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白鳥のブログ - 日々の世界を徒然と

蒼穹のファフナー EXODUS 第26話 『竜宮島』 感想2 一騎・総士・真矢の運命について

2015-12-30 13:27:58 | ファフナー
どうも中にはこの最終回に対して、「尺が足りない」「描写が足りない」「感情移入ができない」という声もあるようだけど、そういう人たちは多分、最終回だけに「終わり」が記されると思いすぎているか、もしくは「終わり」にはいくつもエンドがあってどこかにTRUE ENDがある、といった発想に囚われ過ぎているんだと思う。

要するにラノベやゲームに毒されすぎてるんじゃないかな、と。

前者については、最終回だけでなくシリーズ全体を通しての展開から解釈する、あるいは、少なくとも終章の始まりといえる23話以降の4話で最終話だと思って振り返ればいいと思う。

後者については、示された最終話(ないし最終章)の構成から、まずはきちんと製作陣の意図を汲みながら自分の解釈をしてみればいいと思う。

尺が足りないのは、どんな作品でもそうであって、だから制作者はその限られた中で表現をする。たとえば、感情移入ができないのは、むしろそれを狙っているからではないか?と想像してみる。そうすれば、大抵の場合、違う見え方が浮かんでくる。

多分、このファフナーはそういう態度(やリテラシー)が必要になる作品だと思う。こういっては何だけど、視聴者が作品を選ぶように、作品(の制作者)も視聴者を選ぶものだから。その当たり前のルールを思い浮かべる方が有益だと思う。

で、最終話、最後まで見て、ああ、そういうことが伝えたかったのか、と思ったのは、大きくは2つで

○災厄を未然に防ぐことの大切さ
○判断を放棄することの人間としての罪

ということ。

前者は、最終的にアルタイルとの対話の狙いが、実は「アルタイルの封印」にあったこと。アルタイルという存在(「純粋ミール」)が桁外れの圧倒的存在であり、そのような存在とまともに対峙できる存在など、地球上にはミールやフェストゥムを含めてまだ存在しなかったということ。だから、アルタイルの封印が可能になった状況の出現を、織姫は「一番希望に満ちた未来にたどり着いた」と表現した。

もちろん、見る側としてはアルタイルとの間で積極的な対話がなんとかなされると思っていたわけで、その対話がなされずにいきなり封印された、というのには、肩透かしを食らった印象は免れない。しかし、それでも、これが「最善策」であった。現時点で直接対話を試みたり、ましてや戦ったりするなど、悪手の極みだったわけだ。

アルタイルの圧倒的存在っぷりは、地上にアルタイルが姿を現した時点で、甲洋や操が即座にお手上げだ!と表明したところから明らかだし、織姫自身もアルタイルと対話可能な存在は今はまだいない(つまり、未来には存在する)、と率直に伝えたわけで、兎にも角にも、アルタイルが自主的な判断で勝手に動き出す前にその動きを封じる必要があった。

見ている側からすれば、まさか、対話の内容がそんな消極的なものだとは露にも思わなかったわけだけど、でもそうすることで、災厄を未然に防ぐことができる。もちろん、未然に防いでしまった以上、その場に居合わせた者以外、そのミッションの困難さには気づかない。だから、最後に、美羽は真矢に対して「みんなを守ってくれてありがとう」と感謝の言葉をかけたわけで。

この、ある意味で極めて「地味な」終幕が、最終話にカタルシスを求めた人たちからすると、イマイチな印象をもってしまうのかもしれない。

それでも竜宮島は実際にアルタイルの封印場所、つまりは「寝所」としてアルタイルを受け入れ、海の底に消えていった。それで「最悪のシナリオ」は避けられたけど、しかし、アルタイルを封印しても、フェストゥムと人類の衝突、あるいは、人類どうしの紛争にも対処しなければならない。その役割を担うためにアショーカと海神島が必要だった。

そう思うとすでに物語の最初の時点で、アショーカ(のミール)は、エメリーなりナレインなりに憑依し、彼らを存命させるために力を貸すかわりに、アショーカ自身を海神島に安全に連れて行くことを求めていたことになる。

つまり、アショーカと人類の間にもすでに共生関係なり盟約関係が生じていた。アショーカはいわばエメリーたちに分散して寄生することで、確実に安全に海神島まで運ばれることを選んでいたのだろう。実際、25話で一旦は、アショーカのミールは同化され粉砕されたように見えたわけだから。

