最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

最前線で活躍するお父さん、お母さんのためのBLOG
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●三日酔い

2009-01-01 18:34:37 | Weblog

●三日酔い闘病記

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息子が、アメリカのNAPAのワインを、
みやげにもってきてくれた。

「あぶないかな?」と思いつつ、それを
フルーツ・ジュースで割って飲んでしまった。

飲みやすかった。
おいしかった。
で、調子にのって、その翌日も、飲んでしまった。
今度は、コップ3分の1ほどを、それを野菜
ジュースで薄めて飲んだ。

が、これが悪夢の始まりだった。
三日酔いの始まりだった。

++++++++++++++++++

翌朝、実はその日、愛知県のほうへ、グルメ観光に行く予定だったが、はげしい頭痛で
目が覚めた。
旅行は、そのままキャンセル。
頭痛だけではない。
症状を列挙してみる。

目が回る。
じっと見ているだけで、目の奥が痛くなる。
動きのあるものを見つめていると、吐き気を催す。
音がだめ。
音楽もだめ。
それがガンガンと頭に響く。

頭を動かすと、同じように吐き気を催す。
脈数を計ってみると、105~110もある。
こめかみを指で触れてみると、そこでドクン、ドクンしているのがわかる。

食欲はなし。
インターネットで調べてみると、「水分補給がいい」とあった。
しかし胃そのものが、水分を受けつけない。
アレルギー反応を示している。
少しお茶を口にしてみたが、そのままゲーッ!

加えて、下痢、また下痢。
昨日だけでも、10回近く、トイレへ走った。
腸全体も、アレルギー反応を示している。
(これは素人判断だが……。)

昼過ぎになって、息子が二日酔いの薬を買ってきてくれた。
「2000円のワインを飲んで、薬代が2000円では、
赤字だね」と、おかしなことを言いながら、薬をのむ。
胃の不快感は、しばらくすると、軽くなった。
そこではじめて、ぬるいお湯に、蜂蜜を溶かして飲む。

が、食欲は、ゼロ。

起きていても目が回る。
しかたないので、そのままふとんの中へ。
こうして私は、約24時間も、つづけて眠ることに……。
ときどき体を起こしたが、24時間というのは、すごい。

そして三日目の今朝、やっとパソコンに電源を入れた。
頭を動かすと目が回るので、頭は椅子に固定したまま。
今朝になって、お茶を2杯飲むことができた。
が、飲んだとたん、またあの頭痛。
摂取した水分で、血管が拡張したためらしい。
それが神経を圧迫した。
片頭痛のときの頭痛に似ている(?)。

が、何よりもつらかったのは、厭世気分。
「二日酔いになると、厭世気分が増大する」という。
「生きていることそのものが、いやになる」……というのは、少し大袈裟だが、
しかしそれに近い。
犬のハナを見ても、いつものような愛情を感じない。
そこにいるのは、ただの動物。
あれこれグチを言うと、ワイフがこう言った。
「二日酔いを私のせいにしないでよ」と。

いつだったか、友人のT氏がこう言ったのを思いだした。
「酒で、憂(う)さが晴れるというのは、ウソだよ。
そのときは、酒で自分を忘れることができても、そのあと、何倍も、落ち込むよ」よ。

二日酔いと厭世気分。
悶々とした不快感。
暗く沈んだ夕方の景色を見ただけで、気分が落ち込む。
しかたないので、また床に横になる。
あとはこの繰り返し。

そして今。
こうしてキーボードを叩いているだけで、頭が痛くなる。
先ほど飲んだお茶が、胃の中でガボガボしている。
風邪をひいているわけでもないのに、背中がゾクゾクする。

だから称して、三日酔い。
酒と縁を切って、もう14年になる。
その私が、またまた失敗を繰り返してしまった。

だからこう誓う。
もう2度と、酒は飲まないぞ!、と。

12月31日。
大みそか。
何たるザマ!

