最前線の育児論byはやし浩司(Biglobe-Blog)

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子育て随筆byはやし浩司

2009-10-21 13:34:59 | Weblog


●私のケース

 私には、1人の兄と、1人の姉がいた。
兄は9歳年上。
姉は5歳年上。
年齢差が大きかったということもあって、いっしょに遊んだ経験は、ほとんどない。
子どものころから、相談しあったり、困ったときに、助けあったこともない。
とくに兄とは、ない。
その記憶もない。
姉とも、ない。
もとから希薄な兄弟関係だった。

 で、私は高校を卒業すると、故郷を離れた。
実家へ帰るとしても、年に数回。
会えばいっしょに食事をしたりしたが、その程度。
やさしい兄であり、やさしい姉であったとは思うが、心を通わせるということは、最後ま
でなかった。

 「最後まで……」というのは、最近、いろいろあって、私は姉とは縁を切った。
(兄は、昨年(08年)の夏、他界している。)
「縁を切る」というのは、今後のつきあいは、いっさい、しないということ。
会うこともないし、電話をかけあうこともない。
年賀状を出すこともない。

 理由はともかくも、そういう関係になってしまった。
で、その話を、Aさん(=いとこの1人)に話すと、Aさんは、こう言った。
「浩司君から、そういう話を聞いて、うれしい」と。

 いとこのAさんも、兄弟たちと縁を切って、もう10年以上になるという。
しかしだれにもそれを話せず、体裁をとりつくろってきた。
親戚づきあいをしているようなフリをしてきた。
Aさんには、それが苦痛だった。

一方、私たち兄弟は、仲がよく見えたという。
「浩司君たちは、兄弟、みな、仲がいいと思っていた」と。
私のほうが、それを聞いて、驚いた。

●トラブル

 『家庭内部のトラブルは、外に漏らすな』と説く人は多い。
私も最近まで、ずっと、そう考えてきた。
しかし実際には、どの家も、何らかのトラブルをかかえている。
トラブルのない家庭はないと断言してよいほど、何らかのトラブルをかかえている。
が、みな、話したがらない。
他人に話したところで、どうにもならない。

 だから表面的なつきあいだけを繰り返し、それですます。
体裁をとりつくろう。
しかしそれでは問題は解決しない。
兄弟は、仲がよいほうがよいに決まっている。
だったらみなが、もっと心をオープンにして、この問題と正面から話しあう必要がある。

 ……といっても、私は偉そうなことは言えない。
私たち兄弟については、冒頭に書いたとおり。
それにあえて言うなら、修復しなければならない理由もない。
また修復したところで、何も変わらない。

それをするにも、ものすごいエネルギーを必要とする。
今の私には、そんなエネルギーは、どこをさがしても、残っていない。
平たく言えば、ヘトヘト。
兄弟なんて、うんざり。
たくさん。
こりごり。

●確執

 結論としては、「兄弟は仲よく」という言葉そのものが、幻想ではないかということ。
仲が悪くなって当たり前。
仲がよければ、もうけもの。

 とくに長男(長女)と、その下の兄弟は、仲が悪い。
子どもの世界では広く見られる現象であって、これには親の愛情がからんでいる。
長男(長女)は、下の弟(妹)が生まれることによって、愛情の半分を奪い取られる。
そのときから、兄弟の間に、深い亀裂が入る。
「仲よくしなさい」と言う方が、無理。
中に、仲のよい兄(姉)を演ずるケースもあるが、たいていは反動形成※によるもの。
仲がよいフリをすることによって、兄(姉)は自分の立場をとりつくろう。

(※反動形成…表面的な体裁をとりつくろうため、本当の自分とは正反対の自分を、外面
的に形成すること。弟や妹が憎いにもかかわらず、やさしい兄(姉)のフリをするのが、
それ。)

●保護と依存

 兄弟姉妹にかぎらず、仲がよくなるためには、それなりのプロセスが必要である。
簡単に言えば、苦楽を共にする。
そうした共通の経験の積み重ねがあってはじめて、たがいの間に「血」が流れ始める。
その「血」もないまま、ただ戸籍上の人間関係だけで、深い人間関係を求めても意味はな
い。
ないばかりか、ときとばあいによっては、その人をかえって苦しめることになる。

 私の兄にしてもそうだ。
めんどうをみるのは、私。
みてもらうのが当然と考えるのは、兄。
こうした保護、依存の関係が、かなり早い時期にできあがってしまった。

 最初は、それなりに感謝される。
しかしそれは長くはつづかない。
やがてそれが当たり前になり、さらにしばらくすると、今度は、反対に、それを要求され
る。

 こうなると、保護する側の精神的負担は、ますばかり。
しばらく放置しておくと、今度は、泣き落としにかかってくる。
「援助がなければ、生きていかれない」というようなことを言い出す。
1年や2年ならともかくも、そういった状況が、10年単位でつづく。
20年単位でつづく。