このアショーカの狙いは、アショーカのコアがベイグラントに同化されて消えたはずなのに復活しているのはどうして?という(ミツヒロも口にした)疑問への回答になっている。だから、エメリー、ナレイン、そして弓子は、アショーカの寄生によって「生かされていた」自分の命を放棄して、アショーカの欠片を戻さなければならなかった。彼らの身体に寄生して分散して運ばれたミールから、アショーカの再生が成し遂げられたことになる。

このことは多分、織姫も承知していたことだった。おそらくこのことは、物語当初竜宮島を訪れたエメリーがゴルディアス結晶を産み出す力を竜宮島に与えた時点で、アショーカの意図は織姫にも伝わっていたんだと思う。

つまり、ゴルディアス結晶は北極ミール由来の力であって、だからこそ「新同化現象」も発現した。アルタイルが飛来した時、竜宮島が封印場所になることもおそらくは、エメリーの織姫へのファーストコンタクトの時点でアショーカの意思として伝わっていたんだと思う。だから、織姫は急遽、成長し下界の外に現れなければならなかった。

今思うと、一騎が右腕を失い昏睡状態になった時にナレインがアショーカの祝福を与えようとした時、織姫がその申し入れを強く拒んだのも、一騎がアショーカの祝福を受け入れていれば、最終回の弓子同様、アショーカの再生のために命を返して消失しなければならなかったからなのだろう(危ない、危ない)。

同時に、竜宮島水没後の世界で、竜宮島に代わり人類とフェストゥムの紛争処理隊として海神島が機能するために、総士が海神島のコアとして再誕しなければならなかった。そして、乙姫/織姫同様、生誕を繰り返す存在となった総士を庇護する存在が必要で、それが「永遠の戦士」として竜宮島の祝福を受けた一騎だったということだ。

一騎をそのような総士の庇護者にするためにも、一騎の祝福(つまりミールの力で生き続けること)を与えるのは、アショーカではなく、竜宮島でなければならなかった。

ということは、織姫がシリーズ冒頭で一騎と総士を前に「二つで一つの力」を言っていたのも、その時はてっきりザインとニヒトのことだと思っていたけど、それはそのまま一騎と総士のことだった、ってことだよね。その時「いのちの使い方」を考えろ、と詰め寄っていたのも、最終段階で、一騎と総士がともに人であることをやめることを見越していたことになる。

多分、織姫は、EXODUSの物語の顛末を目覚めた時点で全て予見していたのだろう。その上で、あくまでも行動を起こすのは一騎や史彦などの島民に委ねていた。

どうしてその意図や未来のイメージをそのまま伝えないのか、実は疑問に思っていたのだけど、最終回を見て思ったのは、アルタイルとの接触が実はそのまま地球の絶滅を意味することだったから、史彦たち島民の生きる意志を削ぐことはしたくなかったからなんだろう。で、その織姫の意図にうすうす気づいていたのが芹だった、というわけで。

それから、最終回で、真矢が人類軍担当になったため、ザルヴァートルどうしの決戦には全く蚊帳の外にされ、その一方で、一騎と総士が二人の世界を作ってしまったのに対して不満に思っている人もいるようだけど、すでに物語の展開上、一騎と総士の人外化は既定路線だったから、プロットを作る側(つまり冲方丁を含めた製作スタッフ)からすれば、仮に一騎と真矢の間で恋愛を描こうとしたら、最後に悲恋しか待っていないわけで、正直、それはこの尺の中で、本筋とは関係ない迂遠なものにしかならないと判断したのだと思う。それで、真矢には人類軍との折衝役という「調停者」の役割をあてがうことになったのだろう。

そういう意味では、カノンが未来を探り当てるために自らのいのちを投げ出して消失した際、「一騎と二人の未来」という、カレンからすれば最善、しかし、島の皆にとっては最悪となる未来を拒んだのも、遠回しに、真矢もカノン同様、二人だけの未来を選択させないようにするためだったのだろうな。

ここは微妙なところだけど、カノンと真矢が親密な友人どうしであったことを踏まえると、カノンが選択しなかった道は真矢も選択できない、というのはわからなくもない話だし、そもそもカノンが人類のために行ったことは島の人のためにであり、もちろん、一騎のためでもあるわけだから。