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
二日酔い 三日酔い)


Hiroshi Hayashi++++++++Dec 08++++++++++はやし浩司

【2009年まで、あと1日】

●BLOG

数日前、楽天BLOGへのアクセス数が、(楽天BLOGだけで)、1600件を超えた。
アクセスランキングでも、上位14~5位に入った。
その数字を見ながら、しばらく手の動きを休める。
「どんな人が読んでくれているのだろう?」と。
が、そこにあるのは、数字だけ。
「1600」という数字だけ。

そこで「1600」を、30倍してみる。
1600x30=4万8000件となる。
約5万件ということになる。
「5万件」というと、実感がわいてくる。

本でも、5万部も売れれば、ベストセラーとまではいかなくても、そこそこに
評判の高い本ということになる。
もの書きとしては、それなりの収入が得られる数字ということになる。

HPやBLOGが、私の生きがいとなって、もう7、8年になる。
この間、電子マガジンも、1100号を超えた。
願わくは、2009年も、今のままつづけたい。
HPもBLOGも、そして電子マガジンも!
私の今の生活は、(ものを書くこと)で、回っている。
その努力が、少しずつだが、報われてきたように思う。

読者のみなさん、ありがとうございました。
2009年も、よろしくお願いします。


●2008年を振り返って……

2008年、実兄と母が、相次いで、他界した。
兄については、それなりに覚悟をしていたが、母は、そうではなかった。
まわりの介護士さんたちも、「100歳までは生きられますよ」と言ってくれていた。
つまりそれくらい、元気だった。
体の故障も、なかった。
ホームでも、薬をのんでいなかったのは、母だけだった。

が、2月の終わりに、脳梗塞を起こしてからは、そのまま寝たきりになってしまった。
毎月のように、ホームへ呼び出されるようになった。
そして兄は8月に、つづいて母は10月に、この世を去った。

そのときは、長く感じられた毎日だったが、振り返ってみると、あっという間だった。
母にしても、約2年、この浜松にいたことなるが、その実感は、まったくない。
こと母についていえば、時間は止まったまま。
そしてその時間は、すっぽりと抜けてしまっている。
思い出といっても、断片的なもの。
その断片が、みな、同じ。
何枚も何枚も同じ絵が重なり、1枚の絵になってしまった。

で、時おり、さみしくなることはある。
ふと「兄や母は、何だったのだろう」と思うことはある。
あるいは「つぎは、私」と、心細くなることもある。
が、それ以上に、ほっとした気持ちも否定できない。
この安堵感は、いったい、どうしたものか。

最後に兄を見舞ったときには、兄は、胃に穴をあけ、そこから食物を
摂取していた。
あまりにも痛々しい姿に、驚いた。
声をかけると、細いまぶたの中で、三角の目が、左右に動いた。

母のばあいは、私は、経済的重圧感というよりは、社会的重圧感に苦しんだ。
とくにこの40年間、そうだった。
心理学の世界にも、「家族自我群」という言葉がある。
私はそれに苦しんだ。
が、けっして、母を恨んでいたわけではない。
母は母で、あの時代を懸命に生きた。
あの時代を、そのひとつ前の時代を背負いながら、懸命に生きた。

「家意識」「家父長意識」「権威主義」「親絶対教」などなど。
私は母の心理を解きほぐすことで、それがどういうものであるかを知った。
反面教師というよりは、母は教師そのものだった。

しかしそれも終わった。
長くつづいた重圧感だったが、ともかくも、終わった。
私にとっては、長い長い、40年間だった。
いや、本当は、60年間だったかもしれない。
父が酒を飲んで暴れ始めたのは、私が3、4歳くらいのときだった。
ゆうつつで、暗い毎日だった。
幼児だった私にも、それがよくわかった。
そういう生活の中で、兄が犠牲になった。

もし私が兄だったら、私も兄と同じ運命をたどっていたことだろう。
心の傷は同じ。
どこもちがわない。
だから兄の葬儀のとき、私はうれしかった。
兄が死んだことがうれしかったのではない。
兄が、私の心の傷を持ち去ってくれたようで、うれしかった。
どこかで、「浩司、あの世までもっていってやるよ」と言ってくれたようで、
うれしかった。

