うと、一度目を合わせておきながら「ニャー」っつってソッポを向いた。
「この野郎!」
って言っておいた。
塩釜の友人の家が避難所になっていると言うから、物資を持って行きながら顔を見て来た。
やはり顔を見ると安心するな。
数件ネコエサを配って回り、情報を集めながら移動。
市街地や特定の地域にいると復興は確かに始まっている様に感じるが海沿いはやっぱりまだまだ、まだまだ。
何処から手をつけたらいいか途方に暮れる。

ところで、俺は相手が誰であれ文句を言う。
例えば今回なら避難所の人達も例外じゃない。
言っていい事、悪い事がある。
彼等のストレスは尋常じゃない。
八つ当たり的な発言もあるが、それぐらいは我慢できる。
理解出来るから。
ただし、ただのワガママみたいな人もいる。
物資だってタダじゃない。
湧いてくる訳じゃない。
皆の、それこそ「支援」で手に入れた大事なリレー物資だ。
「そんなものいらねぇ、もっとマシなの持って来いよ使えねぇ。」
「オイコラ、お前、家族全員無事か?」
「俺は独り身だ。」
「じゃあ、表出ろや。」
そういう流れの人もいる。
家族を失って自暴自棄。それなら俺は、俺でいいなら殴ってもいいよ。と思えるが(実際に殴ってきたら報復するかもしれん)ただのワガママで怠慢こいてる奴もいるのは事実。
何度も言うが、彼等は貧乏人でも何でもない。
たまたま、そこにいた人達。
全然対等。全く平等。
状況に甘えて文句を言い、タダの八つ当たりを我慢できるほどアレじゃねぇのさ。
先の見えない不安で被害の少ない地区の人達も苛立っていた震災直後。
その時は誰に対しても我慢できるが、今はもう違う。
どこぞの買い占めも問題だが物資の独り占めも問題だ。
美談ばかりではない。
ただ、何もかもが全然足りておらず本当に困っている人達はわんさかいます。
孤立化した集落のずんつぁん達は本当に大変だろう。
まだまだです。

そして、夜。
友達の家の片付けの手伝いに駆けつけたら、子どもの遺体を発見した。
息子と同じ位。
親はどうなっているのか分からない。
持っていたチョコレートをあげた。
友人達が通報をして、俺は帰って来た。
すぐに子ども達の寝顔を見に行って、少しそこにいた。
犯罪や戦争ではないから仕方ないのかもしれない。

でも、俺はまだ色々と我慢できるなぁと反省した。

明日も神戸の武田さんから送って頂いた物資を届けてくる。
歯ブラシとコップがいっぱい。
「ハミガキしろぉ!」
と追いかけ回すどこにでもある光景が、一日でも早く生き残った子ども達の全員の毎日になりますように。
夕食の準備の香りが家々から漂ってくる夕方が、一日でも早く生き残った子ども達の全員の毎日になりますように。

頂いた支援金は、(会計報告)使途などを含めて監査役として弁護士に依頼しております。
まだまだ頑張ります。
期限は決めようがないけど、やれる限り、そして、やれるだけの事を俺の仲間達はやっています。
こんな俺を、信用してくれてありがとうございます。
俺を信用してくれた全国の支援してくれている皆に、会いに行きたい。
いつか必ず、ジーンズとか酒とか持って会いに行きます。

逆に、困ったら一番最初に俺に言ってください。
俺たちは、一生忘れません。
皆が忘れても、俺たちは一生忘れません。

今しばらくの応援をお願いします。
一日でも早く、暖かくて、くだらない事で腹を立てたり笑ったり出来る毎日に戻しましょう。
そうじゃないと、飯もうまくない。

写真は震災前の俺の事務所。
震災後じゃないよ。