カノンと、そして翔子とも親友だった真矢からすれば、一騎に対する想いとは、一騎に対する恋愛感情をすっ飛ばして、母性そのものの「守りたい」という気持ちそのものだったのだと思う。

もちろん、こんなことは、真矢本人の口からは表現されていないので、あくまでも推測でしかないけれど。でも、一期からの真矢の行動や交友関係を見ていれば、彼女(たち)がどういう思いや判断から行動するかは自ずと想像できることだと思う。

だから、初見の人たちにはそこまで理解を求めるのは酷なことだし、それゆえ、「感情移入できない」という不満も出るのは当然だとは思う。

となると、むしろそういう初見の人たちはとりあえず放棄して、一期から見続けている古参のファンの心情の方を優先した制作サイドの英断の方が素晴らしいということになると思う。この点は、今時よくやった!と心底賞賛したい。

ともあれ、こういう形で、一騎、総士、そして真矢の終盤における役割が確定してしまった。真矢は人外にはならないけど、父ミツヒロの記憶を呼び覚ます展開にすることで、彼女が普通の女ではなく、ヘスター同様、父の業を背負う「貴人」の血脈にあることが強調され、(一騎や総士とは一味違う)真矢ならではの「運命」が与えられた。

つまり、真矢も比喩的には一種の「人外」設定にされてしまった。弓子亡き後の美羽の後見人にならざるをえない状況も、彼女を「公人」として、自らの幸せだけを願う存在であることを困難にさせてしまった。

こうして、一騎、総士、真矢、そして(消失した)カノンという、第1クールのOPを飾った四人が皆、人としての自由な生を諦める方向に舵を切らざるを得なくなったために、逆にその反動として、その他のファフナーパイロットが、そうした公的役割からは解放され、あくまでも個人の幸福を願う存在として描かれた。

特にそれが顕著だったのがすぐ下の後輩四人で、島の平和を地球に広めることを願った広登、彼とともに歩むことで前代未聞の葛藤に直面し続けた暉、島を守った故人たちへの侮辱を一切許さない里奈、乙姫から織姫に至るまで島のコアへの感謝を示し続けた芹。彼ら四人は、個人としての願望を衒いなく表明し続けた。だからこそ、四人中三人が消える、という結末を迎えたわけだけど。


特に、最も劇的だったのが暉で、彼は結局、物語の構成上「死ねない永遠の戦士」になる道が約束された一騎に代わって、苦悩する人間の英雄として、華々しく死ぬ「誉れのある死」を体現する役割を担わされてしまった。それが、24話におけるゼロの大往生の場面。

また、主役四人の間でまともな恋愛感情を描けないという制約に対して、幼なじみどうしの結婚を成し遂げ、人としての幸福を得て、さらには夫婦ともども最後まで生き残ったのが剣司と咲良だった。一期からの咲良の同化後遺症を考えれば、まさに奇跡の生還だと思う。
あるいは、もっと淡い恋愛感情の交換を行っていたのが、零央とミカミカの二人。特に、零央は、ルーキーとしての英雄役も引き受けていた。

ちなみにカノンは一騎たちの一つ年下だったから、仮に彼女が存命だったとしても成人式には参加できなかった。そのあたりの小さな設定上の齟齬も顕在化させたくなかったのも、カノンが途中退場した理由の一つではないかと思う。そして、彼女が実はひとつ下の後輩だったということを踏まえると、すぐ下の後輩五人中、実に四人が消えたことになる。

こういった具合に、物語の大きな構成から、竜宮島の登場人物たちには、それぞれ明確に役割が割り振られていたわけだ。もちろん、それは、最後のアルタイル封印という終幕を見てから初めて可能になる解釈なのだけど。

ともあれ、以上が最初に上げた「災厄を未然に防ぐことの大切さ」というテーマとそれから引き出された物語の細部や登場人物の役割というところ。

で、もう一つの「判断を放棄することの人間としての罪」は、端的に言えば、途中までは善として描かれていたペルセウス中隊と、アルゴス中隊のことが中心になる。

・・・のだが、さすがに長くなったので、一旦ここで切って、このことは次のエントリーで記すことにしたい。
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