そう、母も、そう言っていた。
ある夜、私が横で添い寝をしてやっているとき、ふと、母がこう言った。
私が「何がいややった?」と聞いたときのこと。
母は、「父ちゃんの酒はいややった」と。
母も、同じような傷を受けていた。

ともかくも、それも終わった。
そしてあの時代は、遠い、遠い、暗闇の中に消えた。
裸電球が、どんどんと遠ざかり、そのまま小さな点となって、消えた。
私にとって、「終わった」というのは、そういうことをいう。

2009年からは、私は私の人生を、思う存分、生きてみたい。
「家」や「家族」にとらわれることなく、思う存分、生きてみたい。
が、残り少ないというか、気がついてみたら、もうあと10年、ないかもしれない。
がんばろう!
がんばるしかない!
がんばります!
……ということで、2009年まであと2時間10分。


【12月29日】

●息子が帰ってきた

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夜遅く、三男が東京から帰ってきた。
夕食後、2時間ほど、あれこれ話す。

「エアバスと、767はどう見分けるか」とか、
「GEのエンジンと、ロールスロイスのエンジンはどうちがうか」とか、
さらに「ブラジルの航空機メーカーは、どうしてすぐれているか」とか、など。

B-777は、2基のエンジンをつけているが、1基だけで、1万1000ポンド
もの推力があるそうだ。
(そう言われても、ピンとこないが……。)
だから1基だけで、じゅうぶん離陸とのこと。

「1基が故障しても、楽に片肺飛行できるということだね」と念を押すと、
「そのため垂直尾翼が大きくなる」と。

今度の787の納期引渡しが遅れているのも、そのあたりに本当の理由があるらしい。
エンジンを担当したGE社が、予定より大型のエンジンを製作してしまった。
(エンジンを大型にする)→(垂直尾翼大きくする)→(重量が変化する)→
(設計の全面見直し)と。

言い忘れたが、片肺飛行のとき、垂直尾翼が小さいと、飛行機をコントロール
することができなくなる。
エンジンの推力と垂直尾翼の大きさは、比例する。

ほかにもこんな話を聞いた。

コックピットでは、3系統の電源が用意されているそうだ。
どれかひとつでも故障すれば、自動的につぎつぎと電源が作動する。
が、その3系統とも故障したら……?

そのときは、B-777の場合は、コックピット下の窓が開き、
風力で発電機を回して電力起こすそうだ。
なお水平儀など、飛行に絶対必要な機器については、7段階まで、予備が
用意されているそうだ。

「コンピュータにOSが7つ、ついているようなものだね」と私が言うと、
「まあ、そんなとこ」と息子は言った。

飛行機の話は、いつ聞いても楽しい。
J社のカレンダーを、みやげにもってきてくれた。

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●40%が債務不履行状態

現在、韓国の企業の約40%が、債務不履行状態にあるという(東亜N報・
12・29)。
そのパーセンテイジは、日増しに大きくなっている(同)。
先の97年危機のときは、50数%だったというから、かなり危険な状況に
近づきつつある。

が、その一方で、韓国は、今度は「対馬(つしま)は韓国の領土だ。
文献もそろっている」と言い出した。
竹島(独島)どころではない。
対馬、だぞ!

今はまだよい。
もし日韓の経済関係が逆転するようなことにでもなれば、「九州まで……」とまでは
言わないにしても、きわめて強硬な姿勢で、日本に臨んでくるはず。
そのことは、先のN前大統領時代を思い出してみればわかるはず。
そんな韓国を、どうして日本が救済しなければならないのか。

小泉総理は、日韓間で、100億ドルのスワップ協定を結んだ。
それを今度のAS総理は、300億ドルにふやし、さらに倍増しようとしている。
「スワップ協定」というのは、資金の融通制度をいう。
どちらか一方が債務不履行に陥ったとき、資金を融通しあう。
借りたときの為替レートで、借りたほうは、あとあとゆっくりと、お金を返せばよい。
それがスワップ協定である。

しかしこれほど不平等な協定はない!