 これは私の経験だが、経済的負担感というより、それによる社会的負担感には、相当な
ものがある。
良好な人間関係が基礎にあれば、まだ救われる。
それがないと、故郷に足を向けるだけで、息がつまる。
私は、それに苦しんだ。

●本能vs理性

 もちろん仲のよい兄弟、姉妹もいる。
しかし先にも書いたように、そこに介護問題、相続問題などがからんでくると、その関係
は、一気に崩壊へと向かう。
裏で金銭問題がからむ。
それが兄弟、姉妹関係をぎくしゃくさせる。

 そういう意味でも、人間の欲望には、恐ろしい魔力がある。
それこそ(血のつながり)ですら、粉々に砕いてしまう。
その魔力と闘うのは、容易なことではない。
ふと油断すると、その泥沼に足を取られてしまう。
日ごろ、高邁な理想論を説いている人でも、この問題は、別。
夏目漱石の「心」を例にあげるまでもいない。
つまりあの夏目漱石も、同じ問題で苦しんだ。

 なぜか?

 管轄する脳みそがちがう。
欲望は、脳の中心部にある、視床下部あたりから発せられる。
一方、人間の理想は、前頭連合野が管轄する。
言うなれば、欲望は、本能と深く関連している。
一方、人間の理性の力には、限界がある。
どこかの大学の教授ですら、手鏡を使って、若い女性のスカートの下をのぞく。

●私のばあい

 ここで姉のことを書くつもりはない。
しかし私が選んだ方法は、「遠ざかる」。
イギリスの格言にも、『2人の人に、いい顔はできない』というのがある。
争うのもいや。
話しあったところで、何も生まれない。
姉も変わらない。
私も変わらない。

 だったら、遠ざかる。
……ということで、「縁」を切った。

 ……といっても、何もあえて敵対しているわけではない。
姉には姉の人生がある。
同時に私には私の人生がある。
40年以上も離れて暮らしていると、価値観も違ってくる。
「水と油」というほどではないが、それに近い関係になってくる。

 姉には、生涯、私の考え方は、理解できないだろう。
反対に、私の考え方を理解してもらうためには、何十年もかかるだろう。
あるいは、不可能。

 私は高校を卒業すると同時に、金沢に住み、韓国、オーストラリアに渡り、大阪で商社
マンになった。
そののち、浜松に住むようになり、今のワイフと結婚した。

 一方、姉はそのまま郷里に残り、さらに山の中に住む農家の男性と結婚した。
そんな私と姉が、理解しあえるはずがない。
姉にすれば、私は、とんでもないほど非常識な男ということになる。
それが私にも、よくわかっている。

●遠ざかる

 親子の確執、兄弟、姉妹との確執に苦しんでいる人は多い。
本当に多い。
ウソだと思うなら、インターネットで検索してみるとよい。
そういう書き込みが、ズラズラと出てくる。
今では、親子どうし、兄弟どうしが、裁判で争っているケースも少なくない。
 
 が、私のばあい、それ以上に、「時間」が貴重。
今までの10年間が、あっという間に過ぎたように、これからの10年も、あっという間
に過ぎるだろう。
それを思うと、今は、もう無駄にできる時間はない。
平たく言えば、わずらわしいことは、避けたい。
だから「遠ざかる」。

 悲しいことだが、(本当は、悲しいなどとは、全然、思っていないが……)、それもひと
つの人間関係。
親子でも、兄弟でも、最後は人間と人間の関係。
それで決まる。

「親だから……」「兄弟だから……」と、『ダカラ論』にしばられることはない。
『ダカラ論』というのは、もともと意味のないエセ論理。
一見、論理風に見えるが、合理性は、何もない。
だったら、ありのままを、ありのままに生きればよい。
無理をすれば、疲れるだけ。
神経を、すり減らすだけ。
兄弟、姉妹関係も、その中のひとつにすぎない。

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【3】(近ごろ、あれこれ)□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

●武士道(1)

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けっして、死を美化してはいけない。
生を美化することはあっても、死を美化してはいけない。
私たちは、まず、生きることを考える。
生きて生きて、生き抜く。
死はその結果としてやってくるかもしれないが、
そのときは、そのとき。
死の向こうには、何もない。
そこは太虚の世界。
だから、死を美化してはいけない。

武士道を一言で言えば、その底流にあるのは、
死の美学ということになる。
武士の象徴が、「刀」にあるとするなら、その
刀は、人を殺すためのもの。
この原点を踏み外して、武士を論じてはならない。
武士道を論じてはならない。

新渡戸稲造は、「武士道」の中で、あの赤穂浪士を、
最大限の言葉を使って、称賛している(「武士道の世界」
イースト・プレス)。

「義士と呼ばれるこの正直な率直な男子たちの徳は、
宝石のように光り輝き、人々のもっとも高く、褒め
讃えたものだったのである」と。

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