オベロン会ブログ

英米文学の研究会、オベロン会の専用ブログです。

2月のオベロン会

2011-02-23 | てこな姫

昼の時間も長くなり 
暖かさを感じる日も、少しずつ増えてきました。

晴れの日には、どこかに出かけたくて、うずうずしますよね


さて
今月のオベロン会、
発表者は太田雅孝さんです。

太田さんからは以下のようなタイトルをいただきました。



W. H. Auden の詩論を読む
──オックスフォード大学詩学教授就任講演
("Making, Knowing and Judging") を巡って



オーデンは、1956年から1961年まで
オックスフォード大学の詩学教授を務めました。
その就任講演が今回の題材です。


長い講演なので、全部を読むことは難しいようですが、
太田さんならではのポイントを中心に
ご紹介くださるようです。


1907年生まれのオーデンが
ちょうど50歳代に差し掛かった時期の詩論になります。
この時期のオーデンの、いろいろな微妙な立場についての
考察も盛り込まれるようです。


オベロン会はいつものように、
六本木の国際文化会館にて
2月26日(土) 午後2時からです。


春本番の日和となることを祈りつつ 




1月のオベロン会報告

2011-02-02 | 左り馬
2011年最初のご発表は、宮本さんの『壺葬論』についてです。

実は宮本さんはこのテクストを共訳 されています。
残念ながら今は品切れ中ですが、
日本語で十七世紀の散文にふれることのできる貴重な書物です。

ブラウンはイースト・アングリアで出土した古のローマ人の遺灰
(後にサクソン人であることが明らかになったようです)
を目にしながら、さまざまな思いをめぐらせます。
世界各地の火葬の歴史、出土した壺とその中身についての詳細な記述、
火葬後の魂の運命、質素な骨壺と対比される立派な墳墓を建設する無意味さ…。
死生観と無常観があふれていますね。

ブラウンは世俗での永遠を願った人々の壮麗な墳墓を見ながら、
それと対比される神の時間を意識します。
ブラウンが対照的な二つの時間を意識するに至るきっかけとして、
十七世紀に拡張しつつあった年代学の考えを無視することはできないようです。

さらに、前時代の歴史意識や同時代の古事研究を学ぶことで、
ブラウンのテキストはいっそう深みを帯びてきます。

それだけではなく、ギリシャ・ローマ古典への言及があふれたブラウンの著作には、
随所に興味深い記述が含まれていることをお話していただきました。

壺をめぐる様々な議論に、参加者一同大いに刺激を受け、
多くの質問が交わされました。

しかし、ブラウンの英語は難解ですね~

その後は、例になく目黒へ三次会までくりだし、
お酒で暖まりながら歓談に花を咲かせました。

宮本さん、今回も貴重なお話をありがとうございました!