大企業(日本)と、中企業(韓国)が、資金の融通を相互に約束しあうようなもの。
韓国にとっては、大助かりだが、日本にとっては、ほとんど役にたたない。
経済規模そのものがちがう。
仮に500億ドルもあれば、それで韓国は立ち直ることができる。
が、日本にとっては、500億ドルなど、(もし日本がデフォルトを宣言すれば
の話だが)、焼け石に水。

AS総理のことだから、こと韓国に対しては慎重な姿勢を見せるかと思っていたが、
韓国の大統領に会ったとたん、ホイホイとそれを決めてしまった。
「おバカ首相」(週刊B春)と言われるゆえんは、こんなところにもある。
一貫性が、まったくない!


●緊迫するパレスチナ問題

イスラエル軍の空爆で、300人近くのガザ地区の人たちが死んだという。
何度も書くが、この戦争は、ただの領土問題が原因ではない。
宗教がからんだ宗教戦争である。
だからやっかい。
宗教がからむと、人は、命までかけるようになる。

小さな家庭の中でさえ、宗教が理由で離婚騒動をしている夫婦となると、
ゴマンといる。
実際、離婚した人も多い。
たいていはある日突然、妻がどこかの新興宗教団体に身を寄せるところから、
それは始まる。
最初は夫に隠れて、静かに信仰している。
が、そのうち、おおっぴらにやるようになる。
「信仰は個人の自由」などというような、なまやさしいものではない。
妻は、夫の価値観、哲学、人生観すべてを、否定するようになる。
価値のないものとして、退けてしまう。
が、この程度ですめば、まだよいほう。

やがて妻は、とんでもないことを言い出す。
「あなたと私は、前世の因縁では結ばれていなかったのよ」とか、何とか。

妻だけではない。
夫のほうが入信するケースもある。
ある夫は、こう言って、日々に、おびえていた。

「私の妻は悪魔の手先だ。妻といっしょにいるだけで、私はやがて地獄に落ちる」と。

実際、そのような相談を、その夫の妻の側から受けたことがある。

私「本気であなたの夫は、そんなことを信じているのですか」
妻「そうです。本気です。宗教の話になると、体をガタガタ震わせて、おびえます」
私「どうしてあなたにおびえるのですか」
妻「私のことを、悪魔と思い込んでいるからです」
私「どうして?」
妻「私がその宗教に反対しているからです」と。

こう書くと、かなり「?」な夫を想像するかもしれない。
が、妻の話では、国立大学の理科系の学部を出た、ごくふつうのサラリーマンとのこと。
そのときは、どこかの設計事務所で、機械設計をしていた。

パレスチナ問題は、その延長線上にある。
だから、やっかい。
複雑。
アメリカのライス国務長官程度の人が、停戦を呼びかけて、それで停戦できるような
戦争ではない。
(ライス氏にしても、またあのヒル氏にしても、そういうことがまるでわかっていない。)

今はまだロケット弾程度による攻撃ですんでいるが、核兵器が登場するのは、
時間の問題。
イランは今、急ピッチで核兵器の製造をつづけている。
シリアもそうだろう。
ロシアの核兵器が使われる心配もある。
宗教戦争であるだけに、妥協がない。
もしそうなれば、それこそまさにハルマゲドン!

いちばんよい方法は、イスラエルが負けを認めて、あの地から出て行くこと。
2000年前の聖地を理由に、あの地に居座っていること自体、おかしい。
どこかに土地を買って、そこに集団移住するということは、できないものか。
……と言っても、イスラエルも建国してから、もう60年近くになる。
「いつまで戦争をやっているのだろう」と思うと同時に、「この戦争は、まだまだ
つづくだろうな」と思う。

宗教戦争というのは、そういうもの。
「妥協」という言葉は、通用しない。

(イギリスの植民地を、イギリスから買い取る形で、現在のイスラエルは、
あの地にイスラエルという国を建国した。
パレスチナ人を追い出して建国したというところが、まずかった。)



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